2016年12月15日

『万葉集』を訓(よ)む(その1117)

 今回は、828番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の十四首目。作者は「大判事(だいはんじ)丹氏麻呂(たんしのまろ)」。作者について、井村『萬葉集全注』は次のように注している。

○ 丹氏麻呂 大判事は司法官。大宰府の大判事は従六位下相当。掌るところは、「犯状を案覆(あんぷく)し、刑名を断(ことわ)り定め、諸(もろもろ)の争訟(さうしよう)を判(ことわ)ること」(職員令)。丹氏は、丹治比、丹波、また丹生氏とも考えられる。麻呂は伝不明。

 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  比等期等尓 乎理加射之都々 阿蘇倍等母
  伊夜米豆良之岐 烏梅能波奈加母    [大判事丹氏麻呂]

 まず、本歌で使われている万葉仮名を見ておこう。片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、カ音の「加」・シ音の「之」・ナ音の「奈」・ヒ(甲類)音の「比」・ラ音の「良」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、ア音の「阿」・イ音の「伊」・ヲ音の「乎」が、そして平仮名の字源となった常用音仮名では、ハ音の「波」が使われている。その他の常用音仮名としては、カ音の「可」・キ(甲類)音の「岐」・ゴ(乙類)音の「期」・ザ音の「射」・ソ(甲類)音の「蘇」・ツ音の「都」・ヅ音の「豆」・ト(乙類)音の「等」・ニ音の「尓」・ノ(乙類)音の「能」・ベ(乙類)音の「倍」・メ(乙類)音の「米」・モ音の「母」・ヤ音の「夜」・リ音の「理」が使われ、音仮名では、ウ音の「烏」・メ(乙類)音の「梅」が使われている。

 1句「比等期等尓」は「ひとごとに」と訓む。「比等」は「ひと(人)」で、ここは梅花の宴に出席している人々をさす。「期等」は、接尾語「ごと」を表す。「尓」は格助詞「に」。接尾語「ごと」は、名詞や動詞の連体形などに付いて、連用修飾語となる。助詞「に」を伴うことも多く、ここもその例で、「…はみな。どの…も。…するたびに。」の意。
 2句「乎理加射之都々」は「をりかざしつつ」と訓む。「乎理加射之」は、821番歌3句の「遠理可射之」と同じで、サ行四段活用の他動詞「をり(折り)かざす」の連用形「をりかざし」。「をりかざす」は「木の枝や、花などを折って頭髪の飾りとする」ことを言う。「都々」は、接続助詞「つつ」。
 3句「阿蘇倍等母」は「あそべども」と訓む。「阿蘇倍」は、バ行四段活用の自動詞「あそぶ(遊ぶ)」の已然形「あそべ」。ここの「あそぶ」は「宴で飲み歌を詠み奏楽を楽しむ」ことを言う。「等母」は、逆接の既定条件を示す接続助詞「ども」。
 4句「伊夜米豆良之岐」は「いやめづらしき」と訓む。この句は、239番歌24句「益目頬四寸」と表記は異なるが同句。「伊夜」は、接頭語「い」が、物事のたくさん重なる意の副詞「や」に付いたてできた副詞「いや」を表し、「いよいよ。ますます。」の意。「米豆良之岐」は、シク活用形容詞「めづらし」の連体形「めづらしき」。「めづらし」は、動詞「めでる(愛でる)」から派生したもので、「賞美する価値がある。珍重に価する。好ましい。すばらしい。」ことを言う。
 5句「烏梅能波奈加母」は「うめのはなかも」と訓む。「烏梅能波奈」は、「うめのはな(梅の花)」。「加母」は、詠嘆の終助詞「かも」。
 828番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  ひとごとに をりかざしつつ あそべども
  いやめづらしき うめのはなかも

  人ごとに 折りかざしつつ 遊べども
  いやめづらしき 梅の花かも

  めいめいに 折って髪に挿して 遊んでいるけれども
  ますます心ひかれる 梅の花であるよ
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 12:06| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする