2017年08月01日

『万葉集』を訓(よ)む(その1188)

 今回は891番歌を訓む。886番歌(以下、「長歌」という)の反歌五首目であり、山上憶良作「熊凝(くまごり)の為に其の志を述ぶる歌」六首の最後の歌である。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。なお5句に異伝がある。

  一世尓波 二遍美延農
  知々波々袁 意伎弖夜奈何久
  阿我和加礼南 [一云 相別南]

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、カ音の「加」・ク音の「久」・ナ音の「奈」・レ音の「礼」・ワ音の「和」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名ではア音の「阿」が、平仮名の字源となった常用音仮名では、チ音の「知」・ハ音の「波」・ミ(甲類)音の「美」が使われている。その他の常用音仮名としては、オ音の「意」・ガ音の「我」・キ(甲類)音の「伎」・テ音の「弖」・ニ音の「尓」・ヤ音の「夜」・エ音の「延」が使われ、準常用音仮名ではヲ音の「袁」が、音仮名ではヌ音の「農」が使われている。なお、一句の「一世」と二句の「二遍」及び異伝の「相別」は正訓字であり、五句と異伝の「南」はナムを表す二合仮名である。

 1句「一世尓波」は「一世(ひとよ)には」と訓む。「一世(ひとよ)」は、「この世に生きている間。一生。」の意。「尓波」(883番歌他に既出)は、格助詞「に」に係助詞「は」の付いた「には」で、場所・時・対象・比較の基準など、格助詞「に」の意味を強調または取りたてて示す。
 2句「二遍美延農」は「二遍(ふたたび)みえぬ」と訓む。「二遍(ふたたび)」は、「同じ動作や状態の重なることをいう。再度。」の意であり、副詞的にも用いる。「美延農」は、ヤ行下二段活用の自動詞「みゆ(見ゆ)」の未然形「みえ」+打消の助動詞「ず」の連体形「ぬ」=「みえぬ」を表す。
 3句「知々波々袁」は「ちちははを」と訓む。「知々波々」は、前歌(890番歌)に既出で、「ちちはは(父母)」。熊凝(くまごり)の父母をさす。「袁」は格助詞「を」。
 4句「意伎弖夜奈何久」は「おきてやながく」と訓む。「意伎弖」は、カ行四段活用の他動詞「おく(置く)」の連用形「おき」+接続助詞「て」=「おきて」。「夜」は疑問の係助詞「や」。「奈何久」は、ク活用形容詞「ながし(長し)」の連用形(副詞法)の「ながく」。
 5句「阿我和加礼南」は「あがわかれなむ」と訓む。「阿」は自称の「あ(我)」。「我」は格助詞「が」。「和加礼」は、ラ行下二段活用の自動詞「わかる(別る)」の未然形「わかれ」を表す。「わかる」は「ある人やある場所から離れて立ち去る。別離する。」ことをいうが、ここは887番歌と同じく、「死んで会えなくなる。死に別れをする。」の意に用いている。「南」は二合仮名で、完了の助動詞「ぬ」の未然形「な」+推量の助動詞「む」=「なむ」を表す。
 異伝 [一云 相別南] は[一に云(い)ふ 相別(あひわか)れなむ]と訓む。「相別」は、ラ行下二段活用の自動詞「あひわかる」の未然形「相別(あひわか)れ」。「あひわかる」は「互いに別れる。離れ離れになる。」ことをいう。「南」は5句に同じで、完了の助動詞「ぬ」の未然形「な」+推量の助動詞「む」=「なむ」。
 891番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  ひとよには ふたたびみえぬ 
  ちちははを おきてやながく 
  あがわかれなむ [あひわかれなむ]

  一世には ふたたび見えぬ
  父母を 置きてや長く
  我が別れなむ  [相別れなむ]

  一生の間に 二度と逢うことのできない
  父母を 後に残して永劫に
  私は別れるのであろうか [別れるのだろうか]
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 15:07| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする