2017年05月16日

『万葉集』を訓(よ)む(その1164)

 今回から、松浦佐用姫を詠んだ五首(871〜875番歌)を訓む。前に山上憶良が天平二年七月に詠んだ歌三首(868〜870番歌)があったが、「本歌群は、それに端を発してほとばしり出た、松浦佐用比売に対する思いを歌に綴ったものであろう。」と阿蘇『萬葉集全歌講義』はいう。この歌群(以下「松浦佐用姫の歌」と称する)の前には、871番歌の序として、松浦佐用姫の伝説が漢文で記述されているので、それをまず見ておこう。
 原文とその訓読文及び口訳を記すと、次の通り。(訓読文及び口訳は、『新日本古典文学大系』による。

原文
 大伴佐提比古郎子、特被朝命、奉使藩國、艤棹言歸、稍赴蒼波。妾也松浦 [佐用嬪面]、嗟此別易、歎彼會難。即登高山之嶺、遥望離去之船、悵然断肝、黯然銷魂。遂脱領巾麾之。傍者莫不流涕。因号此山、曰領巾麾之嶺也。乃作歌曰、

訓読文
 大伴佐提比古郎子(おほとものさでひこのいらつこ)、特(こと)に朝命(てうめい)を被(かがふ)り、使(つかひ)を藩国(はんこく)に奉(うけたまは)り、艤棹(ふなよそひ)して言(こと)に帰(ゆ)き、稍(やうや)くに蒼波(さうは)に赴(おもむ)く。妾(おむなめ)松浦(まつら) [佐用姫(さよひめ)]、この別(わか)るることの易(やす)きを嗟(なげ)き、彼(か)の会(あ)ふことの難(かた)きを歎(なげ)く。即(すなは)ち高山(たかやま)の嶺(みね)に登(のぼ)り、遥(はる)かに離(はな)れ去る船を望み、悵然(ちやうぜん)として肝(きも)を断(た)ち、黯然(あんぜん)として魂(たましひ)を銷(け)つ。遂(つひ)に領巾(ひれ)を脱(と)きて麾(ふ)る。傍(かたはら)の者(ひと)、涕(なみだ)を流さずといふこと莫(な)かりき。因(よ)りてこの山を号(なづ)けて、領巾麾嶺(ひれふりのみね)と曰(い)ふ。乃(すなは)ち歌を作りて曰(いは)く、

口訳
 大伴佐提比古は、天皇の特命を受けて臣従する任那に遣わされた。船出の用意を整えて出航し、徐々に青海原に向かおうとした。愛人松浦佐用姫は、別離はたやすく再会の難しいことを嘆き、ただちに高い山の頂に登り、遠ざかる船を遥かに望み見た。悲しみに胸はつぶれ、心も暗く魂も消えるばかりであった。そして領巾をとって振った。側にいた人で涙を流さない者はなかった。よって、この山を名付けて「領巾振りの嶺」と言う。そこで次のような歌を作った。

 それでは、「松浦佐用姫の歌」の一首目の871番歌から訓んで行こう。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  得保都必等 麻通良佐用比米
  都麻胡非尓 比例布利之用利
  於返流夜麻能奈

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、オ音の「於」・シ音の「之」・ナ音の「奈」・ヒ(甲類)音の「比」・ホ音の「保」・ラ音の「良」・リ音の「利」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名ではル音の「流」が、その他の常用音仮名としては、ゴ(甲類)音の「胡」・サ音の「佐」・ツ音の「都」・ト(乙類)音の「等」・ニ音の「尓」・ノ(乙類)音の「能」・ヒ(乙類)音の「非」・フ音の「布」・マ音の「麻」・メ(乙類)音の「米」・ヤ音の「夜」・ヨ(甲類)音の「用」が使われ、準常用音仮名ではレ音の「例」が、音仮名では、ツ音の「通」・ト(乙類)音の「得」・ヒ(甲類)音の「必」・ヘ(甲類)音の「返」が使われている。

 1句「得保都必等」は「とほつひと」と訓む。この句は、857番歌1句「等富都比等」と同じく「とほつひと(遠つ人)」で、地名「松浦(まつら)」にかかる枕詞。「まつ」に「待つ」の意がかけられており、遠方にいる人(ここでは大伴佐提比古)を待つ意が込められている。
 2句「麻通良佐用比米」は「まつらさよひめ」と訓む。「まつらさよひめ(松浦佐用姫)」は、序にある通り、大伴佐提比古(大伴金村の三男)の愛人。伝説上の人物で、『肥前国風土記』には、篠原の村の弟日姫子(おとひひめこ)とある。
 なお、「『姫』のメは、女・賣など甲類の假名であるべきが、ここに乙類の『米』の文字が書かれてゐる事は不審である。メの假名の混同は珍しく、或いは後の誤寫かと考へられる。」と、澤潟『萬葉集注釋』は述べている。
 3句「都麻胡非尓」は「つまごひに」と訓む。この句は、84番歌3句「妻戀尓」と同句で、その仮名書き。「都麻胡非」は、名詞「つまごひ」で、「夫婦または雌雄が互いに相手を恋い慕うこと」をいう。ここの「つま」は「夫」の意。「尓」は動作の目的を示す格助詞「に」。
 4句「比例布利之用利」は「ひれふりしより」と訓む。「比例布利之」は、868番歌の3句「比列布利斯」と一字「し」の表記が違うだけで同じ。「比列」は「ひれ(領布)」。「領布」は、「ひら(枚)」と同語源で、「細長く薄い布」の意。本来は「波・風を起こしまたは静め、害虫・毒蛇などを追い払うなど、呪力を持つと信じられた布。」を意味したが、「古代、主として女性が用いた、首から肩に掛けて左右へ長く垂らした装飾用の白い布」を言うようになった。「布利之」は、ラ行四段活用の他動詞「ふる(振る)」の連用形「ふり」+回想の助動詞「き」の連体形「し」=「ふりし」を表す。「用利」は、時間的な起点を示す格助詞「より」。「領布を振った時以来」の意。
 5句「於返流夜麻能奈」は「おへるやまのな」と訓む。「於返流」は、ハ行四段活用の他動詞「おふ(負ふ)」の已然形(音韻上は命令形)「おへ」+存続の助動詞「り」の連体形「る」=「おへる」。「おふ」は「名をもつ。その名を名のる」ことをいう。「夜麻」は「やま(山)」。「能」は連体助詞「の」。「奈」は「な(名)」。
 871番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  とほつひと まつらさよひめ
  つまごひに ひれふりしより
  おへるやまのな

  遠つ人 松浦佐用姫
  夫恋ひに 領巾振りしより
  負へる山の名

  遠くにいる人を待つ 松浦佐用姫が
  夫を恋い慕って 領布を振った時以来
  名づけられた山の名だ(「領巾振りの嶺」という名は)
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 21:16| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする