2017年11月30日

『万葉集』を訓(よ)む(その1221)

 今回は、903番歌を訓む。897番歌(以下、「長歌」という。)の「反歌」六首の六首目である。左注に「天平五年六月丙申朔三日戊戌作」とあることから、「老身重病經年辛苦及思兒等歌七首 [長一首短六首]」(897番歌〜903番歌)の制作年月が知れる。但し、本歌には「去神龜二年作之 但以類故更載於茲」の注があり、神龜二年の作である。なお、憶良が亡くなった年は確定できていないが、この歌群を作った天平五年(六月以降)に亡くなったものと推定されている。
 写本の異同は、1句二字目<文>と4句五字目<何>。『西本願寺本』には、それぞれ「父」「可」とあるが、『類聚古集』に「文」「何」とあるのを採る。原文は次の通り。

  倭<文>手纒 數母不在 身尓波在等
  千年尓母<何>等 意母保由留加母
  [去神龜二年作之 但以類故更載於茲]

 1句「倭文手纒」は「倭文(しつ)手纒(たまき)」と訓む。この句は672番歌1句と同句。「倭文(しつ)」は「古代の織物の一種で、梶木(かじのき)、麻などで筋や格子を織り出したもの。」をいう。「手纒(たまき)」は、手に巻くものの意で、「上代の装身具。玉・貝・鈴などを紐(ひも)で貫き、臂(ひじ)のあたりに巻いて装飾としたもの。」をいう。「倭文(しつ)手纒(たまき)」は、「日本古来の織り模様の織物で作った腕輪」(『萬葉集全歌講義』)であるが、腕輪としては玉で作ったものが高級品で、布製は粗末なものとされていたところから、ここでは次の「数にもあらぬ」にかかる枕詞としたもの。
 2句「數母不在」は「數(かず)にも在(あ)らぬ」と訓む。この句も672番歌の2句「數二毛不有」と表記は異なるが同句。「數」は「数」の旧字で、会意文字。『名義抄』に「數 カズ・カゾフ・アマタ・コトワリ・コトワル・シバシバ・シルシ・マホル・アマタタビ」の訓みがあるが、ここはカズを採り、下に格助詞「に」を補読して「數(かず)に」と訓む。「母」はモ音の常用音仮名で、係助詞の「も」。「不在」は、ラ行変格活用動詞「あり」の未然形「在(あ)ら」+打消しの助動詞「ず」の連体形「ぬ」(漢文の助字「不」で表記)で、「在(あ)らぬ」。
 3句「身尓波在等」は「身(み)には在(あ)れど」と訓む。「身(み)」は900番歌に既出で、そこでは「人間のからだ。身体。肉体。」の意であったが、ここの「身(み)」は、「長歌」18句「我(わ)が身(み)の上(うへ)に」とあったのと同じで、「その人自身の有様、または位置。その人の立場。身の上。身のさま。」の意。「尓波」(「長歌」10句に既出)は、格助詞「に」に係助詞「は」の付いた「には」を表す。「尓」はニ音の常用音仮名、「波」はハ音の常用音仮名で平仮名の字源。「在等」は、ラ行変格活用動詞「あり」の已然形「在(あ)れ」+逆接の既定条件を示す接続助詞「ど」=「在(あ)れど」。「等」はト(乙類)音の常用音仮名であるが、ここはド(乙類)音の音仮名として用いたもの。
 4句「千年尓母何等」は「千年(ちとせ)にもがと」と訓む。この句は、前歌(902番歌)4句「千尋尓母何等」の「千尋」を「千年」に置き換えたもの。「千年(ちとせ)」は、「千の年。せんねん。転じて、ながい年月。また、永遠の年。」をいう。「尓」は3句に既出で、格助詞「に」。「母何」は、上代特有の願望の終助詞「もが」を表す。「母」は2句に既出のモ音の常用音仮名、「何」はガ音の音仮名。ここの「等」はト(乙類)音の常用音仮名で、格助詞「と」。
 5句「意母保由留加母」は「おもほゆるかも」と訓む。この句は、569番歌5句「所念鴨」と同句で、その仮名書き。同じ仮名書き例として表記は違うが、866番歌2句の「於忘方由流可母」があった。「意」「母」「保」「由」「留」は、各々、オ音・モ音・ホ音・ユ音・ル音の常用音仮名で、「保」「由」は片仮名・平仮名の字源、「留」は平仮名の字源。「意母保由留」は、ハ行四段活用の他動詞「おもふ(思ふ)」の未然形「おもは」+自発の助動詞「ゆ」の連体形「ゆる」 =「おもはゆる」の「は」が前の母音に引かれて「ほ」に転じた「おもほゆる」を表す。「加母」は、詠嘆の終助詞「かも」。「加」はカ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)。
 注の「去神龜二年作之 但以類故更載於茲」は、「去(い)にし神龜(じんき)二年、之(これ)を作(つく)る。但し、類(たぐひ)を以(もち)ての故(ゆゑ)に、更(さら)に茲(ここ)に載(の)す」と訓み、「この一首は、去る神亀(じんき)二年に作ったものである。ただし、同類の内容なので、またここに載(の)せた」という意。
 903番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  倭文(しつ)手纒(たまき) 數(かず)にも在(あ)らぬ 身(み)には在(あ)れど
  千年(ちとせ)にもがと おも(思)ほゆるかも

  (倭文たまき) とるに足りない 身ではあるが
  千年も生きたいと 思われることだよ
ラベル:万葉集
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2017年11月28日

『万葉集』を訓(よ)む(その1220)

 今回は、902番歌を訓む。897番歌(以下、「長歌」という。)の「反歌」六首の五首目である。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  水沫奈須 微命母
  栲縄能 千尋尓母何等
  慕久良志都

 1句「水沫奈須」は「水沫(みなわ)なす」と訓む。「水沫(みなわ)」は、「みなあわ(水泡)」が約まった語で、この世など儚いものの例えに用いる。「奈」はナ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「須」はス音の常用音仮名(片仮名の字源)。「奈須」(813番歌他に既出)は、名詞、時には動詞の連体形に付いて、「…のように、…のごとく、」などの意を表す接尾語「なす」。
 2句「微命母」は「微(もろ)き命(いのち)も」と訓む。「微」は、旧訓にモロキとあり、『代匠記』はこれを改めてイヤシキと訓んだが、『私注』に「『微』は微賤の意でイヤシとも讀まれるが、微細の意でモロシと讀むことも出來る。此の歌ではモロキでなければならない。」とあるのを支持して、旧訓通り、「微(もろ)き」と訓む。「微(もろ)き」はク活用形容詞「もろし」の連体形で次の「命(いのち)」にかかる。「もろし」は、「(人の命などが)消えやすい。はかない。弱い。」の意。「母」はモ音の常用音仮名で、係助詞「も」。
 3句「栲縄能」は「栲縄(たくなは)の」と訓む。この句は、704番歌1句「栲縄之」と「の」の表記は異なるが同句。「栲縄(たくなは)」は、「楮(こうぞ)などの皮でより合わせた縄」をいう。海女(あま)が海中にはいる際の命綱などとして用いられた。「能」はノ(乙類)音の常用音仮名で、格助詞「の」。「たくなはの」は、栲縄が長いところから、「長し」「千尋(ちひろ)」にかかる枕詞。
 4句「千尋尓母何等」は「千尋(ちひろ)にもがと」と訓む。「千尋尓」は、形容動詞「ちひろなり」の連用形で「千尋(ちひろ)に」。「尓」はニ音の常用音仮名。「千尋(ちひろ)」は、「一尋の千倍。非常に長いこと、また、測りにくいほど深いこと。また、そのさま。」をいう。なお、一尋は人間の両手を広げた長さ。「母何」は、上代特有の願望の終助詞「もが」を表す。「母」は二句に既出のモ音の常用音仮名、「何」はガ音の音仮名。「等」はト(乙類)音の常用音仮名で、格助詞「と」。
 5句「慕久良志都」は「慕(ねが)ひくらしつ」と訓む。「慕」は『名義抄』に「慕 コヒシ・ネガフ・コヒネガフ・シタフ・シノブ・コノム」の訓があり、ここは、ハ行四段活用の他動詞「ねがふ」の連用形「慕(ねが)ひ」と訓む。「ねがふ」は、動詞「ねぐ(請)」に継続反復を表す助動詞「ふ」が付いてできたもので、「神仏に望むところを請い求める。いのる。祈願する。」ことをいう。「久良志」は、「長歌」の22句に既出で、サ行四段活用の他動詞「くらす」の連用形「くらし」を表す。「くらす」は、他の動詞の連用形に接続して、その行為を一日中し続ける意を表す。「久」「良」「志」は、各々、ク音・ラ音・シ音の常用音仮名。「久」「良」は、共に片仮名・平仮名の字源。「都」はツ音の常用音仮名で、完了の助動詞「つ」を表す。
 902番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  水沫(みなわ)なす 微(もろ)き命(いのち)も
  栲縄(たくなは)の 千尋(ちひろ)にもがと
  慕(ねが)ひくらしつ

  水の泡のように はかない命も
  (栲縄の) 千尋ほども長くあってほしいと
  願い暮しきたことよ
ラベル:万葉集
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2017年11月23日

『万葉集』を訓(よ)む(その1219)

 今回は、901番歌を訓む。897番歌の「反歌」六首の四首目である。
 写本に異同はなく、原文]は次の通り。

  麁妙能 布衣遠陀尓 伎世難尓
  可久夜歎敢 世牟周弊遠奈美

 1句「麁妙能」は「麁妙(あらたへ)(粗栲)の」と訓む。「麁(そ)」は「粗(そ)」と同じで、「あらく、きめ細かでないこと」の義を持つ字であることから、語素「あら」の表記にあてたもの。「あら」は、主として名詞の上について、これと熟合して用いられ、「十分に精練されていないさま、粗製の、雑な、細かでない、すきまの多い」意を表わす。「妙(たへ)」は借訓字で、布の「栲(たへ)」を表わす。「麁妙(あらたへ)(粗栲)」は「藤やカジノキなどの木の皮の繊維で織った粗末な布」をいう。「能」はノ(乙類)音の常用音仮名で、連体助詞「の」。「あらたへの」は、50・52・252番歌に既出で、そこでは、「あらたへを作る材料である藤」というつづきで「藤」を含む地名「藤原」「藤井」「藤江」にかかる枕詞として用いられていたが、ここは枕詞でなく、本来の「木の皮の繊維で織った粗末な布」の意で次の句の修飾として用いたもの。
 2句「布衣遠陀尓」は「布衣(ぬのきぬ)をだに」と訓む。「布衣(ぬのきぬ)」は、「布で作った衣服」をいう。「遠」はヲ音の準常用音仮名で、格助詞「を」。「陀」「尓」はダ音・ニ音の常用音仮名で、「陀尓」で以って、副助詞「だに」を表わす。「だに」は、最小限の一事をあげて「せめて〜だけでも」と強調する働きをするが、転じて「〜までも」「〜すら」の意としても使われる。
 3句「伎世難尓」は「きせがてに」と訓む。「伎」はキ(甲類)音の常用音仮名、「世」はセ音の常用音仮名で片仮名・平仮名の字源。「伎世」は、サ行下二段活用の他動詞「きす(着す)」の連用形「きせ」を表す。「きす(着す)」は「衣服などを身にまとわせる。着させる。」ことをいう。「難尓」は485番歌に既出で、「がてに」と訓み、「困難で」の意。「かてに」と訓む説もあるが、『日本古典文学大系』の補注の説により「がてに」とした。(後ろに[参考]として補注を再度引用しておく。)
 4句「可久夜歎敢」は「かくや嘆(なげ)かむ」と訓む。「可」はカ音の常用音仮名、「久」はク音の常用音仮名で片仮名・平仮名の字源。「可久」は、副詞「かく」を表し、「このように」の意。「夜」はヤ音の常用音仮名で、係助詞「や」。「歎敢」は、カ行四段活用の自動詞「なげく」の未然形「嘆(なげ)か」+意思・意向の助動詞「む」=「嘆(なげ)かむ」。「なげく」の未然形の活用語尾「か」と助動詞「む」の表記に「かむ」の字音を持つ「敢」をあてた。なお「……や……む」は、詠嘆表現。
 5句「世牟周弊遠奈美」は「せむすべをなみ」と訓む。「世」は3句に既出のセ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「牟」はム音の常用音仮名(片仮名)で、「世牟」は、サ行変格活用の自動詞「す(為)」の未然形「せ」+意志・意向の助動詞「む」(連体形)で、「せむ」。「周」はス音の音仮名、「弊」はベ(甲類)音の常用音仮名で、「周弊」は、「なすべき手だて。そうすればよいというしかた。手段。方法。」の意の「すべ」を表す。「遠」は2句に既出のヲ音の準常用音仮名で、格助詞「を」。「奈」はナ音の常用音仮名で、片仮名・平仮名の字源、「美」はミ(甲類)音の常用音仮名で、平仮名の字源。「奈美」は、前歌(900番歌)の3句にも既出で、ク活用形容詞「なし」の語幹「な」+接続助詞「み」=「なみ」を表す。
 901番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  麁妙(あらたへ)(粗栲)の 布衣(ぬのきぬ)をだに きせ(着せ)がてに
  かくや嘆(なげ)かむ せむすべをなみ

  粗末な布の 衣服さえも 着せてやることができずに
 このように嘆くことか どうにもしようがなくて

[参考]『日本古典文学大系』四八五番歌の補注
 カテニは普通、耐える意のカツ(下二段活用)の未然形に、否定のズの古形ニが接続して成立した語と説かれている。語源的な説明としてはそれで正しいものと考えられるが、注意すべきことは、奈良時代の人々が、一般に果たしてそのような意識、つまり、ニは否定のズの連用形なのだという意識をもっていたかどうかということである。否定のズとかヌとかは、万葉集の訓仮名表記の部分では(字音仮名ばかりで書いてあるところは別として)不、莫の文字で書くのが通例で、不や莫を用いないのは、願望のヌカ、ヌカモの場合である。これは、ヌカ、ヌカモという助詞全体で一語と意識されていて、それを語源にさかのぼって、否定のズの連体形ヌにカモの接続した形という意識が無かった結果、不や莫をその部分にあてなかったものと考えられる。それと同様のことが、カテニの場合にも起こっている。すなわち、行過勝尓(ユキスギカテニ)(二五三)、待勝尓(マチカテニ)(一六八四)というような例があるのは、ニが否定のズの連用形であることを忘れた(あるいは知らない)表記と見られるのである。さらに、表意的な文字として勝の他に、難が用いられている。得難尓為(エガテニス)(九五)、待難尓為(マチガテニスレ)(六二九)などの例がそれである。難尓という表記は、カタシという形容詞の語幹カタに助詞ニがついたもので、一種の混淆(コンタミネーション)の結果である。これを何と訓んだかについては、恐らくガテニと訓んだのではないか。「君待ち我弖尓(ガテニ)」(八五九・三四七〇)の二例の存在が、その証となる。
 つまりカテニという言葉は、元来はカツの未然形にズの連用形がついて成立したが、奈良時代ではその語源意識は失われカテニはガテニに移行しつつあり、ガテニで一まとまりとして意識されていた。その意識の形成は、否定のニの一般的衰退、「難し」という意味・語形の類似する語の存在という事情が密接な関係をもっていたということである。
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 21:29| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする