2017年01月30日

『万葉集』を訓(よ)む(その1128)

 今回は、839番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の二十五首目。作者は「筑前目田氏真上」。阿蘇『萬葉集全歌講義』に「筑前国は、上国。目は、従八位下相当官。田氏真上は、田辺史真上か。天平十七年(七四五)十月頃の諸陵寮解に大允従六位上田辺史真上の署名がある。(『大日本古文書』巻二・四七一頁)。大允は、第三等官。」とある。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  波流能努尓 紀理多知和多利 
  布流由岐得 比得能美流麻提 
  烏梅能波奈知流
            [筑前目田氏真上]

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、ナ音の「奈」・ヒ(甲類)音の「比」・ユ音の「由」・リ音の「利」・ワ音の「和」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、タ音の「多」・ル音の「流」が、そして平仮名の字源となった常用音仮名では、チ音の「知」・ハ音の「波」・ミ(甲類)音の「美」が使われている。その他の常用音仮名としては、キ(甲類)音の「岐」・キ(乙類)音の「紀」・ニ音の「尓」・ノ(甲類)音の「努」・ノ(乙類)音の「能」・フ音の「布」・マ音の「麻」・リ音の「理」が使われ、準常用音仮名では、デ音の「提」が、音仮名では、ウ音の「烏」・ト(乙類)音の「得」・メ(乙類)音の「梅」が使われている。

 1句「波流能努尓」は「はるののに」と訓む。この句は、837番歌の1句と同句。「波流」は「はる(春)」。「能」は連体助詞「の」。「努」は「の(野)」。「春の野」は「春の季節の野。春野。」をいう。「尓」は場所を示す格助詞「に」。
 2句「紀理多知和多利」は「きりたちわたり」と訓む。「紀理」は「きり(霧)」。「多知和多利」は、ラ行四段活用の自動詞「たちわたる(立ち渡る)」の連用形「たちわたり」。「たちわたる」は「雲、霧などが立って一面におおう。一面にかかる。」ことをいう。
 3句「布流由岐得」は「ふるゆきと」と訓む。「布流」は、ラ行四段活用の自動詞「ふる(降る)」(連体形)。「由岐」は「ゆき(雪)」。「得」は格助詞「と」。
 4句「比得能美流麻提」は「ひとのみるまで」と訓む。「比得」は「ひと(人)」。「能」は格助詞「の」。「美流」は、マ行上一段活用の他動詞「みる(見る)」(連体形)。「麻提」は、副助詞「まで」。「まで」は、「一つの時点で事が始まり、それが次第に進行して行き、ある極限的な状態に到る意を示す語であるが、程度にも用いられて、ある限度に達する意を表わす。」(『岩波古語辞典』より)のに用いられる。
 5句「烏梅能波奈知流」は「うめのはなちる」と訓む。「烏梅」は「うめ(梅)」。「能」は、連体助詞「の」。「波奈」は「はな(花)」。「知流」は、ラ行四段活用の自動詞「ちる(散る)」(終止形)。
 839番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  はるののに きりたちわたり
  ふるゆきと ひとのみるまで
  うめのはなちる

  春の野に 霧立ちわたり
  降る雪と 人の見るまで
  梅の花散る

  春の野に 霧が立ちこめて
  雪が降っているのかと 人が見るほどに
  梅の花が散っている
タグ:万葉集
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2017年01月25日

『万葉集』を訓(よ)む(その1127)

 今回は、838番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の二十四首目。作者は「大隅目(おほすみのさくわん)榎氏鉢麻呂(かしのはちまろ)」。阿蘇『萬葉集全歌講義』に「大隅目榎氏鉢麻呂 大隅国は、中国で、介を欠き、目は定員一名。大初位下相当官。榎氏は、榎木氏か、榎井氏か、明らかでない。鉢麻呂も未詳。」とある。この中に「大隅国は、中国で」とあるが、ちなみに、九州諸国の国のランク付けを示すと、次の通りであった。

 大国 肥後。
 上国 筑前、筑後、豊前、豊後、肥前。
 中国 大隅、薩摩、日向。
 下国 壱岐、対馬。

 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  烏梅能波奈 知利麻我比多流 乎加肥尓波
  宇具比須奈久母 波流加多麻氣弖
                 [大隅目榎氏鉢麻呂]

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、ウ音の「宇」・カ音の「加」・ク音の「久」・ナ音の「奈」・ヒ(甲類)音の「比」・リ音の「利」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、ス音の「須」・タ音の「多」・ル音の「流」・ヲ音の「乎」が、そして平仮名の字源となった常用音仮名では、チ音の「知」・ハ音の「波」が使われている。その他の常用音仮名としては、ガ音の「我」・グ音の「具」・ケ(乙類)音の「氣」・テ音の「弖」・ニ音の「尓」・ノ(乙類)音の「能」・マ音の「麻」・モ音の「母」が使われ、音仮名では、ウ音の「烏」・ヒ(乙類)音「肥」・メ(乙類)音の「梅」が使われている。

 1句「烏梅能波奈」は「うめのはな」と訓む。この句は、836番歌の1句などと同句。「烏梅」は「うめ(梅)」。「能」は、連体助詞「の」。「波奈」は「はな(花)」。
 2句「知利麻我比多流」は「ちりまがひたる」と訓む。「知利麻我比」は、ハ行四段活用の自動詞「ちりまがふ(散り乱ふ)」の連用形「ちりまがひ」。「ちりまがふ」は「散りみだれる。しきりに入りみだれて散る。また、散りみだれて見あやまる。」ことをいう。「多流」は、完了・存続の助動詞「たり」の連体形「たる」。
 3句「乎加肥尓波」は「をかびには」と訓む。「乎加肥」は「をかび(岡び)」で、「岡辺(をかべ)」に同じ。「尓波」は、格助詞「に」に係助詞「は」の付いた「には」で、場所・時・対象・比較の基準など、格助詞「に」の意味を強調または取りたてて示す。「をかび」について、『萬葉集注釋』は次のように注している。

 「岡び」は「乎加備可良(ヲカビカラ) 秋風吹奴(アキカゼフキヌ)」(十七・三九四六)ともあり、「夜麻備尓波(ヤマビニハ) 佐久良婆奈知利(サクラバナチリ)」(十七・三九七三)、「秋風尓(アキカゼニ) 奈妣久可波備能(ナビクカハビノ) 尓故具左能(ニコグサノ)」(廿・四三〇九)、「未通女等者(ヲトメラハ) 赤裳須素引(アカモスソヒク) 清濱備乎(キヨキハマビヲ)」(六・一〇〇一)などの「山び」「川び」「濱び」と同様「び」は邊と同意である。「畝傍(ウネビ)」の「傍」は訓讀の文字で、「び」がほとりの意である事がわかる。

 4句「宇具比須奈久母」は「うぐひすなくも」と訓む。「宇具比須」(827番歌に既出)は「うぐひす(鶯)」。「奈久」は、カ行四段活用の自動詞「なく(鳴く)」(終止形)。「母」は詠嘆の終助詞「も」。
 5句「波流加多麻氣弖」は「はるかたまけて」と訓む。「波流」は「はる(春)」。「加多麻氣」は、191番歌2句「春冬片設而」の「片設」に同じで、カ行下二段活用の自動詞「かたまく」の連用形「かたまけ」。「かたまく」は、秋、春、冬、夕、時など時間を表わす語に添えて、一心に待たれる状況を表現する語で、「季節や時が来るのが待たれる。心から待ち受ける気持になる。また、時が移ってある時期になる。ある時節が近づく。」ことをいう。「弖」は接続助詞「て」。
 838番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  うめのはな ちりまがひたる をかびには 
  うぐひすなくも はるかたまけて

  梅の花 散り乱ひたる 岡びには
  鴬鳴くも 春かたまけて

  梅の花が 散り乱れている 岡のほとりでは
  うぐいすが鳴いているよ 春を迎えて
タグ:万葉集
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2017年01月23日

『万葉集』を訓(よ)む(その1126)

 今回は、837番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の二十三首目。作者は「笇師(さんし)志氏大道(ししのおほみち)」。阿蘇『萬葉集全歌講義』に「算師志氏大道 算師は、物の数の計算をつかさどる官。原文『笇』は、数える意。算に同じ。大宰府の算師は、正八位上相当官。志氏大道は、家伝下(武智麻呂伝)に見える暦算家(暦法と算術の学者)の志紀連大道であろう(私注)。」とある。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  波流能努尓 奈久夜汙隅比須 
  奈都氣牟得 和何弊能曽能尓
  汙米何波奈佐久
             [笇師志氏大道]

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、ク音の「久」・ソ(乙類)音の「曽」・ナ音の「奈」・ヒ(甲類)音の「比」・ワ音の「和」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、ス音の「須」・ム音の「牟」・ル音の「流」が、そして平仮名の字源となった常用音仮名では、ハ音の「波」が使われている。その他の常用音仮名としては、ウ音の「汙」・ケ(乙類)音の「氣」・サ音の「佐」・ツ音の「都」・ニ音の「尓」・ノ(甲類)音の「努」・ノ(乙類)音の「能」・ヘ音の「弊」・メ(乙類)音の「米」・ヤ音の「夜」が使われ、音仮名では、ガ音の「何」・グ音の「隅」・ト(乙類)音の「得」が使われている。

 1句「波流能努尓」は「はるののに」と訓む。「波流」は「はる(春)」。「能」は連体助詞「の」。「努」は「の(野)」。「春の野」は「春の季節の野。春野。」をいう。「尓」は場所を示す格助詞「に」。
 2句「奈久夜汙隅比須」は「なくやうぐひす」と訓む。「奈久」は、カ行四段活用の自動詞「なく(鳴く)」(連体形)。「夜」は間投助詞「や」。「汙隅比須」は、824番歌の「于具比須」・827番歌の「宇具比須」と同じく、「うぐひす(鶯)」を表す。『日本大百科全書』は「ウグイス」の「人間生活との関係」の項で次のように述べている。

「梅に鶯」の組合せは日本の伝統的な詩歌や画にしばしばみられ、また物事の組合せが適切なことのたとえに使われる。この語がみられるのは、漢詩集『懐風藻(かいふうそう)』(751)以降のことで、それまでは「竹に鶯」が普通であった。梅も、もとは日本に自然分布せず、飛鳥(あすか)時代に中国から持ち込まれたものであり、『懐風藻』の「梅と鶯」の詩も中国の詩が下敷きになっている。中国の「鶯」は、全長26センチメートルもある黄と黒の配色が美しいコウライウグイス科のコウライウグイスをさす。また、夜鳴き鶯、小夜(さよ)鳴き鳥などの異名がたくさんあるヨーロッパ産の小鳥は、ヒタキ科ツグミ亜科のナイチンゲールである。
 日本のウグイスは、江戸時代から、鳴き声を楽しむために飼われ、夜間も照明を与えることにより、さえずりの始まる時期を早めて正月に鳴かせる「夜飼い」、米糠(こめぬか)、大豆粉、魚粉を混合したものを水で練って、ウグイスなどの食虫性の小鳥の飼養を容易にした「擂餌(すりえ)」などの技術を発達させてきた。(以下、省略)

 3句「奈都氣牟得」は「なつけむと」と訓む。「奈都氣牟」は、カ行下二段活用の他動詞「なつく」の未然形+意志の助動詞「む」(終止形)=「なつけむ」。「なつく」は「なつくようにする。親しみなつかせる。てなずけて従わせる。」の意。「得」は格助詞「と」で「として」の意。
 4句「和何弊能曽能尓」は「わがへのそのに」と訓む。この句は、816番歌4句「和我覇能曽能尓」と「が」と「へ」の表記が異なるだけで、同句。「和」は、自称の「わ(我)」。「何」は連体助詞「が」。「弊」は「へ(家)」。「能」は1句と同じく、連体助詞「の」。「曽能」は「その(園)」。「尓」は1句に同じで、場所を示す格助詞「に」。
 5句「汙米何波奈佐久」は「うめがはなさく」と訓む。「汙米」は「うめ(梅)」。「何」は4句と同じく、連体助詞「が」。「波奈」は「はな(花)」。「うめがはな」について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は「梅が花 梅の花。『梅の花』の用例が多いが、『梅が花』の例も八四五に見える。『……が花』の例は、中央語に少なく、記紀歌謡や東歌・防人歌に見られることから、古い用法の方言的残存ともいわれる。」と注している。「佐久」は、カ行四段活用の自動詞「さく(咲く)」。
 837番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  はるののに なくやうぐひす
  なつけむと わがへのそのに 
  うめがはなさく

  春の野に 鳴くや鴬
  なつけむと 我が家の園に
  梅が花咲く

  春の野で 鳴いているうぐいすを
  手なずけようとして わが家の園で
  梅の花が咲いているよ
タグ:万葉集
posted by 河童老 at 13:46| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする