2017年01月18日

『万葉集』を訓(よ)む(その1124)

 今回は、835番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の二十一首目。作者は「藥師(くすりし)高氏義通(かうしのよしみち)」。「薬師」(829番歌に既出)は、大宰府所属の医師、定員は二名で、当時、829番歌の作者「張氏福子」と本歌の作者「高氏義通」の二名が「薬師」であった。「高氏」は、高田、高橋、高向、高丘などがあるが、医術者としては、高麗から帰化した高氏であることも考えられる。「義通」は伝不明。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。 

  波流佐良婆 阿波武等母比之 烏梅能波奈
  家布能阿素毗尓 阿比美都流可母
                 [藥師高氏義通] 

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、シ音の「之」・ナ音の「奈」・ヒ(甲類)音の「比」・ラ音の「良」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、ア音の「阿」・ル音の「流」が、そして平仮名の字源となった常用音仮名では、ハ音の「波」・ミ(甲類)音の「美」・ム音の「武」が使われている。その他の常用音仮名としては、カ音の「可」・ケ(甲類)音の「家」・サ音の「佐」・ツ音の「都」・ト(乙類)音の「等」・ニ音の「尓」・ノ(乙類)音の「能」・バ音の「婆」・ビ(甲類)音の「毗」・フ音の「布」・モ音の「母」が使われ、音仮名では、ウ音の「烏」・ソ音の「素」・メ(乙類)音の「梅」が使われている。

 1句「波流佐良婆」は「はるさらば」と訓む。「波流」は「はる(春)」。「佐良婆」は、ラ行四段活用の自動詞「さる」の未然形「さら」+仮定条件を示す接続助詞「ば」=「さらば」。「春になったら」の意。
 2句「阿波武等母比之」は「あはむともひし」と訓む。「阿波武」は、ハ行四段活用の他動詞「あふ(逢ふ)」の未然形「あは」+意思・意向の助動詞「む」=「あはむ」。「等」は格助詞「と」。「母比」は、ハ行四段活用の他動詞「もふ」の連用形「もひ」。「もふ」は「おもふ(思ふ)」に同じ。「之」は回想の助動詞「き」の連体形「し」。
 3句「烏梅能波奈」は「うめのはな」と訓む。この句は、831番歌の3句などと同句。「烏梅」は「うめ(梅)」。「能」は、連体助詞「の」。「波奈」は「はな(花)」。
 4句「家布能阿素毗尓」は「けふのあそびに」と訓む。「家布」は「けふ(今日)」。「けふ」は832番歌にも既出で、「話し手が、今身を置いている、その日。」をいう。「能」は3句に同じで、連体助詞「の」。「阿素毗」は、825番歌に、バ行四段活用の自動詞「あそぶ(遊ぶ)」の連用形「あそび」として既出だが、ここはそれが名詞化したもので、この日の「宴遊」を言う。「尓」は格助詞「に」。
 5句「阿比美都流可母」は「あひみつるかも」と訓む。「阿比美」は、マ行上一段活用の自動詞「あひみる(相見る)」の連用形「あひみ」を表す。この「あひみ」は、2句の「あはむ」と共に「梅の花」を擬人化して表現したもので、831番歌を意識して詠まれたものと思われる。「都流」は、完了の助動詞「つ」の連体形「つる」。「可母」は、詠嘆の終助詞「かも」。
 835番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  はるさらば あはむともひし うめのはな 
  けふのあそびに あひみつるかも

  春さらば 逢はむと思ひし 梅の花
  今日の遊びに 相見つるかも

  春になったら 逢おうと思っていた 梅の花に 
  今日のこの宴で お互いに逢うことができましたね
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 14:49| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする