2017年12月30日

『万葉集』を訓(よ)む(その1230)

 今回は、904番歌(以下、「長歌」という。)の反歌二首の二首目である906番歌を訓む。この歌の左注については、「長歌」の冒頭のところで述べたので割愛する。
写本に異同はなく、原文は次の通り。

  布施於吉弖 吾波許比能武
  阿射無加受
  多太尓率去弖 阿麻治思良之米

 本歌で使われている万葉仮名は、次の通り。

 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名:オ音の「於」・カ音の「加」・シ音の「之」・ヒ(甲類)音の「比」・ラ音の「良」。
片仮名の字源となった常用音仮名:ア音の「阿」・タ音の「多」。
平仮名の字源となった常用音仮名:ハ音の「波」・ム音の「武」。
その他の常用音仮名: コ(乙類)音の「許」・ザ音の「射」・ズ音の「受」・ダ音の「太」・ヂ音の「治」・テ音の「弖」・ニ音の「尓」・ノ(乙類)音の「能」・マ音の「麻」・メ(乙類)音の「米」。
音仮名:キ(甲類)音の「吉」・シ音の「思」。

 1句「布施於吉弖」は「布施(ふせ)おきて」と訓む。「布施(ふせ)」は、「仏や僧・貧者などに、衣服・食物などの品物や金銭などを施し与えること。また、その財物。財施。」をいう。「於吉」は、カ行四段活用の他動詞「おく(置く)」の連用形「おき」を表す。「弖」は接続助詞「て」。
 2句「吾波許比能武」は「吾(われ)はこひのむ」と訓む。「吾(われ)」は自称で、歌の作者である「古日の親」を指す。「波」は係助詞「は」。「許比能武」は、「長歌」の44句・51句に既出のマ行四段活用の他動詞「こひのむ(乞ひ祈む)」を表し、「神に請い祈る。請願する。祈願する。」の意。
 3句「阿射無加受」は「あざむかず」と訓む。「阿射無加受」は、カ行四段活用の他動詞「あざむく」の未然形「あざむか」+打消の助動詞「ず」(連用形)=「あざむかず」。この句の意味について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は「違う道を教えたりせず。」としている。
 4句「多太尓率去弖」は「ただに率去(ゐゆ)きて」と訓む。「多太尓」は、副詞「ただに(直に)」で、「真っ直ぐ」の意。「率去」は、カ行四段活用の自動詞「ゐゆく」の連用形「率去(ゐゆ)き」と訓む。「ゐゆく」は「連れて行く」ことをいう。「弖」は1句に同じで接続助詞「て」。
 5句「阿麻治思良之米」は「 」と訓む。「阿麻治」は、「あまぢ(天路)」を表し、「天へ行く道。天にのぼる道。」の意。「思良之米」は、ラ行四段活用の他動詞「しる(知る)」の未然形「しら」+使役の助動詞「しむ」の命令形「しめ」=「しらしめ」を表す。使役の「しむ」の命令形は、後世「しめよ」と「よ」をつけるのが普通となるが、当時は「よ」を用いないこともあった。
なお、「天路」について、井村『萬葉集全注』が詳しく述べているので、それを引用しておこう。

「天路」は生天への道である。小島憲之氏(「万葉語の語性」古典全集万葉集四の補論)は、「翼ヲ天路ニ翔ル」「天路誰カ通ハム」(広弘明集(こうぐみようしゆう)巻二六「鳩摩羅什(くまらじゆう)法師誄(るい)幷序」を示して、「これらの『天路』は、俗世よりみて生天(しようてん)への路を意味する。これを上代語に改めると、『アマヂ』となる。つまり『アマヂ』は、仏典語『天路』による万葉人の新しく生んだ翻訳語(翻読語)といえる。」という。「未来生の為ニ、生天ノ路ヲ開キ(開生天路)」(仏説観弥勒菩薩上生兜率天(かんみろくぼさつじようしようとそつてん)経)、「三悪道増広シ、諸天ノ路永ク絶ユ(諸天路永絶)」(仏説弥勒大成仏経)など仏典の用例も少なくない。生天とは衆生が赴く天。兜率天(とそつてん)往生をすすめる弥勒信仰の普及もさることながら、天部崇拝の経典と言われる当代尊重の金光明最勝王経にせよ、法華経にせよ、聴聞書写の功徳としてしきりに生天往生をすすめているのであるから、わが上代人にとっても、釈・梵二天や忉利天(とうりてん)、兜率天を含めて一般に、生天こそがもっとも親しく、わが常世(とこよ)の国のイメージとも通う理想郷であったにちがいない。

 906番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

   布施(ふせ)お(置)きて 吾(われ)はこ(乞)ひの(祈) む
   あざむかず
   ただ(直)に率去(ゐゆ)きて あまぢ(天路)し(知)らしめ

  お布施を差出して 私はお祈りしお願いします
  違う道を教えたりせずに
  真っ直ぐ連れて行って 天上への道を教えてやって下さい
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 22:27| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月29日

『万葉集』を訓(よ)む(その1229)

 今回は、904番歌の反歌二首の一首目である905番歌を訓む。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  和可家礼婆 道行之良士 
  末比波世武
  之多敝乃使 於比弖登保良世

 本歌で使われている万葉仮名は、次の通り。

 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名:オ音の「於」・シ音の「之」・セ音の「世」・ノ(乙類)の「乃」・ヒ(甲類)音の「比」・ホ音の「保」・マ音の「末」・ラ音の「良」・レ音の「礼」・ワ音の「和」。
片仮名の字源となった常用音仮名:タ音の「多」
平仮名の字源となった常用音仮名:ハ音の「波」・ム音の「武」。
その他の常用音仮名:カ音の「可」・ケ(甲類)音の「家」・テ音の「弖」・ト(乙類)音の「登」・バ音の「婆」。
準常用音仮名:ジ音の「士」・ヘ(甲類)の「敝」。

 1句「和可家礼婆」は「わかければ」と訓む。「和可家礼」は、ク活用形容詞「わかし(若し)」の已然形「わかけれ」を表す。「わかし」は、「人や物が生まれたり発生したりしてから、まだあまり年がたっていない。幼年期である。いとけない。おさない。」ことをいう。「婆」は既定条件を示す接続助詞「ば」。
 2句「道行之良士」は「道行(みちゆ)きしらじ」と訓む。「道行(みちゆ)き」は、「道を行くこと。旅をすること。」の意。「之良士」は、ラ行四段活用の他動詞「しる(知る)」の未然形「しら」+打消の助動詞「じ」=「しらじ」。この句について、井村『萬葉集全注』は「『道行き、知らじ』とも、『道、行き知らじ』とも訓めるが、『道行』と正訓二字で書くのを見れば前者である。この道行きは、後生(こしよう)へ転生するまでさまようという中有(ちゆうう)の旅である。」と注し、阿蘇『萬葉集全歌講義』は「死者の世界への道の行き方もきっとわからないだろう。」と注している。蛇足だが「中有」は、仏語「四有(しう)」の一つで「衆生が死んでから次の縁を得るまでの間。」をいう。「四有」は、無限に生死を繰り返す生存の状態を四つに分け、衆生の生を受ける瞬間をいう「生有(しやうう)」、死の刹那をいう「死有(しう)」、生有と死有の中間をいう「本有(ほんう)」、死後次の生有までをいう「中有」の総称。
 3句「末比波世武」は「まひはせむ」と訓む。「末比」は、「まひ(幣)」で、「謝礼として奉るもの。また、神への供え物。幣物(へいもつ)。」をいう。「波」は係助詞「は」。「世武」は、サ行変格活用の他動詞「す」の未然形「せ」+意思・意向の助動詞「む」=「せむ」。
 4句「之多敝乃使」は「したへの使(つかひ)」と訓む。「之多敝」は、「したへ(黄泉)」。「下の方」の意から「死後に行く地下の世界。よみの国。根の国。黄泉。」のことをいう。「乃」は連体助詞「の」。「使(つかひ)」は、動詞「つかふ」の連用形の名詞化で、「他へ出かけてゆき、命令や口上を伝えたり、用事をたしたりすること。また、その人。使者。」をいう。
 5句「於比弖登保良世」は「おひてとほらせ」と訓む。「於比」は、ハ行四段活用の他動詞「おふ(負ふ)」の連用形「おひ」。「おふ(負ふ)」は、「背中に載せる。背負う。」ことをいう。「弖」は接続助詞「て」。「登保良世」は、ラ行四段活用の自動詞「とほる(通る)」の未然形「とほら」+尊敬の助動詞「す」の命令形「せ」=「とほらせ」。
 905番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  わか(若)ければ 道行(みちゆ)きし(知)らじ
  まひ(幣)はせむ
  したへ(黄泉)の使(つかひ) お(負)ひてとほ(通)らせ

  まだ幼いので 道を知らないだろう
  お供えはいたしましょう
  黄泉の国のお使いよ わが子を背負って行ってください
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 22:28| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月26日

『万葉集』を訓(よ)む(その1228)

 前回で、904番歌を訓み終えたので、今回は904番歌のまとめ。
 904番歌の漢字仮名交じり文を示すと、次の通り。

  世(よ)の人(ひと)の 貴(たふと)び慕(ねが)ふ
  七種(ななくさ)の 寶(たから)も我(われ)は
  何(なに)為(せ)む
  わが中(なか)の 産(うま)れ出(い)でたる
  白玉(しらたま)の 吾(あ)が子(こ)古日(ふるひ)は 
  明星(あかほし)の 開(あ)くる朝(あした)は 
  敷(しき)たへ(栲)の とこ(床)の邊(へ)さ(去)らず 
  立(た)てれども 居(を)れども 
  ともに戯(たわぶれ)れ 
  夕星(ゆふつづ)の ゆふへ(夕)になれば 
  いざね(寝)よと 手(て)をたづさ(携)はり 
  父母(ちちはは)も 表(うへ)はなさがり 
  三枝(さきくさ)の 中(なか)にをね(寝)むと 
  愛(うつく)しく しがかた(語)らへば 
  何時(いつ)しかも ひと(人)とな(成)りい(出)でて 
  あ(悪)しけくも よ(吉)けくも見(み)むと 
  大船(おほぶね)の おも(思)ひたの(頼)むに 
  おも(思)はぬに 横風(よこしまかぜ)の 
  にふふかに 覆(おほ)ひ来(きた)れば 
  せむすべの たどきをし(知)らに 
  しろたへ(白栲)の たすきをか(掛)け 
  まそ鏡(かがみ) て(手)にと(取)りも(持)ちて 
  天(あま)つ神(かみ) あふ(仰)ぎこ(乞)ひの(祈)み 
  地(くに)つ祇(かみ) ふ(伏)して額拜(ぬかつ)き 
  かからずも かかりも 
  神(かみ)のまにまにと 
  立(た)ちあざり 我(わ)れ乞(こ)ひの(祈)めど 
  しましくも よ(吉)けくはなしに 
  漸々(やくやく)に かたちつくほり 
  朝(あさ)な朝(あさ)な い(言)ふことやみ 
  たまきはる いのち(命)た(絶)えぬれ 
  立(た)ちをど(躍)り 足(あし)すりさけ(叫)び 
  伏(ふ)し仰(あふ)ぎ むね(胸)うちなげ(嘆)き 
  手(て)に持(も)てる あ(吾)がこ(子)と(飛)ばしつ 
  世間(よのなか)の道(みち)

次に、九〇四番歌の口語訳を示すと、次の通り。

 世間の人が 貴重に思って欲しがる
 七種類の 宝も私には
 必要ありません
 私たち夫婦の間に  生まれ出た
 白玉のような 我が子古日は
 明けの明星の 輝く朝には
(しきたへの) 床の側から離れず
 立っていても 坐っていても
 共にたわむれ
 宵の明星の  光る夕方になると
 「さあ、寝よう」と 手を取り合って
 「父さん母さん そばを離れないでね
(さきくさの)まん中にぼくは寝るよ」と
 愛らしく その子が言うので
 いつの日か早く 一人前になって
 悪しくも 良くもそれを見たいと
(大船の) 頼みにしていたところ
 思いもかけず 横なぐりの風が
 突然に 襲いかかってきたので
 どうしたら良いのか 戸惑うばかり
(白たへの) 白いたすきを掛けて
 真澄の 鏡を手に持って
 天つ神を ふり仰いで祈り
 国つ神に 伏して額づき
 病気が治るも 治らぬも
 神の思し召しのままにと
 すっかり取り乱して 乞い祈ったのだが
 少しの間も 良いことはないまま
 次第次第に その身が縮みかがまり
 朝ごとに 言葉も途絶えて来て
(たまきはる) 命はついに尽きてしまったので
 躍り上がり 足ずりして泣き叫び
 地に伏し天を仰ぎ 胸を叩いては嘆き
 この手に抱きかかえていた わが子を飛ばしてしまった
 これが世の中のことわりだ 

 以上訓んできた904番歌は、二首の反歌(905・906番歌)を伴う長歌であるが、906番歌の「左注」によれば、これらの歌の作者は明らかでないけれども歌の作り方が山上憶良の作風に似ているのでここに載せたという。「これらの歌の作者は山上憶良である」という点では諸注に異論がない。しかし古日については、憶良の子とする説と、他人の子とする説がある。他人の子とし、その親の立場で詠んだとする説が有力であり、その立場を支持する阿蘇『萬葉集全歌講義』は、【歌意】のところで次のように述べている。

 古日が憶良の子であるか、否かが問題になるが、巻五収録の憶良の歌の製作時期、神亀五年から天平五年の間、憶良の年齢六十九歳から七十四歳までとすると父親の年齢の割に古日が幼すぎるようであることが、まず問題にされるのだが、それはともかくとしても、この時期に詠作された憶良の歌に登場する「さばへなす騒く児等」との印象の違いは大きい。代作説が多いのも納得できる。もと憶良歌巻になくて、巻五の編者によって追補されたのも、憶良から贈られた側から出た故とみることもできる。歌は、子の愛らしさを、常に父母にまとわりつき、父母を慕う子の言葉を直接話法で引用するなど、また子が息を引きとったあとの父親の激情描写など、他に例を見ない本歌の特色である。母親の影が薄いのも、死んだ子の父親の立場での代作という枠組みの中での作であった故であるかと思われる。

 以上、説得力に富む論であると思い引用した。
 二首の反歌については、次回に訓む。
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 15:11| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする