2017年04月28日

『万葉集』を訓(よ)む(その1158)

 今回は865番歌を訓む。「吉田宜(きちだのよろし)の書状」に添えられた歌四首の二首目。題詞に「和松浦仙媛歌一首[松浦(まつら)の仙媛(やまひめ)の歌に和(こた)ふる一首]」とあって、松浦河に遊ぶ序および歌十一首に唱和して宜が詠んだ歌である。「仙媛」を「やまひめ」と訓んだのは、阿蘇『萬葉集全歌講義』に「全集以下、『仙媛』を『センヱン』と訓んでいるが、センヱンと訓んでも『やまひめ(山に住む娘子)』の意であることに変わりはない。巻九所収の人麻呂歌集歌に、『忍壁皇子に献る歌一首 仙人の形を詠む』の題で、『とこしへに夏冬行けや裘(かはごろも)扇放たず山に住む人』(一六八二)とあり、『仙人』を『山に住む人』と詠んだことがわかる。」とあるのによる。
 写本の異同は、5句の末字<忘>。これを『西本願寺本』は「忌」とするが、『類聚古集』『細井本』に「忘」とあるのを採る。原文は次の通り。

  伎弥乎麻都 麻都良乃于良能 越等賣良波
  等己与能久尓能 阿麻越等賣可<忘>

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、ク音の「久」・コ(乙類)音の「己」・ノ(乙類)音の「乃」・ヨ(乙類)音の「与」・ラ音の「良」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、ア音の「阿」・ヲ音の「乎」が、平仮名の字源となった常用音仮名ではハ音の「波」が使われている。その他の常用音仮名としては、カ音の「可」・キ(甲類)音の「伎」・ツ音の「都」・ト(乙類)音の「等」・ニ音の「尓」・ノ(乙類)音の「能」・マ音の「麻」・ミ(甲類)音の「弥」・メ(甲類)音の「賣」が使われ、音仮名では、ウ音の「于」・モ音の「忘」・ヲ音の「越」が使われている。

 1句「伎弥乎麻都」は「きみをまつ」と訓む。「伎弥」は、「きみ(君)」で、敬愛の意を持って相手を指す対称の代名詞。「乎」は動作の対象を示す格助詞「を」。「麻都」は、タ行四段活用の他動詞「まつ(待つ)」(連体形)を表す。この句について、井村『萬葉集全注』に「○君を待つ 地名松浦(待ツを掛ける)の枕詞であるが、859・860番歌を受けて実意のある枕詞である。君は当然手紙のあて先旅人を指す。松浦の歌群が蓬客と娘子らの贈答となっていても、旅人その人の作為であることを宜(よろし)は諒解していたのであろう。」とある。
 2句「麻都良乃于良能」は「まつらのうらの」と訓む。「麻都良」は「まつら(松浦)」。「乃」は連体助詞「の」。「于良」は「うら(浦)」。「能」は上の「乃」と同じく連体助詞「の」。「まつらのうら」は、863番歌2句の「たましまのうら」に同じで、「松浦川(=玉島川)」の河口に近い入り込んだところ」を「浦」と言ったもの。
 3句「越等賣良波」は「をとめらは」と訓む。「越等賣」は「をとめ(娘子)」。「良」は複数を示す接尾語「ら」。「波」は係助詞「は」。
 4句「等己与能久尓能」は「とこよのくにの」と訓む。「等己与能久尓」は「とこよのくに(常世の国)」、650番歌2句に「常世國」の表記で既出。「常世の国」は、「古代人が、海のむこうのきわめて遠い所にあると考えていた想像上の国。現実の世とはあらゆる点で異なる地と考えた国で、後に、不老不死の理想郷、神仙境とも考えられた国。古代人が、海のむこうのきわめて遠い所にあると考えていた想像上の国。現実の世とはあらゆる点で異なる地と考えた国で、後に、不老不死の理想郷、神仙境とも考えられた国。」をいう。「能」は2句に同じで、連体助詞「の」。
 5句「阿麻越等賣可忘」は「あまをとめかも」と訓む。「阿麻」は、「天(あま)」と「海人(あま)」と二つの解釈があるが、ここは阿蘇『萬葉集全歌講義』の説に従って、「天(あま)」を採る。「越等賣」は、3句に同じで、「をとめ(娘子)」。「可忘」は、詠嘆の終助詞「かも」だが、この「か」には疑問の心が残っている。「あまをとめ」について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は次のように述べている。

 天娘子 原文「阿麻越等賣」。全註釈に「天嬢子」、大系・全訳注に、「天娘子」とし、全注に「天処女」とするが、注釈に、「謡曲羽衣に『一月夜々のあまをとめ』などあるが『天(あま)少女』のはじめではなからうかと思はれ、ここも海人少女の意に解すべきである」としたのを受けてであろうか、全集・新全集に「海人娘子(訳・漁夫の娘)」、集成・釈注に「海人娘子(訳・海人の娘)」、新大系に「海人娘子(訳・海人乙女)」、和歌大系に「海人娘子(訳・海人の娘子)」のように解している。全注が、「海の彼方の常世国と天上の仙界とは天雲の垂れこめる彼方で交錯している」として、「アマはアマでも天おとめでしょうと応じたもの」としたように、旅人が「見るに知らえぬ貴人(うまひと)の子と」(八五三)といい、宜も、書簡でも本歌の題詞でも「仙媛(やまひめ)」と記しているのに、海人の娘子と歌に詠むはずはあるまいと思う。

 865番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  きみをまつ まつらのうらの をとめらは 
  とこよのくにの あまをとめかも

  君を待つ 松浦の浦の 娘子らは
  常世の国の 天娘子かも

  あなたを待つ 松浦の浦の 娘子たちは
  常世の国の 天女たちなのでしょうか
ラベル:万葉集
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2017年04月26日

『万葉集』を訓(よ)む(その1157)

 今回は864番歌を訓む。先の「吉田宜(きちだのよろし)の書状」に添えられた歌四首の一首目で、題詞に「奉和諸人梅花歌一首[諸人(もろひと)の梅花(うめのはな)の歌に和(こた)へ奉(まつ)る一首]」とあって、梅花宴三十二首に唱和して宜が詠んだ歌である。
 写本の異同は、4句の末字<忘>。これを『西本願寺本』は「母」とするが、『類聚古集』『細井本』に「忘」とあるのを採る。原文は次の通り。

  於久礼為天 那我古飛世殊波 
  弥曽能不乃 于梅能波奈尓<忘>
  奈良麻之母能乎

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、オ音の「於」・ク音の「久」・シ音の「之」・セ音の「世」・ソ(乙類)音の「曽」・テ音の「天」・ナ音の「奈」・ノ(乙類)音の「乃」・フ音の「不」・ラ音の「良」・レ音の「礼」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名ではヲ音の「乎」が、平仮名の字源となった常用音仮名ではハ音の「波」が使われている。その他の常用音仮名としては、ガ音の「我」・コ(甲類)音の「古」・ナ音の「那」・ニ音の「尓」・ノ(乙類)音の「能」・マ音の「麻」・ミ(甲類)音の「弥」・モ音の「母」・ヰ音の「為」が使われ、音仮名では、ウ音の「于」・ズ音の「殊」・ヒ(乙類)音「飛」・メ(乙類)音の「梅」・モ音の「忘」が使われている。

 1句「於久礼為天」は「おくれゐて」と訓む。この句は、115番歌1句「遺居而」及び544番歌1句「後居而」と同句で、その仮名書き。「於久礼」は、ラ行下二段活用の自動詞「おくる(後る)」の連用形「おくれ」。「おくる」は「人に行かれてあとに残される。先をこされる。いっしょに行かないであとにとどまる。」ことをいう。「為天」は、ワ行上一段活用の自動詞「ゐる(居る)」の連用形「ゐ」+接続助詞「て」=「ゐて」を表す。
 2句「那我古飛世殊波」は「ながこひせずは」と訓む。「那我古飛」は、「ながこひ(長恋)」で、「長期にわたる恋」の意。3193番歌一云に「長戀為乍」の例がある。「世殊波」は、サ行変格活用の他動詞「す」の未然形「せ」+打消しの助動詞「ず」(連用形)+係助詞「は」=「せずは」を表す。「ずは」については既に述べたが、「ずは」がくると、その後は推量の助動詞で終わるものがほとんどで、「ずは」の上の部分が現実の事柄を示し、後半の推量の部分が事実に反する事柄を述べるという構造になっていることが多い。ここも、この2句の「ながこひす」が現実の事柄を示し、5句の「ならましものを」が後半の部分で、反実仮想の表現になっている。
 3句「弥曽能不乃」は「みそのふの」と訓む。「弥」は美称の接頭語「み」。「曽能不」は、「そのふ(園生)」で、「植物を栽培する園。庭。」の意。「乃」は連体助詞「の」。阿蘇『萬葉集全歌講義』に「み園生の 大宰帥の公邸の梅花の宴の開かれた庭園をさす。」とある。
 4句「于梅能波奈尓忘」は「うめのはなにも」と訓む。この句は、819番歌4句「烏梅能波奈尓母」と表記は一部違うが同句。「于梅能波奈」は「うめのはな(梅の花)」。「尓忘」は、格助詞「に」+係助詞「も」の付いた「にも」を表す。場所・時・対象・比較の基準など、格助詞「に」の意味に、添加や許容などの「も」の意味が加わったもの。
 5句「奈良麻之母能乎」は「ならましものを」と訓む。この句もまた、819番歌5句「奈良麻之勿能怨」と表記は一部違うが同句。「奈良麻之」は、ラ行四段活用の自動詞「なる」の未然形「なら」+反実仮想の助動詞「まし」=「ならまし」。「なる」は「あるものから他のものに変化する」の意。「母能乎」は、詠嘆の終助詞「ものを」。
 864番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  おくれゐて ながこひせずは 
  みそのふの うめのはなにも 
  ならましものを

  後れ居て 長恋せずは
  御園生の 梅の花にも
  ならましものを

  あとに残っていて 長く恋い続けてなどいないで
  あなたの庭園の 梅の花にでも
  なりたいものだなあ
ラベル:万葉集
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2017年04月24日

『万葉集』を訓(よ)む(その1156)

 今回も、前回の続きで「吉田宜(きちだのよろし)の書状」の訓読文の語句や表現について、諸注を参考にしながら見ていく。今回見ていく訓読文の部分を次に再掲すると、

……宜(よろし)の主(ぬし)に恋ふる誠(まこと)は、誠犬馬(けんば)に逾(こ)え、徳を仰ぐ心は、心葵藿(ぎくわく)に同じ。而(しか)れども碧海(へきかい)地を分(わか)ち、白雲天を隔(へだ)てたり。徒(いたづ)らに傾延(けいえん)を積(つ)み、いかにしてか労緒(らうしよ)を慰(なぐさ)めむ。孟秋節(まうしうせち)に膺(あた)る、伏して願はくは、万祐(まんいう)日に新(あら)たならむことを。今相撲部領使(すまひのことりづかひ)に因(よ)せ、謹(つつし)みて片紙(へんし)を付(つ)く。宜(よろし)い謹啓(きんけい)す。不次(ふし)。

「宜(よろし)の主(ぬし)に恋ふる誠(まこと)は、誠犬馬(けんば)に逾(こ)え」という表現は、『文選』の巻二〇曹子建「躬ヲ責メテ詔ニ応フル詩ヲ上(たてまつ)ル表」に、兄の文帝を傾慕して、「西館ニ僻処(へきしよ)シテ、未ダ闕庭(けつてい)ニ奉ゼズ、踊躍(ようやく)ノ懷(おもひ)、瞻望(せんぼう)シテ反側(はんそく)シ、犬馬ノ主ニ恋フル情ニ勝(た)ヘズ」とあるによる。ここの主は、旅人をさす。「誠犬馬(けんば)に逾(こ)え」は、「犬や馬が主人に誠実である以上で」の意。
「徳を仰ぐ心」は、「旅人の徳を仰ぎ慕う気持ち」をいう。
「心葵藿(ぎくわく)に同じ」について、井村『萬葉集全注』が詳しく注しているのでそれを引用すると、

○ 心葵藿に同じ 私注に、向日葵はメキシコ原産でコロンブス以後のものとし、葵は今のフユアフヒ、藿は豆の葉であるとして、それらの光線反応の著しいものであることを説明している。わが心は太陽に向かう葵藿に同じという意で、君主や長上に対する傾慕忠誠をあらわす。文選巻三七曹子建「親親(しんしん)ヲ通ゼンコトヲ求ムル表」に、「葵藿ノ葉ヲ傾クル若(ごと)キハ、太陽為ニ光ヲ廻ラサズトイヘドモ、之ニ向カフハ誠ナリ。臣竊(ひそか)ニ自ラ葵藿ニ比ス」とある。兄の文帝に奉った表である。代匠記精撰本の「遊於松浦河序」の注に、「伏奉賜書ト云ヒ、恋主之誠ト云ヒ、心同葵藿ト云ヘルハ、同輩ニ報ズル文体ニ非ズ。憶良ハ従五位下、宜ハ此時従五位上ニテアレバ、カヤウニハ書(かく)ベカラズ。是(これ)帥殿ヘノ返簡ナル証」と言う通りである。

「碧海(へきかい)地を分(わか)ち」と「白雲天を隔(へだ)てたり」とは、対句をなしており、共に、旅人のいる筑紫と宜のいる奈良の都とが、遠く隔たっていることを表す。
「傾延(けいえん)」は、中国、魏の夏侯玄の「楽毅論」の「隣国傾慕、四海延頸」から生じた語で、「いちずに慕い、首を長くして待つこと。」をいう。
「労緒(らうしよ)」は、「心身を苦しめること。また、骨折り。苦労。」の意。
「孟秋節(まうしうせち)に膺(あた)る」について、井村『萬葉集全注』は「孟秋すなわち七月の節と言えば七月七日の節句。この日宮中では相撲(すまい)の節会(せちえ)が催された。後の日付の七月十日は、帰国の途につく相撲の部領使にことづけた日の日付であろう。」と注している。
「万祐(まんいう)」は、「万福。多幸。」の意。
「相撲部領使(すまひのことりづかひ)」は、「諸国より相撲人を徴し来って相撲の節会に出場させる責任者。」のこと。井村『萬葉集全注』に「コトリツカヒは、事執(ことと)り使(つかい)の略で宰領する者の意。」とある。
「片紙(へんし)」は、「紙のきれはし。紙きれ。」の意であるが、自分の書簡を謙遜して言う。
「不次(ふし)」は、「文章が順序なくみだれていること。また、そのような文章、手紙。」の意で、自分の文章をへりくだっていい、手紙の末尾に常用の語句。
 以上、訓読文の語句や表現について見てきたが、最後に「吉田宜(きちだのよろし)の書状」の現代語訳を阿蘇『萬葉集全歌講義』によって記しておこう。

 宜が申上げます。有難く、四月六日付けのお手紙を拝受しました。ひざまずいて状箱を開き、すばらしい文を拝読しました。心が晴々して朗らかなことは、まるで魏の泰初が月を懐に入れたようだと評されたのに似て、いやしい私の思いがすっきりしたことは、さながら晋の楽広を見ると雲霧を払って晴天を仰ぐような思いがすると(尚書令衛伯玉が)評したのと同じ思いです。都を遠く離れて大宰府に赴かれ、昔を懐かしんで心を傷め、年月が早く過ぎ去るなかで、過ぎ去った頃を偲んで涙を流していらっしゃるように拝見しましたが、道々の達人といわれる人はあるがままに心安んじ、君子は煩悶しないと言います。どうか朝夕に、後漢の魯恭(ろきよう)が雉を懐(なつ)けたというような、また、晋の孔愉が亀を買い取って放してやったというような仁政を施して、漢の張敞(ちようしよう)や趙広漢(ちようこうかん)のような立派な官人として業績を百代の後まで伝え、仙人である赤松子や王子喬のように、千年の長寿を保って下さい。なお、またお見せ下さった、梅園の宴席で多くの優れた方々が歌を詠まれ、松浦の美しい淵で、仙女と贈答されたお歌は、孔子とその門弟たちとが講壇で各々その志を述べたというのにも似ていて、また曹植の洛神の賦かと思われるほどです。繰り返し拝読し、吟誦したりして、親しくお気持ちに感謝し喜んでおります。宜があなた様を恋い慕う真心は、犬や馬が主人を慕う心にも勝り、御徳を仰ぐ気持ちは、葵(あおい)がいつも太陽を仰いでいるのと同じです。しかし、青海が私どもの住む土地を分かち、白雲が空を遠く隔てています。むなしくお慕いする気持ちが積もるばかりで、どのようにしてこの辛い思いを慰めてよいかわかりません。折しも、今日は、初秋七月、七日の節句にあたります。どうか、数々の幸が日ごとにあなたさまの上に訪れますように。今、相撲の部領使に頼んで、謹んで、この短い手紙を託します。宜が、以上、謹んで申上げました。不次。

 このような書状とともに四首の歌が贈られたわけで、次回からその四首を訓むことになる。
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 14:38| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする