2017年05月01日

『万葉集』を訓(よ)む(その1159)

 今回は866番歌を訓む。「吉田宜(きちだのよろし)の書状」に添えられた歌四首の三首目。題詞に「思君未盡重題二首[君(きみ)を思(おも)ふこと未(いま)だ盡(つ)きず重(かさ)ねて題(しる)す二首]」とあって、本歌と次歌(867番歌)は、「あなた(旅人)を思う気持ちがまだ尽きなくて、さらに(宜が)詠んだ歌」である。
 写本の異同は、4句の一字目<知>。『西本願寺本』以下の諸本に「智」とあるが、『類聚古集』『紀州本』に「知」とあるのを採る。なお、他の異同として、『類聚古集』のみが4句の「邊多天留」を「敝太津留」としていることが挙げられるが、これは諸本の通りとした。原文は次の通り。

  波漏々々尓 於忘方由流可母 
  志良久毛能 <知>弊仁邊多天留
  都久紫能君仁波 

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、オ音の「於」・ク音の「久」・テ音の「天」・モ音の「毛」・ユ音の「由」・ラ音の「良」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、タ音の「多」・ル音の「流」が、平仮名の字源となった常用音仮名では、チ音の「知」・ニ音の「仁」・ハ音の「波」・ル音の「留」が使われている。その他の常用音仮名としては、カ音の「可」・シ音の「志」・ツ音の「都」・ニ音の「尓」・ノ(乙類)音の「能」・ヘ(甲類)音の「弊」・モ音の「母」・ロ(甲類)音の「漏」が使われ、音仮名では、ク音の「君」・シ音の「紫」・ヘ(甲類)音の「邊」・ホ音の「方」・モ音の「忘」が使われている。

 1句「波漏々々尓」は「はろはろに」と訓む。「波漏々々尓」は、形容動詞「はろはろなり」の連用形(副詞法)「はろはろに」を表す。「はろはろなり」は、「距離が遠く隔たっているさま」をいう。
 2句「於忘方由流可母」は「おもほゆるかも」と訓む。この句は、569番歌5句「所念鴨」と同句で、その仮名書き。「於忘方由流」は、ハ行四段活用の他動詞「おもふ」の未然形「おもは」+自発の助動詞「ゆ」の連体形「ゆる」 =「おもはゆる」の「は」が前の母音に引かれて「ほ」に転じた「おもほゆる」を表す。「可母」は、詠嘆の終助詞「かも」。
 3句「志良久毛能」は「しらくもの」と訓む。この句は、287番歌3句・574番歌3句の「白雲乃」及び668番歌3句・758番歌1句の「白雲之」と同句で、その仮名書き。「志良久毛」は「しらくも(白雲)」で、「白い雲。白く見える雲。」をいう。「能」は格助詞「の」。
 4句「知弊仁邊多天留」は「ちへにへだてる」と訓む。「知弊」は「ちへ(千重)」で、「数多く重なること」をいう。「仁」は格助詞「に」。「邊多天留」は、タ行四段活用の自動詞「へだつ」の已然形(音韻上は命令形)「へだて」+完了の助動詞「り」の連体形「る」=「へだてる」を表す。
 3句・4句の注として、井村『萬葉集全注』は次のように述べている。

○ 白雲の千重に隔てる このヘダツは、先の書簡中の「白雲天を隔つ」(他動詞下二段活用)と同じでなく、自動詞四段活用である。白雲が十重二十重に隔てとなっているの意。類聚古集に「敝太津留」とあるのは書簡に引かれて他動詞に読もうとしたもの。「心ヲ馳(は)セテ悵望(なが)ム白雲ノ天」(藤原宇合。懐風藻)

 5句「都久紫能君仁波」は「つくしのくには」と訓む。「都久紫能君仁」は「つくしのくに(筑紫の国)」。筑紫の国は筑前・筑後をさす。「波」は係助詞「は」。この句は、初二句へかえる倒置句である。
 866番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  はろはろに おもほゆるかも
  しらくもの ちへにへだてる 
  つくしのくには

  はろはろに 思ほゆるかも
  白雲の 千重に隔てる
  筑紫の国は

  遠くはるかに 思いやられることです
  白雲が 千重に隔てている
  筑紫の国は
タグ:万葉集
posted by 河童老 at 15:32| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする