2016年11月30日

『万葉集』を訓(よ)む(その1112)

 今回は、823番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の九首目。作者は「大監(だいけん)伴氏百代(ばんしのももよ)」。
「大監(だいけん)」は、大宰府の三等官、正六位下相当官で、府内の監察・書類の決済などを相当。「伴氏百代は、大伴宿袮百代。天平十年閏七月、兵部少輔、外従五位下。以後、美作守、筑紫鎮西府副将軍、豊前守など歴任、正五位下に至る。没年不明。当該歌のほかに、巻三・三九二、巻四・五五九〜五六二。」と阿蘇『萬葉集全歌講義』にある。

 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  烏梅能波奈 知良久波伊豆久 志可須我尓
  許能紀能夜麻尓 由企波布理都々       [大監伴氏百代]

 まず使われている万葉仮名を見ておこう。片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、ク音の「久」・ナ音の「奈」・ユ音の「由」・ラ音の「良」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、イ音の「伊」・ス音の「須」が、そして平仮名の字源となった常用音仮名では、チ音の「知」・ハ音の「波」が使われている。その他の常用音仮名としては、カ音の「可」・ガ音の「我」・キ(乙類)音の「紀」・コ(乙類)音の「許」・シ音の「志」・ツ音の「都」・ヅ音の「豆」・ニ音の「尓」・ノ(乙類)音の「能」・フ音の「布」・マ音の「麻」・ヤ音の「夜」・リ音の「理」が使われ、音仮名では、ウ音の「烏」・キ(甲類)音の「企」・メ(乙類)音の「梅」が使われている。

 1句「烏梅能波奈」は「うめのはな」と訓む。この句は、816・817・820番歌の1句などと同句。「烏梅」は「うめ(梅)」。「能」は、連体助詞「の」。「波奈」は「はな(花)」。
 2句「知良久波伊豆久」は「ちらくはいづく」と訓む。「知良久」は、ラ行四段活用の自動詞「ちる(散る)」のク語法「ちらく」で、「散ること」。「波」は係助詞「は」。「伊豆久」は、場所を表す不定称代名詞「いづく」。「いづこ」の古形であるが、平安時代以後も併用された。
 3句「志可須我尓」は「しかすがに」と訓む。「しかすがに」は、上の事柄を「そうだ」と肯定しながら、もう一つの事を付け加える意を表わす。「それはそうだがしかし。そうはいうものの他方では。それはそうだがやはり。そんなはずではないのに。」の意。
『日本国語大辞典』は「しかすがに」の語誌で、次のように述べている。

(1)「しか」は、上の叙述内容を指示する副詞。「す」はサ変動詞で、存在の意を表わし、「がに」は上の動詞が表わす事態が今にも実現しそうな様態や程度であることを示す接続助詞。これらが結びついて一語化したもの。
(2)上代から用いられ「万葉集」には一二例ある。中古には「さすがに」に交代し散文には用いられなくなったが、和歌においては初句と第三句の五音中に用いられて、第二句と第四句の七音中に用いられる「さすがに」との相補分布が認められるという。

 4句「許能紀能夜麻尓」は「このきのやまに」と訓む。「許能」は、近称の代名詞「こ」に格助詞「の」の付いた「この」を表す。「紀能夜麻」は「きのやま(城の山)」。「尓」は場所を示す格助詞「に」。「城の山」については、阿蘇『萬葉集全歌講義』が詳しく注しているので、それを引用しておく。

城の山 大城山に同じ。福岡県大野城市・同糟屋郡宇美町・同太宰府市にまたがる山。別名、四天王寺山・大野山。四一〇メートル。大宰府北方にあり、山頂に大宰府防備のための大野城が築かれた。天智四年八月、「逹率答【火偏に本】春初を遣して、城を長門国に築かしむ。逹率憶礼福留・逹率四比福夫を筑紫に遣して、大野と椽、二城を築かしむ。」とある。逹率答【火偏に本】春初・逹率憶礼福留・逹率四比福夫は、いずれも百済からの亡命貴族。百済式の城が築かれたことがわかる。大野城は、大野山の山頂を含めた延長一五キロメートルの土塁を設け、要所は石垣で固め、内部に五十箇所以上の建物の礎石群が遺存する。

 5句「由企波布理都々」は「ゆきはふりつつ」と訓む。「由企」は「ゆき(雪)」。「波」は係助詞「は」。「布理」は、ラ行四段活用の自動詞「ふる(降る)」の連用形「ふり」。「都々」は、反復・継続を表す接続助詞「つつ」。
 823番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  うめのはな ちらくはいづく しかすがに 
  このきのやまに ゆきはふりつつ

  梅の花 散らくはいづく しかすがに
  この城の山に 雪は降りつつ

  梅の花が 散るとはどこのことでしょう そうはいうものの
  この城の山には 雪が降っていますよ
ラベル:万葉集
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2016年11月28日

『万葉集』を訓(よ)む(その1111)

 今回は、822番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の八首目。作者は、「主人」とあり、この梅花の宴が開催された邸宅の主人であることを示す。すなわち「大宰帥大伴宿袮旅人」である。旅人は、315・316番歌の作者として既出。阿蘇『萬葉集全歌講義』に「神亀四年末から五年初めの頃に大宰帥として大宰府に赴任。天平二年冬に大納言となり、十二月に帰京。翌三年七月に薨。時に、従二位大納言。六十七歳。天平二年正月現在は、正三位。六十六歳。」とある。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  和何則能尓 宇米能波奈知流
  比佐可多能 阿米欲里由吉能
  那何列久流加母     [主人]

 1句「和何則能尓」は「わがそのに」と訓む。「和」はワ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、ここは自称の「わ(我)」を表し、作者である旅人をさす。「何」はガ音の音仮名で、連体助詞「が」。「則」はソ(乙類)音の音仮名、「能」はノ(乙類)音の常用音仮名で、「則能」で以って、「その(園)」を表す。「その(園)」は「草花・果樹・野菜などを栽培するための一区画の土地。」をいう。「尓」はニ音の常用音仮名で、場所を示す格助詞「に」。「わがその」は、816番歌4句に「和我覇能曽能尓(わがへのそのに)」とあった「わがへのその」と同じく、旅人の邸宅の「園」をさす。816番歌のところでも紹介したが、伊藤博「園梅の賦」(『万葉集の歌人と作品』下)は、816番歌の「我が家の園」も本歌の「我が園」も、また以下の「我が宿」「我が家の園」もすべて含めて「一同われらの詩の園」と解すべきことを主張している。主人である旅人以外の客人もまた「我が家の園」などと詠んでいることからすると、伊藤の主張も首肯できる。
 2句「宇米能波奈知流」は「うめのはなちる」と訓む。「宇」はウ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「米」はメ音の常用音仮名で、「宇米」は「うめ(梅)」。今までの七首の「うめ」の表記は全て「烏梅」であったので、「宇米」は、初めての異なる表記となる。そこで「梅花歌卅二首」の「うめ」の表記を確認したところ、やはり「烏梅」が圧倒的で 二十八首、「宇米」は二首で、その他に「宇梅」と「汙米」とが各一首であった。「能」は1句に既出のノ(乙類)音の常用音仮名で、ここは連体助詞「の」。「波」はハ音の常用音仮名(平仮名の字源)、「奈」はナ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、「波奈」は「はな(花)」。「知」はチ音の常用音仮名(平仮名の字源)、「流」はル音の常用音仮名(片仮名の字源)で、「知流」で以って、ラ行四段活用の自動詞「ちる(散る)」を表す。
 3句「比佐可多能」は「ひさかたの」と訓む。「比」「佐」「可」「多」は各々、ヒ音・サ音・カ音・タ音の常用音仮名で、「比」は片仮名・平仮名の字源、「多」は片仮名の字源である。「比佐可多」で以って「ひさかた」。「能」は2句に同じで、連体助詞「の」。「ひさかたの」は次の「あめ(天)」にかかる枕詞。
 4句「阿米欲里由吉能」は「あめよりゆきの」と訓む。「阿」はア音の常用音仮名(片仮名の字源)、「米」は2句に既出のメ音の常用音仮名。「阿米」は「あめ(天)」を表す。「欲」はヨ(甲類)音の、「里」はリ音の常用音仮名で、「欲里」で以って、動作の起点を示す格助詞「より」を表す。「由」はユ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、吉はキ(甲類)音の音仮名で、「由吉」は「ゆき(雪)」。「能」は、1句・2句・3句に既出だが、ここは格助詞「の」。
 5句「那何列久流加母」は「ながれくるかも」と訓む。「那」はナ音の常用音仮名、「何」は1句に既出のガ音の音仮名、「列」はレ音の音仮名で、「那何列」で以って、ラ行下二段活用の自動詞「ながる(流る)」の連用形「ながれ」を表す。「久」はク音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「流」は2句に既出のル音の常用音仮名(片仮名の字源)で、「久流」は、カ行変格活用の自動詞「く(来)」の連体形「くる」を表す。「加」はカ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、疑問の係助詞「か」。「母」はモ音の常用音仮名で、詠嘆の終助詞「も」。
 4句・5句について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は次のように注している。

 天より雪の流れ来るかも 「天の時雨の流らふ見れば」(1・八二)のように時雨を「流らふ」といった例はあるが、雪を「流れ来る」といった例は万葉にはない。「流らへ散るは何の花そも」(8・一四二〇)とあるように、白い梅の花片が流らえ散っているのを雪に見立てて言った故か。小島憲之『上代日本文学と中国文学』は、詩の「流風」「流霞」「流雪」などの「流何」の応用という。

 822番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  わがそのに うめのはなちる
  ひさかたの あめよりゆきの 
  ながれくるかも

  我が園に 梅の花散る
  ひさかたの 天より雪の
  流れ来るかも
 
  私の家の庭園に 梅の花が散っている
  (ひさかたの) 天から雪が
  流れて来ているのだろうかなあ

 なお、本歌についての伊藤博『萬葉集釋注』の解説が興味深いので、引用しておく。

 当時は、小温暖期であったらしい。正月十三日、梅はかなり咲いていたとしても、散るにはやや早い。一首は、あくまで前歌の「散りぬともよし」という仮定表現に食いつき、白雪の舞い落ちるのに紛うばかりに梅の花の散る世界を、言葉の上に造型してしまったところに価値がある。
 こうして、この幻想の歌を契機に、以下、歌々には「咲く」ことと「散る」こととが問題にされ、人びとは気分の上で、梅の花の咲き散る園を味わい、その感覚のもとに歌を詠み継いでいく。
ラベル:万葉集
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2016年11月21日

『万葉集』を訓(よ)む(その1110)

 今回は、821番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の七首目。作者は、「笠沙弥(かさのさみ)」とあり、336番歌の作者として既出の「沙弥(さみ)満誓(まんせい)」である。「沙弥(さみ)」は、僧侶として最低の資格である十戒を受けただけの男性をいう。「満誓(まんせい)」は、在俗の時は「笠朝臣麻呂(かさのあそみまろ)」という有能な官人であったので、その姓を冠して「笠沙弥」と言ったもの。慶雲元年(704)従五位下、同三年美濃守、和銅元年(708)再任。木曽路の開通などすぐれた治績があり、養老元年 (717)従四位上。同三年七月、美濃守として、尾張・三河・信濃の三国を管する按察使(あぜち)となる。養老四年十月、右大弁となり、中央政界に復帰。翌五年五月、元明太上天皇の病気祈願のため、出家入道を許され、満誓と号した。同七年(723)二月、筑紫観世音寺の別当となり、大宰府へ赴任している。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  阿乎夜奈義 烏梅等能波奈乎 遠理可射之
  能弥弖能々知波 知利奴得母與斯   [笠沙弥]

 本歌も一字一音の仮名書き表記なので、まず使われている万葉仮名を見ておこう。片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、シ音の「之」・ナ音の「奈」・ヌ音の「奴」・リ音の「利」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、ア音の「阿」・ヲ音の「乎」が、そして平仮名の字源となった常用音仮名では、チ音の「知」・ハ音の「波」が使われている。その他の常用音仮名としては、カ音の「可」・ザ音の「射」・シ音の「斯」・テ音の「弖」・ト(乙類)音の「等」・ノ(乙類)音の「能」・ミ(甲類)音の「弥」・モ音の「母」・ヤ音の「夜」・ヨ(乙類)音の「與」・リ音の「理」が使われ、準常用音仮名ではヲ音の「遠」が使われている。そして音仮名では、ウ音の「烏」・ギ(乙類)音の「義」・ト(乙類)音の「得」・メ(乙類)音の「梅」が使われている。

 1句「阿乎夜奈義」は「あをやなぎ」と訓む。「阿乎夜奈義」は、「あをやなぎ(青柳)」で、「春の芽吹きから新緑にかけての青々とした柳」をいう。「青柳」は、「あをやぎ」というのが普通で「あをやなぎ」というのは異例。 
 2句「烏梅等能波奈乎」は「うめとのはなを」と訓む。「烏梅」は「うめ(梅)」。「等」は格助詞「と」。「能」は連体助詞「の」。「波奈」は「はな(花)」。「乎」は目的格の格助詞「を」。格助詞「と」の位置は、本来「はな」の下にきて、「うめのはなとを」となるべきところであろう。1句・2句の表現について、澤潟『萬葉集注釋』が詳しく注しているので、それを見ておきたい。

 青柳梅との花を − 青柳はアヲヤギと呼ばれるのが通例で、アヲヤナギと假名書したのはここ一例である。そして「梅との花」とあるのを見ると、「青柳と梅と」の花といふ事になつて兩方の花といふ意味になる。全註釋には、柳の花は歌には詠まれてゐないが、文章には「越中風土、梅花柳絮、三月初咲耳」(十九・四二三八左注)と、梅と並びあげられてゐる、と云はれてゐるが、ここはまだ正月のはじめで柳絮のある時でも無く、芽ぐみそめた柳の糸と花咲いた梅の枝と、の意味にとるべきものだと思はれ、本來ならば「梅の花とを」と「と」の位置をかへるべきである。吉澤義則先生は、初句もアヲヤギとすれば「と」を加へ得るのにわざわざ、アヲヤナギとしたのも「さういはなければならぬ事情が作者の胸にあつたものであらう」(「國語史に於ける萬葉集の位置」春陽堂『萬葉集講座』言語研究篇所収)と云はれ、第二句の「と」との位置も「特殊感情を尊重したらしいこの作者の故意の文法破棄と解するより他に道は無いやうである。」と云はれてゐる。「あをやぎと梅の花とを」とすればあたりまへであるが少しあたりまへすぎるやうな感もある。本來くはしく云へば「青柳の枝をかづらにし、梅の花の枝をかざしにする」とあるべきところを壓縮した云ひ方をしたので、初句の「と」を略してアヲヤナギとしたのはたしかに意識してのものと思はれるが、第二句の「と」の位置はそれ程特殊な表現技巧と見るべきか疑はしく、むしろ無造作に云ひ放した結果ではなからうか。

 3句「遠理可射之」は「をりかざし」と訓む。「遠理可射之」は、サ行四段活用の他動詞「をり(折り)かざす」の連用形「をりかざし」。「をりかざす」は「木の枝や、花などを折って頭髪の飾りとする」意。
 4句「能弥弖能々知波」は「のみてののちは」と訓む。「能弥」は、マ行四段活用の他動詞「のむ(飲む)」の連用形「のみ」。ここの「のむ」は「お酒を飲む」ことを言う。「弖」は接続助詞「て」。「能」は連体助詞「の」。「々知」は、「のち(後)」で、「それが行われたあと」の意。「波」は係助詞「は」。
 5句「知利奴得母與斯」は「ちりぬともよし」と訓む。「知利奴」は、ラ行四段活用の自動詞「ちる(散る)」の連用形「ちり」+完了の助動詞「ぬ」=「ちりぬ」。「得母」は、仮定条件を示す接続助詞「とも」。「與斯」は、ク活用形容詞「よし」。ここの「よし」は「許される。差しつかえがない。許可できる。かまわない。」の意。
 821番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  あをやなぎ うめとのはなを をりかざし 
  のみてののちは ちりぬともよし

  青柳 梅との花を 折りかざし
  飲みての後は 散りぬともよし

  青柳と 梅の花とを 折って髪に挿し
  お酒を飲んだその後は 散ってもよいわ

[参考]伊藤博『萬葉集釋注』は、本歌の注に、今までの七首の歌の流れを評して次のように述べている。

 「青柳(あをやなぎ)」は八一七に出た「青柳(あをやぎ)」を意識している。「梅の花」の語は、二番手の小野老が持ち出して以来、各歌にずっと詠みこまれてきた語である。この梅園の中にあっては、仰せのとおり、歓の限りを尽くそうというのである。
 場の高官七首のつながりは一糸の乱れもなく、妙というべきである。こういう展開が、予め作った旧作を持ち寄って披露することで生ずるとは思われない。天平の世の文雅は、後世の連歌の趣向を早々と先取っている。万葉歌を野趣素樸の面でのみとらえることがいかに危険であるかが知られるであろう。
ラベル:万葉集
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