2017年02月17日

『万葉集』を訓(よ)む(その1134)

 今回は、845番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の三十一首目。作者は「筑前掾(つくしのみちのくちのじよう)門氏石足(もんしのいはたり)」。阿蘇『萬葉集全歌講義』に「筑前掾門氏石足 筑前掾は、筑前国庁の三等官。従七位上相当官。筑前国は、福岡県中部から北西にかけての地域。門氏石足は、門部連石足。天平二年十一月、大伴旅人が大納言に任ぜられて帰京するにあたっての送別の宴で詠んだ歌(4・五六八)があった。」とある。568番歌は、題詞に「大宰帥大伴卿被任大納言臨入京之時府官人等餞卿筑前國蘆城驛家歌四首」とある四首の第一首で、その左注に「右一首筑前掾門部連石足」とあった。
 写本に異同はなく、 原文は次の通り。

  宇具比須能 麻知迦弖尓勢斯 宇米我波奈 
  知良須阿利許曽 意母布故我多米
                 [筑前掾門氏石足]

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、ウ音の「宇」・ソ(乙類)音の「曽」・ナ音の「奈」・ヒ(甲類)音の「比」・ラ音の「良」・リ音の「利」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、ア音の「阿」・ス音の「須」・タ音の「多」が、そして平仮名の字源となった常用音仮名では、チ音の「知」・ハ音の「波」が使われている。その他の常用音仮名としては、オ音の「意」・ガ音の「我」・グ音の「具」・コ(乙類)音の「許」・シ音の「斯」・セ音の「勢」・テ音の「弖」・ニ音の「尓」・ノ(乙類)音の「能」・フ音の「布」・マ音の「麻」・メ(乙類)音の「米」・モ音の「母」が使われ、準常用音仮名ではコ(甲類)音の「故」が、そして音仮名ではカ音の「迦」・ズ音の「須」が使われている。

 1句「宇具比須能」は「うぐひすの」と訓む。この句は、841番歌1句「于遇比須能」と「うぐひす」の「うぐ」の表記が異なるだけで、同句。「宇具比須」は「うぐひす(鶯)」。「能」は格助詞「の」。
 2句「麻知迦弖尓勢斯」は「まちかてにせし」と訓む。「麻知」は、タ行四段活用の他動詞「まつ(待つ)」の連用形「まち」。「迦弖」は、タ行下二段活用の自動詞「かつ」の未然形「かて」。「かつ」は、補助動詞として用いられ、動詞の連用形に付いて、「…するに耐える。…することができる。」の意を表わす。多く未然形には打消の助動詞「ず」、終止形には打消の意志・推量を表わす助動詞「ましじ」が接続するが、ここは、未然形「かて」の下に打消の助動詞「ず」の連用形「に」(「尓」で表記)が続いた「かてに」という形。「勢斯」は、サ行変格活用の他動詞「す(為)」の未然形「せ」+過去回想の助動詞「き」の連体形「し」=「せし」。この句は次の「梅が花」を修飾したもの。
 3句「宇米我波奈」は「うめがはな」と訓む。「宇米」は「うめ(梅)」。「我」は連体助詞「が」。「波奈」は「はな(花)」。「梅が花」は、837番歌にも既出で、そこで述べたように「梅の花」の古い言い方かと思われる。
 4句「知良須阿利許曽」は「ちらずありこそ」と訓む。「知良」は、ラ行四段活用の自動詞「ちる(散る)の未然形「ちら」。「須」はス音の常用音仮名として1句の「うぐひす」の「す」の表記に用いられていたが、ここの「須」はズ音の音仮名として用いたもので、打消の助動詞「ず」(連用形)を表す。「阿利」は、ラ行変格活用の自動詞「あり」(連用形)。「許曽」(807番歌に既出)は、に誂え望む意をあらわす終助詞「こそ」。この句は「散らずにあってほしい」と梅に言ったもの。
 5句「意母布故我多米」は「おもふこがため」と訓む。「意母布」は、ハ行四段活用の他動詞「おもふ(思ふ)」(連体形)。ここの「おもふ」は、「慕わしく感じる。恋しがる。愛する。また、大切にする。」ことをいう。「故」は愛称の「こ(子)」で、「おもふ子」は「自分が恋い慕っている人。恋人。思い人。」の意。「我」は3句に同じで、連体助詞「が」。「多米」は「ため(為)」で、助詞「が」「の」の付いた体言、または用言の連体形に接続し、形式名詞として用いることが多く、ここもその例。「ため」の上にくる言葉が、下にのべる恩恵、利益を受ける関係にあることを示す。「…の利益となるように。」の意。
 この句の「思ふ子」については、作者の愛する娘をさすとする説と、ウグイスをさすとする説がある。後者の説を採る阿蘇『萬葉集全歌講義』は次のように述べている。

 思ふ子がため 「思ふ子」は、ここは、ウグイスをさす。作者の愛する娘をさすとする説もあるが、それでは、上二句の表現が無意味になる。季節の鳥や動物とその季節の植物とを親しみ合い愛し合うものとして、詠んだ例は、他にもある。
 秋萩の散り過ぎ行かばさ男鹿はわび鳴きせむな見ずはともしみ
                  (10・二一五二)
 秋萩の咲きたる野辺にさ男鹿は散らまく惜しみ鳴き行くものを
                  (10・二一五五)

 これに対して、前者の説を採る『新日本古典文学大系』は、その脚注で次のように述べている。

▽ 「思ふ児」は万葉集に他に四例見えるが、すべて自分が恋しく思う人。「我がやどの一群萩を思ふ児に見せずほとほと散らしつるかも(一五六五)は、「思ふ児」にこそ花を見せたかったと嘆く歌。「我が背子に見せむと思ひし梅の花」(一四二六)、また「桜花散りて流らふ見む人もがも」(一八六六)など、花を讃えて、それを自分の大切な人に見せたいと表現することが多い。

 以上、二説を紹介したが、「思ふ子」の例から見れば『新日本古典文学大系』に軍配をあげたくなるが、澤瀉『萬葉集注釋』は「思ふ子」の例を挙げた上で、次のように述べており、これを読むと『萬葉集全歌講義』の説も捨てがたく思えてくる。

 かうした作を見ると、今も「思ふ子」を吾が思ふ子と見るのが自然なやうに思はれる。しかしこの第二句をたゞ梅の為の單なる修飾と見すごすべきであらうか。代匠記にも一説として、吾が思ふ子と解する為には「鶯サヘ待カネシ梅ノ花ト意得ベシ」とあるやうに「さへ」といふ句が加へられてをり、「鶯も」とあればその意明らかであるが、「鶯の待ちかてにせし」といふ云ひ方が、いかにも鶯がこの作の主役をなしてゐる感を與へ、結句に至つて突然「思ふ子」とだけあるを、「吾が思ふ子」と解するのは、むしろ右にあげたやうな諸例にたよりすぎたもので、私注に云はれるやうに「此の歌の調子」としてはむしろ結句は初二句に呼應したものとして、鶯を擬人したものが當つてはゐないであらうか。前(八二四、八四二)の「散らまく惜しみ」も鶯の心であり、今も鶯が待ちかねてゐた梅を、その鶯の為に散らずにと願ふ心はうなづかれる事と思ふ。特にこの巻には琴の娘子の歌があり、「梅の花夢に語らく」(八五二)ともあつて、鶯を「思ふ子」といふ事も十分認められると考へる。動物に「子」と云つた例は他に無いが、男より女に多く用ゐられる代名詞「汝(な)」がまた小鳥に用ゐられる(三・二六六)やうに、「子」といふ言葉が鶯に用ゐられる事もふさはしく「思ふ人」となくて「思ふ子」とある點も考へられてよい。たゞ支柱に「梅の花の思ふ子」とあるはどうであらう。花の咲くのを待つてゐ他のは鶯であり、梅はうけ身の形で、その思ふといふのも「梅を思ふ鶯」と見るのが自然である。右に例にあげた「思ふ子」は吾が思ふ子で、「子」は思はれる相手であるが、「思ふらむその人」((十一・二五六九)などといふ例もあつて、その「人」は「思ふ」の對象では無くて、思ふ主である。それと同じくこの「思ふ」の主は鶯であつてよい。そのやうに思うてゐる鶯の為に、と解し得ると思ふがどうであらうか。

 845番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  うぐひすの まちかてにせし うめがはな
  ちらずありこそ おもふこがため

  鴬の 待ちかてにせし 梅が花
  散らずありこそ 思ふ子がため

 なお、今回口訳については、二説を併記しておく。

『新日本古典文学大系』
 鶯が待ちかねていた梅の花よ。散らずにいてくれ。私の愛する人のために。

『萬葉集全歌講義』
 うぐいすが待ちかねていた梅の花よ。散らずにいてほしい。あなたを愛しているかわいいうぐいすのために。
ラベル:万葉集
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2017年02月15日

『万葉集』を訓(よ)む(その1133)

 今回は、844番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の三十首目。作者は「小野氏國堅(をのしのくにかた)」。阿蘇『萬葉集全歌講義』に「小野朝臣国堅。国方、国賢とも書く。天平九年十二月から、同十八年十一月まで、多数の文書に、経師、また写経司の史生、舎人、令史として署名している。はじめ無位、天平十一年九月には、大初位上とみえる。」とある。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  伊母我陛邇 由岐可母不流登
  弥流麻提尓
  許々陀母麻我不 烏梅能波奈可毛
          [小野氏國堅] 

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、ナ音の「奈」・フ音の「不」・モ音の「毛」・ユ音の「由」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、イ音の「伊」・ル音の「流」が、そして平仮名の字源となった常用音仮名では、ハ音の「波」が使われている。その他の常用音仮名としては、カ音の「可」・ガ音の「我」・キ(甲類)音の「岐」・コ(乙類)音の「許」・ダ音の「陀」・ト(乙類)音の「登」・ニ音の「尓」・ノ(乙類)音の「能」・マ音の「麻」・ミ(甲類)音の「弥」・モ音の「母」が使われ、準常用音仮名ではデ音の「提」が、そして音仮名では、ウ音の「烏」・ニ音の「邇」・ヘ(甲類)「陛」・メ(乙類)音の「梅」が使われている。

 一句「伊母我陛邇」は「いもがへに」と訓む。「伊母」は「いも(妹)」。「我」は連体助詞「が」。「陛」は「へ(家)」。「邇」は場所を示す格助詞「に」。この句は、「藤原朝臣(ふぢはらのあそみ)八束(やつか)」が「梅(うめ)」を題材に詠んだ譬喩歌の398・399番歌の1句「妹家尓」と同句と見て良い。ただし、398・399番歌の場合は「家」をイヘと二音に訓む説と、へと一音に訓む説があり、「伊毛我伊敝尓(イモガイヘニ)」(3952)、「伎美我伊敝能(キミガイヘノ)」(4503)などの例や、「伊毛賀伊敝乃安多里(イモガイヘノアタリ)」(3423)の例をみると、五音句・七音句において字余りになってもイ音節を省いていないことから、イ音節を脱落させないで丁寧にイヘと二音に訓んでおいた。
 2句「由岐可母不流登」は「ゆきかもふると」と訓む。「由岐」は「ゆき(雪)」であるが、カ行四段活用の自動詞「ゆく(行く)」の連用形の「ゆき」と懸けていると見る説もある。「可」は疑問の係助詞「か」。「母」は詠嘆の係助詞「も」。「不流」は、ラ行四段活用の自動詞「ふる(降る)」(連体形)。「登」は格助詞「と」。
 3句「弥流麻提尓」は「みるまでに」と訓む。「弥流」は、マ行上一段活用の他動詞「みる(見る)」(連体形)。「麻提」は、副助詞「まで」。「尓」は格助詞「に」。副助詞「まで」については、『岩波古語辞典』が次のように解説している。
 
 まで 体言または用言の連体形を承ける。格助詞「の」「に」と共に用いる
ときは、格助詞「の」「に」の上に位置する。「まで」は一つの時点で事が始まり、それが次第に進行して行き、ある極限的な状態に到る意を示す語であるが、程度にも用いられて、ある限度に達する意を表わす。(中略)奈良時代の例では、「までに」として用いる場合が少なくない。
 平安時代になると、女流文学の中には、「…と思われるほどに」と訳されるような、程度を表わすものが多くなる。そして、形容詞連体形を承ける例が多い。後に、「…にすぎない」「…だけ」と限定・確認・強調の意を表わす用法も生じた。

 ここの「までに」は程度を表わす用法で、「みるまでに」は「見まちがえるほどに」と訳して良い。
 4句「許々陀母麻我不」は「ここだもまがふ」と訓む。「許々陀」は、689番歌他に「幾許」の表記で既出の「ここだ」を表わす。「ここだ」は、数量の多さや程度の甚だしさを示す副詞で、「こんなにもはなはだしく。こんなにも多く。」の意。「母」は係助詞「も」。「麻我不」は、ハ行四段活用の自動詞「まがふ(紛ふ)」(連体形)。「まがふ」は分けることができないほどに入りまじる。まじりあって区別がしにくい。」ことをいう。
 5句「烏梅能波奈可毛」は「うめのはなかも」と訓む。この句は、828番歌5句「烏梅能波奈加母」と「かも」の表記が異なるだけで同句。「烏梅能波奈」は、「うめのはな(梅の花)」。「可毛」は、詠嘆の終助詞「かも」。
 844番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  いもがへに ゆきかもふると
  みるまでに 
  ここだもまがふ うめのはなかも

  妹が家に 雪かも降ると
  見るまでに
  ここだもまがふ 梅の花かも

  いとしい妻の家に(行き)(そのユキではないが) 雪が降っているのかと
  見まちがえるほどに
  しきりに散り乱れている 梅の花よ
ラベル:万葉集
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2017年02月13日

『万葉集』を訓(よ)む(その1132)

 今回は、843番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の二十九首目。作者は「土師氏御道(はじしのおみち)」。阿蘇『萬葉集全歌講義』に「水道とも。姓は宿袮。字は志婢麻呂。巻四・五五七・五五八に、筑紫から上京途中の歌があった。大舎人当時の歌が、巻十六・三八四四。」とあるように、557・558番歌の作者として既出で、その題詞では「土師宿祢(はにしのすくね)水道(みみち)」とあった。『新編日本古典文学全集』の「人名一覧」には「伝未詳。御道・水通とも記し、字(あざな)を志婢麻呂(しびまろ)といった。天平二年の梅花宴で歌を詠み(八四三)、また色の黒い同僚を笑う戯笑歌を作ったことがある。ハニシは約めてハジともいう。」とある。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  宇梅能波奈 乎理加射之都々
  毛呂比登能 阿蘇夫遠美礼婆
  弥夜古之叙毛布
            [土師氏御道]

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、ウ音の「宇」・カ音の「加」・シ音の「之」・ナ音の「奈」・ヒ(甲類)音の「比」・モ音の「毛」・レ音の「礼」・ロ音の「呂」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、ア音の「阿」・ヲ音の「乎」が、そして平仮名の字源となった常用音仮名では、ハ音の「波」・ミ(甲類)音の「美」が使われている。その他の常用音仮名としては、コ(甲類)音の「古」・ザ音の「射」・ソ(甲類)音の「蘇」・ゾ(乙類)音の「叙」・ツ音の「都」・ト(乙類)音の「登」・ノ(乙類)音の「能」・バ音の「婆」・フ音の「布」・ブ音の「夫」・ミ(甲類)音の「弥」・ヤ音の「夜」・リ音の「理」が使われ、準常用音仮名ではヲ音の「遠」が、そして音仮名ではメ(乙類)音の「梅」が使われている。

 1句「宇梅能波奈」は「うめのはな」と訓む。この句は、838番歌1句などと、「うめ」の「う」の仮名表記が異なるだけで同句。「宇梅」は「うめ(梅)」。「能」は、連体助詞「の」。「波奈」は「はな(花)」。
 2句「乎理加射之都々」は「をりかざしつつ」と訓む。この句は、828番歌の2句と同句。「乎理加射之」は、サ行四段活用の他動詞「をり(折り)かざす」の連用形「をりかざし」。「をりかざす」は「木の枝や、花などを折って頭髪の飾りとする」ことをいう。「都々」は、接続助詞「つつ」。
 3句「毛呂比登能」は「もろひとの」と訓む。「毛呂比登」は、832番歌3句の「母呂比得」に同じで、「もろひと(諸人)」を表し、「多くの人々」の意。「もろ」は、多く名詞の上に付いて用いられ、「全てのもの、多くのものの、」の意を表す語素。「能」は格助詞「の」。
 4句「阿蘇夫遠美礼婆」は「あそぶをみれば」と訓む。「阿蘇夫」は、バ行四段活用の自動詞「あそぶ(遊ぶ)」(連体形)。「遠」は格助詞「を」。「美礼婆」は、マ行上一段活用の他動詞「みる(見る)」の已然形「み礼」+既定条件を示す接続助詞「ば」=「みれば」。
 5句「弥夜古之叙毛布」は「みやこしぞもふ」と訓む。「弥夜古」は「みやこ(都)」で、奈良の都をさす。「之」は副助詞「し」。「叙」は係助詞「ぞ」。「毛布」は、ハ行四段活用の他動詞「もふ」(連体形)。「もふ」は「おもふ(思ふ)」に同じ。
 この句について、澤瀉『萬葉集注釋』は次のように注している。

 都しぞ思ふ − 「し」は強意の助詞。「おもふ」の「お」を略する例は前(八三五)にもあつた。ここは結句であるから單獨母音節オがある八音はむしろ例にかなふわけであるが、オを略して七音としたもので、「もふ」といふ云ひ方が相當行はれてゐた事が考へられる。

 843番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  うめのはな をりかざしつつ
  もろひとの あそぶをみれば 
  みやこしぞもふ

  梅の花 折りかざしつつ
  諸人の 遊ぶを見れば
  都しぞ思ふ

  梅の花を 手折り髪にかざしながら
  多くの人びとが 楽しく遊ぶのを見ると
  そぞろに奈良の都が偲ばれる
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 15:09| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする