2017年02月13日

『万葉集』を訓(よ)む(その1132)

 今回は、843番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の二十九首目。作者は「土師氏御道(はじしのおみち)」。阿蘇『萬葉集全歌講義』に「水道とも。姓は宿袮。字は志婢麻呂。巻四・五五七・五五八に、筑紫から上京途中の歌があった。大舎人当時の歌が、巻十六・三八四四。」とあるように、557・558番歌の作者として既出で、その題詞では「土師宿祢(はにしのすくね)水道(みみち)」とあった。『新編日本古典文学全集』の「人名一覧」には「伝未詳。御道・水通とも記し、字(あざな)を志婢麻呂(しびまろ)といった。天平二年の梅花宴で歌を詠み(八四三)、また色の黒い同僚を笑う戯笑歌を作ったことがある。ハニシは約めてハジともいう。」とある。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  宇梅能波奈 乎理加射之都々
  毛呂比登能 阿蘇夫遠美礼婆
  弥夜古之叙毛布
            [土師氏御道]

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、ウ音の「宇」・カ音の「加」・シ音の「之」・ナ音の「奈」・ヒ(甲類)音の「比」・モ音の「毛」・レ音の「礼」・ロ音の「呂」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、ア音の「阿」・ヲ音の「乎」が、そして平仮名の字源となった常用音仮名では、ハ音の「波」・ミ(甲類)音の「美」が使われている。その他の常用音仮名としては、コ(甲類)音の「古」・ザ音の「射」・ソ(甲類)音の「蘇」・ゾ(乙類)音の「叙」・ツ音の「都」・ト(乙類)音の「登」・ノ(乙類)音の「能」・バ音の「婆」・フ音の「布」・ブ音の「夫」・ミ(甲類)音の「弥」・ヤ音の「夜」・リ音の「理」が使われ、準常用音仮名ではヲ音の「遠」が、そして音仮名ではメ(乙類)音の「梅」が使われている。

 1句「宇梅能波奈」は「うめのはな」と訓む。この句は、838番歌1句などと、「うめ」の「う」の仮名表記が異なるだけで同句。「宇梅」は「うめ(梅)」。「能」は、連体助詞「の」。「波奈」は「はな(花)」。
 2句「乎理加射之都々」は「をりかざしつつ」と訓む。この句は、828番歌の2句と同句。「乎理加射之」は、サ行四段活用の他動詞「をり(折り)かざす」の連用形「をりかざし」。「をりかざす」は「木の枝や、花などを折って頭髪の飾りとする」ことをいう。「都々」は、接続助詞「つつ」。
 3句「毛呂比登能」は「もろひとの」と訓む。「毛呂比登」は、832番歌3句の「母呂比得」に同じで、「もろひと(諸人)」を表し、「多くの人々」の意。「もろ」は、多く名詞の上に付いて用いられ、「全てのもの、多くのものの、」の意を表す語素。「能」は格助詞「の」。
 4句「阿蘇夫遠美礼婆」は「あそぶをみれば」と訓む。「阿蘇夫」は、バ行四段活用の自動詞「あそぶ(遊ぶ)」(連体形)。「遠」は格助詞「を」。「美礼婆」は、マ行上一段活用の他動詞「みる(見る)」の已然形「み礼」+既定条件を示す接続助詞「ば」=「みれば」。
 5句「弥夜古之叙毛布」は「みやこしぞもふ」と訓む。「弥夜古」は「みやこ(都)」で、奈良の都をさす。「之」は副助詞「し」。「叙」は係助詞「ぞ」。「毛布」は、ハ行四段活用の他動詞「もふ」(連体形)。「もふ」は「おもふ(思ふ)」に同じ。
 この句について、澤瀉『萬葉集注釋』は次のように注している。

 都しぞ思ふ − 「し」は強意の助詞。「おもふ」の「お」を略する例は前(八三五)にもあつた。ここは結句であるから單獨母音節オがある八音はむしろ例にかなふわけであるが、オを略して七音としたもので、「もふ」といふ云ひ方が相當行はれてゐた事が考へられる。

 843番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  うめのはな をりかざしつつ
  もろひとの あそぶをみれば 
  みやこしぞもふ

  梅の花 折りかざしつつ
  諸人の 遊ぶを見れば
  都しぞ思ふ

  梅の花を 手折り髪にかざしながら
  多くの人びとが 楽しく遊ぶのを見ると
  そぞろに奈良の都が偲ばれる
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 15:09| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする