2016年12月09日

『万葉集』を訓(よ)む(その1115)

 今回は、826番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の十二首目。作者は「大典(だいてん)史氏大原(ししのおおはら)」。「大典(だいてん)史氏大原(ししのおおはら)」について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は次のように述べている。

大典史氏大原 大典は、大宰府の第四等官の上位。正七位上相当官。史氏は、史部氏か。大原は、伝不明。佐伯有清氏『新撰姓氏録の研究』は、摂津国諸蕃の「史戸。漢城の人、韓氏ケ徳の後なり」とある史戸氏の一族とみなしてよかろう、とする。雄略天皇二年十月条に、「史戸、河上舎人部を置く」とある。朝廷の文筆を掌る史(ふひと)を資養する部民であったらしい。

 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  有知奈毗久 波流能也奈宜等 
  和我夜度能 烏梅能波奈等遠
  伊可尓可和可武        [大典史氏大原] 
 
 まず、使われている万葉仮名を見ておこう。片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、ク音の「久」・ナ音の「奈」・ヤ音の「也」・ワ音の「和」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、イ音の「伊」・ル音の「流」が、そして平仮名の字源となった常用音仮名では、チ音の「知」・ハ音の「波」・ム音の「武」・ヲ音の「遠」が使われている。その他の常用音仮名としては、カ音の「可」・ガ音の「我」・ギ(乙類)の「宜」・ト(乙類)音の「等」・ド(甲類)音の「度」・ニ音の「尓」・ノ(乙類)音の「能」・ビ(甲類)音の「毗」・ヤ音の「夜」が使われ、音仮名では、ウ音の「有」と「烏」・メ(乙類)音の「梅」が使われている。   
 1句「有知奈毗久」は「うちなびく」と訓む。「うちなびく」は、カ行四段活用の自動詞「うちなびく」の連体形で、260番歌の句3句に「打靡」の表記で既出。260番歌の場合は、「春」にかかる枕詞として用いられていたが、ここは「春の柳」の形容として用いている。「春の柳」が、新しい枝葉を伸ばししなやかに靡いている様子をいう。
 2句「波流能也奈宜等」は「はるのやなぎと」と訓む。「波流」は「はる(春)」。「能」は連体助詞「の」。「也奈宜」は「やなぎ(柳)」。「春の柳」は、817・825番歌の「あをやぎ(青柳)」と詠っているのに同じ。「等」は指示を表す格助詞「と」。
 3句「和我夜度能」は「わがやどの」と訓む。「和」は自称の「わ(我)」であるが、ここでは「われら」の意で、作者を含めた梅花の宴に参列している人々をさす。「我」は連体助詞「が」。「夜度」は、「やど(屋戸)」で「家の戸口のあたり。家のまわりの庭。庭さき。」の意。「わがやど」は、824番歌の「わがその」とほぼ同意で、大伴旅人の邸宅の庭をさす。「能」は2句に同じく、連体助詞「の」。
 4句「烏梅能波奈等遠」は「うめのはなとを」と訓む。「烏梅」は「うめ(梅)」。「能」は2句・3句に同じく、連体助詞「の」。「波奈」は「はな(花)」。「等」は2句に同じで、格助詞「と」。「遠」は目的格の格助詞「を」。
 5句「伊可尓可和可武」は「いかにかわかむ」と訓む。「伊可尓可」は、副詞「いかに」に係助詞「か」がついた「いかにか」で、反語の意を表す。「どのようにまあ…か。どうしてまあ…か(そんなはずはない、できない)。」の意。「和可武」は、カ行四段活用の他動詞「わく(分く)」の未然形「わか」+推量の助動詞「む」(連体形)=「わかむ」。「わく」は「違いを識別する。物事を判断する。判別する。」ことをいう。ここは「どうしてその優劣の差をつけられようか(どちらもそれぞれにすばらしくて、差をつけることはできない)」の意。
 826番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  うちなびく はるのやなぎと 
  わがやどの うめのはなとを 
  いかにかわかむ

  うち靡く 春の柳と
  我がやどの 梅の花とを 
  いかにか分かむ

  しなやかに靡いている 春の柳と
  われらの庭の 梅の花との優劣を
  どうしてつけられようか(どちらもすばらしいよ)
ラベル:万葉集
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2016年12月07日

『万葉集』を訓(よ)む(その1114)

 今回は、825番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の十一首目。作者は、「小監(せうけん)土氏百村(としのももむら)」。「小監(せうけん)」は、「大監(だいけん)」に次ぐ第三等官で、従六位上相当官。職務は「大監(だいけん)」に同じで、定員は二名であること前歌(824番歌)のところでも述べた。「土氏百村(としのももむら)」について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は次のように述べている。

小監土氏百村 土氏百村は、土師宿袮百村。養老五年正月、憶良らと共に退朝の後東宮に侍することを命ぜられた。土師氏は、もと土器・埴輪の制作を氏の職掌とし、殯宮儀礼に関わり、倭文忌寸(やまとのあやのいみき)と共に楯臥舞(*たたふしのまい)を奏した。全注は、「百村は楽舞を以て東宮に侍講したものらしい」という。
 *楯臥舞は、甲を着け刀と楯とを持って舞うものであった。

 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  烏梅能波奈 佐岐多流曽能々 阿遠夜疑遠 
  加豆良尓志都々 阿素毗久良佐奈        [小監土氏百村]

 まず、使われている万葉仮名を見ておこう。片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、カ音の「加」・ク音の「久」・ソ(乙類)音の「曽」・ナ音の「奈」・ラ音の「良」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、ア音の「阿」・タ音の「多」・ル音の「流」が、そして平仮名の字源となった常用音仮名では、ハ音の「波」・ヲ音の「遠」が使われている。その他の常用音仮名としては、キ(甲類)音の「岐」・ギ(乙類)の「疑」・サ音の「佐」・シ音の「志」・ツ音の「都」・ヅ音の「豆」・ニ音の「尓」・ノ(乙類)音の「能」・ビ(甲類)音の「毗」・ヤ音の「夜」が使われ、音仮名では、ウ音の「烏」・ソ音の「素」・メ(乙類)音の「梅」が使われている。
 1句「烏梅能波奈」は「うめのはな」と訓む。この句は、817番歌の1句他と同句。「烏梅」は「うめ(梅)」。「能」は、連体助詞「の」。「波奈」は「はな(花)」。
 2句「佐岐多流曽能々」は「さきたるそのの」と訓む。この句は、817番歌の2句「佐吉多流僧能々」と表記は一部異なるところがあるが、同句。「佐岐」は、カ行四段活用の自動詞「さく(咲く)」の連用形「さき」。「多流」は、完了の助動詞「たり」の連体形「たる」。「曽能」は、「その(園)」で、「草花・果樹・野菜などを栽培するための一区画の土地。」の意。「々」は上の「能」と同じ字であることを示し、連体助詞「の」。
 3句「阿遠夜疑遠」は「あをやぎを」と訓む。この句も817番歌の3句の「阿遠也疑波」の係助詞「は」を格助詞「を」に変えたもので、ほぼ同句と言って良い。「阿遠夜疑」は、「あをやぎ(青柳)」。「遠」は格助詞「を」。
 4句「加豆良尓志都々」は「かづらにしつつ」と訓む。この句もまた、817番歌の4句の「可豆良尓須倍久(かづらにすべく)」を承けたもの。「可豆良」は、「かづら(鬘)」で、「上代、青柳、アヤメ、ユリ、藻草、稲穂などの種々の植物を、髪の飾りとしたもの。」をいう。「尓」は動作の目標・目的を示す格助詞「に」。「志都々」は、サ行変格活用の他動詞「す」の連用形「し」++接続助詞「つつ」=「しつつ」。
 5句「阿素毗久良佐奈」は「あそびくらさな」と訓む。「阿素毗」は、バ行四段活用の自動詞「あそぶ(遊ぶ)」の連用形「あそび」。「久良佐奈」は、サ行四段活用の他動詞「くらす(暮らす)」の未然形「くらさ」+意志・勧誘の終助詞「な」=「くらさな」。この句について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は次のように注している。

遊び暮らさな 「遊び」は、ここは、宴で飲み歌を詠み奏楽を楽しむなどの意。未然形につく終助詞「な」は、自己や自己を含む群の動作・状態についていう場合、意志や勧誘の意をあらわす。ここは、勧誘。

 825番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  うめのはな さきたるそのの あをやぎを 
  かづらにしつつ あそびくらさな

  梅の花 咲きたる園の 青柳を
  蘰にしつつ 遊び暮らさな

  梅の花の 咲いているこの園の 青柳を
  かずらにしながら さあ遊びましょうよ
ラベル:万葉集
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2016年12月05日

『万葉集』を訓(よ)む(その1113)

 今回は、824番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の十首目。作者は、「小監(せうけん)阿氏奥嶋(あしのおきしま)」。「小監(せうけん)」は、「大監(だいけん)」に次ぐ第三等官で、従六位上相当官。職務は「大監(だいけん)」に同じで、定員は二名。「阿氏奥嶋(あしのおきしま)」について、澤潟『萬葉集注釋』は次のように述べている。

「阿氏」は阿倍氏の略かと思ふが、確かでない。寧楽遺文(下經濟篇)に上野介正六位上阿倍朝臣息嶋(おきしま)といふ人、勝寳四年十月同國の黄絁の墨書に見える。「阿」の字を頭に持つた氏は萬葉では阿倍のみであり、官位令によると大宰小監は從六位上相當であるから、或いはこの人かも知れない。

 写本の異同は、五句の一字目<于>。『西本願寺本』には「宇」とあるが、『類聚古集』『紀州本』に「于」とあるのを採る。原文は次の通り。

  烏梅乃波奈 知良麻久怨之美
  和我曽乃々 多氣乃波也之尓
  <于>具比須奈久母        [小監阿氏奥嶋]   

 まず例によって、使われている万葉仮名を見ておこう。片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、ク音の「久」・シ音の「之」・ソ(乙類)音の「曽」・ナ音の「奈」・ノ(乙類)音の「乃」・ヒ(甲類)音の「比」・ヤ音の「也」・ラ音の「良」・ワ音の「和」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、ス音の「須」・タ音の「多」が、そして平仮名の字源となった常用音仮名では、チ音の「知」・ハ音の「波」・ミ(甲類)音の「美」が使われている。その他の常用音仮名としては、ガ音の「我」・グ音の「具」・ケ(乙類)音の「氣」・ニ音の「尓」・マ音の「麻」・モ音の「母」が使われ、音仮名では、ウ音の「于」と「烏」・メ(乙類)音の「梅」・ヲ音の「怨」が使われている。

 1句「烏梅乃波奈」は「うめのはな」と訓む。この句は、前歌(823番歌)の1句などと「の」の表記は異なるが、同句。「烏梅」は「うめ(梅)」。「乃」は、連体助詞「の」。「波奈」は「はな(花)」。
 2句「知良麻久怨之美」は「ちらまくをしみ」と訓む。「知良麻久」は、ラ行四段活用の自動詞「ちる(散る)」の未然形「ちら」+推量の助動詞「む」=「ちらむ」のク語法「ちらまく」を表し、「散らむこと」の意。前歌の2句に「ちる(散る)」のク語法「ちらく」があったが、それを承けたもの。「怨之」は、シク活用形容詞「をし(惜し)」(語幹)を表す。「美」は原因・理由を表す接続助詞「み」。接続助詞「み」について、『岩波古語辞典』は、基本助詞解説で次のように述べている。

み 従来、接尾語として説かれている「瀬を早み」「風をいたみ」などの「み」は、その機能からみて、接続助詞と考えたい。形容詞(まれに、形容詞型活用の助動詞)の語幹につく。多く上に助詞「を」を伴い、「…のゆえに」「…なので」の意で、原因・理由をあらわす。

 3句「和我曽乃々」は「わがそのの」と訓む。「和」は自称の「わ(我)」。「我」は連体助詞「が」。「曽乃」は、「その(園)」で、「草花・果樹・野菜などを栽培するための一区画の土地。」の意。次の「々(=乃)」は連体助詞「の」。「わがその」は、「一同われらの園」の意で、816番歌4句の「わがへのその」などと同じく、「梅花の宴」を催している旅人の邸宅の「園」をさす。
 4句「多氣乃波也之尓」は「たけのはやしに」と訓む。「多氣」は、「たけ(竹)」。「乃」は連体助詞「の」。「波也之」は「はやし(林)」。「尓」は場所を示す格助詞「に」。
 5句「于具比須奈久母」は「うぐひすなくも」と訓む。「于具比須」は、「うぐひす」で、「ヒタキ科ウグイス亜科の鳥。雄は全長約一六センチメートル、雌は約一四センチメートル。雌雄とも背面は褐色を帯びた緑色で、腹部は白っぽい。早春、『ホーホケキョ』と美声でさえずるので、飼い鳥とされる。夏は平地から高山までの各地の笹やぶにすみ、地鳴き(笹鳴きともいう)は『チャッチャッ』と鳴く。冬に山地のものは平地に降りてくる。鶯の卵はホトトギスの卵とよく似ているので、鶯はしばしばホトトギスの卵を孵化(ふか)して育てる。」と『日本国語大辞典』にある。「奈久」は、カ行四段活用の自動詞「なく(鳴く)」。「母」は詠嘆の終助詞「も」。
 824番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  うめのはな ちらまくをしみ
  わがそのの たけのはやしに
  うぐひすなくも

  梅の花 散らまく惜しみ
  我が園の 竹の林に 
  鴬鳴くも

  梅の花の 散るのを惜しんで
  わが園の 竹の林に
  うぐいすが鳴いていますよ
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 15:40| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする