2017年05月25日

『万葉集』を訓(よ)む(その1167)

 今回は874番歌を訓む。「松浦佐用姫の歌」五首のうちの四首目である。題詞に「最々後人追和二首」とあって、本歌と次歌(875番歌)の二首は、前々々歌(871番歌)に「更に更に後の人が追和した」歌である。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  宇奈波良能 意吉由久布祢遠 可弊礼等加
  比礼布良斯家武 麻都良佐欲比賣

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、ウ音の「宇」・カ音の「加」・ク音の「久」・ナ音の「奈」・ネ音の「祢」・ヒ(甲類)音の「比」・ユ音の「由」・ラ音の「良」・レ音の「礼」が使われ、平仮名の字源となった常用音仮名では、ハ音の「波」・ム音の「武」が使われている。その他の常用音仮名としては、オ音の「意」・カ音の「可」・ケ(甲類)音の「家」・サ音の「佐」・シ音の「斯」・ツ音の「都」・ト(乙類)音の「等」・ノ(乙類)音の「能」・フ音の「布」・ヘ(甲類)音の「弊」・マ音の「麻」・メ(甲類)音の「賣」・ヨ(甲類)音の「欲」が使われ、準常用音仮名ではヲ音の「遠」が、音仮名ではキ(甲類)音の「吉」が使われている。

 1句「宇奈波良能」は「うなはらの」と訓む。「宇奈波良」は「うなはら(海原)」。現在は「うなばら」と第三音が濁音であるが、上代では「うなはら」と第三音は清音であった。「ひろびろとした海。広大な海面。」の意。「能」は連体助詞「の」。
 2句「意吉由久布祢遠」は「おきゆくふねを」と訓む。「意吉」は「おき(沖)」。「おき」は、「おく(奥)」と同根と言われ、同じ平面で、遠く離れたほうをいう。特に水面について、海、湖、川などの場合、「陸地から遠いほう。その中央部。」をいう。「由久」は、カ行四段活用の自動詞「ゆく(行く)」(連体形)を表す。「布祢」は、「ふね(船)」、「水の上に浮かべ、人や荷物をのせて水上を渡航する交通機関。」をいう。「遠」は格助詞「を」。この「を」については、間投助詞とみる説や「…に向かって」という意味を持つとする説などもある。これについては澤瀉『萬葉集注釋』が詳しく述べているので、後に[参考]として引用しておく。
 3句「可弊礼等加」は「かへれとか」と訓む。「可弊礼」は、ラ行四段活用の自動詞「かへる(帰る)」の命令形「かへれ」を表す。「かへる」は「もとの場所にもどる」ことをいう。「等」は内容提示の格助詞「と」。「加」は疑問の係助詞「か」。
 4句「比礼布良斯家武」は「ひれふらしけむ」と訓む。「比礼」は前歌の「比例」などと同じで、「ひれ(領布)」を表す。「布良」は、ラ行四段活用の他動詞「ふる(振る)」の未然形「ふら」。「斯」は尊敬の助動詞「す」の連用形「し」。「家武」は、過去推量の助動詞「けむ」(連体形)を表す。ここの「けむ」は、3句の係助詞「か」の結びで連体形止めで、結句は倒置句の形で、前歌と同様、「松浦佐用姫は」と主語としてみるのが通説であるが、澤瀉『萬葉集注釋』は、結句に続く連体形でもあるとする([参考]を参照方)。
 5句「麻都良佐欲比賣」は「まつらさよひめ」と訓む。「麻都良佐欲比賣」は前歌の5句「麻通羅佐用嬪面」に同じで、「まつらさよひめ(松浦佐用姫)」。前々々歌の序にある通り、大伴佐提比古(大伴金村の三男)の愛人で、伝説上の人物。
 874番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  うなはらの おきゆくふねを かへれとか 
  ひれふらしけむ まつらさよひめ

  海原の 沖行く船を 帰れとか
  領巾振らしけむ 松浦佐用姫

  海原の 沖を行く船に 帰れとて
  領巾を振ったのであろうか 松浦佐用姫は

[参考]澤瀉『萬葉集注釋』は、本歌の【訓釋】として「沖行く船を歸れとか領巾振らしけむ」について次のように述べている。

 このまゝ何氣なく讀み過せば氣づかずにすませるやうで、考へると問題になるのが「を」の助詞である。森本治吉君の總釋にはじめてそれに注意し、(1)間投助詞として、唯音調の為に置く助詞で、船を何とかすると云ふ目的格の用法でなく、只口調の為置いただけで、從つて「を」は有つても無くても意味は支障無く、「沖行く船歸れ」といふのと同じ、と見るか、(2)「……に向つて」といふ意味をもつ特殊の「を」、即ち、
  白細の袖はまゆひぬ我妹子が家當乎(イヘノアタリヲ)やまず振りしに(十一・二六〇九)
  草枕客去君乎(タビユクキミヲ)人目多み袖振らずしてあまた悔しも(十二・三一八四)
  處女等乎(ヲトメラヲ)袖振る山の(十一・二四一五)
の如きものと見るか、その兩解のいづれかに解くべきで「前解の方が、穏かな様である」と述べ、全註釋には「フネヲは、船だが、しかるにの意。」とし、植田(舊姓諏訪)嘉子夫人は「萬葉集における助詞『を』」(萬葉 第十三號、昭和廿九年十月)の冒頭にこの歌をあげて、右三つの解釋の他に「舟よ歸れ(呼びかけ)」の意とも考へられ、單に語調を整へる程度の間投助詞に對して特に感動性の強いものとして感動助詞とも呼ぶ事が出來ると述べられてゐる。今この歌の場合を考へると、右にあげた三つの例に更に次の歌の「行く船を(○)ふりとどみかね」とを較べる時には、やはりこれは格助詞の一種と見るのが穏やかなやうに思はれる。さうするとこの第二句は第四句へつゞくので、第三句は云はば括弧の中へはひる形になるかといふに、第三句が無ければ當然第四句へつゞくべきものであるが、この第三句がある以上、直接にはやはり第三句へつゞいてゐると見るべきでないかと私は考へる。それは「皆人を寝よとの鐘は」(四・六〇七)の例と較べる事によつて認められると思ふのである。その場合の「を」も「よ」と譯する事も出來るものであるが、やはり格助詞と見る方が穏やかだと思はれた事その條で述べた如く、今もまた同様だと私は考へるのである。しかもこの「を」は「かへれ」にだけつゞくのでなく、「領巾振らし」へもつゞいてゆくのであつて、それは、
  蜻蛉羽の袖振る妹を玉くしげ奥に思ふを見たまへ吾が君(三・三七六)
の「妹を」が「思ふ」へつゞくと同時に「見給へ」へつゞくにもやゝ似てゐるとも云へようか。口譯においてわざと「船を」と原文のまゝにしておいたのは、むつかしい事をいふまでもなく、おのづから右の説明がうなづけるのではないかと考へたからであるが、「皆人を(○)」の場合に私は口譯では「皆人に(○)」としておいたやうに、ここの場合も「沖行く船に」と譯したら一層すなほに右の説明がうなづかれるかと考へる。なほ第三句の「とか」は「とてか」の意で、その「か」の係詞をうけて第四句の「けむ」は連體止で、結句は倒置句の形で、前の作同様、「松浦佐用姫は」と、主語として見られる事諸注に異論が無く、それもうなづける事ではあるが、この場合の「けむ」は「か」をうけ連體形であると共にまた下へつゞくものとも見られないか。「いかさまに 思ほしめせか(○)……天の下 知らしめしけむ 天皇の……」(一・二九)の如きものとすれば、結句は「松浦佐用姫よ」といふ風な詠嘆となつて、その方が作者の感動が生かされるのではないかと考へて、そのつもりで口譯してみたがどうであらうか。

 なお、澤瀉『萬葉集注釋』の本歌の口譯は次の通り。

 海原の沖を行く船を歸れとてか、領巾を振つたであらう松浦佐用姫よ。
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 16:49| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする