2017年02月03日

『万葉集』を訓(よ)む(その1129)

 今回は、840番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の二十六首目。作者は「壹岐目(いきのさくわん)村氏彼方(そんしのをちかた)」。阿蘇『萬葉集全歌講義』に「壱岐は下国。介・掾を欠き、目は、少初位上相当官。村氏は、村国、村山、村君、村上氏など。彼方は、伝不明。」とある。
 写本の異同としては、1句の初めの二字<波流>を『西本願寺本』が「流波」と書いていることが挙げられる。『西本願寺本』には、上下交替の印がつけられているので、「波流」を原文として良いだろう。原文は次の通り。

  <波流>楊那宜 可豆良尓乎利志 烏梅能波奈
  多礼可有可倍志 佐加豆岐能倍尓
                 [壹岐目村氏彼方]

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、カ音の「加」・ナ音の「奈」・ラ音の「良」・リ音の「利」・レ音の「礼」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、タ音の「多」・ル音の「流」・ヲ音の「乎」が、そして平仮名の字源となった常用音仮名では、ハ音の「波」が使われている。その他の常用音仮名としては、カ音の「可」・キ(甲類)音の「岐」・ギ(乙類)音の「宜」・サ音の「佐」・シ音の「志」・ヅ音の「豆」・ナ音の「那」・ニ音の「尓」・ノ(乙類)音の「能」・へ(乙類)音の「倍」が使われ、音仮名では、ウ音の「有」と「烏」・メ(乙類)音の「梅」・ヤ音の「楊」が使われている。

 1句「波流楊那宜」は「はるやなぎ」と訓む。「波流」は「はる(春)」。「楊那宜」は「やなぎ(柳)」。「はるやなぎ(春柳)」は、817・825番歌に「あをやぎ(青柳)」と詠われ、またそれを受けて826番歌で「はるのやなぎ(春の柳)」と詠われたのと同じ。
 2句「可豆良尓乎利志」は「かづらにをりし」と訓む。「可豆良」(817・826番歌に既出)は、「かづら(鬘)」で、「上代、青柳、アヤメ、ユリ、藻草、稲穂などの種々の植物を、髪の飾りとしたもの。」をいう。「尓」は動作の目的を示す格助詞「に」。「乎利」(832番歌に既出)は、ラ行四段活用の他動詞「をる(折る)」の連用形「をり」。「志」は回想の助動詞「き」の連体形「し」。
 3句「烏梅能波奈」は「うめのはな」と訓む。この句は、835番歌の3句などと同句。「烏梅」は「うめ(梅)」。「能」は、連体助詞「の」。「波奈」は「はな(花)」。
 4句「多礼可有可倍志」は「たれかうかべし」と訓む。「多礼」は、不定称の代名詞「たれ(誰れ)」。「可」は疑問の係助詞「か」。「有可倍」は、バ行下二段活用の他動詞「うかぶ(浮かぶ)」の連用形「うかべ」。「志」は2句に同じで、回想の助動詞「き」の連体形「し」であるが、ここは上の係助詞「か」の係り結び。
 5句「佐加豆岐能倍尓」は「さかづきのへに」と訓む。「佐加豆岐」は「さかづき(酒杯)」。「さかづき(酒杯)」は、さか(酒)つき(杯)の意で、「酒を入れて飲むのに用いる小さな器」をいう。「能」は連体助詞「の」。「倍」は「へ(上)」。『日本国語大辞典』の「へ」の補注によれば、「『…のへ』という形だけが見られ、『うへ(上)』の変化したものと考えられるが、逆に語頭母音音節のない『へ』の形の方が『うへ』の原型だという説もある。」という。「尓」は場所を示す格助詞「に」。
 840番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  はるやなぎ かづらにをりし うめのはな 
  たれかうかべし さかづきのへに

  春柳 かづらに折りし 梅の花
  誰れか浮かべし 酒坏の上に
 
  春柳 この柳の縵のために手折った 梅の花を
  いったい誰が浮かべたのか この酒杯の上に
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 18:13| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする