2016年01月29日

『万葉集』を訓(よ)む(その958)

 今回は、696番歌を訓む。題詞に「石川朝臣廣成歌一首 [後賜姓高圓朝臣氏也]」とあり、「石川朝臣(いしかはのあそみ)廣成(ひろなり)」の歌である。作者の廣成(ひろなり)については、阿蘇『万葉集全歌講義』に詳しいので、後に[参考]として引用しておく。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  家人尓 戀過目八方 川津鳴 泉之里尓 年之歴去者

 1句「家人尓」は「家人(いへびと)に」と訓む。「家人(いへびと)」は「家の人。家族。」の意だが、ここは「妻」の意で用いたもの。「尓」はニ音の常用音仮名で、動作・感情の対象を示す格助詞「に」。
 2句「戀過目八方」は「戀(こひ)過(す)ぎめやも」と訓む。「戀(こひ)」は、前歌にも既出で、「異性(時には同性)に特別の愛情を感じて思い慕うこと。恋すること。」をいう。「過」はガ行上二段活用の自動詞「すぐ」の未然形「過(す)ぎ」。ここの「すぐ」は、693番歌と同じく、「ある気持などが消えてなくなる。」ことをいう。「目」は「め」を表わす常用の訓仮名で、ここは推量の助動詞「む」の已然形「め」に用いたもの。「八方」(582番歌他に既出)は、反語の意を表す係助詞「や」+詠嘆の終助詞の「も」で、「やも」。「八」は「や」の常用訓仮名。「方」は「おも」と訓むことから「も」に用いたもので、「跡(あと)」を「と(乙類)」の常用訓仮名として用いたのと同じ。「戀(こひ)過(す)ぎめやも」は「恋しい思いが消えるであろうか、消えはしない。」の意。
 3句「川津鳴」は「かはづ鳴(な)く」と訓む。「川津」は、324番歌22句に「河津」の表記で既出、「かはづ」で「カエル[蛙]の異名」。「川」は借訓字で、「津」は「つ」の常用訓仮名だが、ここは「づ」に流用したもの。「鳴」はカ行四段活用の自動詞「なく」の連体形で「鳴(な)く」。「なく」は、「ね(音)」と同語源の「な」が動詞化したもので、生物が種々の刺激によって声を発することをいう。『万葉集』では「かはづ」は主として「河鹿蛙」を指す。「河鹿蛙」は「アオガエル科のカエル。雄の体長は三〜四センチメートル、雌はやや大きく五〜七センチメートル。雌雄とも体の背面は灰褐色で暗褐色の模様があり、腹面は淡灰色または白色。四肢の指先に大きな吸盤があり、みずかきは後肢にだけ発達する。雄は美声で鳴くので昔から飼育されることが多い。カワシカの意で、鳴き声が秋のシカの声に似ていることからこの名があるという。本州、四国、九州の渓流の岩間にすむ。」と『日本国語大辞典』にある。
 この句は、澤瀉『萬葉集注釋』に「ここは實景であるが、『千鳥鳴く佐保』の如く枕詞風に用いた。」とあるように次の「泉の里」の枕詞的形容表現。
 4句「泉之里尓」は「泉(いづみ)の里(さと)に」と訓む。「泉之里」は、地名で「泉(いづみ)の里(さと)」。50番歌に「泉(いづみ)の河(かは)に」と詠まれた「泉川」(今の木津川)に沿った地が「泉(いづみ)の里(さと)」で、現在の京都府相楽郡木津町、加茂町のあたり。「尓」は1句に既出の格助詞「に」だが、ここは場所を示す。
 5句「年之歴去者」は「年(とし)の歴(へ)ぬれば」と訓む。この句は、590番歌2句「年之經去者」及び616番歌5句「年之經去礼者」と表記は異なるが同句。「年(とし)」は時の単位で、「十二ヶ月、一年間を単位とする歳月。」をいう。「之」は漢文の助字で、格助詞「の」。「歴去」は、ハ行下二段活用の自動詞「ふ」の連用形「歴(へ)」+完了の助動詞「ぬ」の已然形「ぬれ」(「去」で表記)で、「歴(へ)ぬれ」。「ふ(歴)」は「時が来てまた、去っていく。時間が過ぎていく。経過する。」ことをいう。「者」は「は」の訓仮名だが、ここは順接の既定条件を表わす接続助詞「ば」に用いたもの。
  なお、この句は、旧訓にトシノヘユケバとあったのを『童蒙抄』にヘヌレバに改めたもので、多くがこれに従っているが、澤瀉『萬葉集注釋』は旧訓を支持している。
 696番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  家人(いへびと)に 戀(こひ)過(す)ぎめやも
  かはづ鳴(な)く 泉(いづみ)の里(さと)に
  年(とし)の歴(へ)ぬれば

  家人への 恋しい思いが消えるなどということがあろうか
  蛙の鳴く わびしい泉の里に
  年月が過ぎてしまったからといって

[参考]阿蘇『萬葉集全歌講義』より

 石川朝臣広成 集中、三首。本歌のほかに、天平十五年八月の作、巻
八・一六〇〇・一六〇一がある。それに内舎人と記す。天平宝字二年八月、従六位上から従五位下に昇叙。同四年二月、高円朝臣を賜り、同月、文部少輔に任ぜられた。同五年ごろのものとされている「官人歴名」に「但馬介石川広成」(古一五ー一三一)とあるが、旧氏姓の石川で表記されているので、この「官人歴名」は、天平宝字四年二月以前のものとすべきであろうと、佐伯有清『新撰姓氏録の研究 考證篇 第二』はいう。『新撰姓氏録』右京皇別、「高圓朝臣」の条に、「正六位上(一本に、正五位下)高円朝臣広世より出づ。元、母の氏に就きて、石川朝臣なりき。続日本紀に合へり」とある。広世は、天平宝字五年五月に、「従五位下高円朝臣広世を摂津亮となす」とあるのをはじめとし、同年十月、尾張守、翌六年四月、山背守、同八年正月、従五位上に昇叙、同月、播磨守、以後、蘇芳の守、伊予守と任ぜられている。広成をこの広世と同一人物とする説もあるが、佐伯有清前掲書や『日本古代人名辞典』は、別人説で、兄弟の可能性を示唆する。なお、粟田寛『新撰姓氏録考証』が、広世の母を、文武天皇の嬪で、和銅六年十一月、紀朝臣竈門娘(かまどのいらつめ)と共に嬪号を除かれた石川朝臣刀子娘(とねのいらつめ)としたのを承けて、浩成・広世を文武天皇皇子とし、母の嬪号が除かれた際、石川朝臣となったとする説もある(角田文衛著作集第三巻『律令国家の展開』、『日本古代氏族人名辞典』石川朝臣刀子娘の項)。
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2016年01月28日

『万葉集』を訓(よ)む(その957)

 今回は、695番歌を訓む。「廣河女王歌二首」の二首目。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  戀者今葉 不有常吾羽 念乎 何處戀其 附見繋有

 1句「戀者今葉」は「戀(こひ)は今(いま)は」と訓む。「戀(こひ)」(507番歌他に既出)は、動詞「こふ」の連用形の名詞化で、「異性(時には同性)に特別の愛情を感じて思い慕うこと。恋すること。」をいう。「者」は訓仮名で、係助詞「は」。「今(いま)」は「過去と未来との境になる時。現在。」をいう。「葉」も「は」の訓仮名で、係助詞「は」。
 2句「不有常吾羽」は「有(あ)らじと吾(われ)は」と訓む。「不有」(335番歌に既出)は、ラ行変格活用の自動詞「あり」の未然形「有(あ)ら」+打消推量の助動詞「じ」(「不」で表記)で「有(あ)らじ」。「常」は訓仮名で、格助詞の「と」。「吾」は、自称で作者の廣河女王をさし、ここは「われ」と訓む。「羽」は「は」の常用訓仮名で、係助詞「は」。ここまで係助詞「は」を表わすのに、「者」「葉」「羽」と変化をつけている。これは変字法と呼ばれる用字法である。
 3句「念乎」は「念(おも)[思]へるを」と訓む。ここの「念」は、ハ行四段活用の他動詞「おもふ」の已然形(上代では命令形と同じ音に付いていたので命令形とする説もある)「念(おも)へ」に完了の助動詞「り」の連体形「る」を訓み添えて「念(おも)[思]へる」と訓む。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、逆接の接続助詞「を」。
 なお、この句は、旧訓にオモヒシヲとあり、『萬葉考』『攷證』もそれによっているが、『童蒙抄』『古義』がオモヘルヲとして以来、多くがこれに従っている。しかし澤瀉『萬葉集注釋』は、旧訓を支持して、「思ひしを」と過去の事実として述べる方が素直だとして、「それをしひて改訓したのは、過去の助動詞『し』の訓添より完了の『る』の方が輕くてよいといふ風に何となく考へられたのかと思ふ。しかし助動詞『し』の訓添は近くに例を求めても「余戀始(ワガコヒソメ)シ」(六四二)、「昔見(ムカシミ)シ從(ヨリ)」(六五〇)などがあり、『念』一字をオモヒシと訓む事は決して不都合ではなく、むしろ下に『繋有(カカレル)』との表記がありここにはない事は、ここはルと訓まないつもりであつたと見る事が出來るのである。」と述べている。一考に値する論であるが、「今は」の語は「念」にまでかかっていると考えて、多数説に今は従っておくこととする。
 4句「何處戀其」は「何處(いづく)の戀(こひ)そ」と訓む。「何處」(511番歌他に既出)は、場所に関する不定称イヅクで、連体助詞「の」を補読して「何處(いづく)の」と訓み、次の「戀(こひ)」にかかる。「戀(こひ)」は1句に同じ。「其」は「そ(乙類)」の訓仮名で、強く指示・指定を表す係助詞「そ」に用いたもの。
 5句「附見繋有」は「つかみかかれる」と訓む。「附見」は、マ行四段活用の他動詞「つかむ」の連用形「つかみ」と訓む。「附」は「つか」を表すための借訓字で、「見」は「み(甲類)」の訓仮名。「繋有」は、ラ行四段活用の自動詞「かかる」の已然形(音韻上は命令形)「かかれ」+完了の助動詞「り」の連体形「る」(「有」で表記)で、「かかれる」と訓む。『日本国語大辞典』は、複合動詞「つかみかかる」(ラ行四段活用の自動詞)として項目をたて、本歌を用例の一つに挙げ、「いきおいよく組みついていく。おそいかかる。」の意としている。
 695番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  戀(こひ)は今(いま)は 有(あ)らじと吾(われ)は
  念(おも)[思]へるを 何處(いづく)の戀(こひ)そ
  つかみかかれる

  恋は今は もう去っただろうと私は
  思っているのに どこの恋が
  つかみかかってきたのでしょう

[補足]阿蘇『萬葉集全歌講義』は、本歌について、その【歌意】欄で次のように述べている。

 六九五は、女王の祖父、穂積皇子が、酒宴の際に好んで誦したという、
  家にありし櫃(ひつ)に鎖(かぎ)さし蔵(をさ)めてし恋の奴(やつこ)のつかみかかりて(16・三八一六)
に倣い、作り替えたものか。
タグ:万葉集
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2016年01月26日

『万葉集』を訓(よ)む(その956)

 今回は、694番歌を訓む。題詞に「廣河女王歌二首 [穂積皇子之孫女上道王之女也]」とあって、本歌と次の695番歌の二首は、「廣河女王(ひろかはのおほきみ)」の歌である。作者の廣河女王は、題詞の注にあるように、穂積皇子(ほづみのみこ)の孫で、上道王(かみつみちのおほきみ)の娘である。天平宝字七年(763)正月、無位から従五位下を授けられた。歌はこの二首のみ。上道王は、和銅五年(712)に無位から従四位下に叙せられ、神亀四年(727)四月に散位従四位下で卒した。歌は残っていない。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  戀草呼 力車二 七車 積而戀良苦 吾心柄

 1句「戀草呼」は「戀草(こひくさ)を」と訓む。「戀草(こひくさ)」は、恋心のつのることを草の茂るのにたとえて言ったもの。木下『萬葉集全注』には「払い除こうと努めても一向に去らずむしろはびこる一方の恋の思いを、草の生い茂るしつこさにたとえていう。」とある。「呼」は、ヲ音の音仮名で、格助詞「を」。
 2句「力車二」は「力車(ちからくるま)に」と訓む。「力車(ちからくるま)」は「物を積んで人の力で引く車。荷車・大八車の類。」をいう。「二」はニ音の音仮名(片仮名の字源)で、格助詞「に」。
 3句「七車」は「七車(ななくるま)」と訓む。「七車(ななくるま)」は「たくさんの車」の意。この句についての木下『萬葉集全注』の注が興味ふかいので引用しておく。

 〇七車 「七」は、このあとの「千引きの石を七ばかり」(七四三)、「七日し降らば七日来じとや」(10・一九一七)、「川の瀬を 七瀬渡りて」(13・三三〇三)など、数の多いことを表わすのに常用される数。松村武雄博士は『神話学原論』第六章神話の形式の条で、神話における常套数、いわゆる聖数が民族によって異なることを述べ、日本神話のそれが「八」であること、そして、かなり早く「七」がそれに取って代わっていることを指摘しておられる。

 4句「積而戀良苦」は「積(つ)みて戀(こ)ふらく」と訓む。「積」はマ行四段活用の他動詞「つむ」の連用形「積(つ)み」。「つむ」は「船や車などに、荷を載せる。」ことをいう。「而」は漢文の助字で、接続助詞「て」。「戀良苦」は、ハ行上二段活用の他動詞「こふ」の連体形「戀(こ)フル」に形式体言のアクがついた「戀(こ)フルアク」が約ったいわゆるク語法で、「戀(こ)ふらく」と訓む。「良」はラ音の常用音仮名で、片仮名・平仮名の字源。「苦」はク音の音仮名、常用音仮名の「久」を用いずに「苦」を用いたのは、「恋の苦しさ」を表すためと思われる。
 5句「吾心柄」は「吾(わ)が心(こころ)から」と訓む。ここの「吾」は、連体助詞「が」を補読して「吾(わ)が」と訓む。「吾(わ)」は自称で作者の廣河女王をさす。「心(こころ)」は、「人間の理性、知識、感情、意志など、あらゆる精神活動のもとになるもの。また、そうした精神活動の総称。」の意。「柄」は名詞「から」に宛てられる字であるが、ここは格助詞「から」に用いたもの。格助詞「から」について、『岩波古語辞典』は次のように述べている。

 から 語源は名詞「から」と考えられる。「国から」「山から」「川から」「神から」などの「から」である。この「から」は、国や山や川や神の本来の性質を意味するとともに、それらの社会的な格をも意味する。「やから」「はらから」なども血筋のつながりを共有する社会的な一つの集まりをいう。この血族・血筋の意から、自然のつながり、自然の成り行きの意に発展し、そこから、原因・理由を表わし(1)、動作の出発点(2)・経由地(3)、動作の直接つづく意、ある動作にすぐ続いていま一つの動作作用が生起する意(4)、手段の意(5)を表わすに至ったものと思われる。

 このように、「から」の意味を(1)〜(5)に分類し、その用例を挙げている(用例は省略)。
 ここの「から」は原因・理由を表わすものであるが、木下『萬葉集全注』は「心カラは、まったく自分の意志そのものに発したもので、外から仕向けられたものでないことを表わす。」と注している。
 694番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  戀草(こひくさ)を 力車(ちからくるま)に
  七車(ななくるま) 積(つ)みて戀(こ)ふらく
  吾(わ)が心(こころ)から

  恋草を 力車に
  七台も 積むほど恋の思いに苦しむのも
  私の心持から起こったことです(誰のせいでもありません)

[補足]なお、この歌は、奇抜な比喩が平安朝以降の人にも好まれたようで、古今和歌六帖にも「ひろかわ女わう」作として
 恋草を力車に七車積みてもあまるわが心かな(8・一四二一)
と、少し詞句を変えて載せている。
 また、狭衣物語(巻四)に、
  七車積むともつきじ思ふにも言ふにもあまるわが恋草は
という歌があり、その前に「恋草積むべき料にやと見ゆる力車ども」の語も見えるのは、本歌の影響下に成ったものであろう。
タグ:万葉集
posted by 河童老 at 19:44| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする