2017年02月09日

『万葉集』を訓(よ)む(その1131)

 今回は、842番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の二十八首目。作者は「薩摩目(さつまのさくわん)高氏海人(かうしのあま)」。阿蘇『萬葉集全歌講義』に「薩摩国は中国。目は、大初位下相当官。高氏海人は、伝不明。高氏は、高田、高橋、高向、高丘氏など。」とある。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  和我夜度能 烏梅能之豆延尓 阿蘇毗都々
  宇具比須奈久毛 知良麻久乎之美
              [薩摩目高氏海人] 

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、ウ音の「宇」・ク音の「久」・シ音の「之」・ナ音の「奈」・ヒ(甲類)音の「比」・モ音の「毛」・ラ音の「良」・ワ音の「和」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、ア音の「阿」・ス音の「須」・ヲ音の「乎」が、そして平仮名の字源となった常用音仮名では、チ音の「知」・ミ(甲類)音の「美」が使われている。その他の常用音仮名としては、ガ音の「我」・グ音の「具」・ソ(甲類)音の「蘇」・ツ音の「都」・ヅ音の「豆」・ド(甲類)音の「度」・ニ音の「尓」・ノ(乙類)音の「能」・ビ(甲類)音の「毗」・マ音の「麻」・ヤ音の「夜」・エ音の「延」が使われ、音仮名では、ウ音の「烏」・メ(乙類)音の「梅」が使われている。

 1句「和我夜度能」は「わがやどの」と訓む。この句は、826番歌の3句と同句。「和」は自称の「わ(我)」であるが、ここでは「われら」の意で、作者を含めた梅花の宴に参列している人々をさす。「我」は連体助詞「が」。「夜度」は、「やど(屋戸)」で「家の戸口のあたり。家のまわりの庭。庭さき。」の意。「わがやど」は、824番歌の「わがその」とほぼ同意で、大伴旅人の邸宅の庭をさす。「能」は連体助詞「の」。
 2句「烏梅能之豆延尓」は「うめのしづえに」と訓む。「烏梅」は「うめ(梅)」。「能」は1句に同じで連体助詞「の」。「之豆延」は、「しづえ(下枝)」で、「下の方の枝。したえだ。」の意。「尓」は場所を示す格助詞「に」。827番歌5句に「烏梅我志豆延尓(うめがしづえに)」とあったのと同意。
 3句「阿蘇毗都々」は「あそびつつ」と訓む。「阿蘇毗」は、バ行四段活用の自動詞「あそぶ(遊ぶ)」の連用形「あそび」。「都々」は、接続助詞「つつ」。
 4句「宇具比須奈久毛」は「うぐひすなくも」と訓む。「宇具比須」(827番歌に既出)は、「うぐひす(鶯)」。「奈久」は、カ行四段活用の自動詞「なく(鳴く)」(終止形)。「毛」は詠嘆の終助詞「も」。
 5句「知良麻久乎之美」は「ちらまくをしみ」と訓む。この句は、824番歌2句「知良麻久怨之美」と「を」の表記が異なるだけの同句。「知良麻久」は、ラ行四段活用の自動詞「ちる(散る)」の未然形「ちら」+推量の助動詞「む」=「ちらむ」のク語法「ちらまく」を表し、「散らむこと」の意。「乎之」は、シク活用形容詞「をし(惜し)」(語幹)を表す。「美」は原因・理由を表す接続助詞「み」。接続助詞「み」については、先に『岩波古語辞典』の基本助詞解説を引用したが、次に再掲しておこう。

み 従来、接尾語として説かれている「瀬を早み」「風をいたみ」などの「み」は、その機能からみて、接続助詞と考えたい。形容詞(まれに、形容詞型活用の助動詞)の語幹につく。多く上に助詞「を」を伴い、「…のゆえに」「…なので」の意で、原因・理由をあらわす。

 842番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  わがやどの うめのしづえに あそびつつ
  うぐひすなくも ちらまくをしみ

  我がやどの 梅の下枝に 遊びつつ
  鴬鳴くも 散らまく惜しみ

  我々のこの家の 梅の木の下枝で 遊びながら
  うぐいすが鳴いているよ 梅の花の散るのを惜しんで
ラベル:万葉集
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2017年02月07日

『万葉集』を訓(よ)む(その1130)

 今回は、841番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の二十七首目。作者は「對馬目(つしまのさくわん)高氏老(かうしのおゆ)」。阿蘇『萬葉集全歌講義』に「対馬目は、少初位上相当官。対馬国は下国で、介・掾を欠く。高氏老は、不明。日本古代人名辭典に、天平十七年(七四五)頃、雅楽少允正六位上で、天平勝宝二年(七五〇)に正六位上から外従五位下になった高向村主老(たかむこのすぐりおゆ)を同一人物か、とし、全集・釈注も、同人か、とする。天平二年に、少初位上であったとすると、十七年までの十五年の間に、少初位上から正六位上まで十四階級昇叙したことになるが、位階相当より高位の者が多いから、この時すでに大初位上位であったかも知れない。」とある。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

   于遇比須能 於登企久奈倍尓 烏梅能波奈
   和企弊能曽能尓 佐伎弖知流美由
                  [對馬目高氏老]

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、オ音の「於」・ク音の「久」・ソ(乙類)音の「曽」・ナ音の「奈」・ヒ(甲類)音の「比」・ユ音の「由」・ワ音の「和」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、ス音の「須」・ル音の「流」が、そして平仮名の字源となった常用音仮名では、チ音の「知」・ハ音の「波」・ミ(甲類)音の「美」が使われている。その他の常用音仮名としては、キ(甲類)音の「伎」・サ音の「佐」・テ音の「弖」・ト(乙類)音の「登」・ニ音の「尓」・ノ(乙類)音の「能」・ヘ(甲類)音の「弊」・へ(乙類)音の「倍」が使われ、音仮名では、ウ音の「于」と「烏」・キ(甲類)音及びギ(甲類)音の「企」・グ音の「遇」・メ(乙類)音の「梅」が使われている。

 1句「于遇比須能」は「うぐひすの」と訓む。「于遇比須」は、824番歌の「于具比須」・827番歌の「宇具比須」・837番歌の「汙隅比須」と同じく、「うぐひす(鶯)」を表す。「能」は連体助詞「の」。
 2句「於登企久奈倍尓」は「おときくなへに」と訓む。「於登」は「おと(音)」。ここの「おと」は、「鳥や鹿などの動物の声」の意で、特に、遠方から聞こえてくるような場合に使われ、ここでは遠く聞こえる「鶯の鳴き声」をさす。「企久」は、カ行四段活用の他動詞「きく(聞く)」(連体形)。「奈倍」は、接続助詞「なへ」。活用語の連体形を受け、ある事態と同時に、他の事態の存することを示す上代語で、「…とともに。…にあわせて。…するちょうどその時に。」の意。「尓」は格助詞「に」。『日本国語大辞典』の「なへ」の語誌欄には次のように述べられている。

(1)「へ」の万葉仮名には「倍」「戸」が用いられているので、下二段活用動詞「並ぶ」または「並む」の連用形が語源で、したがって「なべ」と第二音節を濁音にみる説もあったが、借訓仮名では「苗」字が用いられているところから、第二音節は清音であると考えられるようになっている。清音とした場合、格助詞「に」に下二段活用他動詞連用形の「合(あ)へ」が付いたものとする説(日本古典文学大系‐万葉集四・四一三五注〈大野晉〉)、連体格助詞「な」に名詞「上(へ)」または「上(うへ)」が付いたものとする説(時代別国語大辞典‐上代編)などがある。なお、「な」には音の意味の「ね」または「な」である可能性もある。
(2)「並ぶ」が語源で「とともに」の意とする説(石垣謙二「助詞の歴史的研究」)、一つの事柄に他の事柄が偶然に継起併存する関係で、「…するまさにその時に」「…につれて」「…とともに」の意とする説(時代別国語大辞典‐上代編)、「万葉集」の実例がいずれも、聴覚的な事態の認識を契機としてとらえた視覚的事態に対する感動を叙したものとみられるところから、「そういえば…」「なるほど…」というニュアンスが感じられるとする説(日本文法大辞典)などがある。なお、「万葉‐一二・三二〇二」の「柔田津に舟乗りせむと聞きし苗(なへ)なにかも君が見え来ざるらむ〈作者未詳〉」のような例では、「その時にして、しかも」「…のに」という語感が伴う。
(3)上代には「なへ」単独でも、また格助詞「に」を伴った「なへに」の形でも用いられたが、中古以後は「なへに」の形のみとなる。

 3句「烏梅能波奈」は「うめのはな」と訓む。この句は、前歌(840番歌)の3句などと同句。「烏梅」は「うめ(梅)」。「能」は、連体助詞「の」。「波奈」は「はな(花)」。
 4句「和企弊能曽能尓」は「わぎへのそのに」と訓む。この句は、816番歌4句「和我覇能曽能尓」・837番歌4句「和何弊能曽能尓」の「わがへのそのに」と「わがへ」が「わぎへ」に変わっただけでほぼ同句。「和企弊」は「わぎへ(我家)」で、「わがへ」に同じ。「能」は連体助詞「の」。「曽能」は「その(園)」。「尓」は場所を示す格助詞「に」。
 5句「佐伎弖知流美由」は「さきてちるみゆ」と訓む。「佐伎」は、カ行四段活用の自動詞「さく(咲く)」の連用形「さき」。「弖」は接続助詞「て」。「知流」は、ラ行四段活用の自動詞「ちる(散る)」。「美由」は、ヤ行下二段活用の自動詞「みゆ(見ゆ)」。
 この句について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は「咲きて散る見ゆ 咲いて散るのが見える。『咲きて散る』は、ただ『散る』というのにくらべて、咲いているイメージがこめられるので、美しいものの散り過ぎる哀感がより深く印象づけられる。」と注している。
 841番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  うぐひすの おときくなへに うめのはな
  わぎへのそのに さきてちるみゆ

  鴬の 音聞くなへに 梅の花
  我家の園に 咲きて散る見ゆ

  うぐいすの 声を聞く折しも 梅の花が
  我が家の園に 咲きかつ散っているのが見える
ラベル:万葉集
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2017年02月03日

『万葉集』を訓(よ)む(その1129)

 今回は、840番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の二十六首目。作者は「壹岐目(いきのさくわん)村氏彼方(そんしのをちかた)」。阿蘇『萬葉集全歌講義』に「壱岐は下国。介・掾を欠き、目は、少初位上相当官。村氏は、村国、村山、村君、村上氏など。彼方は、伝不明。」とある。
 写本の異同としては、1句の初めの二字<波流>を『西本願寺本』が「流波」と書いていることが挙げられる。『西本願寺本』には、上下交替の印がつけられているので、「波流」を原文として良いだろう。原文は次の通り。

  <波流>楊那宜 可豆良尓乎利志 烏梅能波奈
  多礼可有可倍志 佐加豆岐能倍尓
                 [壹岐目村氏彼方]

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、カ音の「加」・ナ音の「奈」・ラ音の「良」・リ音の「利」・レ音の「礼」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、タ音の「多」・ル音の「流」・ヲ音の「乎」が、そして平仮名の字源となった常用音仮名では、ハ音の「波」が使われている。その他の常用音仮名としては、カ音の「可」・キ(甲類)音の「岐」・ギ(乙類)音の「宜」・サ音の「佐」・シ音の「志」・ヅ音の「豆」・ナ音の「那」・ニ音の「尓」・ノ(乙類)音の「能」・へ(乙類)音の「倍」が使われ、音仮名では、ウ音の「有」と「烏」・メ(乙類)音の「梅」・ヤ音の「楊」が使われている。

 1句「波流楊那宜」は「はるやなぎ」と訓む。「波流」は「はる(春)」。「楊那宜」は「やなぎ(柳)」。「はるやなぎ(春柳)」は、817・825番歌に「あをやぎ(青柳)」と詠われ、またそれを受けて826番歌で「はるのやなぎ(春の柳)」と詠われたのと同じ。
 2句「可豆良尓乎利志」は「かづらにをりし」と訓む。「可豆良」(817・826番歌に既出)は、「かづら(鬘)」で、「上代、青柳、アヤメ、ユリ、藻草、稲穂などの種々の植物を、髪の飾りとしたもの。」をいう。「尓」は動作の目的を示す格助詞「に」。「乎利」(832番歌に既出)は、ラ行四段活用の他動詞「をる(折る)」の連用形「をり」。「志」は回想の助動詞「き」の連体形「し」。
 3句「烏梅能波奈」は「うめのはな」と訓む。この句は、835番歌の3句などと同句。「烏梅」は「うめ(梅)」。「能」は、連体助詞「の」。「波奈」は「はな(花)」。
 4句「多礼可有可倍志」は「たれかうかべし」と訓む。「多礼」は、不定称の代名詞「たれ(誰れ)」。「可」は疑問の係助詞「か」。「有可倍」は、バ行下二段活用の他動詞「うかぶ(浮かぶ)」の連用形「うかべ」。「志」は2句に同じで、回想の助動詞「き」の連体形「し」であるが、ここは上の係助詞「か」の係り結び。
 5句「佐加豆岐能倍尓」は「さかづきのへに」と訓む。「佐加豆岐」は「さかづき(酒杯)」。「さかづき(酒杯)」は、さか(酒)つき(杯)の意で、「酒を入れて飲むのに用いる小さな器」をいう。「能」は連体助詞「の」。「倍」は「へ(上)」。『日本国語大辞典』の「へ」の補注によれば、「『…のへ』という形だけが見られ、『うへ(上)』の変化したものと考えられるが、逆に語頭母音音節のない『へ』の形の方が『うへ』の原型だという説もある。」という。「尓」は場所を示す格助詞「に」。
 840番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  はるやなぎ かづらにをりし うめのはな 
  たれかうかべし さかづきのへに

  春柳 かづらに折りし 梅の花
  誰れか浮かべし 酒坏の上に
 
  春柳 この柳の縵のために手折った 梅の花を
  いったい誰が浮かべたのか この酒杯の上に
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 18:13| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする