2016年10月31日

『万葉集』を訓(よ)む(その1101)

 今回は、813番歌25句からを訓む。
 25句・26句「久志美多麻・伊麻能遠都豆尓」は「くしみたま・いまのをつづに」と訓む。「久」はク音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「志」はシ音の常用音仮名。「久志」は、シク活用形容詞「くし(奇)」で「不思議な。霊妙な。」の意。「美」はミ(甲類)音の常用音仮名(平仮名の字源)で、接頭語「み」。接頭語「み」は、名詞、または地名に付けて、美称として用いる。「み空」「み山」「み雪」「み籠」「み吉野」など。「多」はタ音の常用音仮名(片仮名の字源)、「麻」はマ音の常用音仮名で、「多麻」は「たま(魂)」を表す。「くしみたま(奇し御魂)」は不可思議な神霊の意で、ここは、11句・12句に「真玉なす・二つの石」と詠んだ「二つの石」の精霊をいう。「伊」はイ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、「伊麻」は「いま(今)」。「能」はノ(乙類)音の常用音仮名で、連体助詞「の」。「遠」はヲ音の準常用音仮名、「都」「豆」はツ音・ヅ音の常用音仮名で、「遠都豆」で以って、名詞「をつつ」の下の「つ」が濁音化した「をつづ」を表す。「をつつ」は、「今。現在。現実。」の意で、「うつつ」と同語源。上代「に」に続くときは「をつづに」と下の「つ」は濁音化したと言われる。「尓」はニ音の常用音仮名で、格助詞「に」。
 26句について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は次のように注している。

 今のをつづに 原文「伊麻能遠都豆尓」。今、現在も。「をつづ」を「うつつ(現)」と同根として、「をつつ」の訓みをとるものも少なくないが、家持にも「伊麻乃乎都豆尓」(17・三九五八)、「伊麻乃乎都頭尓」(18・四一二二)とあり、小学館古語大辞典では、ヲは、「年のを」「息のを」などの「を(緒)」「つづ」は、「続く」と同根の語かとされるとし、「うつつ」と意味の上で通じるところがあるが、別語であろう、とする。家持に、「伊麻乃乎追通尓」(18・四〇九四)の例もあり、岩波古語では、「をつつ」を「うつつ」の転とし、下に助詞「に」がきて「をつづ」と濁ることもある、とする。後説が適切か。

 27句「多布刀伎呂可儛」は「たふときろかむ」と訓む。「多」「布」「刀」「伎」は各々、タ音・フ音・ト(甲類)音・キ(甲類)音の常用音仮名で、「多」は片仮名の字源。「多布刀伎」は、ク活用形容詞「たふとし(尊し・貴し)」の連体形「たふとき」を表す。「呂」はロ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、ここは接尾語「ろ」に用いたもの。接尾語「ろ」は、名詞または形容詞の連体形に付いて親愛の情を表わし、また、語調を整えるのに用いる。なお、「ろ」については、品詞の分類に問題のある語で、『岩波古語辞典』では、接尾語「ろ」と助詞「ろ」を別項目に立てており、助詞「ろ」は「上代、文末などにつき、親愛または感動の意をあらわす。」としている。それによれば、ここの例は助詞と見られる。「可」はカ音の常用音仮名、「儛」についてはモ音の音仮名とみるものもあるが、ここではムと訓むべきとする『日本古典文学大系』に従うこととするので、「可儛」は「かむ」と訓む。意味は詠嘆の終助詞「かも」に同じ。
 『日本古典文学大系』のこの句の頭注に「〇尊きろかむー尊いことである。ロカムはロカモに同じ。形容詞連体形に付く。ムは原文、儛。麌韻上声。武・舞と同音。広韻、文甫切の字であるからムと訓む。」とあり、更に補注に「儛」について詳しく述べているので興味があれば後掲の[参考]を参照されたい。
 813番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。
 平仮名文
  かけまくは あやにかしこし
  たらしひめ かみのみこと
  からくにを むけたひらげて
  みこころを しづめたまふと 
  いとらして いはひたまひし
  またまなす ふたつのいしを 
  よのひとに しめしたまひて
  よろづよに いひつぐかねと 
  わたのそこ おきつふかえの
  うなかみの こふのはらに 
  みてづから おかしたまひて
  かむながら かむさびいます
  くしみたま いまのをつづに たふときろかむ
 漢字仮名交じり文
  かけまくは あやに畏し
  足日女 神の命
  韓国を 向け平らげて
  御心を 鎮めたまふと
  い取らして 斎ひたまひし
  真玉なす 二つの石を
  世の人に 示したまひて
  万代に 言ひ継ぐかねと
  海の底 沖つ深江の
  海上の 子負の原に
  御手づから 置かしたまひて
  神ながら 神さびいます
  奇し御魂 今のをつづに 貴きろかむ
 口訳
  口に出して申すのも まことに恐れ多いことです
  足日女の 神の命(神功皇后)が
  新羅の国を 平定なさって
  み心を お鎮めになろうと
  手におとりになって 大切に祭られた
  玉のような 二つの石を
  世の人に お示しになって
  万代の後まで 語り継ぐようにと
  (海の底) 沖つ深江の
  海のほとりの 子負の原に
  おん手ずから お置きになって以来
  神そのままに 神々しくおられる
  霊妙な石は 今も現に 尊いことであるよ

[参考]『日本古典文学大系』補注

 儛  儛は広韻の反切文甫切で麌韻上声の文字。武・舞と同音である。虞麌遇の三韻は、韻鏡内転第十二に属し模姥暮韻と一緒に収められているが、模姥暮韻は一等、虞麌遇韻は三等である。模姥暮韻の文字は、日本語のオ列甲類及びウ列を表わすのに用いる。例えば、都(ト甲類、ツ)・奴(ノ甲類、ヌ)・怒(ノ甲類、ヌ、ド甲類)・古(コ甲類)・苦(ク)・吾(ゴ甲類)・布(フ)・暮(モ)・盧(ロ甲類、ル)などの如くである。しかし、虞麌遇韻の文字は、オ列・ウ列に両用されず、ウ列だけによむ。例えば、赴(フ)賦(フ)夫(ブ)父(フ)敷(フ)無(ム)武(ム)の如くである。従って儛は麌韻の文字であるからムと訓むべきで、これをモと訓む根拠はない。
タグ:万葉集
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2016年10月28日

『万葉集』を訓(よ)む(その1100)

 今回は、813番歌19句からを訓む。
 19句・20句「宇奈可美乃・故布乃波良尓」は「うなかみの・こふのはらに」と訓む。「宇」「奈」「可」「美」「乃」は各々、ウ音・ナ音・カ音・ミ(甲類)音・ノ(乙類)音の常用音仮名。「宇」「奈」「乃」は片仮名・平仮名の字源で、「美」は平仮名の字源。「宇奈可美」は「うなかみ」と訓むことには違いがないが、「海上(うなかみ)」 の意とする説と「頸髪(うなかみ)」の意とする説がある。「乃」は連体助詞「の」。「故」はコ(甲類)音の準常用音仮名、「布」「波」「良」は各々、フ音・ハ音・ラ音の常用音仮名で、「波」は平仮名の字源、「良」は片仮名・平仮名の字源。「故布乃波良」は、「こふのはら」で、序文にあった「子負(こふ)の原」という地名を表す。「尓」はニ音の常用音仮名で、場所を示す格助詞「に」。
 19句について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は次のように注している。

 うなかみの 海に面した(子負(こふ)の原に)。「うなかみ」は、海辺、海から少し上手にあたる丘のあたり、地名などの説のほか、「頸髪の」として「子」の枕詞とする全注説もある。

 ここは、海に面した(子負(こふ)の原に)という解釈に従っておくが、全注説も傾聴に値する論であるので、参考として後ろに引用しておくので参照されたい。
 21句・22句「美弖豆可良・意可志多麻比弖」は「みてづから・おかしたまひて」と訓む。ここの「美」は接頭語「み」。名詞の上に付いて、それが神仏、天皇、貴人など尊敬すべき人に属するものであることを示し、敬意を添える。「弖」はテ音の常用音仮名で、名詞「て(手)」。「豆」はヅ音の常用音仮名で、連体助詞「つ」が濁音化した「づ」を表す。「可良」は、名詞「から(柄)」を表す。「弖豆可良」は、「手」に、助詞「つ」、名詞「から」の付いてできた副詞「手づから」を表し、他人にさせないで、直接自分の手をくだしてするさまをいう。「自分の手で。」の意。「意」「可」「志」は各々、オ音・カ音・シ音の常用音仮名で、「意可志」で以って、カ行四段活用の他動詞「おく(置く)」の未然形「おか」+尊敬の助動詞「す」の連用形「し」=「おかし」を表す。「多麻比」は10句・14句に同じで、動作の主を尊敬する意を表す補助動詞「たまふ」の連用形「たまひ」。「弖」は9句・14句に同じで、接続助詞「て」。
 23句・24句「可武奈何良・可武佐備伊麻須」は「かむながら・かむさびいます」と訓む。「可武奈何良」は、38番歌3句・39番歌3句・45番歌5句・50番歌11句の「神長柄」及び167番歌29句・199番歌89句・204番歌7句の「神随」と同句。その仮名書き例「かむながら」で「神の本性そのままに。神でおありになるままに。」の意。「武」はム音の常用音仮名(平仮名の字源)、「何」はガ音の音仮名。「可武佐備」は、38番歌4句・45番歌6句の「神佐備」で既出の「かむ(神)さび」。動詞「かむさぶ」の連用形が名詞化したもので、「神らしく振る舞うこと」をいう。「佐」「備」は、サ音・ビ(乙類)音の常用音仮名。「伊麻須」は、サ行四段活用の自動詞「います」の連体形「います」を表す。「伊」「麻」「須」は、各々、イ音・マ音・ス音の常用音仮名で、「伊」「須」は片仮名の字源。「います」は、動詞の連用形に付く補助動詞で、動作の継続の意を添える「あり」、経過・移動の意を添える「いく(行)」「く(来)」の尊敬語。「(…て)いらっしゃる。(…て)おいでになる。」の意。
 25句以降は次回に続く。

[参考]井村『萬葉集全注』の19句の注には次のようにある。

〇頸髪(うなかみ)の 原文「宇奈可美乃」とあり、従来これを「海上の」として海のホトリノと解釈してきた。序文に「臨海丘上」ともあるので誰も疑わなかったのであろうが、海上(うなかみ)がただちに海のほとりの意になるであろうか、疑わしい。川上(かわかみ)は川下(かわしも)あっての川上(かわかみ)であり、川の上流の意である。川のほとりを意味する「川上之伊都藻之花(いつものはな)」(10・一九三一)、「河上乃湯都磐村(ゆついはむら)」(1・二二)などは、カハノヘノと訓むのが定訓であって、援用できない。思うにこれは「子」の枕詞として「頸髪(うなかみ)の」(髪のミは甲類)と訓み解くべく、義はウナヰガミに同じ。新撰字鏡に「【髪の下の友が冘】(たん)」の字について「髪至リテ肩垂ルル貌」(引用者注:「至」の左下にレ点)と説明し「宇奈井(うなゐ)」と訓じ、倭名類聚鈔に「髫髪(てうはつ)」について「宇奈為(うなゐ)」と訓み「童子垂髪」と説明している。「頸著(うなつき)の 童子髪(わらはがみ)」(16・三七九一)の語もあり、「額髪(ぬかがみ)」(11・二四九六)の語があるように、「頸髪(うなかみ)」の語の存在は十分考えられよう(近く阪倉篤義「海上(うなかみ)」〔万葉昭和五七年六月〕を見た。「海上(うなかみ)」は「海のかなた」の意であるとする氏の新解釈に賛同したいが、いまこの歌の場合わたしは「海上」説を取らない)。
タグ:万葉集
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2016年10月26日

『万葉集』を訓(よ)む(その1099)

 今回は、813番歌9句からを訓む。
 9句・10句「伊刀良斯弖・伊波比多麻比斯」は「いとらして・いはひたまひし」と訓む。「伊」はイ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、接頭語「い」。接頭語「い」は動詞に付いて語調を整える働きをする。例として「い隠る」「い通ふ」「い寄る」「い渡る」など。「刀」「良」「斯」は各々、ト(甲類)音・ラ音・シ音の常用音仮名で、「良」は片仮名・平仮名の字源。「刀良斯」は、ラ行四段活用の他動詞「とる(取る)」の未然形「とら」+尊敬の助動詞「す」の連用形「し」=「とらし」。「弖」はテ音の常用音仮名で、接続助詞「て」。「いとらして」は「お取りになって」の意。「伊波比」は、ハ行四段活用の他動詞「いはふ(斎ふ)」の連用形「いはひ」。「波」はハ音の常用音仮名(平仮名の字源)、「比」はヒ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)。「多麻比」は、ハ行四段活用の他動詞「たまふ」の連用形「たまひ」。「多」はタ音の常用音仮名(片仮名の字源)、「麻」はマ音の常用音仮名。「たまふ」は補助動詞で、動作の主を尊敬する意を表す。次の「斯」は、回想の助動詞「き」の連体形「し」に用いたもの。10句について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は「斎ひたまひし」として「『斎ひ』は、願いをこめて呪言を述べ、神事を行う意。」と注している。
 11句・12句「麻多麻奈須・布多都能伊斯乎」は「またまなす・ふたつのいしを」と訓む。「麻多麻」は「またま」で、674番歌1句に「真玉」の表記で既出。「ま」は接頭語で「真玉」は玉の美称。「奈」はナ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「須」はス音の常用音仮名(片仮名の字源)。「奈須」は、名詞、時には動詞の連体形に付いて、「…のように、…のごとく、」などの意を表す接尾語「なす」に用いたもの。「布」「都」はフ音・ツ音の常用音仮名。「布多都」は「ふたつ(二つ)」。「能」はノ音の常用音仮名で、連体助詞「の」。「伊斯」は「いし(石)」。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、格助詞「を」。「真玉なす二つの石」は、序文に「その美好(うるは)しきこと、勝(あ)へて論(い)ふべからず。所謂(いはゆる)径尺(けいしやく)の璧(たま)とは是(これ)なり。」と言われている石で、逸文『筑紫風土記』には、「この石は、色白く鞕(かた)く、円(まろ)なること磨成(みが)けるが如し。」とある。
 13句・14句「世人尓・斯梼z多麻比弖」は「世の人に・しめしたまひて」と訓む。「世人」(729番歌に既出)は、間に連体助詞「の」を補読して「世(よ)の人(ひと)」と訓み、「現世に生きる人。世間の人。」をいう。「尓」はニ音の常用音仮名で、格助詞「に」。「斯梼z」は、サ行四段活用の他動詞「しめす(示す)」の連用形「しめし」。「刀vはメ(甲類)音の準常用音仮名。「多麻比」は10句に同じで、動作の主を尊敬する意を表す補助動詞「たまふ」の連用形「たまひ」。「弖」は9句に同じで、接続助詞「て」。
 15句・16句「余呂豆余尓・伊比都具可祢等」は「よろづよに・いひつぐがねと」と訓む。15句は、480番歌3句「萬代尓」他と同句。「余呂豆余」は「よろづよ(萬代)」で、「限りなく長く続く代」を意味し、御代が永久に続くことを祝っていう語。「余」「呂」「豆」は各々、ヨ(乙類)音・ロ(乙類)音・ヅ音の常用音仮名で、「呂」は片仮名・平仮名の字源。「尓」は13句に同じで、格助詞「に」。「伊比都具」は、ガ行四段活用の他動詞「いひつぐ(言ひ継ぐ)」(連体形)。「具」はグ音の常用音仮名。「可祢」は、終助詞「がね」を表す。「可」はカ音の常用音仮名であるが、ここはガ音の音仮名として用いたもので、「祢」はネ音の常用音仮名。終助詞「がね」は、将来を見込んで〜するように、と願望する場合に用いられ、連体形に接続する。既出例としては、364番歌5句「語(かた)り継(つ)ぐがね」、529番歌6句「立(た)ち隠(かく)るがね」がある。「等」はト(乙類)音の常用音仮名で、格助詞「と」。
 17句・18句「和多能曽許・意枳都布可延乃」は「わたのそこ・おきつふかえの」と訓む。17句は、83番歌1句・676番歌1句の「海底」と同句で、その仮名書き例。「和」はワ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)。「和多」は、「わたつみ・わたのはら・わたなか」の「わた」で、「うみ」の古語。「能」は連体助詞「の」。 「曽」はソ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「許」はコ(乙類)音の常用音仮名。「曽許」は「そこ(底)」で、「海・池・川などくぼんだ地形の下の部分」をいう。「意」はオ音の常用音仮名、「枳」はキ(甲類)音の音仮名で、「意枳」は「おき(沖)」。「都」は連体助詞「つ」。「布」「可」「延」は各々、フ音・カ音・エ音の常用音仮名で、「布可延」で以って、地名「ふかえ(深江)」を表す。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。なお、「わたのそこおきつ(海の底沖つ)」は深江を起こす序詞。
 19句以降は、次回に続く。
タグ:万葉集
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