2017年06月29日

『万葉集』を訓(よ)む(その1177)

 今回は884番歌を訓む。題詞に「大伴君熊凝歌二首 [大典麻田陽春作]」とあって、本歌と次歌(885番歌)の二首は、「大典(だいてん)」すなわち大宰大典で、帥、大弐・少弐、大監・少監、に次ぐ四等官(正七位上相当)であった「麻田連(あさだのむらじ)陽春(やす)」(569・570番歌の作者として既出)が作った「大伴君熊凝(おほとものきみくまごり)」の歌である。「大伴君熊凝」は、肥後国益城郡の人で、天平三年(731)六月、相撲使の従者として上京の途中、病により安芸国佐伯郡高庭の駅家で没した。享年十八歳という若さであった。これに同情した「麻田陽春」が、その気持ちを代弁して詠んだのが当該の二首である。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  國遠伎 路乃長手遠 意保々斯久
  計布夜須疑南 己等騰比母奈久

 1句「國遠伎」は「國(くに)遠(とほ)き」と訓む。ここの「國(くに)」は「生国。郷里。故郷。」の意で用いている。「遠伎」は、ク活用形容詞「とほし」の連体形で「遠(とほ)き」を表す。「伎」は、キ(甲類)音の常用音仮名で、活用語尾「き」の表記に用いたもの。「とほし」は「空間・距離のへだたりが大きい。はるかに離れている。」ことをいう。
 2句「路乃長手遠」は「路(みち)の長手(ながて)を」と訓む。この句は、536番歌5句「道之永手呼」及び781番歌5句「路之長手呼」と表記はそれぞれ一部異なるが同句。ここの「路(みち)」は「九州から都への道」をさす。「乃」は、ノ(乙類)の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。「長手(ながて)」は「長い道。遠い道。長途。長路(ながじ)。」の意。「遠」は、ヲ音の準常用音仮名で、格助詞「を」。この「を」について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は、『岩波古語辞典』を踏まえて、次のように述べている。

「を」は、本来感動詞であった。感動詞「を」は、物事を承認し確認する気持を相手に表明する語で、それが万葉などにおいては、間投助詞として強調の意をあらわすようになる。そこから目的格の用法が生じ、対象を確認する用法から、場合によっては、助詞「に」と同じような箇所に用いられる(岩波古語)。

 3句「意保々斯久」は「おほほしく」と訓む。この句は、175・189番歌の3句「欝悒」、220番歌43句「欝悒久」、677番歌3句「欝」と同句で、その仮名書き。「意」「保」「斯」「久」は、各々、オ音・ホ音・シ音・ク音の常用音仮名で、「保」「久」は、片仮名・平仮名の字源。「意保々斯久」は、シク活用形容詞「おほほし」の連用形「おほほしく」を表す。「おほほし」は、「ぼんやりして明らかでない。」「心が悲しみに沈んで晴れない。」「愚鈍である。」などの意。ここの「おほほしく」は「心も晴れずに」の意。
 4句「計布夜須疑南」は「けふやすぎなむ」と訓む。「計」はケ(甲類)音の常用音仮名で、平仮名の字源。「布」はフ音の常用音仮名。「計布」は、「けふ(今日)」を表す。「夜」はヤ音の常用音仮名で、詠嘆の意の強い疑問を表す係助詞「や」。「須」はス音の常用音仮名(片仮名の字源)、「疑」はギ(乙類)音の常用音仮名で、「須疑」で以って、ガ行上二段活用の自動詞「すぐ(過ぐ)」の連用形「すぎ」を表す。ここの「すぐ」は、47番歌4句の「過ぎにし君」の「過ぎ」と同じく「死ぬ」の婉曲語で、「失せる。亡くなる。」の意。「南」は二合仮名で、完了の助動詞「ぬ」の未然形「な」+推量の助動詞「む」=「なむ」を表す。
 5句「己等騰比母奈久」は「ことどひもなく」と訓む。「己」「等」「騰」「比」は、各々、コ(乙類)音・ト(乙類)音・ド(乙類)音・ヒ(甲類)音の常用音仮名(ただし、「騰」は準常用)。なお、「己」と「比」は、片仮名・平仮名の字源。「己等騰比」は、ハ行四段活用の自動詞「こととふ」の連用形「こととひ」が名詞化し連濁した「ことどひ」を表す。「こととふ」は「ものをいう。口をきく。話をする。ことばをかける。」の意。なお、「ことどひ」は、534番歌14句に「言問」の表記で既出。「母」はモ音の常用音仮名で、係助詞「も」。「奈」「久」は、ナ音・ク音の常用音仮名で、ともに片仮名・平仮名の字源である。「奈久」は、ク活用形容詞「なし」の連用形(副詞法)「なく」を表す。「ことどひもなく」は、「(父母と)言葉を交わすこともなく」の意。この句は倒置法で、前の「今日や過ぎなむ」に続く。
 884番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  くにとほき みちのながてを おほほしく 
  けふやすぎなむ ことどひもなく

  国遠き 道の長手を おほほしく
  今日や過ぎなむ 言どひもなく

  故郷から遠く離れた 長い道中で 心も晴れずに
  今日死んでしまうのだろうか 父母と言葉を交わすこともなく
ラベル:万葉集
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2017年06月27日

『万葉集』を訓(よ)む(その1176)

 今回は883番歌を訓む。題詞に「三嶋王後追和松浦佐用嬪面歌一首〔三嶋王(みしまのおほきみ)の、後(のち)に松浦佐用姫(まつらさよひめ)の歌に追和(ついわ)せし一首〕」とあって、本歌は、三嶋王が、先の「松浦佐用姫を詠んだ五首(871〜875番歌)」に対して追和した歌ということになる。
 写本の異同は、1句の末字<岐>にある。この字を、『西本願寺本』・『温故堂本』・『大矢本』『京都大学本』は、「伎」とするが、『類聚古集』『紀州本』『古葉略類聚鈔』に「岐」とあるのを採る。原文は次の通り。

  於登尓吉<岐> 目尓波伊麻太見受
  佐容比賣我 必礼布理伎等敷
  吉民萬通良楊満

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名ではオ音の「於」・ヒ(甲類)音の「比」・ラ音の「良」・レ音の「礼」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名ではイ音の「伊」が、平仮名の字源となった常用音仮名ではハ音の「波」が使われている。その他の常用音仮名としては、ガ音の「我」・キ(甲類)音の「岐」と「伎」・サ音の「佐」・ズ音の「受」・ダ音の「太」・ト(乙類)音の「登」と「等」・ニ音の「尓」・フ音の「布」・マ音の「麻」と「萬」・メ(甲類)音の「賣」・リ音の「理」が使われ、音仮名では、キ(甲類)音の「吉」・ツ音の「通」・ヒ(甲類)音の「必」・フ音の「敷」・マ音の「満」・ミ(甲類)音の「民」・ヤ音の「楊」・ヨ(甲類)音の「容」が使われている。

 なお、本歌の表記は作者の三嶋王自身の文字遣いを示している、とする興味深い説があるので、それを後に[参考]として引用しておくので参照されたい。

 1句「於登尓吉岐」は「おとにきき」と訓む。「於登」は、「おと(音)」で、「評判。うわさ。風聞。」の意。「音に聞く」「音に聞こゆ」「音に立つ」などの表現で使われる。「尓」は格助詞「に」。「吉岐」は、カ行四段活用の他動詞「きく(聞く)」の連用形「きき」。ここの「きく」は、「言伝え、うわさなどを耳にする。」の意。
 2句「目尓波伊麻太見受」は「目(め)にはいまだ見(み)ず」と訓む。「目」は、「目(め)」(正訓字)で、眼球・眼瞼などを含む視器全体をいう。「尓波」は、格助詞「に」に係助詞「は」の付いた「には」で、場所・時・対象・比較の基準など、格助詞「に」の意味を強調または取りたてて示す。「伊麻太」は、副詞「いまだ」を表す。「いまだ」は、名詞「今」に、助詞「だに」の語根と同じ「だ」が付いてできた語で、あとに否定の語を伴って、現在でもなお事柄が実現していない意を表わす。「見」は、マ行上一段活用の他動詞「見(み)る」の連用形「見(み)」(正訓字)。「受」は打消しの助動詞「ず」(終止形)を表す。
 3句「佐容比賣我」は「さよひめが」と訓む。この句は、872番歌3句「佐用比賣何」と、一部の表記が異なるだけで同句。「佐容比賣」は、「さよひめ(佐用姫)」。大伴佐提比古(大伴金村の三男)の愛人で、伝説上の人物。「我」は格助詞「が」。
 4句「必礼布理伎等敷」は「ひれふりきとふ」と訓む。「必礼」は、「ひれ(領布)」で、「古代、主として女性が用いた、首から肩に掛けて左右へ長く垂らした装飾用の白い布」をいう。「布理伎」は、ラ行四段活用の他動詞「ふる(振る)」の連用形「ふり」+回想の助動詞「き」=「ふりき」を表す。「等敷」は、「といふ(と言ふ)」が約まった「とふ」を表す。
 5句「吉民萬通良楊満」は「きみまつらやま」と訓む。「吉民」は、「きみ(君)」。「萬通良楊満」は、「まつらやま(松浦山)」。阿蘇『萬葉集全歌講義』に「君松浦山 『君』は、『松』に「待つ」をかけて言葉遊び的に上に置いたもの。『松浦山』は、領布振り峰をさす。」とあり、井村『萬葉集全注』も「○君松浦山  松に待ツを掛けた。『処女(をとめ)らが袖振山(そでふるやま)(袖を振る布留山)』(4・五〇一)などと同じ技巧」と注している。
 883番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  おとにきき めにはいまだみず 
  さよひめが ひれふりきとふ 
  きみまつらやま

  音に聞き 目にはいまだ見ず
  佐用姫が 領巾振りきとふ
  君松浦山

  噂には聞いたが 目にはまだ見たことがない
  佐用姫が  領布を振ったという
  君を待つ松浦の山は


[参考]稲岡耕二『萬葉表記論』「巻五の論」より

 三島王の歌の表記が、おそらく三島王自身(もしくは王側近の者)の文字遣いを示しているであろうことも容易に推察される。
  於登尒吉岐目尒波伊麻太見受佐容比売我必礼布理伎等敷吉民万通良楊満(八八三)
 初句末尾の「岐」は西・温・矢・京に「伎」とあるが、類・紀・古に「岐」とあるによる。写本間の異同は、他にも(太・容・礼・敷の仮名)ないわけではないが、問題とする必要のない明瞭な誤写と判断されるもののみで、右の「岐」のみ注意される。これについては、後にまた触れる。
 この歌の表記で、まず注意されるのは、極端に同字の反復を厭う傾向であろう。一首三十二音中、目・見の正訓字は除き、三十音が二十八種の音仮名で書かれていて、旅人の七九三の歌(三十一音が二十三種の仮名で書かれ、可・伎・之・須・等・余が二度、奈が三度現われる)と比べても、その傾向は著しい。もちろん、同音の現われる頻度が少なければ仮名字母の種類は増すわけだから、字種の数のみが問題になるわけではない。この歌では、キ(甲)の四回をはじめ、マが三回、ト(乙)・ニ・ヒ(甲)・フが各二回ずつ現われる。これを、「同音重複頻度」九と数える(各音の最初の例を数えず、再度の例から数える。従って、ただ一回の用例のみの音の重複頻度はゼロとなる)。八八三の歌では、キ(甲)・マ・ト(乙)・ニ・ヒ(甲)・フの頻度十五、重複頻度九を数えるが、それが吉・岐・伎・麻・万・満・等・登・尒・比・必・布・敷という十三種の仮名で書かれていて、同字の再使用は吉・尒の二つの仮名のみ。これを同字再使用二と数え、再使用率を九分の二(〇・二二)とする。先に「伎」でなく「岐」とある写本によると記したのも、本歌の表記の右のような傾向を考慮してのことである。
 これと対照をなすのが、憶良の日本挽歌の反歌にみられる同音表記の状態といってよい。既述のように、第一反歌七九五は、一首三十二音が、阿・伊(2)・可(2)・我・伎・久(3)・佐・斯(2)・世・都・豆・弖・尒(2)・夫・敝・倍・保・摩(2)・武・母(2)・夜・由(2)・良の二十三種の仮名で書かれ、重複頻度九であるが、同字の再使用も九、再使用率は九分の九(一・〇)、すなわち一〇〇%の同字再使用率と計算される。憶良には同字反復を厭わぬ傾向のあること、旅人には憶良と比べて、やや同字を忌避する傾向のみられることなど、すでに本稿中でも言及したところであるが、右のような計算をしてみると、それが明瞭に数値化されるようである。参考までに、前項までに扱ってきた作品のうちのいくつかに関し、同字再使用の頻度と比率とを掲げておきたい。

(以上のように述べて、「同字再使用頻度表」(備考欄には憶良作歌として明らかなものに○印を伏している)を掲載しているが、ここでは割愛する。)

 日本挽歌の反歌は七九六を除き、他の四首すべて一音一字に固定した表記であって同字再使用率一〇〇%であるのが最も注目される。その後の憶良歌でも、若干文字を変えた表記も混じるが、つねに高率を示す点で一貫している。旅人の歌の場合は、八〇六や八一〇でも明らかなようにその数値は不安定であり、揺れが大きい。もちろん、同音として重複して現われる音の種類や文字の性質にもよろうから、憶良の日本挽歌や、当面の三島王作歌のような極端な場合にのみその表記意識が瞭然とするのであり、他はおよその傾向をうかがうにとどまる。
 三島王作歌八八三の仮名字母にはきわめて珍しいものが含まれている。民・容・満等がそれである。
 民は、万葉集のみにみえる仮名である。当面の巻五の歌に一例と、巻十七の三九〇一(書持)・三九六九(家持)・三九九四(池主)・四〇〇六(池主)と、巻十八の四〇三六(福麻呂)、巻十九の四二二〇(二例、大伴坂上郎女)、計七例を数えるにすぎない。
 容は播磨風土記に讃容という固有名表記に用いられているのをみる。万葉集では、この八八三歌の「佐容比売」の固有名表記に限られる。
 満は、紀にも「蘇我満智」(履中紀)という固有名表記に単音節仮名としての用例をみる。続日本紀にも満誓という二合仮名の例(養老七年)があり、万葉集でも固有名表記「安倍朝臣虫満」(巻四・六六七の左注)・「秦間満」(巻十五・三五八九左注)・「宅満」(巻十五・三六八八題詞)に、マロの表記に宛てた例をみる。歌中の用例は「志満」「万通羅楊満」二例とも巻五にある。「志満」はすでに触れた吉田宜の歌(八六七)の表記であり、「満(マ)」の二例とも大宰府官人の作歌でない在京人の歌中にみられるのも注意されよう。
 先の、同字の再使用を極度に回避する傾向と、巻五でもまれな字母のみられることとは、相互に関連するものであろう。従って、巻五の他の歌とは別の表記者の文字遣いを残すものと判断され、三島王自身(もしくはその側近)の筆に成るところと考える。
ラベル:万葉集
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2017年06月22日

『万葉集』を訓(よ)む(その1175)

 今回は882番歌を訓む。「敢布私懐歌三首」の三首目。左注に「天平二年十二月六日筑前國守山上憶良謹上」とある。「謹上」は、「謹(つつし)みて上(たてまつ)る」と訓み、「謹んで申し上げます」の意。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  阿我農斯能 美多麻々々比弖 
  波流佐良婆 奈良能美夜故尓
  桃イ宜多麻波祢

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名ではナ音の「奈」・ネ音の「祢」・ヒ(甲類)音の「比」・ラ音の「良」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、ア音の「阿」・タ音の「多」・ル音の「流」が、平仮名の字源となった常用音仮名では、ハ音の「波」・ミ(甲類)音の「美」が使われている。その他の常用音仮名としては、ガ音の「我」・サ音の「佐」・シ音の「斯」・テ音の「弖」・ニ音の「尓」・ノ(乙類)音の「能」・バ音の「婆」・マ音の「麻」・ヤ音の「夜」が使われ、準常用音仮名では、ゲ(乙類)音の「宜」・コ(甲類)音の「故」・メ(甲類)音の「刀vが、音仮名ではヌ音の「農」が使われている。

 1句「阿我農斯能」は「あがぬしの」と訓む。「阿我農斯」は、「あがぬし(吾主)」で、敬愛の意を含んだ対称の代名詞。「あなた様」の意。「能」は連体助詞「の」。
 2句「美多麻々々比弖」は「みたまたまひて」と訓む。「美多麻」は、「みたま(御霊)」。「み」は接頭語で、「神の霊」を尊んでいう語であるが、ここでは「霊威。おかげ。お心入れ。」の意で用いている。「々々比」の「々々」は「多麻」なので、「々々比」は「多麻比」を表す。「多麻比」は、ハ行四段活用の他動詞「たまふ(賜ふ)」の連用形「たまひ」。「たまふ」は、「与える」「くれる」の意の尊敬語で、その動作の主を敬う。「お与えになる。下さる。」の意。「弖」は接続助詞「て」。
 3句「波流佐良婆」は「はるさらば」と訓む。この句は、835番歌1句と同句。「波流」は「はる(春)」。「佐良婆」は、ラ行四段活用の自動詞「さる」の未然形「さら」+仮定条件を示す接続助詞「ば」=「さらば」。「春になったら」の意。
 4句「奈良能美夜故尓」は「ならのみやこに」と訓む。この句は、808番歌4句「奈良乃美夜古邇」と一部表記は異なるが同句。「奈」「良」は、ナ音・ラ音の常用音仮名(ともに片仮名・平仮名の字源)であるが、ここでは地名「奈良」を表す。「乃」は連体助詞「の」。「美夜故」は「みやこ(都)」。「尓」は場所を示す格助詞「に」。
 5句「桃イ宜多麻波祢」は「めさげたまはね」と訓む。「桃イ宜」は、ガ行下二段活用の他動詞「めさぐ(召上ぐ)」の連用形「めさげ」。「めさぐ」は「めしあぐ(召上)」の変化した語で、「めしあげる。お呼び寄せになる。召還なさる。」の意。「多麻波」は、2句に既出のハ行四段活用の他動詞「たまふ」の未然形「たまは」。ここの「たまふ」は補助動詞で、その動作を、恩恵を受ける者のためにしてくれるということを表す、「…してくださる。」の意。「祢」は、あつらえ望む意を表す終助詞「ね」。終助詞「ね」は、879番歌4句にも「まをしたまはね」として既出で、そこでも引用した『岩波古語辞典』の解説を再度ここにも記しておこう。

 ね(希望・誂え)奈良時代に用いられ、活用語の未然形を承けて希求・誂えの意を表わす点では「な」と同様である。しかし、「ね」は、「刈らさね」「告らさね」「結ばさね」「漕がさね」など、尊敬・親愛の意を表わす助動詞「す」の未然形「さ」を承けるものが圧倒的に多く、他に「賜はね」「いまさね」「申さね」の形が多い。つまりこれは、「な」「なも」に比較して、相手を敬い、相手に親愛の意をこめた表現に用いられる語であったと認められる。

 882番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  あがぬしの みたまたまひて
  はるさらば ならのみやこに 
  めさげたまはね

  吾が主の 御霊賜ひて
  春さらば 奈良の都に
  召上げたまはね

  あなた様の お心入れをお授け下さって
  春になったら 奈良の都に
  召し上げて下さいませ  
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 14:51| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする