2016年12月05日

『万葉集』を訓(よ)む(その1113)

 今回は、824番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の十首目。作者は、「小監(せうけん)阿氏奥嶋(あしのおきしま)」。「小監(せうけん)」は、「大監(だいけん)」に次ぐ第三等官で、従六位上相当官。職務は「大監(だいけん)」に同じで、定員は二名。「阿氏奥嶋(あしのおきしま)」について、澤潟『萬葉集注釋』は次のように述べている。

「阿氏」は阿倍氏の略かと思ふが、確かでない。寧楽遺文(下經濟篇)に上野介正六位上阿倍朝臣息嶋(おきしま)といふ人、勝寳四年十月同國の黄絁の墨書に見える。「阿」の字を頭に持つた氏は萬葉では阿倍のみであり、官位令によると大宰小監は從六位上相當であるから、或いはこの人かも知れない。

 写本の異同は、五句の一字目<于>。『西本願寺本』には「宇」とあるが、『類聚古集』『紀州本』に「于」とあるのを採る。原文は次の通り。

  烏梅乃波奈 知良麻久怨之美
  和我曽乃々 多氣乃波也之尓
  <于>具比須奈久母        [小監阿氏奥嶋]   

 まず例によって、使われている万葉仮名を見ておこう。片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、ク音の「久」・シ音の「之」・ソ(乙類)音の「曽」・ナ音の「奈」・ノ(乙類)音の「乃」・ヒ(甲類)音の「比」・ヤ音の「也」・ラ音の「良」・ワ音の「和」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、ス音の「須」・タ音の「多」が、そして平仮名の字源となった常用音仮名では、チ音の「知」・ハ音の「波」・ミ(甲類)音の「美」が使われている。その他の常用音仮名としては、ガ音の「我」・グ音の「具」・ケ(乙類)音の「氣」・ニ音の「尓」・マ音の「麻」・モ音の「母」が使われ、音仮名では、ウ音の「于」と「烏」・メ(乙類)音の「梅」・ヲ音の「怨」が使われている。

 1句「烏梅乃波奈」は「うめのはな」と訓む。この句は、前歌(823番歌)の1句などと「の」の表記は異なるが、同句。「烏梅」は「うめ(梅)」。「乃」は、連体助詞「の」。「波奈」は「はな(花)」。
 2句「知良麻久怨之美」は「ちらまくをしみ」と訓む。「知良麻久」は、ラ行四段活用の自動詞「ちる(散る)」の未然形「ちら」+推量の助動詞「む」=「ちらむ」のク語法「ちらまく」を表し、「散らむこと」の意。前歌の2句に「ちる(散る)」のク語法「ちらく」があったが、それを承けたもの。「怨之」は、シク活用形容詞「をし(惜し)」(語幹)を表す。「美」は原因・理由を表す接続助詞「み」。接続助詞「み」について、『岩波古語辞典』は、基本助詞解説で次のように述べている。

み 従来、接尾語として説かれている「瀬を早み」「風をいたみ」などの「み」は、その機能からみて、接続助詞と考えたい。形容詞(まれに、形容詞型活用の助動詞)の語幹につく。多く上に助詞「を」を伴い、「…のゆえに」「…なので」の意で、原因・理由をあらわす。

 3句「和我曽乃々」は「わがそのの」と訓む。「和」は自称の「わ(我)」。「我」は連体助詞「が」。「曽乃」は、「その(園)」で、「草花・果樹・野菜などを栽培するための一区画の土地。」の意。次の「々(=乃)」は連体助詞「の」。「わがその」は、「一同われらの園」の意で、816番歌4句の「わがへのその」などと同じく、「梅花の宴」を催している旅人の邸宅の「園」をさす。
 4句「多氣乃波也之尓」は「たけのはやしに」と訓む。「多氣」は、「たけ(竹)」。「乃」は連体助詞「の」。「波也之」は「はやし(林)」。「尓」は場所を示す格助詞「に」。
 5句「于具比須奈久母」は「うぐひすなくも」と訓む。「于具比須」は、「うぐひす」で、「ヒタキ科ウグイス亜科の鳥。雄は全長約一六センチメートル、雌は約一四センチメートル。雌雄とも背面は褐色を帯びた緑色で、腹部は白っぽい。早春、『ホーホケキョ』と美声でさえずるので、飼い鳥とされる。夏は平地から高山までの各地の笹やぶにすみ、地鳴き(笹鳴きともいう)は『チャッチャッ』と鳴く。冬に山地のものは平地に降りてくる。鶯の卵はホトトギスの卵とよく似ているので、鶯はしばしばホトトギスの卵を孵化(ふか)して育てる。」と『日本国語大辞典』にある。「奈久」は、カ行四段活用の自動詞「なく(鳴く)」。「母」は詠嘆の終助詞「も」。
 824番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  うめのはな ちらまくをしみ
  わがそのの たけのはやしに
  うぐひすなくも

  梅の花 散らまく惜しみ
  我が園の 竹の林に 
  鴬鳴くも

  梅の花の 散るのを惜しんで
  わが園の 竹の林に
  うぐいすが鳴いていますよ
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 15:40| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする