2016年05月30日

『万葉集』を訓(よ)む(その1040)

 今回は、776番歌を訓む。題詞に「紀女郎報贈家持歌一首」とあって、本歌は、前の家持から贈られた歌(775番歌)に対する返歌である。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  事出之者 誰言尓有鹿 小山田之 苗代水乃 中与杼尓四手

 1句「事出之者」は「事(こと)[言]出(で)しは」と訓む。この「事(こと)」は「言葉」の意。「出」はダ行下二段活用の自動詞「づ」の連用形で「出(で)」。なお、この「出」を、ダ行下二段活用の自動詞「いづ」の連用形「出(い)で」とし、「事出」は、「言(こと)+出(い)で」の約で「言出(こちで)」と訓んでいるものもある。「之」はシ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、回想の助動詞「き」の連体形「し」。「者」は訓仮名で、係助詞「は」。
 2句「誰言尓有鹿」は「誰(た)が言(こと)に有(あ)るか」と訓む。「誰」は不定称の代名詞「た」で、連体助詞「が」を補読して「誰(た)が」と訓み「だれの」の意で次の「言(こと)」にかかる。「言(こと)」は1句の「事(こと)」に同じで「言葉」の意。「尓」はニ音の常用音仮名で、格助詞「に」。「有」はラ行変格活用の自動詞「あり」の連体形で「有(あ)る」。「に有(あ)る」を約めて「なる」と訓むものもあるが、「尓」があるので表記通りに訓む。「鹿」は「か」の常用訓仮名で、係助詞「か」。
 1句・2句の訓釋として、澤瀉『萬葉集注釋』は次のように述べている。

 言出しは誰が言にあるか ―言葉に出たのは、―意中を先に告げられたのは、―どなたのお言葉ですか、あなたが先に云ひ出されたのぢやありませんか、の意。「言出し」は「事先立之(コトサキダチシ)」(十・一九三五)とあると同じ意になるが、「色に出で」(三・三〇一)といふのと同じ云ひ方で、「言葉に出た」(引用者注:「出た」に傍点)のは、といふのだから、それは「誰の言葉か」(引用者注:「音葉」に傍点)といふ事になる。「言葉に出したのは」(引用者注:「出した」に傍点)では「誰の事か」(引用者注:「事」に傍点)になる。「誰が言にあるか」は「誰が戀にあらめ」(二・一〇二)と同じ云ひ方である。

 3句「小山田之」は「小山田(をやまだ)の」と訓む。「小山田(をやまだ)」は「山地の田。山あいにある田。」の意で、「を」は接頭語。「之」は漢文の助字で、連体助詞「の」。
 4句「苗代水乃」は「苗代水(なはしろみづ)の」と訓む。「苗代水(なはしろみづ)」は「苗代に引き入れる水。苗代に注ぐ水。」をいう。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。
 3句・4句は、次の「中(なか)よど[中淀]」の比喩の序で、『新編日本古典文学全集』の頭注に「小山田の苗代水の ― 中ヨドの序。苗代は田植えに先立って稲の籾(もみ)を蒔き、発芽させ、苗を育てる所。日照りでも水の涸れないことが第一条件で、山からの湧水が多く利用されるため、ここも『小山田』と限定した。このヲは狭小を示す接頭語。」とある。
 5句「中与杼尓四手」は「中(なか)よど[中淀]にして」と訓む。「中与杼」は「中(なか)よど[中淀]」と訓み、「中途で停滞すること」をいう。「与」はヨ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、「杼」はド(乙類)音の常用音仮名。「尓」は2句に同じで、格助詞「に」。「四」は数字だが、ここはシ音の音仮名として、サ行変格活用の自動詞「す」の連用形「し」に用いたもの。「手」は「て」を表わす常用の訓仮名で、接続助詞「て」。
 776番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  事(こと)[言]出(で)しは 誰(た)が言(こと)に有(あ)るか
  小山田(をやまだ)の 苗代水(なはしろみづ)の 
  中(なか)よど[中淀]にして

  最初に言葉を掛けたのは どなたでしょう 
  それなのに山田の 苗代水のように 
  途中でとぎれたりして

[参考]家持の775番歌とそれに対する紀女郎の返歌776番歌について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は次のように述べている。

 家持の歌は、紀女郎を久迩京遷都以前から慕い続け逢いたいと願っているのにその手がかりが得られないと嘆いているのに、紀女郎が答えた歌は、家持がはじめに誘いの言葉をかけていながら、いま消極的で態度が曖昧であることを責めている。女郎の歌から家持の誠意のなさが知られ、家持の訴えも言葉の上だけとわかると同時に、紀女郎の率直な態度がうかがわれる。
タグ:万葉集
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2016年05月27日

『万葉集』を訓(よ)む(その1039)

 今回は、775番歌を訓む。題詞に「大伴宿祢家持贈紀女郎歌一首」とあって、本歌は「大伴宿祢(おほとものすくね)家持(やかもち)」が「紀女郎(きのいらつめ)」に贈った歌である。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  鶉鳴 故郷従 念友 何如裳妹尓 相縁毛無寸

 1句「鶉鳴」は「鶉(うづら)鳴(な)く」と訓む。「鶉(うづら)」は、キジ科の鳥で、全長約20センチメートルの小さな鳥。頭が小さく、尾が短く、からだは丸みを帯びる。羽の色は地味で、茶褐色、黄褐色、黒色などが細かく混ざり合っている。「鳴」はカ行四段活用の自動詞「なく」の連体形で「鳴(な)く」。「鶉(うづら)鳴(な)く」は、本歌を含め『万葉集』に四例あるが、いずれも荒れ古びた土地の形容に用いられている。他の三例は、「鶉鳴(ウヅラナク) 古郷之(フリニシサトノ)」(1558番歌)、「鶉鳴(ウヅラナク) 人之古家尓(ヒトノフルヘニ)」(2799番歌)、「鶉鳴(ウヅラナク) 布流之登比等波(フルシトヒトハ) 於毛敝礼騰(オモヘレド)(3920番歌)である。
 2句「故郷従」は「故(ふ)[古]りにし郷(さと)[里]ゆ」と訓む。「故郷」は、333番歌に既出で、103番歌の「古尓之郷」や334番歌の「故去之里」とあるのを踏まえて、「故(ふ)[古]りにし郷(さと)[里]」と訓む。「故」は、ラ行上二段活用の自動詞「ふる」の連用形「故(ふ)[古]り」。ここには表記が無いが、103番歌「尓之」、334番歌「去之」とあるので、完了の助動詞「ぬ」の連用形「に」と過去の助動詞「き」の連体形「し」を補読する。「ふる」は「年月が経過してふるびる。古くなる。古くからのなじみである。昔からの縁がある。」ことをいう。「郷」は「里」とおなじで「さと」。この「故郷」は旧都の奈良をさす。「従」は、漢文の助字で、動作の起点を示す格助詞「ゆ」。
 3句「念友」は「念(おも)へども」と訓む。この句は、表記は異なるが、658番歌1句「雖念」と同句。「念」はハ行四段活用の他動詞「おもふ」の已然形「念(おも)へ」。658番歌では漢文の助字の「雖」で表記していた、逆接の確定条件を示す接続助詞「ども」を、ここでは借訓字の「友」で表記。
 4句「何如裳妹尓」は「何如(なに)そも妹(いも)に」と訓む。ここの「何如」は、730番歌3句と同様、「何」一字と同じ意で、不定称代名詞「なに」と訓む。「裳」は「も」の常用訓仮名で、係助詞「も」を表すが、ここは上の「何如(なに)」との間に係助詞「そ」を補読して、「何如裳」で「何如(なに)そも」と訓む。「何如(なに)そも」は「どうして」の意で、木下『萬葉集全注』に「下に述べる形容詞文についてその理由を疑う副詞。」とある。この「妹(いも)」は紀女郎をさす。「尓」はニ音の常用音仮名で、動作の対象を示す格助詞「に」。
 5句「相縁毛無寸」は「相(あ)[逢]ふ縁(よし)も無(な)き」と訓む。「相」はハ行四段活用の他動詞「あふ」の連体形「相(あ)[逢]ふ」。「縁(よし)」(761番歌他に既出)は、「かかわりを持つための方法。手段。てだて。すべ。」の意。「毛」はモ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、係助詞「も」。「無寸」(210番歌に既出)は、ク活用形容詞「なし」の連体形で「無(な)き」と訓む。連体形活用語尾「き(甲類)」を常用訓仮名の「寸」で表記したもの。連体形になっているのは四句で補読した係助詞「そ」の結び。 
 775番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  鶉(うづら)鳴(な)く 故(ふ)[古]りにし郷(さと)[里]ゆ
  念(おも)へども 何如(なに)そも妹(いも)に
  相(あ)[逢]ふ縁(よし)も無(な)き

  鶉の鳴く 古びた里にいた頃から
  思い続けてきたのに どうしてあなたに
  逢うきっかけもないのでしょう
タグ:万葉集
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2016年05月26日

『万葉集』を訓(よ)む(その1038)

 今回は、774番歌を訓む。「大伴宿祢家持従久邇京贈坂上大嬢歌五首」の五首目、最後の歌。
 写本の異同は、3句二字目<弟>と4句五字目<者>。3句二字目は『西本願寺本』以後の諸本には「茅」とあるが、『桂本』に「弟」とあるのを採る。4句五字目は『西本願寺本』以後の諸本には「志」とあるが、『桂本』『元暦校本』に「者」とあるのを採る。原文は次の通り。

  百千遍 戀跡云友 諸<弟>等之 練乃言羽<者> 吾波不信

 1句「百千遍」は「百(もも)千遍(ちたび)」と訓む。「百(もも)」は「数の一〇〇。また、数の多いこと。」を表わし、名詞・助数詞の前に直接つけたり、助詞「の」を介して名詞を修飾したりする。ここは「百遍(ももたび)千遍(ちたび)」というところを約めて「百(もも)千遍(ちたび)」と言ったもの。「千遍(ちたび)」は、732番歌他に既出で、「千回。また、度数の多いこと。」の意であったから、「百(もも)千遍(ちたび)」は「百回も千回も繰り返して」の意となろう。
 2句「戀跡云友」は「戀(こ)ふと云(い)ふとも」と訓む。「戀」はハ行上二段活用の他動詞「こふ」の終止形「戀(こ)ふ」。「跡」は「と(乙類)」の常用訓仮名で、格助詞「と」。「云友」は、ハ行四段活用の他動詞「いふ」の終止形「云(い)ふ」+仮定条件を示す接続助詞「とも」(借訓字「友」で表記)で、「云(い)ふとも」。この「いふ」の主語は「諸弟」。
 3句「諸弟等之」は「諸弟(もろと)らが」と訓む。この句は前歌(773番歌)3句と同句。「諸弟」は人名で「もろと」。「等」は「ら」の常用訓仮名で、親愛の情を示す接尾語「ら」。「之」は漢文の助字で、連体助詞「が」。
 4句「練乃言羽者」は「練(ね)りの言(こと)は[言葉]は」と訓む。「練乃」も前歌4句に既出。「練」は、動詞「ねる」の連用形の名詞化の「練(ね)り」で、「巧みに作り上げた」の意。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。「言羽」は「言(こと)は(言葉)」を表す。「羽」は「は」の常用訓仮名。「言葉」は「こと」と「は」からできた複合語であることをこの表記が示している(後ろの[参考]を参照方)。「者」は訓仮名で、係助詞「は」。
 5句「吾波不信」は「吾(われ)は信(たの)[頼]まじ」と訓む。「吾(われ)」は作者の家持をさす。「波」はハ音の常用音仮名(平仮名の字源)で、係助詞「は」。「不信」は、マ行四段活用の他動詞「たのむ」の未然形「信(たの)[頼]ま」+否定的な意志を表す助動詞「じ」(漢文の助字「不」で表記)で、「信(たの)[頼]まじ」。「不信」を「たのまじ」と訓むことについて、澤瀉『萬葉集注釋』は「『たのむ』の語は屡あつたが、ここは『信』の字が用ゐられてゐて、タノムと訓んだ例は他に無いが、信頼の意で舊訓に從つて良い。但、舊訓はタノマスとあるが、上のトモをうけて代匠記にタノマジとしたのがよい。」と述べている。
 774番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  百(もも)千遍(ちたび) 戀(こ)ふと云(い)ふとも
  諸弟(もろと)らが 練(ね)りの言(こと)は[言葉]は
  吾(われ)は信(たの)[頼]まじ 

  百回も千回も あなたが私に恋い焦がれていると諸弟が言っても
  諸弟めの そんな巧みな言葉は
  私はもうあてにはすまい

[参考]『日本大百科全書』は「ことば」について次のように記述している。

言葉・詞・辞などの漢字をあてる。コト(言)とハ(端)との複合語とみられる。上代には「事」と「言」、すなわち「事柄」とそれを人間の意志によって対者に伝達しようとする働きである「言語」との区別が、かならずしもはっきり区別されなかったが、コトバなる語が生じて以後、この語はもっぱら「言語」の意を表すようになった。ただし、コトも「言語」の意を表す場合が後世まであり、両者あまり区別なく使われた面もあったらしい。
 ところで、コトバの語は、広く言語の意を表す一方で、ときにいくつかの限定された用法をも派生させた。和歌などの韻文に対して散文をさしたり、能楽・狂言などの謡物(うたいもの)や近世の邦楽などで、曲調部に対してそれのない部分をいったり、物語などの会話文に対して説明の文(地の文)をさしたりするのがそれで、総じてこれらの場合、コトバとは、一団の言語表現のなかで、技巧を伴わない部分、平板的な表現の部分をさしたようである。絵巻で、絵の部分に対して説明文の部分をコトバ(詞)と称したのも、同趣の用法かもしれない。さらに、中世以後、品詞の分類に際して、広く自立語の類(体言・用言)をコトバ(詞)と総称して助辞類(てにをは)に対立させたり、名(体言)・詞(用言)・てにをはの3分類の一としてたてられたりすることがあったが、いずれも自立語(観念語)を示す概念で、文構成のうえで中核をなす品詞をさしたとみられるが、「詞」を「寺社」に例え、「てにをは」(助辞類)をその「荘厳(しょうごん)」(飾ること)に例えるという説などがあったところからみると、「ことば」(詞)は装飾に対する本体的なものという意識が潜在的に存したのかもしれない。
[築島 裕]
タグ:万葉集
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