2017年02月15日

『万葉集』を訓(よ)む(その1133)

 今回は、844番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の三十首目。作者は「小野氏國堅(をのしのくにかた)」。阿蘇『萬葉集全歌講義』に「小野朝臣国堅。国方、国賢とも書く。天平九年十二月から、同十八年十一月まで、多数の文書に、経師、また写経司の史生、舎人、令史として署名している。はじめ無位、天平十一年九月には、大初位上とみえる。」とある。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  伊母我陛邇 由岐可母不流登
  弥流麻提尓
  許々陀母麻我不 烏梅能波奈可毛
          [小野氏國堅] 

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、ナ音の「奈」・フ音の「不」・モ音の「毛」・ユ音の「由」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、イ音の「伊」・ル音の「流」が、そして平仮名の字源となった常用音仮名では、ハ音の「波」が使われている。その他の常用音仮名としては、カ音の「可」・ガ音の「我」・キ(甲類)音の「岐」・コ(乙類)音の「許」・ダ音の「陀」・ト(乙類)音の「登」・ニ音の「尓」・ノ(乙類)音の「能」・マ音の「麻」・ミ(甲類)音の「弥」・モ音の「母」が使われ、準常用音仮名ではデ音の「提」が、そして音仮名では、ウ音の「烏」・ニ音の「邇」・ヘ(甲類)「陛」・メ(乙類)音の「梅」が使われている。

 一句「伊母我陛邇」は「いもがへに」と訓む。「伊母」は「いも(妹)」。「我」は連体助詞「が」。「陛」は「へ(家)」。「邇」は場所を示す格助詞「に」。この句は、「藤原朝臣(ふぢはらのあそみ)八束(やつか)」が「梅(うめ)」を題材に詠んだ譬喩歌の398・399番歌の1句「妹家尓」と同句と見て良い。ただし、398・399番歌の場合は「家」をイヘと二音に訓む説と、へと一音に訓む説があり、「伊毛我伊敝尓(イモガイヘニ)」(3952)、「伎美我伊敝能(キミガイヘノ)」(4503)などの例や、「伊毛賀伊敝乃安多里(イモガイヘノアタリ)」(3423)の例をみると、五音句・七音句において字余りになってもイ音節を省いていないことから、イ音節を脱落させないで丁寧にイヘと二音に訓んでおいた。
 2句「由岐可母不流登」は「ゆきかもふると」と訓む。「由岐」は「ゆき(雪)」であるが、カ行四段活用の自動詞「ゆく(行く)」の連用形の「ゆき」と懸けていると見る説もある。「可」は疑問の係助詞「か」。「母」は詠嘆の係助詞「も」。「不流」は、ラ行四段活用の自動詞「ふる(降る)」(連体形)。「登」は格助詞「と」。
 3句「弥流麻提尓」は「みるまでに」と訓む。「弥流」は、マ行上一段活用の他動詞「みる(見る)」(連体形)。「麻提」は、副助詞「まで」。「尓」は格助詞「に」。副助詞「まで」については、『岩波古語辞典』が次のように解説している。
 
 まで 体言または用言の連体形を承ける。格助詞「の」「に」と共に用いる
ときは、格助詞「の」「に」の上に位置する。「まで」は一つの時点で事が始まり、それが次第に進行して行き、ある極限的な状態に到る意を示す語であるが、程度にも用いられて、ある限度に達する意を表わす。(中略)奈良時代の例では、「までに」として用いる場合が少なくない。
 平安時代になると、女流文学の中には、「…と思われるほどに」と訳されるような、程度を表わすものが多くなる。そして、形容詞連体形を承ける例が多い。後に、「…にすぎない」「…だけ」と限定・確認・強調の意を表わす用法も生じた。

 ここの「までに」は程度を表わす用法で、「みるまでに」は「見まちがえるほどに」と訳して良い。
 4句「許々陀母麻我不」は「ここだもまがふ」と訓む。「許々陀」は、689番歌他に「幾許」の表記で既出の「ここだ」を表わす。「ここだ」は、数量の多さや程度の甚だしさを示す副詞で、「こんなにもはなはだしく。こんなにも多く。」の意。「母」は係助詞「も」。「麻我不」は、ハ行四段活用の自動詞「まがふ(紛ふ)」(連体形)。「まがふ」は分けることができないほどに入りまじる。まじりあって区別がしにくい。」ことをいう。
 5句「烏梅能波奈可毛」は「うめのはなかも」と訓む。この句は、828番歌5句「烏梅能波奈加母」と「かも」の表記が異なるだけで同句。「烏梅能波奈」は、「うめのはな(梅の花)」。「可毛」は、詠嘆の終助詞「かも」。
 844番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  いもがへに ゆきかもふると
  みるまでに 
  ここだもまがふ うめのはなかも

  妹が家に 雪かも降ると
  見るまでに
  ここだもまがふ 梅の花かも

  いとしい妻の家に(行き)(そのユキではないが) 雪が降っているのかと
  見まちがえるほどに
  しきりに散り乱れている 梅の花よ
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 14:15| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする