2016年09月30日

『万葉集』を訓(よ)む(その1089)

 今回から、「大伴卿の贈答歌」と称される806〜809番歌の四首を訓む。この歌群の冒頭には次のような漢文の書簡が記されている。

 伏辱来書、具承芳旨。忽成隔漢之戀、復傷抱梁之意。唯羨、去留無恙、遂待披雲耳。

『新編日本古典文学全集』による、この書簡の訓み下し文と口語訳は次の通り。

 伏して来書を辱(かたじけ)なみし、具(つぶさ)に芳旨(ほうし)を承(うけたまは)りぬ。忽(たちま)ちに漢(あまのがは)を隔(へだ)つる恋(こひ)を成し、また梁(はし)を抱(むだ)く意(こころ)を傷(いた)ましむ。ただ羨(ねが)はくは、去留(きよりう)恙(つつみ)なく、遂(つひ)に披雲(ひうん)を待たまくのみ。

 辱(かたじけ)なくもお手紙をいただき、お気持ちのほどよく分かりました。その時ふと天の川を隔てた牽牛(けんぎゆう)・織女(しよくじよ)のようなせつない気持ちをおぼえ、また恋人を待ち疲れて死んだ尾生(びせい)の気持ちと同じ心境になったのです。願わくは、離れていてもお互いに無事で、いつかお目にかかる日を待つこと、ただそればかりです。敬具。 

 なお、「梁(はし)を抱(むだ)く意(こころ)」について、『新編日本古典文学全集』は頭注で次のように述べている。

 恋人の来るのを待つ思いのつらさをいう。『文選』琴賦の李善注によれば、尾生(びせい)という男が、女と橋の下で逢おうと約束したが、いくら待っても女は来ず、そのうちに川の水かさが増し、尾生はついに橋脚を抱いて死んだ、という故事による。

そして、題詞に「歌詞兩首 [大宰帥大伴卿]」とあるので、806・807番歌の二首は大宰帥大伴卿すなわち大伴旅人の作であることがわかる。それではまず、806番歌から訓んで行こう。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  多都能馬母 伊麻勿愛弖之可
  阿遠尓与志 奈良乃美夜古尓 由吉帝己牟丹米

 1句「多都能馬母」は「たつの馬(ま)も」と訓む。「多」はタ音の常用音仮名(片仮名の字源)、「都」はツ音の常用音仮名。「多都」で以って「たつ(龍)」を表す。「能」はノ(乙類)音の常用音仮名で、連体助詞「の」。「馬」は「ま」と訓み、「うま」に同じ。「たつ(龍)の馬(ま)」は「龍馬(りゅうめ)」のことで、「きわめてすぐれた駿足の馬。」をいう。「龍馬」の「馬」の訓み方は、呉音では「め」、漢音では「ば」であり、「ま」は慣用音である。「母」はモ音の常用音仮名で、係助詞「も」。
 2句「伊麻勿愛弖之可」は「いまもえてしか」と訓む。「伊」はイ音の常用音仮名(片仮名の字源)、「麻」はマ音の常用音仮名。「伊麻」は「いま(今)」。「勿」はモ音の音仮名で、係助詞「も」。「愛」はエ音の常用音仮名で、ア行下二段活用「う(得)」の連用形「え」。「弖」はテ音の常用音仮名で、完了の助動詞「つ」の連用形「て」。「之」はシ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「可」はカ音の常用音仮名。「之可」は、回想の助動詞「き」の已然形「しか」を表す。阿蘇『萬葉集全歌講義』に「テシカは、完了の助動詞ツの連用形テ+回想の助動詞キの已然形シカ。不可能なことと知りつつ、もし可能なら、……したいものだ、と願望をあらわす表現。」とある。
 3句「阿遠尓与志」は「あをによし」と訓む。この句は、17番歌3句・79番歌15句・80番歌1句及び328番歌1句に「青丹吉」の表記で、地名「奈良」にかかる枕詞として既出。また、797番歌3句に「阿乎尓与斯」の仮名書き表記でも既出。「阿」はア音の常用音仮名(片仮名の字源)、「遠」はヲ音の準常用音仮名、「尓」はニ音の常用音仮名、「与」はヨ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「志」はシ音の常用音仮名。
 4句「奈良乃美夜古尓」は「奈良(なら)のみやこに」と訓む。「奈」「良」は、ナ音・ラ音の常用音仮名で、ともに片仮名・平仮名の字源であるが、ここでは地名「奈良」を表す。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。「美」「夜」「古」は各々、ミ(甲類)音・ヤ音・コ(甲類)音の常用音仮名で、「美夜古」で以って「みやこ(都)」を表す。「尓」は3句に既出のニ音の常用音仮名で、場所を示す格助詞「に」。
 5句「由吉帝己牟丹米」は「ゆきてこむため」と訓む。「由」はユ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「吉」はキ(甲類)音の音仮名で、「由吉」は、カ行四段活用の自動詞「ゆく(行く)」の連用形「ゆき」。「帝」はテ音の音仮名で、接続助詞「て」。「己」はコ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、カ行変格活用の自動詞「く(来)」の未然形「こ」。「牟」はム音の常用音仮名(片仮名の字源)で、意思・意向を示す助動詞「む」(連体形)。「丹」はタ音の音仮名、「米」はメ(乙類)音の常用音仮名で、「丹米」は「ため(為)」で、行為などの目的を表わす。「めあて。…という目的で。」の意。
 806番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  たつのまも いまもえてしか
  あをによし ならのみやこに ゆきてこむため

  龍の馬も 今も得てしか
  あをによし 奈良の都に 行きて来むため

  龍の馬と言われる駿足の馬を 今すぐにも得たいものだ
  (あをによし) 奈良の都に 行って来るために
タグ:万葉集
posted by 河童老 at 14:53| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月28日

『万葉集』を訓(よ)む(その1088)

 今回は、 前回まで八回にわたって訓んできた804番歌の反歌である805番歌を訓む。左注に「神龜五年七月廿一日於嘉摩郡撰定 筑前國守山上憶良」とある。この左注については、800番歌にまで及ぶもの考えられており、井村『萬葉集全注』は「嘉摩三部作」と題して次のように述べている。

  嘉摩三部作 左注「神龜五年七月二十一日、嘉摩郡にして撰ひ定む」とあるのは、
  「惑情を反(かへ)さしむる歌」「子等を思ふ歌」「世間難住といふことを哀しぶる歌」
  の三編を一括して言う。「惑・愛・無常を主題として緊密に連続した」ところの
  「嘉摩三部作」(中西進『山上憶良』)と称し得る所以である。また、この三部作と、
  先の悼亡詩文ならびに「日本挽歌」との関連で言えば、生死の諸苦相を表現して
  円環的であり、これが憶良全作品の基本構造だという村山出氏の観察
  (「惑情を反さしむる歌」『万葉集を学ぶ』第四集)にも賛成である。

 写本の異同は、2句一字目<迦>。これを『西本願寺本』は「加」としているが、『元暦校本』『類聚古集』『紀州本』に「迦」とあるのを採った。原文は次の通り。

  等伎波奈周 <迦>久斯母何母等 意母閇騰母
  余能許等奈礼婆 等登尾可祢都母

 なお、本歌は一字一音の仮名表記なので、最初に、使用されている万葉仮名について見ておこう。まず、片仮名・平仮名の字源である常用音仮名では、「奈(ナ音)」「久(ク音)」「礼(レ音)」「祢(ネ音)」が使われている。その他の常用音仮名では、「等(ト乙音)」「伎(キ甲音)」「波(ハ音)」「斯(シ音)」「母(モ音)」「意(オ音)」「閇(ヘ乙音)」「余(ヨ乙音)」「能(ノ乙音)」「許(コ乙音)」「婆(バ音)」「可(カ音)」「都(ツ音)」が使われている。準常用音仮名としては「騰(ド乙音)」。「登」は(ト乙音)の常用音仮名であるが、ここでは(ド乙音)の音仮名として使われている。「周」「迦」「何」「尾」は各々、ス音・カ音・ガ音・ミ乙音の音仮名。

 1句「等伎波奈周」は「ときはなす」と訓む。「等伎波」は「ときは(常磐)」で、「常に変わらない岩。永久不変の盤石。」のこと。「奈周」は、接尾語「なす」に用いたもので、名詞、時には動詞の連体形に付いて、「…のように、…のような、…のごとく、…のごとき」などの意を表す。
 2句「迦久斯母何母等」は「かくしもがもと」と訓む。この句は、478番歌32句「如此毛欲得跡」と表記は異なるが同句。「迦久」は副詞「かく」。「斯」は副助詞「し」。「母何母」は、上代特有の願望の終助詞「もがも」。「等」は格助詞「と」。
 3句「意母閇騰母」は「おもへども」と訓む。この句は、658番歌1句「雖念」や775番歌3句「念友」などと同句で、その仮名書き表記。「意母閇」は、ハ行四段活用の他動詞「おもふ」の已然形「おもへ」。「騰母」は、逆接の確定条件を示す接続助詞「ども」。
 4句「余能許等奈礼婆」は「よのことなれば」と訓む。「余能許等」は「よのこと(世の事)」で、「世にいる以上従わなければならない事。この世の定め。」の意。「奈礼」は指定の助動詞「なり」の已然形「なれ」。「婆」は順接の確定条件を表す接続助詞「ば」。482番歌2句に「世(よ)の事(こと)に在(あ)れば」とあったが、指定の助動詞「なり」は「にあり」が約まって成立した語であることを考えれば同句とみなしても良いだろう。
 5句「等登尾可祢都母」は「とどみかねつも」と訓む。「等登尾可祢」は長歌(804番歌)の17句「等々尾迦祢」と表記は異なるが同じで、長歌の「時の盛りを 留みかね」と詠ったのを承けたもの。「等登尾」は、マ行上二段活用の他動詞「とどむ(留む)」の連用形「とどみ」。「可祢」は、ナ行下二段活用「かぬ」の連用形で「かね」。「かぬ」は、補助動詞として動詞の連用形に付いて用いられ、「…し続けることができない。…しようとしてもできない。」の意。「都」は完了の助動詞「つ」。「母」は詠歎の終助詞「も」。
 805番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  ときはなす かくしもがもと おもへども
  よのことなれば とどみかねつも

  常磐なす かくしもがもと 思へども
  世の事なれば 留みかねつも

  盤石のように永久に変らずに このままでありたいものだと 思うけれども
  老や死は人の世の定めであるから どうにも留めようがない
タグ:万葉集
posted by 河童老 at 09:48| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月26日

『万葉集』を訓(よ)む(その1087)

 今回は、804番歌のまとめ。
 804番歌の訓みと口訳を次に示すが、804番歌は800番歌と同様、ほとんどが一字一音の仮名書きなので、仮名書き部分は全て「ひらかな」表記とし、諸注釈書で漢字に置き直されているところは、「ひらかな」の下に(漢字)を参考表示とした。
 
 世間(よのなか)の すべなきものは
 年月(としつき)は ながるる(流るる)ごとし
 とりつつき(取り続き) おひくる(追ひ来る)ものは
 ももくさ(百種)に せめより(攻め寄り)きたる(来る)
 をとめ(娘子)らが をとめ(娘子)さびすと
 からたま(唐玉・韓玉)を たもと(手本)にまか(巻か)し
 〈或(ある)いは此(こ)の句(く) しろたへの 袖(そで)ふりかはし
  くれなゐの  あかもすそびき と云(い)へる有(あ)り〉
 よちこ(子)らと 手(て)たづさはりて
 あそび(遊び)けむ とき(時)のさかり(盛り)を
 とどみ(留み)かね すぐ(過ぐ)しやりつれ
 みな(蜷)のわた(腸) かぐろき(か黒き)かみ(髪)に
 いつのま(間)か しも(霜)のふり(降り)けむ
 くれなゐ(紅)の〈一(いつ)に云(い)ふ にのほなす〉 おもて(面)のうへ(上)に
 いづくゆか しわ(皺)がきたり(来り)し
 〈一(いつ)に云(い)ふ つねなりし ゑまひまよびき さくはなの
  うつろひにけり よのなかは かくのみならし〉
 ますらをの をとこ(男)さびすと
 つるぎたち(剣大刀) こし(腰)にとりはき(取り佩き) 
 さつゆみ(弓)を たにぎり(手握り)もち(持ち)て
 あかごま(赤駒)に しつくら(倭文鞍)うちおき(置き)
 はひのり(這ひ乗り)て あそび(遊び)あるき(歩き)し
 よのなか(世間)や つね(常)にありける
 をとめ(娘子)らが さなす(さ寝す)いたと(板戸)を
 おしひらき(押し開き) いたどり(い辿り)より(寄り)て
 またまで(真玉手)の たまで(玉手)さしかへ(さし交へ)
 さね(寝)しよ(夜)の いくだもあらねば
 たつかづゑ(手束杖) こし(腰)にたがねて
 かゆけ(行け)ば ひと(人)にいとは(厭は)え
 かくゆけ(行け)ば ひと(人)ににくま(憎ま)え
 およしを(老よし男)は かくのみならし
 たまきはる いのちをしけ(命惜しけ)ど
 せ(為)むすべもなし

 次に口訳例を二つ示しておこう。
 はじめに『新編日本古典文学全集』の口訳。

  世の中で 特にすべないものは 年月(とし月)の 流れるように早く過ぎ行くことであり くっついてぞろぞろ 八大辛苦が追い駆けて 入れ替わり立ち替わり 押し寄せて来ることだ。 若い娘たちが かわい子ぶろうと 韓玉(からたま)を 腕に巻いて〈また別に「真っ白な 袖を振り合い 紅色の 裳(も)を長く引いて」という句がある〉 仲間たちと、 手を取り合って 遊んだろう その花の盛りを
とどめきれず 過ごしてしまうと (蜷の腸) 黒い髪に いつの間(ま)に 霜(しも)が降ったのか 紅色の〈また「朱をさしたような」〉 面(おもて)の上に どこから 皺(しわ)が忍び寄ったのか〈また「絶え間なかった 微笑(ほほえみ)も華やかな眉(まゆ)のさまも 咲く花のように 変わり果ててしまった 世の中とは こんなものなのか」〉。 若者たちが ますらおぶろうと 剣大刀(つるぎたち)を 腰に取り佩(は)き 猟弓(さつゆみ)を 手に握り持って 赤駒(あかごま)に 倭文(しず)の鞍(くら)を置き 全速力で疾走させ 狩りをしてまわった 人生が いつまでもあり得たろうか。 娘子の 寝屋(ねや)の板戸(いたど)を 押し開き 探(さぐ)り忍び寄って 玉のような 手を差し交(かわ)し 寝た夜が いくらもないのに 手束杖(たつかづえ)を 腰にあてがい あちらに行けば 人にいやな顔をされ こちらに行けば 人に嫌われ 老人とは こんなものらしい (たまきはる) 命は惜しいが なすすべもない

次に『萬葉集全注』の口訳。

 この人生 すべないことは
 年月が 流れて去って
 すぐあとを つけてくる死が
 さまざまに 責めてくること
 乙女らが しなを作って
 唐玉(からたま)を 手首に飾り
 〈あるいは、白妙の 袖をかわして
 紅の 裳(も)の裾引いて〉
 友達と 手をたずさえて 
 楽しんだ 乙女盛りを
 留めかね すごしてしまうと
 黒々と つやめく髪に
 いつのまに 霜が置いたか
 紅に〈あるいは、丹(に)の色に〉 輝く顔に
 はてどこから 皺が寄ったか
 〈あるいは、あの眉が あのほほえみが 花のように
 あせてしまった 人生は こうしたものか〉
 若者が 若者らしく
 剣太刀 腰に飾って
 猟弓(さつゆみ)を 手に握り持ち
 赤駒に 倭文(しつ)の鞍置き
 匍い乗って 遊びまわった
 若い日が いつまであったか
 娘らの 寝屋(ねや)の扉を
 押し開き 手探り寄って
 白い手を からみ合わせて
 愛した夜が いくらもないのに
 手束杖(たつかづえ)を 腰にあてがい
 あっちへ行っては 人に嫌われ
 こっちへ行っては 人に憎まれ
 年を取ると みんなこうなる
 なんぼうか 大事な命が
 どうにもならぬげな
タグ:万葉集
posted by 河童老 at 15:52| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする