2018年04月27日

『万葉集』を訓(よ)む(その1265)

 今回は、933番歌の9句からを訓む。
 9句・10句「御食都國・日之御調等」は「御食(みけ)つ國(くに)・日(ひ)の御調(みつき)と」と訓む。「御食」(196番歌に既出)は、「みけ」と訓み、「神や天皇など身分の高い人の食事」の意。「都」はツ音の常用音仮名で、連体助詞「つ」。「國」は「国」の旧字。「御食(みけ)つ國(くに)」は、「天皇の食料を献上する国」をいう。『万葉集』では、淡路・伊勢・志摩の三国を「御食(みけ)つ國(くに)」と称している。ここの「日」は時間の単位としての「日(ひ)」。「之」は漢文の助字で、連体助詞「の」。「御調」(38番歌14句に既出)は、「みつき」と訓み、「み」は接頭語、後の「みつぎ(貢)」で、「土地の産物として貢献するもの」をいう。「日(ひ)の御調(みつき)」は、「日毎の貢物」の意。「等」はト(乙類)音の常用音仮名で、格助詞の「と」。この「と」は「として」の意。
 11句・12句「淡路乃・野嶋之海子乃」は「淡路(あはぢ)の・野嶋(のしま)の海子(あま)の」と訓む。「淡路(あはぢ)」(509番歌に既出)は、南海道六カ国の一つで、瀬戸内海東部にある淡路島全体をいい、古代より荘園が多く置かれた所である。「乃」は、ノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。「野嶋」は、250番歌4句に「野嶋(のしま)の埼(さき)に」として詠まれた所で、現在の兵庫県淡路市野島。淡路島の北端から西側に約四キロの地。「之」は10句に同じで、連体助詞「の」。「海子」は、「海士」「海人」と同じで、「あま」と訓み、「海で漁業に従事する人」の意。「乃」は11句に同じ。
 13句・14句「海底・奥津伊久利二」は「海(わた)の底(そこ)・奥(おき)[沖]ついくり[海石]に」と訓む。13句は、83・676番歌の1句と同句。「海」は、下に連体助詞「の」を補読して「海(わた)の」と訓む。「わた」は、「わたつみ・わたのはら・わたなか」の「わた」で、「うみ」の古語。「底(そこ)」は「海・池・川などくぼんだ地形の下の部分」をいう。「わたのそこ」は、『万葉集』に十一例あり、内、十例は「海底」又は「海之底」の表記だが、一例だけ、「和多能曽許(わたのそこ)」という一字一音の仮名書きがある。「海(わた)の底(そこ)」は、海底の奥深い所の意で、「奥(おき)」と同音の「沖」にかかる枕詞。「奥津」(306番歌他に既出)は、「奥(おき)[沖]つ」と訓み、「沖の」の意。『萬葉集』では、「おき」の漢字表記には全て「奥」が使われている。「津」は「つ」の常用訓仮名で、連体助詞「つ」。「伊」「久」「利」は、各々、イ音・ク音・リ音の常用音仮名で、「伊」は片仮名の字源、「久」と「利」は、片仮名・平仮名の字源。「伊久利」は、135番歌5句に「伊久里」の表記で既出、「海中にある岩。暗礁。」の意の「いくり[海石]」を表す。「い」は接頭語で、「くり」は海中に隠れている岩をいうのではないかとされている。「二」はニ音の音仮名(片仮名の字源)で、場所を指定する格助詞「に」。
 15句・16句「鰒珠・左盤尓潜出」は「鰒珠(あはびだま)・さはに潜(かづ)き出(で)」と訓む。「鰒珠(あはびだま)」は、「アワビ貝の腹中に生ずる真珠。」をいう。今日の真珠はほとんどアコヤ貝真珠であるが、上代ではアワビ真珠が主であった。阿蘇『萬葉集全歌講義』の注に「アワビの中にできる真珠をいうが、ここは、日のみ調との関係から、アワビをさすとする説(集成・全注)もある。アワビは、宮中で食用とされた主要な海産物のひとつであった。」ともある。「左」はサ音の常用音仮名(平仮名の字源)、「盤」はハ音の音仮名、「尓」はニ音の常用音仮名で、「左盤尓」は、「多いさま。たくさん。あまた。」の意を表す形容動詞「さはなり」の連用形「さはに」を表す。「潜」(725番歌他に既出)は、カ行四段活用の自動詞「かづく」の連用形で「潜(かづ)き」。「かづく」は、「水中に頭からくぐり入る。」ことをいう。「出」はダ行下二段活用の他動詞「いづ」の連用形「いで」であるが、ここは前にイ音があるので「出(で)」と訓む。「いづ」は「外に現わす。取り出す。」の意。
 17句・18句「船並而・仕奉之」は「船(ふね)並(な)めて・仕(つか)へ奉(まつ)るし」と訓む。17句は、36番歌17句の「船並弖」と接続助詞「て」の表記は異なるが同句。「船(ふね)」は「水の上に浮かべ、人や荷物をのせて水上を渡航する交通機関。」であるが、ここは「漁業に用いる漁船」をいう。「並」はマ行下二段活用の他動詞「なむ」の連用形「並(な)め」。「なむ」は「ならべる、つらねる」ことをいう。「船(ふね)並(な)めて」は「船を並べて」の意。「仕奉」(917番歌他に既出)は、ラ行四段活用の自動詞「つかへまつる」の連体形で「仕(つか)へ奉(まつ)る」。「つかへまつる」は、動詞「つかへる(仕)」に動詞「まつる(奉)」のついてできた、「仕える」の謙譲語。「之」はシ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、副助詞「し」。
 19句「貴見礼者」は「貴(たふと)し見(み)れば」と訓む。「貴」はク活用形容詞「たふとし」の終止形「貴(たふと)し」。「見礼」は、マ行上一段活用の他動詞「みる」の已然形「見(み)れ」。已然形であることを明示するために活用語尾「れ」をレ音の常用音仮名で片仮名・平仮名の字源である「礼」で表記したもの。「者」は「は」の訓仮名であるが、ここは順接の既定条件を示す接続助詞「ば」に流用したもの。
 933番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  天地(あめつち)の 遠(とほ)きが如(ごと)く
  日月(ひつき)の 長(なが)きが如(ごと)く
  おしてる 難波(なには)の宮(みや)に
  わご大王(おほきみ) 國(くに)知(し)らすらし
  御食(みけ)つ國(くに) 日(ひ)の御調(みつき)と
  淡路(あはぢ)の 野嶋(のしま)の海子(あま)の
  海(わた)の底(そこ) 奥(おき)[沖]ついくり[海石]に
  鰒珠(あはびだま) さはに潜(かづ)き出(で)
  船(ふね)並(な)めて 仕(つか)へ奉(まつ)るし
  貴(たふと)し見(み)れば

  天地が 永遠であるように
  日月が 長久であるように
  (おしてる) 難波の宮に
  わが大君は いつまでも国をお治めになるに相違ない
  大君の食料を献上する国の 毎日の貢物として
  淡路の 野島の海人が
  (海の底) 沖の暗礁で
  あわび玉を たくさんにもぐり取り
  船を並べて お仕えする
  貴いさまを見ると
ラベル:万葉集
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2018年04月24日

『万葉集』を訓(よ)む(その1264)

 今回は、933番歌を訓む。題詞に「山部宿祢赤人作歌一首[并短歌]」とあって、本歌は、「山部宿祢(やまべのすくね)赤人(あかひと)」が詠んだ十九句からなる長歌で、反歌一首(934番歌)を伴う。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  天地之 遠我如 
  日月之 長我如 
  臨照 難波乃宮尓 
  和期大王 國所知良之 
  御食都國 日之御調等 
  淡路乃 野嶋之海子乃 
  海底 奥津伊久利二 
  鰒珠 左盤尓潜出 
  船並而 仕奉之 
  貴見礼者

 1句・2句「天地之・遠我如」は「天地(あめつち)の・遠(とほ)きが如(ごと)く」と訓む。1句は、直近では920番歌21句と同句。「天地(あめつち)」は「天と地」。「之」は漢文の助字で、格助詞「の」。「遠」はク活用形容詞「とほし」の連体形で「遠(とほ)き」。「とほし」は、空間・距離のへだたりが大きい。はるかに離れている。」ことをいう。「我」はガ音の常用音仮名で、格助詞「が」。「如」は比況の助動詞「ごとし」の連用形「如(ごと)く」。『古典基礎語辞典』は、「ごとし」について、次のように解説にしている。
 
 語源的には同一を意味するコトの語頭が濁音化したゴトに形容詞語尾シが付いたもの。語源から明らかなように、もともとは、ある事・物・状態などが、他と比較して同一であることをいう語。それが発展すると、比況や例示の意を表す。なお、比況は「山のごとき荷物」のように、「山」と「荷物」という、二つの違う種類のものを比べていい、例示は「富士のごとき山」のように、「山」の一つとして「富士」を挙げていうものである。『万葉集』では大半が比況の意にとれ、平安時代の女流文学では、ほとんど使われていない。しかも、ゴトシは主として漢文訓読語であったらしく、平安末期に成立した『今昔物語集』には盛んに使用されている。これは、この物語が仏教を説いた漢文を下敷きにして、書かれた結果である。その後、中世に入ると、総じてよく使われるようになるが、慣用的用法が多い。なお、平安時代以降、連用形ゴトクに、格助詞ニ、そしてラ変動詞のアリが付いたゴトクニアリが約まったゴトクナリの形でも使われた(「磯の波は雪のごとくに、貝の色は蘇芳に」〈土左二月一日〉)。
ゴトシはふつう助動詞の一種とみられており、本書でもそれに従ったが、…ノゴトキ、…ガゴトキと格助詞ノ・ガを受けることは本来の助動詞にはありえない。またゴトシの活用はク、シ、キなので、本来は形容詞の一つであったと
考えられる。それは「…と同一だ」という意味であったから、上に何かを補わないと意味が成立しないことが多かった。そこでゴトシは、あたかも付属語のように見られ、そのうち…ノゴトク、…ガゴトク、…ノゴトシ、…ガゴトシという連用形、終止形が成立するに至って一種の助動詞化が進行したものと思われる。

 3句・4句「日月之・長我如」は「日月(ひつき)の・長(なが)きが如(ごと)く」と訓む。3句は、167番歌の61句と同句。この「日月」は時間の上の「月日」の意。時日の「月日」については、人麻呂や憶良らは「日月」とあり、家持などは「月日」とあるので、古くは「日月」と言っていたのが後に「月日」に変わったものと考えられる。「之」は1句に同じで、格助詞「の」。「長」はク活用形容詞「長し」の連体形で「長(なが)き」。「我如」は、2句に同じで、格助詞「が」+比況の助動詞「ごとし」の連用形「如(ごと)く」=「が如(ごと)く」。
 1句〜4句について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は、「冒頭の四句は、二句と二句の対句であるが、天地・日月の永遠性を以て、聖武天皇の御代の永久の栄えを寿ぎ、…」と述べている。
 5句・6句「臨照・難波乃宮尓」は「おしてる・難波(なには)の宮(みや)に」と訓む。5句の「臨照」は、443番歌41句の「押光」・619番歌1句の「押照」・928番歌1句の「忍照」と表記は異なるが同句で、「おしてる」と訓む。「おしてる」は、地名「難波(なには)」にかかる枕詞で、記紀歌謡にも見られる古い枕詞であるが原義は不明。「難波(なには)」は、大阪市の上町台地以東の地域の古称で、孝徳天皇の難波長柄豊碕宮、天武天皇の難波宮、聖武天皇の難波宮などが営まれたところである。「乃」は、ノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。「宮(みや)」は、接頭語の「み」+「屋」の意の「や」=「みや」で、「大王・天皇の住む御殿」をいう。「尓」はニ音の常用音仮名で、格助詞の「に」。
 7句・8句「和期大王・國所知良之」は「わご大王(おほきみ)・國(くに)知(し)らすらし」と訓む。「和期大王」は、926番歌他に既出。「和」はワ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、「期」はゴ(乙類)音の常用音仮名。「和期」は、自称「わ(我)」に連体助詞「が」と続いて「わが」となるところを、その連体助詞ガが下のオホという二つのO母音に引かれてゴとなったのを発音表記式に「わご」と書いたもの。「大王(おほきみ)」は、今は「大君」と表記されるのが一般的で、天皇あるいはその子孫を尊敬して言う。ここは聖武天皇をさす。「國(くに)」は、聖武天皇が統治する国。「所知」は、ラ行四段活用の他動詞「しる」の未然形「知(し)ら」+尊敬の助動詞の「す」(漢文の助字「所」で表記)=「知(し)らす」。「しる」は「治める」ことをいう。「良」はラ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「之」はシ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)。「良之」で以って、推量の助動詞「らし」を表わす。
 9句以降は、次回に。
ラベル:万葉集
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2018年04月20日

『万葉集』を訓(よ)む(その1263)

 今回は、932番歌を訓む。題詞に「反歌一首」とあり、前歌931番歌(以下、「長歌」という)の反歌である。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  白浪之 千重来縁流 
  住吉能 岸乃黄土粉 
  二寶比天由香名

 1句「白浪之」は「白浪(しらなみ)の」と訓む。この句は、「長歌」の15句「四良名美乃」と表記は異なるが同句。「白浪(しらなみ)」は、「白い波、白くくだける波」の意。「之」は漢文の助字で、格助詞「の」。
 2句「千重来縁流」は「千重(ちへ)に来(き)縁(よ)[寄]する」と訓む。この句は、「長歌」6句の「千重(ちへ)浪(なみ)縁(よ)[寄]せ」を承けたもの。「千重」は、「数多くかさなること」をいい、ここは下に動作の状態を示す格助詞「に」を訓み添えて「千重(ちへ)に」と訓む。「来」はカ行変格活用の自動詞「く」の連用形「来(き)」。「縁流」は、サ行下二段活用の自動詞「よす」の連体形「縁(よ)[寄]する」。連体形であることを明示するために、活用語尾「る」をル音の常用音仮名で片仮名の字源である「流」で表記したもの。
 3句「住吉能」は「住吉(すみのえ)の」と訓む。これも「長歌」17句に「住吉能濱」とあった。「住吉」は、摂津国の古郡名で、平安初期以降「すみよし」と呼称されるが、萬葉の時代には「すみのえ」と訓まれた。「能」はノ(乙類)音の常用音仮名で、連体助詞「の」。
 4句「岸乃黄土粉」は「岸(きし)の黄土(はにふ)に」と訓む。この句は、69番歌4句「崖之埴布尓」と表記は異なるが同句。「岸(きし)」には、大きく二つの意味がある。一つは、「陸地が川・湖・海などの水に接したところ。みずぎわ。なぎさ。」であり、もう一つは「岩石または地などのきり立ったところ。がけ。」である。ここは「長歌」に「住吉の濱」と詠まれていることから、前者の意であることに違いないが、『萬葉集』には「住吉の岸」と詠った歌が十四例もあり、澤潟『萬葉集注釋』が指摘しているように「これは他の濱や港に見られない程に圧倒的に多い用語例である。住吉の濱が『岸』と云はれるにふさわしい地形であつた事を示すもので」あるとすると、あるいは後者の意とするほうが良いのかもしれない。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。「黄土」は、「はにふ(埴生)」と訓む。「黄土」だけでは、「きめが細かくてねばりけのある黄赤色の土。」の意の「はに(埴)」であるが、下に「粉」とあり、その「粉」フンの音をフニの音を表すのに用いて、「黄土粉」で以って、「黄土(はにふ)に」の表記としたもの。「ふ」は一面にそれを産する場所を意味する「生(ふ)」で、「黄土(はにふ)(埴生)」は「埴のある土地」の意。「に」は格助詞。住吉は埴の産地としても知られており「住吉の岸」と「埴生」の取り合わせも集中に四例(本歌及び1002・1146・1148番歌)を数える。
 5句「二寶比天由香名」は「にほひてゆかな」と訓む。「二」はニ音の音仮名(片仮名の字源)、「寶」はホ音の音仮名、「比」は、ヒ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、「二寶比」は、ハ行四段活用の自動詞「にほふ」の連用形「にほひ」。「にほふ」は「他のものの色がうつる。染まる。」の意。「天」はテ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、接続助詞「て」。「由」はユ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「香」はカ音の音仮名で、「由香」は、カ行四段活用の自動詞「ゆく(行く)」の未然形「ゆか」。「名」は「な」の常用訓仮名で、勧誘の意を示す終助詞「な」。この句について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は「にほひて行(ゆ)かな 染まって行こうよ。ナは、自己や自己を含む複数の動作や状態について、意志や勧誘の意味をあらわす。」と注している。
 932番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  白浪(しらなみ)の 千重(ちへ)に来縁(きよ)[寄]する
  住吉(すみのえ)の 岸(きし)の黄土(はにふ)に
  にほひてゆかな

  白波が 千重に寄せて来る
  住吉の 岸の黄土に
  染まって行こうよ
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 17:59| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする