2018年07月05日

『万葉集』を訓(よ)む(その1285)

 今回は、948番歌を訓む。「題詞」に「四年丁卯春正月勅諸王諸臣子等散禁於授刀寮時作歌一首[并短歌]」とある。これを訓み下すと「四年(ねん)丁卯(ていばう)の春(はる)正月(しやうぐわつ)、諸(もろもろ)の王(おほきみ)・諸(もろもろ)の臣(おみ)の子等(こたち)に勅(みことのり)して、授刀寮(じゆたうれう)に散禁(さんきん)せしむる時(とき)に作(つく)る歌(うた)一首(しゆ)[并(あは)せて短歌(たんか)]」となる。「四年丁卯の春正月」は、「神亀四年(七二七)正月」で、現行暦の一月二十七日から二月二十五日の期間に当たる。「授刀寮」は、「授刀舎人寮」ともいい、「奈良時代、兵仗を帯びて宮中を警衛することをつかさどった官司。」のことで、慶雲四年(七〇七)に創設されたが、天平勝宝八年(七五六)に中衛府に吸収された。のち、天平宝字三年(七五九)授刀衛として復活。「散禁」は、令制の罰の一つで、「罪人に刑具をほどこさないで、一定の場所にとじこめておくこと」をいう。ここの「散」は「体の自由を奪わない」の意。
 本歌は、四十一句からなる長歌で、次に反歌一首を伴う。「題詞」だけでは作歌事情がよくわからないが、反歌の「左注」にその事情が述べられている。「左注」には次のようにある。

 原文「右、神龜四年正月、數王子及諸臣子等、集於春日野而作打毬之樂。
    其日忽天陰、雨雷電。此時、宮中無侍従及侍衛。勅行刑罰、皆散禁
    於授刀寮而、妄不得出道路。于時悒憤即作斯歌。[作者未詳]」

 訓読文「右(みぎ)、神龜(じんき)四年(ねん)正月(しやうぐわつ)に、數(あまた)の王子(おほきみ)と諸(もろもろ)の臣(おみ)の子等(こたち)と、春日野(かすがの)に
     集(つど)ひて打毬(うちまり)の樂(あそび)をなす。其(そ)の日(ひ)、忽(たちま)ちに天陰(あめくも)り、雨(あめ)ふり雷電(いなびかり)
     す。此(こ)の時(とき)、宮(みや)の中(うち)に侍従(じじゆう)と侍衛(じゑい)と無(な)し。勅(みことのり)して、刑罰(つみ)に行(おこな)
     ひ、皆(みな)授刀寮(じゆたうれう)に散禁(さんきん)せしめ、妄(みだ)りに道路(みち)に出(い)づること得(え)ざらし
     む。時(とき)に悒憤(いぶせ)みし、即(すなは)ち斯(こ)の歌(うた)を作(つく)る。[作者(さくしや)未(いま)だ詳(つばひ)らかなら
     ず。]」
 口語訳「右は、神亀四年正月に、多くの王や廷臣の子らが、春日野に集っ
     て打毬(うちまり)の遊びをした。その日、突然空が曇って雨が降り稲妻が走
     った。この時、宮の中には侍従も侍衛もいなかった。そこで勅命
     で処罰し、皆を授刀寮に散禁させ、勝手に外出することを禁止し
     た。この時に心が晴れず。この歌を作ったのである。[作者は明ら
     かでない]」

 写本の異同は、5句の二字目<上>、10句の五字目の<壮>、11句の二字目の<木>、の三ヶ所にある。5句の二字目は『元暦校本』に「匕」とあるが、他の写本いずれも「上」とあるのでこれを採る。10句の五字目は、『西本願寺本』に「牡」とあるが、『元暦校本』『紀州本』『大矢本』に「壮」とあるのを採る。11句の二字目を『西本願寺本』は「不」とするが、『元暦校本』『紀州本』『温故堂本』に「木」とあるのを採る。
 なお、写本の異同ではないが、12句の三・四字目<比日>とそれに続く13句一字目の<如>は、写本のいずれもが「皆」「石」とするのを、加藤千蔭『萬葉集略解』が「皆」は、「比日」の二字を「皆」一字に誤ったものとし、また「石」についても「如」の誤りとして改めたもので、以後諸注がこれに従っているのでこれを採用することにした。
 原文は次の通り。

  真葛延 春日之山者 
  打靡 春去徃跡 
  山<上>丹 霞田名引 
  高圓尓 鴬鳴沼
  物部乃 八十友能<壮>者
  折<木>四哭之 来継<比日> 
  <如>此續 常丹有脊者
  友名目而 遊物尾
  馬名目而 徃益里乎
  待難丹 吾為春乎
  决巻毛 綾尓恐
  言巻毛 湯々敷有跡
  豫 兼而知者
  千鳥鳴 其佐保川丹
  石二生 菅根取而
  之努布草 解除而益乎
  徃水丹 潔而益乎
  天皇之 御命恐
  百礒城之 大宮人之
  玉桙之 道毛不出
  戀比日

 1句・2句「真葛延・春日之山者」は「ま葛(くず)延(は)ふ・春日(かすが)の山(やま)は」と訓む。「真葛」は「ま葛(くず)」と訓む。「ま」は接頭語で、「葛」は、カヅラともクズともフヂとも訓まれるが、ここはマメ科のつる性多年草の「くず」に用いたもの。「延」はハ行四段活用の自動詞「はふ」の連体形で「延(は)ふ」。「はふ」は「一面にのび広がる。また、特に、植物の根や蔦(つた)の類が地面や木などにまつわりついてのびる。」ことをいう。「春日之山」は「春日(かすが)の山(やま)」で「春日山」(735番歌他に既出)に同じ。「春日山」は、奈良市東方の春日山・三笠山・若草山などの総称で、最高峰は、花山(497メートル)。「者」は漢文の助字で、係助詞「は」。
 3句・4句「打靡・春去徃跡」は「打(う)ち靡(なび)く・春(はる)去(さ)り徃(ゆ)くと」と訓む。直近では931番歌3句と同句。「打靡」は、カ行四段活用の自動詞「うちなびく」を表すが、この二字だけの表記では連用形にも連体形にも訓める。既出例では46・505・509・931番歌は「打(う)ち靡(なび)き」と連用形に、87・260・433・475番歌は「打(う)ち靡(なび)く」と連体形に訓んだ。ここは、連体形に訓み、次の「春(はる)」にかかる枕詞。草のなびく様子から「草」にかかり、また、春には草木がなびくところから「春」にもかかる。「去」(475番歌他に既出)は、ラ行四段活用の自動詞「さる」の連用形で「去(さ)り」。「さる」は、移動する意であるが、季節や時を表わす語のあとに付けて「その時、季節になる。」の意となる。「徃」はカ行四段活用の自動詞「ゆく」の終止形「徃(ゆ)く」。ここの「ゆく」は補助動詞。「春(はる)去(さ)り徃(ゆ)く」は「春がやってくる」の意。「跡」は「と(乙類)」の常用訓仮名で、接続助詞「と」。
 5句以降は、次回に続く。
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 21:26| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする