2017年03月29日

『万葉集』を訓(よ)む(その1147)

 今回は、857番歌を訓む。「松浦歌群」の五首目であり、「蓬客(ほうかく)らが更に贈った歌三首」の三首目である。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  等富都比等 末都良能加波尓
  和可由都流 伊毛我多毛等乎
  和礼許曽末加米

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、カ音の「加」・ソ(乙類)音の「曽」・ヒ(甲類)音の「比」・マ音の「末」・モ音の「毛」・ユ音の「由」・ラ音の「良」・レ音の「礼」・ワ音の「和」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、イ音の「伊」・タ音の「多」・ル音の「流」・ヲ音の「乎」が、平仮名の字源となった常用音仮名ではハ音の「波」が使われている。その他の常用音仮名としては、カ音の「可」・ガ音の「我」・コ(乙類)音の「許」・ツ音の「都」・ト(乙類)音の「等」・ニ音の「尓」・ノ(乙類)音の「能」・ホ音の「富」・メ(乙類)音の「米」が使われている。

 1句「等富都比等」は「とほつひと」と訓む。「等富」は、ク活用形容詞「とほし(遠し)」の語幹の「とほ」。「都」は連体助詞「つ」。「比等」は「ひと(人)」。「遠つ人」は、遠方にいる人を待つ意で、「待つ」と同音を含む「松」、および、地名「松浦(まつら)」にかかる枕詞。
 2句「末都良能加波尓」は「まつらのかはに」と訓む。「末都良」は「まつら(松浦)」。「能」は連体助詞「の」。「加波」は「かは」。「尓」は場所を示す格助詞「に」。「まつらのかは」は、855番歌の「まつらがは」、856番歌の「たましまがは」と同じ。
 3句「和可由都流」は「わかゆつる」と訓む。「和可由」は「わかゆ」で、「わかあゆ(若鮎)」の約まってできた語。「都流」は、ラ行四段活用の他動詞「つる(釣る)」(連体形)。「つる」は「魚や虫などを釣り針や糸にひっかけて取る。」ことをいう。
 4句「伊毛我多毛等乎」は「いもがたもとを」と訓む。「伊毛」は「いも(妹)」。855番歌と同じく、歌を贈った相手である「仙女と思われる娘」をさす。「我」は連体助詞「が」。「多毛等」は、「たもと(袂)」で「手の肱(ひじ)から肩までの部分。二の腕。または、手首、袖口のあたり。」をいう。
 5句「和礼許曽末加米」は「われこそまかめ」と訓む。「和礼」は「われ(我)」で、自称。「許曽」は、強意の係助詞「こそ」。「末加」は、カ行四段活用の他動詞「まく(枕く)」の未然形で「まか」。「まく」は「枕にする。枕にして寝る。」ことをいう。「米」は、意思・意向の助動詞「む」の已然形「め」。
 857番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  とほつひと まつらのかはに
  わかゆつる いもがたもとを
  われこそまかめ

  遠つ人 松浦の川に 
  若鮎釣る 妹が袂を 
  我こそ枕かめ

  遠方にいる人を「待つ」という名の 松浦の川に
  若鮎を釣っている あなたの腕を 
  私こそ枕にしよう
タグ:万葉集
posted by 河童老 at 17:04| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月27日

『万葉集』を訓(よ)む(その1146)

 今回は、856番歌を訓む。「松浦歌群」の四首目であり、「蓬客(ほうかく)らが更に贈った歌三首」の二首目である。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  麻都良奈流 多麻之麻河波尓 阿由都流等
  多々世流古良何 伊弊遅斯良受毛

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、シ音の「之」・セ音の「世」・ナ音の「奈」・モ音の「毛」・ユ音の「由」・ラ音の「良」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、ア音の「阿」・イ音の「伊」・タ音の「多」・ル音の「流」が、平仮名の字源となった常用音仮名ではハ音の「波」が使われている。その他の常用音仮名としては、コ(甲類)音の「古」・シ音の「斯」・ズ音の「受」・ヂ音の「遅」・ツ音の「都」・ト(乙類)音の「等」・ニ音の「尓」・ヘ(甲類)音の「弊」・マ音の「麻」が使われ、音仮名では、ガ音の「河」と「何」が使われている。

 1句「麻都良奈流」は「まつらなる」と訓む。「麻都良」は、「まつら(松浦)」。「奈流」は、指定の助動詞「なり」の連体形「なる」。「まつらなる」は、「松浦にある」の意。
 2句「多麻之麻河波尓」は「たましまがはに」と訓む。「多麻之麻河波」は「たましまがは(玉島川)」。玉島川は、前歌(855番歌)1句の「麻都良河波(まつらがは)」のことで、佐賀県唐津市(旧 東松浦郡七山村)に端を発し、浜玉町浜崎で唐津湾松浦潟に注ぐ、約4キロの清流をいう。「尓」は場所を示す格助詞「に」。
 3句「阿由都流等」は「あゆつると」と訓む。この句は、前歌の3句と同句。「阿由」は魚の「あゆ」。「都流」は、ラ行四段活用の他動詞「つる(釣る)」(終止形)。「つる」は「魚や虫などを釣り針や糸にひっかけて取る。」ことをいう。「等」は接続助詞「と」。
 4句「多々世流古良何」は「たたせるこらが」と訓む。「多々世流」は、タ行四段活用の自動詞「たつ(立つ)」の未然形「たた」+尊敬の助動詞「す」の已然形「せ」+完了・存続の助動詞「り」の連体形「る」=「たたせる」。「古良」は「こら(子ら)」。「子ら」は、古く、男性から女性に親しみを込めていう語であった。ここは、前歌4句に「たたせるいもが」とあった「いも(妹)と同じく、歌を贈った相手である「仙女と思われる娘」をさす。「何」は連体助詞「が」。
 5句「伊弊遅斯良受毛」は「いへぢしらずも」と訓む。「伊弊遅」は「いへぢ(家道)」。「斯良受」は、ラ行四段活用の他動詞「しる(知る)」の未然形「しら」+打消しの助動詞「ず」=「しらず」。「毛」は詠嘆の終助詞。
 井村『萬葉集全注』は、「家道」について、「家へ行く道。家道を知ることは交歓の承諾を得たことを意味する。知ラズモはとりもなおさず教エテホシイ。」と注している。
 856番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  まつらなる たましまがはに あゆつると
  たたせるこらが いへぢしらずも

  松浦なる 玉島川に 鮎釣ると
  立たせる子らが 家道知らずも

  松浦にある 玉島川に 鮎を釣ろうと
  立っているあなたの 家へ行く道がわかりません
タグ:万葉集
posted by 河童老 at 20:07| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月24日

『万葉集』を訓(よ)む(その1145)

 今回は、855番歌を訓む。「松浦歌群」の三首目であるが、題詞に「蓬客等更贈歌三首」とあって、本歌〜857番歌は「蓬客(ほうかく)らが更に贈った歌三首」ということになる。「蓬客(ほうかく)」は、「蓬(よもぎ)が根本から離れて風に吹かれて飛ぶように、あちこちさまよい歩く旅人。」のことをいう。「蓬客(ほうかく)ら」の「ら」は複数を示すが、「等」の文字は『類聚古集』には無い。
 写本の異同は、4句の末字<何>にある。『西本願寺本』他諸本に「河」とあるが、『紀州本』に「何」とあるのを採った。原文は次の通り。

  麻都良河波 可波能世比可利 阿由都流等
  多々勢流伊毛<何> 毛能須蘇奴例奴

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、セ音の「世」・ヌ音の「奴」・ヒ(甲類)音の「比」・モ音の「毛」・ユ音の「由」・ラ音の「良」・リ音の「利」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、ア音の「阿」・イ音の「伊」・ス音の「須」・タ音の「多」・ル音の「流」が、平仮名の字源となった常用音仮名ではハ音の「波」が使われている。その他の常用音仮名としては、カ音の「可」・セ音の「勢」・ソ(甲類)音の「蘇」・ツ音の「都」・ト(乙類)音の「等」・ノ(乙類)音の「能」・マ音の「麻」が使われ、準常用音仮名ではレ音の「例」が、音仮名では、ガ音の「河」と「何」が使われている。
 
 1句「麻都良河波」は「まつらがは」と訓む。「麻都良河波」は、「松浦河に遊ぶ序」とあったあの「まつらがわ(松浦河)」を表す。「松浦河」は「佐賀県唐津市の玉島川。同市(旧 東松浦郡七山村)に発し、浜玉町浜崎で唐津湾松浦潟に注ぐ。約四キロの清流。ただし、当時の海岸線は現在よりかなり上流であったらしい。」と阿蘇『萬葉集全歌講義』にある。
 2句「可波能世比可利」は「かはのせひかり」と訓む。「可波」は「かは(川)」。「能」は連体助詞「の」。「世」は「せ(瀬)」で「歩いて渡れる程度の浅い流れ。あさせ。また、急流。はやせ。」の意。広く、川の流れや潮流もいう。「比可利」は、ラ行四段活用の自動詞「ひかる(光る)」の連用形「ひかり」。「ひかる」は「光を放つ。光がさす。」の意で、光を発する場合にも、また、光を反射する場合にもいう。ここは、川の瀬が陽の光を反射して光っている様子を、「娘たちの美しさでその周囲の川の瀬までも光り輝いている」として、詠んだものかと思われる。
 3句「阿由都流等」は「あゆつると」と訓む。「阿由」は魚の「あゆ」。「年魚」「鮎」と書かれるが、この漢字表記について『日本国語大辞典』は語誌欄で次のように述べている。

「年魚」の字は、一年で生を終えることによる。また、「鮎」は、神功皇后がこの魚を釣って征韓の勝敗を占ったこと(書紀・肥前風土記など)から、占魚の合字で国字(中国では「鮎」はナマズの意)。

「都流」は、ラ行四段活用の他動詞「つる(釣る)」(終止形)。「つる」は「魚や虫などを釣り針や糸にひっかけて取る。」ことをいう。「等」は接続助詞「と」。
 4句「多々勢流伊毛何」は「たたせるいもが」と訓む。「多々勢流」は、タ行四段活用の自動詞「たつ(立つ)」の未然形「たた」+尊敬の助動詞「す」の已然形「せ」+完了・存続の助動詞「り」の連体形「る」=「たたせる」。「伊毛」は「いも(妹)」。ここは歌を贈った相手である「仙女と思われる娘」をさす。「何」は連体助詞「が」。この「が」は5句の「裳」に続き、それが「妹」の着用をしている「裳」であることを示す。「の」ではなく「が」としたのは親愛の気持ちを込めた表現。
 5句「毛能須蘇奴例奴」は「ものすそぬれぬ」と訓む。「毛」は「も(裳)」。「能」は2句に同じで、連体助詞「の」。「須蘇」は「すそ(裾)」。「奴例奴」は、ラ行下二段活用の自動詞「ぬる(濡る)」の連用形「ぬれ」+完了の助動詞「ぬ」=「ぬれぬ」。
 この歌について、伊藤『萬葉集釋注』に「輝くばかりの女性美を述べて、男の関心を覗かせた歌である。女性の裳の裾が濡れていることは、万葉時代の男性に対し官能的な美感をそそったらしく、裳の裾の濡れることを通して女性への憧れを示した歌が集中に多い(1四〇、7一二七四など参照)。」とある。
 855番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  まつらがは かはのせひかり あゆつると 
  たたせるいもが ものすそぬれぬ

  松浦川 川の瀬光り 鮎釣ると
  立たせる妹が 裳の裾濡れぬ

  松浦川の 川の瀬が輝き 鮎を釣ろうと
  立っているあなたの 裾が濡れています
タグ:万葉集
posted by 河童老 at 15:30| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする