2019年09月20日

『万葉集』を訓(よ)む(その1400)

 今回は、1049番歌を訓む。前歌に続いて、1047番歌(以下、「長歌」という)の反歌二首目である。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  名付西 奈良乃京之 
  荒行者 出立毎尓 
  嘆思益

 1句「名付西」は「な付(つ)きにし」と訓む。「名付」は、カ行四段活用の自動詞「なつく」の連用形「な付(つ)き」を表わす。「名」は「な」の常用訓仮名。「なつく」は「馴れ付く」の意で、「馴れて付き従う。馴れ親しむ。慕う。」ことをいう。「西」は「にし」を表わす為の借訓字で、「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形、「し」は過去の助動詞「き」の連体形。
 2句「奈良乃京之」は「奈良(なら)の京(みやこ)の」と訓む。「奈」「良」は、ナ音・ラ音の常用音仮名であるが、ここは地名「奈良(なら)」を表わすので漢字表記のままとした。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。「京」は前歌2句と同じく、「京師」の意で、ミヤコと訓む。「奈良(なら)の京(みやこ)」は、「長歌」の13句〜16句に「八百萬(やほよろづ) 千年(ちとせ)を兼(か)ねて定(さだ)めけむ 平城(なら)の京師(みやこ)は」と詠まれた「平城(なら)の京師(みやこ)」に同じ。「之」は漢文の助字で、格助詞「の」。
 3句「荒行者」は「荒(あ)れ行(ゆ)けば」と訓む。「荒行」は、カ行四段活用の自動詞「あれゆく」の已然形「荒(あ)れ行(ゆ)け」。「あれゆく」は「土地や建物などが荒れたままに年月を経る。次第に荒れる。」ことをいう。この句は、「長歌」末句の「荒(あ)れにけるかも」を承けている。「者」は「は」の訓仮名で、ここは既定条件を示す接続助詞「ば」に流用したもの。
 4句「出立毎尓」は「出(い)で立(た)つ毎(ごと)に」と訓む。「出立」は、タ行四段活用の自動詞「いでたつ」の連体形「出(い)で立(た)つ」。「いでたつ」は「ある場所に出て立つ」ことをいう。「毎尓」(314番歌に既出)は、接尾語「毎(ごと)」+格助詞の「に」(ニ音の常用音仮名「尓」)=「毎(ごと)に」。「ごとに」は、名詞や動詞の連体形などに付いて、連用修飾語となる。その物、またはその動作をするたびに、そのいずれもが、の意を表わし、「…はみな。どの…も。…するたびに。」などに置き換えられる。
 5句「嘆思益」は「嘆(なげ)きし益(まさ)る」と訓む。「嘆」は、動詞「なげく」の連用形の名詞化で「嘆(なげ)き」と訓み、「かなしみに浸ること。かなしく思うこと。悲嘆。」の意。「思」はシ音の音仮名で、副助詞「し」。「益」は会意文字で、「水+皿。器上に水があふれる意。」と『字通』にある。『名義抄』に「益 マス・マサル・コボス・タスク・マスマス」とあり、ここは「益(まさ)る」と訓む。ラ行四段活用の自動詞「まさる」は、「数量や度合いなどが多くなる。だんだんと増加する。程度・度合いがはなはだしくなる。」ことをいう。
 1049番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  なつきにし 奈良(なら)の京(みやこ)の
  荒(あ)れ行(ゆ)けば 出(い)で立(た)つ毎(ごと)に
  嘆(なげ)きし益(まさ)る

  馴れ親しんだ 奈良の都が
  人気もなくさびれて行くので 道に出て立つたびに
  嘆きはつのるばかりだ
ラベル:万葉集
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2019年09月18日

『万葉集』を訓(よ)む(その1399)

 今回は、1048番歌を訓む。題詞に「反歌二首」とあり、本歌と次の1049番歌の二首は、前回まで五回にわたって訓んできた1047番歌(以下、「長歌」という)の反歌である。
 写本の異同は、末句末字の<煎>で、これを『西本願寺本』などが「利」としているが、『類聚古集』『紀州本』『細井本』に「煎」とあるのを採る。原文は次の通り。

  立易 古京跡 
  成者 道之志婆草 
  長生尓異<煎>

 1句「立易」は「立(た)ち易(かは)り」と訓む。この句は、「長歌」54句の「遷(うつろ)ひ易(かは)り」を承けたもので、都が移り変わったことをいう。「立(た)ち」は、接頭語で動詞の上について下の動詞の意味を強めたり、やや改まった感じを表わしたりする。「易」はラ行四段活用の自動詞「かはる」の連用形「易(かは)り」。「かはる」は、「物事の状態や質が、前と別の物になる。変化する。」ことをいう。
 2句「古京跡」は「古(ふる)き京(みやこ)と」と訓む。「古」はク活用形容詞「ふるし」の連体形「古(ふる)き」。「京」は、象形文字で「アーチ状の門の形。上に望楼を設ける。これを軍営や都城の入り口に建てた。」と『字通』にあり、『名義抄』に「京 ミヤコ・オホイナリ・ワタル・ウレシ(ヒ)」の訓がある。ここは「京師」の意で。ミヤコと訓む。「古(ふる)き京(みやこ)」は、「長歌」48句に詠まれた「ならの京(みやこ)」をさす。「跡」は「と(乙類)」の常用訓仮名で、格助詞「と」。
 3句「成者」は「成(な)りぬれば」と訓む。この句は、619番歌25句の「成奴礼婆」および622番歌3句の「成宿者」と表記は異なるが、同句。「成」はラ行四段活用の自動詞「なる」の連用形「成(な)り」で、下に完了の助動詞「ぬ」の已然形「ぬれ」を訓み添える。「なる」は、「ある状態から他の状態に移り変わる。また、ある状態に達する。」ことをいう。「者」は「は」の訓仮名で、ここは既定条件を示す接続助詞「ば」に流用したもの。
 4句「道之志婆草」は「道(みち)のしば草(くさ)」と訓む。この「道(みち)」は、「長歌」の59句・60句で「踏(ふ)み平(なら)し・通(かよ)ひし道(みち)は」と詠われた「奈良の都への道」。「之」は漢文の助字で、連体助詞「の」。「志」「婆」はシ音・バ音の常用音仮名。「志婆草」は「しば(芝)草(くさ)」で、「路傍や空地などに生えるイネ科植物などの葉の細い草」をいう。
 5句「長生尓異煎」は「長(なが)く生(お)ひにけり」と訓む。「長」はク活用形容詞「ながし」の連用形(副詞法)「長(なが)く」。「生」はハ行上二段活用の自動詞「おふ」の連用形「生(お)ひ」。「おふ」は「(草木などが)はえる。生じる。」ことをいう。「尓」はニ音の常用音仮名で、完了の助動詞「ぬ」の連用形「に」。「異」は「け(甲類)」の常用訓仮名、「煎」は「長歌」の40句・45句の「思煎」と同じく「り」の仮名に用いたもの。「異煎」は、詠嘆の助動詞「けり」を表わす。「けり」は「そういう事態なんだと気がついた」という意味である、と『岩波古語辞典』に解説がある通り、気づきの助動詞とも言われる。
 1048番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  立(た)ち易(かは)り 古(ふる)き京(みやこ)と
  成(な)りぬれば 道(みち)のしば草(くさ)
  長(なが)く生(お)ひにけり

  すっかり様子が変わって 古い都と
  なってしまったので 道の芝草は
  長く伸びて生い茂ってしまったなあ
posted by 河童老 at 14:09| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月14日

『万葉集』を訓(よ)む(その1398)

 今回は、1047番歌の57句からを訓む。
 57句・58句「刺竹之・大宮人能」は「刺(さ)す竹(たけ)の・大宮人(おほみやひと)の」と訓む。57句は、167番歌63句の異伝および955番歌1句と同句で「刺(さ)す竹(たけ)の」。「之」は漢文の助字で、連体助詞「の」。「さすたけの」は、「君」「大宮人」「皇子」「舎人男(とねりおとこ)」などの宮廷関係の語にかかる枕詞。かかり方は未詳だが、「瑞枝さす」「五百枝さす」などの「さす」と同語で、竹が勢いよく生長することから宮廷をほめたたえる事柄に用いたものと考えられる。「大宮人(おほみやひと)」は、宮廷に仕える人たちのこと。「能」はノ(乙類)音の常用音仮名で、格助詞「の」。
 59句・60句「踏平之・通之道者」は「踏(ふ)み平(なら)し・通(かよ)ひし道(みち)は」と訓む。「踏平之」は、サ行四段活用の他動詞「ふみならす」の連用形で「踏(ふ)み平(なら)し」。活用語尾「し」を、シ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)の「之」で表記したもの。「ふみならす」は、「踏んで平らにならす。踏みつけてでこぼこをなくする。また、平らになるほど同じところを行き来する。転じて、往来の多いさまにいう。」の意。「通之」は、ハ行四段活用の自動詞「かよふ」の連用形「通(かよ)ひ」+回想の助動詞「き」の連体形「し」(「之」で表記)=「通(かよ)ひし」。「かよふ」は「二つの場所や物事の間を何回も行き来する。」ことをいう。「道(みち)」は「通行するための筋。通行の用に供せられる所で、地点をつないで長く通じているもの。」をいう。「者」は漢文の助字で、係助詞「は」。
 61句・62句「馬裳不行・人裳徃莫者」は「馬(うま)も行(ゆ)かず・人(ひと)も徃(ゆ)かねば」と訓む。「馬(うま)」は古くから交通手段として用いられていた。「裳」は「も」の常用訓仮名で、並立を表わす係助詞「も」。「不行」は、カ行四段活用の自動詞「ゆく」の未然形「行(ゆ)か」+打消の助動詞「ず」(連用形)(漢文の助字「不」で表記)=「行(ゆ)かず」。「ゆく」は「今いる所から目的の場所に向かって進み動く」ことをいう。「人(ひと)」は「世の人々」の意。「徃莫者」は、カ行四段活用の自動詞「ゆく」の未然形「徃(ゆ)か」+打消の助動詞「ず」の已然形「ね」(漢文の助字「莫」で表記)+既定条件を示す接続助詞「ば」(「は」の訓仮名「者」を流用)=「徃(ゆ)かねば」。
 63句「荒尓異類香聞」は「荒(あ)れにけるかも」と訓む。「荒」はラ行下二段活用の自動詞「ある」の連用形「荒(あ)れ」。「尓」はニ音の常用音仮名で、完了の助動詞「ぬ」の連用形「に」。「異」は「け(甲類)」の常用訓仮名、「類」はル音の音仮名。「異類」で以って、過去(詠嘆)の助動詞「けり」の連体形「ける」を表わす。「香」「聞」は、カ音・モ音の音仮名。「香聞(かも)」は、疑問の助詞「か」に詠嘆の助詞「も」を添えた複合形で、詠嘆の意を表わす終助詞。
 1047番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  八隅知(やすみし)し 吾(わ)が大王(おほきみ)の
  高敷(たかし)かす 日本(やまと)の國(くに)は
  皇祖(すめろき)の 神(かみ)の御代(みよ)より
  敷(し)き座(ま)せる 國(くに)にし有(あ)れば
  あれ座(ま)さむ 御子(みこ)の嗣(つ)ぎ継(つ)ぎ
  天(あめ)の下(した) 知(し)らし座(ま)さむと
  八百萬(やほよろづ) 千年(ちとせ)を兼(か)ねて 
  定(さだ)めけむ 平城(なら)の京師(みやこ)は
  炎(かぎろひ)の 春(はる)にし成(な)れば
  春日山(かすがやま) 御笠(おかさ)の野邊(のへ)に
  櫻花(さくらばな) 木(こ)の晩(くれ)窂(がく)り 
  皃鳥(かほとり)は 間無(まな)く數(しば)鳴(な)く
  露霜(つゆしも)の 秋(あき)去(さ)り来(く)れば
  射駒山(いこまやま) 飛火(とびひ)が㟴(たけ)に
  芽(はぎ)[萩]の枝(え)を しがらみ散(ち)らし
  さを壮鹿(しか)は 妻(つま)呼(よ)び動(とよ)む
  山(やま)見(み)れば 山(やま)も見(み)がほし
  里(さと)見(み)れば 里(さと)も住(す)み吉(よ)し
  もののふの 八十(やそ)伴(とも)の緒(を)の
  うちはへて 思(おも)へりしくは
  天地(あめつち)の 依(よ)り會(あ)ひの限(きは)み
  萬世(よろづよ)に 榮(さか)え徃(ゆ)かむと
  思(おも)へりし 大宮(おほみや)すらを
  恃(たの)めりし ならの京(みやこ)を
  新世(あらたよ)の 事(こと)にし有(あ)れば
  皇(おほきみ)の 引(ひ)きのまにまに
  春花(はるはな)の 遷(うつろ)ひ易(かは)り
  むら[群]鳥(とり)の 旦(あさ)立(た)ち徃(ゆ)けば
  刺(さ)す竹(たけ)の 大宮人(おほみやひと)の
  踏(ふ)み平(なら)し 通(かよ)ひし道(みち)は
  馬(うま)も行(ゆ)かず 人(ひと)も徃(ゆ)かねば
  荒(あ)れにけるかも

  (やすみしし) わが大君が
  立派に治めておいでになる 大和の国は
  皇祖の 神の御代から
  ずっとお治めになっている 国であるので
  お生まれになった 御子の代々が
  ここで天下を お治めになるだろうと
  限りなく長い 千年万年までも予測して
  お定めになった 奈良の都は
  (かぎろひの) 春になると
  春日山の 三笠の野辺で
  桜の花の 木陰に隠れて
  貌鳥が‘ 絶え間なく鳴く
  (露霜の) 秋になると
  生駒山の 飛火が岳で
  萩の枝を からませ散らして
  雄鹿は 妻を呼び求めて鳴き声を響かせる
  山を見れば 山も見飽きることがないし
  里を見れば 里も住み良い様子だ
  (もののふの) 宮廷に奉仕する多くの男子が
  心を寄せて 思ったことは
  天と地の 寄り合う限り
  遠い行く末まで 栄えて行くであろうと
  そう思っていた この大宮ですら
  頼みにしていた その奈良の都すら
  新しい時代の ことであるので
  大君の お指図のままに
  (春花の) 移ろうように都が移り変わり
  (群鳥の) 慌ただしく朝立ちするように人々が移って行ったので
  (さす竹の)大宮人が
  踏み平(なら)し 通った道は
  馬も行かず 人も行かないので
  荒れ果ててしまったなあ
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 21:23| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする