2017年02月07日

『万葉集』を訓(よ)む(その1130)

 今回は、841番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の二十七首目。作者は「對馬目(つしまのさくわん)高氏老(かうしのおゆ)」。阿蘇『萬葉集全歌講義』に「対馬目は、少初位上相当官。対馬国は下国で、介・掾を欠く。高氏老は、不明。日本古代人名辭典に、天平十七年(七四五)頃、雅楽少允正六位上で、天平勝宝二年(七五〇)に正六位上から外従五位下になった高向村主老(たかむこのすぐりおゆ)を同一人物か、とし、全集・釈注も、同人か、とする。天平二年に、少初位上であったとすると、十七年までの十五年の間に、少初位上から正六位上まで十四階級昇叙したことになるが、位階相当より高位の者が多いから、この時すでに大初位上位であったかも知れない。」とある。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

   于遇比須能 於登企久奈倍尓 烏梅能波奈
   和企弊能曽能尓 佐伎弖知流美由
                  [對馬目高氏老]

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、オ音の「於」・ク音の「久」・ソ(乙類)音の「曽」・ナ音の「奈」・ヒ(甲類)音の「比」・ユ音の「由」・ワ音の「和」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、ス音の「須」・ル音の「流」が、そして平仮名の字源となった常用音仮名では、チ音の「知」・ハ音の「波」・ミ(甲類)音の「美」が使われている。その他の常用音仮名としては、キ(甲類)音の「伎」・サ音の「佐」・テ音の「弖」・ト(乙類)音の「登」・ニ音の「尓」・ノ(乙類)音の「能」・ヘ(甲類)音の「弊」・へ(乙類)音の「倍」が使われ、音仮名では、ウ音の「于」と「烏」・キ(甲類)音及びギ(甲類)音の「企」・グ音の「遇」・メ(乙類)音の「梅」が使われている。

 1句「于遇比須能」は「うぐひすの」と訓む。「于遇比須」は、824番歌の「于具比須」・827番歌の「宇具比須」・837番歌の「汙隅比須」と同じく、「うぐひす(鶯)」を表す。「能」は連体助詞「の」。
 2句「於登企久奈倍尓」は「おときくなへに」と訓む。「於登」は「おと(音)」。ここの「おと」は、「鳥や鹿などの動物の声」の意で、特に、遠方から聞こえてくるような場合に使われ、ここでは遠く聞こえる「鶯の鳴き声」をさす。「企久」は、カ行四段活用の他動詞「きく(聞く)」(連体形)。「奈倍」は、接続助詞「なへ」。活用語の連体形を受け、ある事態と同時に、他の事態の存することを示す上代語で、「…とともに。…にあわせて。…するちょうどその時に。」の意。「尓」は格助詞「に」。『日本国語大辞典』の「なへ」の語誌欄には次のように述べられている。

(1)「へ」の万葉仮名には「倍」「戸」が用いられているので、下二段活用動詞「並ぶ」または「並む」の連用形が語源で、したがって「なべ」と第二音節を濁音にみる説もあったが、借訓仮名では「苗」字が用いられているところから、第二音節は清音であると考えられるようになっている。清音とした場合、格助詞「に」に下二段活用他動詞連用形の「合(あ)へ」が付いたものとする説(日本古典文学大系‐万葉集四・四一三五注〈大野晉〉)、連体格助詞「な」に名詞「上(へ)」または「上(うへ)」が付いたものとする説(時代別国語大辞典‐上代編)などがある。なお、「な」には音の意味の「ね」または「な」である可能性もある。
(2)「並ぶ」が語源で「とともに」の意とする説(石垣謙二「助詞の歴史的研究」)、一つの事柄に他の事柄が偶然に継起併存する関係で、「…するまさにその時に」「…につれて」「…とともに」の意とする説(時代別国語大辞典‐上代編)、「万葉集」の実例がいずれも、聴覚的な事態の認識を契機としてとらえた視覚的事態に対する感動を叙したものとみられるところから、「そういえば…」「なるほど…」というニュアンスが感じられるとする説(日本文法大辞典)などがある。なお、「万葉‐一二・三二〇二」の「柔田津に舟乗りせむと聞きし苗(なへ)なにかも君が見え来ざるらむ〈作者未詳〉」のような例では、「その時にして、しかも」「…のに」という語感が伴う。
(3)上代には「なへ」単独でも、また格助詞「に」を伴った「なへに」の形でも用いられたが、中古以後は「なへに」の形のみとなる。

 3句「烏梅能波奈」は「うめのはな」と訓む。この句は、前歌(840番歌)の3句などと同句。「烏梅」は「うめ(梅)」。「能」は、連体助詞「の」。「波奈」は「はな(花)」。
 4句「和企弊能曽能尓」は「わぎへのそのに」と訓む。この句は、816番歌4句「和我覇能曽能尓」・837番歌4句「和何弊能曽能尓」の「わがへのそのに」と「わがへ」が「わぎへ」に変わっただけでほぼ同句。「和企弊」は「わぎへ(我家)」で、「わがへ」に同じ。「能」は連体助詞「の」。「曽能」は「その(園)」。「尓」は場所を示す格助詞「に」。
 5句「佐伎弖知流美由」は「さきてちるみゆ」と訓む。「佐伎」は、カ行四段活用の自動詞「さく(咲く)」の連用形「さき」。「弖」は接続助詞「て」。「知流」は、ラ行四段活用の自動詞「ちる(散る)」。「美由」は、ヤ行下二段活用の自動詞「みゆ(見ゆ)」。
 この句について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は「咲きて散る見ゆ 咲いて散るのが見える。『咲きて散る』は、ただ『散る』というのにくらべて、咲いているイメージがこめられるので、美しいものの散り過ぎる哀感がより深く印象づけられる。」と注している。
 841番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  うぐひすの おときくなへに うめのはな
  わぎへのそのに さきてちるみゆ

  鴬の 音聞くなへに 梅の花
  我家の園に 咲きて散る見ゆ

  うぐいすの 声を聞く折しも 梅の花が
  我が家の園に 咲きかつ散っているのが見える
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 22:12| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする