2018年08月17日

『万葉集』を訓(よ)む(その1296)

 今回は、955番歌を訓む。題詞に「大宰少貳石川朝臣足人歌一首」とあって、本歌の作者は、「大宰少貳(だざいのせうに)石川朝臣(いしかはのあそみ)足人(たりひと)」である。「大宰少貳」は、大貳と共に大宰府の次官で、従五位下相当官、定員は二名。「石川足人」は、549番歌の題詞に既出で、和銅四年(711年)四月に、正六位上から從五位下になり、神亀元年(724年)二月に從五位上となっている。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  刺竹之 大宮人乃 
  家跡住 佐保能山乎者 
  思哉毛君

 1句「刺竹之」は「刺(さ)す竹(たけ)の」と訓む。この句は、167番歌63句の異伝と同句で「刺(さ)す竹(たけ)の」。「之」は漢文の助字で、連体助詞「の」。「さすたけの」は、「君」「大宮人」「皇子」「舎人男(とねりおとこ)」などの宮廷関係の語にかかる枕詞。かかり方は未詳だが、「瑞枝さす」「五百枝さす」などの「さす」と同語で、竹が勢いよく生長することから宮廷をほめたたえる事柄に用いたものと考えられる。
 2句「大宮人乃」は「大宮人(おほみやひと)の」と訓む。この句は、257および260番歌の14句と同句。「大宮人」は、宮廷に仕える人たちのこと。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、格助詞「の」。
 3句「家跡住」は「家(いへ)と住(す)む」と訓む。「家(いへ)」(943番歌他に既出)は、「自分の住まい。わが家。故郷の家。」の意。「跡」は「と(乙類)」の常用訓仮名で、格助詞「と」。この「と」は「として」の意。「住」はマ行四段活用の自動詞「すむ」の連体形で「住(す)む」。
 4句「佐保能山乎者」は「佐保(さほ)の山(やま)をば」と訓む。「佐保能(の)山」は、460番歌の「佐保乃(の)山」と同じで、「佐保(さほ)の山(やま)」。「能」はノ(乙類)音の常用音仮名で、連体助詞「の」。「佐保山(さほやま)」は、「佐保川」の北側にある法蓮町の北方に東西に連なる一群の丘陵地をさす。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、格助詞「を」。「者」は「は」の訓仮名だが、ここは「ば」と訓む。「をば」は、格助詞「を」に係助詞「は」が付き、「は」が濁音化したもので、動作の対象を強調する語である。現代語ではほとんど見られず、動作の対象を強調する場合には、「この話はもう止めます」のように「は」だけを用いるのが普通である。ただし、方言として残っている地方もある。
 5句「思哉毛君」は「思(おも)ふやも君(きみ)」と訓む。「思」はハ行四段活用の他動詞「おもふ」の終止形で「思(おも)ふ」。「哉」は「や」の訓仮名で、疑問の係助詞「や」。「毛」はモ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、詠嘆の終助詞「も」。ここの「君(きみ)」が大伴旅人を指すことは、次の956番歌によってわかる。
 955番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  刺(さ)す竹(たけ)の 大宮人(おほみやひと)の
  家(いへ)と住(す)む 佐保(さほ)の山(やま)をば
  思(おも)ふやも君(きみ)

  (さすたけの) 大宮人が
  自分の家として住んでいる 佐保の山を
  なつかしくは思われませんか あなた
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 10:55| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月14日

『万葉集』を訓(よ)む(その1295)

 今回は、954番歌を訓む。題詞に「膳王歌一首」とあって、「膳王(かしはでのおほきみ)」が作られた歌である。「膳王(かしはでのおほきみ)」は、442番歌の題詞に「膳部王」の表記で既出、父は長屋王、母は吉備内親王である。この歌には「右、作歌之年不審也。但、以歌類便載此次」という「左注」があり、作歌の年代はわからないが、難波行幸の折の作のようだからここに載せたという。
 写本の異同はなく、原文は次の通り。

  朝波 海邊尓安左里為 
  暮去者 倭部越 
  鴈四乏母

 1句「朝波」は「朝(あした)は」と訓む。この句は、217番歌15句「明者」と表記は異なるが同句。「朝」は「あした」と訓む。「あした」は、「夜が明けて明るくなった頃。あさ。」の意で、古くは、夜の終わった時をいう意識が強い。「波」はハ音の常用音仮名(平仮名の字源)で、係助詞「は」。この句は、旧訓にアシタニハとありこれに従うものも多いが、澤瀉『萬葉集注釋』が言うように「『波』は音仮名であつてニを訓添へる事不都合」に思われる。
 2句「海邊尓安左里為」は「海邊(うみへ)にあさり為(し)」と訓む。「海邊」は131・138番歌に既出。「海邊」の「邊」は「辺」の旧字で、「海辺」は、上代では「うみへ」と清音に訓んだ。「安」「左」「里」は、各々、ア音・サ音・リ音の常用音仮名で、「安」「左」は、平仮名の字源。「安左里」で以って、853番歌1句の「阿佐里」と同じく、ラ行四段活用の他動詞「あさる」の連用形の名詞化「あさり(漁り)」を表し、「あさること。魚貝類をとること。また、えさを探すこと。」の意。「為」はサ行変格活用の他動詞「す」の連用形で「為(し)」と訓む。
 3句「暮去者」は「暮(ゆふ)去(さ)れば」と訓む。この句は、602番歌1句他と同句。「暮」は「夕」に同じで「ゆふ」と訓む。「去者」は、ラ行四段活用の自動詞「さる」の已然形「去(さ)れ」+順接の確定条件を表わす接続助詞「ば」(「は」の訓仮名「者」を流用)で、「去(さ)れば」。「暮(ゆふ)去(さ)れば」は「夕方になると」の意。
 4句「倭部越」は「倭(やまと)へ越(こ)ゆる」と訓む。「倭」(944番歌他に既出)は、わが国の古名として中国の史書に見え、それをそのまま「やまと」の表記に用いていたが、天平宝字元年(757)以降は「大和」と書かれるようになったもので、大和国(奈良県)を中心とする地域をいう。「部」は「へ(甲類)」の常用訓仮名で、方向・場所を示す格助詞「へ」。「越」はヤ行下二段活用の自動詞「こゆ」の連体形で「越(こ)ゆる」。「こゆ」は、「山、峠、谷、川、溝、関所など、障害となるものを通り過ぎて向こうへ行く。」意であるが、その上空を過ぎて行く場合にもいう。ここは次の「鴈(かり)」にかかるので「上空を過ぎて行く」意である。
 以上、上四句が二句と二句の対句で、しかも5句の句頭「鴈」の修飾語となっている。
 5句「鴈四乏母」は「鴈(かり)し乏(とも)しも」と訓む。「鴈」は「雁」に同じで、ガンカモ科の大型の鳥の総称の「かり」。「四」はシ音の音仮名で、副助詞「し」。「乏」は、55番歌他に既出で、「乏(とも)し」と訓む。シク活用の形容詞で、「羨ましい」の意。「母」はモ(乙類)音の常用音仮名で、詠嘆の終助詞「も」を表わす。
 954番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  朝(あした)は 海邊(うみへ)にあさりし
  暮(ゆふ)去(さ)れば 倭(やまと)へ越(こ)ゆる
  鴈(かり)し乏(とも)しも

  明け方は 海辺で餌をとり
  夕方になると 大和へ越えてゆく
  雁が羨ましいよ 
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 14:05| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月09日

『万葉集』を訓(よ)む(その1294)

 今回は、953番歌を訓む。「五年戊辰幸于難波宮時作歌四首」の最後の四首目。一首目の950番歌のところでも述べたが、この歌の左注に「右、笠朝臣金村之歌中出也。或云、車持朝臣千年作之也。」とあって、950番歌〜953番歌の四首は、笠朝臣金村の作とも車持朝臣千年の作とも伝えられていることがわかる。
 写本の異同としては、1句二字目<壮> があり、これを『西本願寺本』以下の諸本に「牡」とするが、『元暦校本』『類聚古集』『紀州本』に「壮」とあるのを採る。原文は次の通り。

  竿<壮>鹿之 鳴奈流山乎 
  越将去 日谷八君 
  當不相将有

 1句「竿壮鹿之」は「さを壮鹿(しか)の」と訓む。「竿壮鹿」は「さを壮鹿(しか)」と訓み、「おすの鹿。牡鹿。」をいう。「竿」は「さを」を表すための借訓字。「さ」「を」はともに接頭語。502番歌2句の「小壮鹿」を「小壮鹿(をしか)」と訓んだ例があった。「之」は漢文の助字で、格助詞「の」。
 2句「鳴奈流山乎」は「鳴(な)くなる山(やま)を」と訓む。「鳴」は、カ行四段活用の自動詞「なく」の終止形「鳴(な)く」。「なく」は、「ね(音)」と同語源の「な」が動詞化したもので、「生物が種々の刺激によって声を発する。」ことをいう。「奈」はナ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「流」はル音の常用音仮名(片仮名の字源)で、「奈流」は、伝聞・推定の助動詞「なり」の連体形「なる」を表す。「山(やま)」(950番歌他に既出)は象形文字で山の突出する形に象る。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、格助詞「を」。
 3句「越将去」は「越(こ)え去(ゆ)[行]かむ」と訓む。「越」はヤ行下二段活用の自動詞「こゆ」の連用形で「越(こ)え」。「こゆ」は、「山、峠、谷、川、溝、関所など、障害となるものを通り過ぎて向こうへ行く。」ことをいう。「将去」(936番歌他に既出)は、カ行四段活用の自動詞「ゆく」の未然形「去(ゆ)[行]か」+意志・意向の助動詞「む」(連体形。漢文の助字「将」で表記。)=「去(ゆ)[行] かむ」。
 4句「日谷八君」は「日(ひ)だにや君(きみ)が」と訓む。ここの「日(ひ)」は、「時間の単位としての一日」をいう。「谷」は借訓字で、副助詞「だに」を表す。「日(ひ)だに」は、「その日さえも」の意。「八」は「や」の常用訓仮名で、疑問の係助詞「や」。「君(きみ)」は「敬愛する人」をさしていうが、女から見て男をいうことが普通。ここは下に格助詞「が」を補読する。
 5句「當不相将有」は「當(はた)相(あ)[逢]はず有(あ)らむ」と訓む。「當」は『名義抄』に「當 マサニ・〜スベシ・アタツル・ツカサドル・ツネ・マホル・ムベ・ムベナリ・マカス・マサシ・ソコ・ムカフ・アツ・カナフ・ナホシ・ハタ」とあり、ここは「當(はた)」と訓む。副詞「はた」は、他の事柄と関連させて判断したり推量したり、あるいは列挙選択したりするときに用いる語で、ここでは当然のこととして肯定する気持ちを表す。「やはり。思ったとおり。」の意。「不相」(740番歌他に既出)は、ハ行四段活用の自動詞「あふ」の未然形「相(あ)[逢]は」+打消の助動詞「ず」(連用形。漢文の助字「不」で表記)=「相(あ)[逢]はず」。「将有」(730番歌他に既出)は、ラ行変格活用の自動詞「あり」の未然形「有(あ)ら」+推量の助動詞「む」(漢文の助字「将」で表記)=「有(あ)らむ」。「あはずあらむ」を「あはざらむ」と訓む説もある。
 953番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  さを壮鹿(しか)の 鳴(な)くなる山(やま)を
  越(こ)え去(ゆ)[行]かむ 日(ひ)だにや君(きみ)が
  當(はた)相(あ)[逢]はず有(あ)らむ 

  男鹿の (妻を求めて)鳴いている山を
  越えて行く その日さえもあなたは
  やはり逢ってくださらないのでしょうか
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 15:08| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする