2019年12月05日

『万葉集』を訓(よ)む(その1418)

 今回から数回にわたって、1062番歌を訓む。題詞に「難波宮作歌一首[并短歌]」とあり、田辺福麻呂が「難波宮(なにはのみや)」で作った二十七句からなる長歌で、二首の反歌(1063・1064番歌)を伴う。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  安見知之 吾大王乃 在通 名庭乃宮者 
  不知魚取 海片就而 玉拾 濱邊乎近見 
  朝羽振 浪之聲【足偏に參】 夕薙丹 櫂合之聲所聆 
  暁之 寐覺尓聞者 海石之 塩干乃共 
  汭渚尓波 千鳥妻呼 葭部尓波 鶴鳴動 
  視人乃 語丹為者 聞人之 視巻欲為 
  御食向 味原宮者 雖見不飽香聞

 1句・2句「安見知之・吾大王乃」は「安見知(やすみし)し・吾(わ)が大王(おほきみ)の」と訓む。1句は、926番歌1句他と同句。「やすみしし」は、「我が大君」にかかる枕詞で、「安見知」は「安らかに知ろしめす」という意を込めた用字である。2句は、1047番歌2句他と同句。「吾」は、連体助詞の「が」を読み添えて「吾(わ)が」。「大王」は、大和国家の王者が諸豪族に超越する立場を獲得するに至って「王(きみ)」のうちの大なる者の意で「大王(おほきみ)」と称するようになったもの。ここでは、聖武天皇を指す。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、格助詞「の」。
 3句・4句「在通・名庭乃宮者」は「あり通(がよ)ふ・なには[難波]の宮(みや)は」と訓む。3句は、304番歌3句「蟻通」と「あり」の表記は異なるが同句。145番歌2句に「有我欲比」とあり、ハ行四段活用の自動詞「ありがよふ」の連用形「ありがよひ」と訓んだ例があり、ここは連体形で「あり通(がよ)ふ」。「ありがよふ」は「いつもかよう。いつも往来する。続けてかよう。かよい続ける。」の意。「在」はアリを表わすための借訓字で、アリは『常に』の意の接頭語。「名」は「な」の常用訓仮名、「庭」は「には」を表すための借訓字、「乃」は二句にも既出のノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)。「名庭乃宮」は、「なには[難波]の宮(みや)」のことで、「孝徳天皇の難波長柄豊碕宮、天武天皇の難波宮、聖武天皇の難波宮などの総称。大化元年(六四五)の難波遷都から延暦一二年(七九三)頃の廃絶まで約一五〇年間の皇都。」をいうが、ここは聖武天皇の難波宮をさし、現在の大阪市中央区法円坂町・馬場町・上町の一帯にあった。「者」は漢文の助字で、係助詞「は」。
 5句・6句「不知魚取・海片就而」は「いさ魚(な)取(と)り・海(うみ)片就(かたつ)きて」と訓む。5句は、931番歌1句の「鯨魚取」や366番歌5句の「勇魚取」などと「いさ」の表記は異なるが同句。「不知」は、「いさ」を表わすための借訓字。「いさ」は「よくわからないこと。答えかねることをたずねられた時に、返事をあいまいにするための、さしあたってのことば。」であることから「不知(知らず)」の表記を用いたもの。「いさ魚(な)」は「鯨」の異名で、「いさ魚(な)取(と)り」は、海、浜、灘(なだ)など海に関する語にかかる枕詞で、ここも次の「海」にかかる。「片就」は、カ行四段活用の自動詞「かたつく」の連用形「片就(かたつ)き」。「うみかたつく」は「片側が海に接している」ことをいう。「而」は漢文の女児で、接続助詞「て」。
 7句・8句「玉拾・濱邊乎近見」は「玉(たま)拾(ひり)ふ・濱邊(はまへ)を近(ちか)み」と訓む。「玉(たま)」は「球形あるいはそれに近い形の美しくて小さい石など」をいうが、ここは、海辺に寄せられた貝や石の類をいったものであろう。「拾」はハ行四段活用の他動詞「ひりふ」の連体形「拾(ひり)ふ」。「ひりふ」は「ひろふ」に同じで、「落ちているものなどを取り上げて手にする」ことをいう。「濱邊」(931番歌他に既出)は、「濱邊(はまへ)」と訓む。「濱」は「浜」、「邊」は「辺」の旧字で、「濱邊」は「浜辺」に同じ。「乎」は、ヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、場所を示す格助詞「を」。「近」はク活用形容詞「ちかし」の語幹で「近(ちか)」。「見」は「み(甲類)」の訓仮名で、接続助詞「み」。「濱邊(はまへ)を近(ちか)み」は「浜辺が近いので」の意。
 9句以降は、次回に続く。
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2019年11月29日

『万葉集』を訓(よ)む(その1417)

 今回は、1061番歌を訓む。前の1059番歌(以下、「長歌」という)の反歌の二首目である。
 写本の異同は、5句三字目<奚>。これを『西本願寺本』などに「去」とするが、『元暦校本』『紀州本』に「奚」とあるのを採る。原文は次の通り。

  咲花乃 色者不易 
  百石城乃 大宮人叙 
  立易<奚>流

 1句「咲花乃」は「咲(さ)く花(はな)の」と訓む。この句は、「長歌」19句の「開花之」と表記は異なるが同句。「咲」はカ行四段活用動詞「さく」の連体形「咲(さ)く」。「さく」は「花のつぼみがひらく」ことをいう。「花(はな)」は、「植物の器官の一つで、一定の時期に美しい色彩を帯びて形づくるものをいい、種子植物では、有性生殖を行なうために分化した花葉と花軸の総称。」をいう。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。
 2句「色者不易」は「色(いろ)は易(かは)らず」と訓む。「色(いろ)」(「長歌」20句に既出)は、『日本国語大辞典』に「物に当たって反射した光線が、その波長の違いで、視覚によって区別されて感じとられるもの。波長の違い(色相)以外に、明るさ(明度)や色付きの強弱(彩度)によっても異なって感じられる。形などと共に、その物の特色を示す視覚的属性の一つ。色彩。」とある。「者」は漢文の助字で、係助詞「は」。「不易」は、ラ行四段活用の自動詞「かはる」の未然形「易(かは)ら」+打消の助動詞「ず」(漢文の助字「不」で表記)=「易(かは)らず」。
 3句「百石城乃」は「百石城(ももしき)の」と訓む。「ももしきの」は、「大宮」にかかる枕詞として、これまでに十二例出てきたが、その表記の多くは「百礒(磯)城乃(之)」であった。これは「大宮」が「多く(=百)の石(=礒)で築いた城(き)」であったことに由来するものと思われる。その意味で仮名表記にはせず「百石城(ももしき)の」と訓んだ。「乃」は1句に既出。なお、既出十二例のうち十例が「大宮人」にかかり、残りの二例は「大宮處(所)」にかかるものであった。
 4句「大宮人叙」は「大宮人(おほみやひと)ぞ」と訓む。「大宮人(おほみやひと)」は、「宮中に仕える人。宮廷に奉仕する官人。」のことで、男性にも女性にも使われる。「叙」はゾ(乙類)音の常用音仮名で、強く指示・指定する意を表わす係助詞「ぞ」。
 5句「立易奚流」は「立(た)ち易(かは)りける」と訓む。「立易」は、1048番歌1句に既出で、「都が移り変わった」ことをいう。「立(た)ち」は、接頭語で動詞の上について下の動詞の意味を強めたり、やや改まった感じを表わしたりする。「易」はラ行四段活用の自動詞「かはる」の連用形「易(かは)り」。「かはる」は、「物事の状態や質が、前と別の物になる。変化する。」ことをいう。「奚」はケ(甲類)音の音仮名で、「流」はル音の常用音仮名(片仮名の字源)。「奚流」で以って、回想の助動詞「けり」の連体形を表わす。連体形となっているのは、4句の「ぞ」の係結び
 阿蘇『萬葉集全歌講義』は4句・5句の注として次のように述べている。

 大宮人ぞ立ち易りける 都移りで大宮人がいなくなったことを言っているのだが、「咲く花の色は変わらず」と対比されているので、大宮人の心の変わりやすさを嘆く気持が流れているとみられる。

 この解釈を口訳の上にも反映させて、「咲く花の色は以前と少しも変りないのだが、ももしきの大宮人が移り変わってしまったのだよ。(それにしてもこの変わりよう!人の心のうつろいやすさ!)」としている。一つの解釈として参考までに引用した。
 1061番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  咲(さ)く花(はな)の 色(いろ)は易(かは)らず
  百石城(ももしき)の 大宮人(おほみやひと)ぞ
  立(た)ち易(かは)りける

  咲く花の 色は以前と少しも変わらない
  (ももしきの) 大宮人が
  いなくなって都の様子はすっかり変わってしまった
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 13:03| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月26日

『万葉集』を訓(よ)む(その1416)

 今回は、1060番歌を訓む。題詞に「反歌二首」とあり、前の1059番歌(以下、「長歌」という)の反歌の一首目である。
 写本に 異同はなく、原文は次の通り。

  三香原 久邇乃京者 
  荒去家里 大宮人乃 
  遷去礼者

 1句「三香原」は「三香(みか)の原(はら)」と訓む。この句は、「長歌」1句と同句。「三香(みか)の原(はら)」は、京都府相楽郡加茂町、鹿背山丘陵の東方に広がる盆地であり、久邇(恭仁)京が造営される以前に既に離宮が営まれており、元明天皇が四回にわたって行幸したことが続紀に記されている。
 2句「久邇乃京者」は「久邇(くに)の京(みやこ)は」と訓む。この句は、475番歌10句と同句であり、また「長歌」の2句「久邇乃京師者」とも「みやこ」の表記が異なるだけで同句。「久邇(くに)の京(みやこ)」は「恭仁京」のことで、奈良時代、聖武天皇が一時都とした地である。「者」は漢文の助字で、係助詞「は」。
 3句「荒去家里」は「荒(あ)れにけり」と訓む。「荒」はラ行下二段活用の自動詞「ある」の連用形「荒(あ)れ」。「ある」は「土地や建物がいたみ、損なわれる。荒廃する。」ことをいう。「去」は「長歌」9句の「故去之」の「去」と同じで、完了の助動詞「ぬ」の連用形「に」を表わす。「家」はケ(甲類)音の常用音仮名、「里」はリ音の常用音仮名。「家里」で以って、過去の助動詞「けり」を表わす。「にけり」は、すでに完了している事柄について、その事実にあらたに気づいた気持を表わす。詠嘆の気持を伴うことが多い。「…してしまった(ことよ)。…してしまっている(ことだなあ)。」の意。
 4句「大宮人乃」は「大宮人(おほみやひと)の」と訓む。この句は、257・260番歌の14句および955番歌2句と同句。「大宮人」は、宮廷に仕える人たちのこと。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、格助詞「の」。
 5句「遷去礼者」は「遷(うつ)ろひぬれば」と訓む。「遷」の字訓は、「うつる。うつす。かわる。」で、ここは、ハ行四段活用の自動詞「うつろふ」の連用形「遷(うつ)ろひ」と訓む。「うつろふ」は、「移る」の未然形に反復・継続を表わす助動詞「ふ」の付いた「うつらふ」が変化したもので、「移り変わっていく。栄えていたものが衰えていく。」ことをいう。「去礼者」(616番歌に既出)は、完了の助動詞「ぬ」の已然形「ぬれ」順接の既定条件を表わす接続助詞「ば」=「ぬれば」。「去」を完了の助動詞「ぬ」に用いた例は3句にもあったが、ここは已然形であることを示すために活用語尾「れ」をレ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)「礼」で表記したもの。接続助詞「ば」の表記には、「は」の訓仮名「者」を流用。
 1060番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  三香(みか)の原(はら) 久邇(くに)の京(みやこ)は
  荒(あ)れにけり 大宮人(おほみやひと)の
  遷(うつ)ろひぬれば

  三香の原の 久邇の都は
  荒れてしまったよ 大宮人が
  移り去ってしまったので
posted by 河童老 at 21:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする