2018年09月28日

『万葉集』を訓(よ)む(その1307)

 今回は、966番歌を訓む。本歌は、前歌に続いて「冬十二月大宰帥大伴卿上京時娘子作歌二首」の二首目で、天平二年十二月、大宰帥大伴旅人が、大納言を兼任して上京する時に、遊行女婦の児島が旅人に贈った歌である。
 左注に次のようにある。なお、訓読文は吉井『萬葉集全注』に、口語訳は阿蘇『萬葉集全歌講義』によった。

[原文] 右、大宰帥大伴卿、兼任大納言、向京上道。此日馬駐水城、顧望府家。于時送卿府吏之中、有遊行女婦。其字曰兒嶋也。於是娘子傷此易別、嘆彼難會、拭涕、自吟振袖之歌。

[訓読文] 右、大宰帥大伴卿(ださいのそちおほとものまへつぎみ)、大納言(だいなごん)を兼任(けんにん)し、京(みやこ)に向(む)かひて道に上(のぼ)る。この日に、馬を水城(みづき)に駐(とど)めて府家(ふか)を顧(かへり)み望(のぞ)む。時に、卿を送る府吏(ふり)の中(なか)に、遊行女婦(うかれめ)あり、その字(あざな)を児島(こしま)といふ。ここに、娘子(をとめ)、この別れの易(やす)きことを傷(いた)み、その会(あ)ひの難(かた)きことを嘆(なげ)き、涕(なみた)を拭(のご)ひて自(みづか)ら袖(そで)を振(ふ)る歌を吟(うた)ふ。

[口語訳] 右は、大宰帥大伴卿が大納言を兼任することになり、京に向って出発した。この日、馬を水城に駐めて、大宰府の庁を振り返り眺めた。時に卿を送る大宰府の官人たちの間に遊行女婦が居り、その名を児島といった。その時、娘子は、別れやすく再会しがたいことを悲しみ、涙を拭って、袖を振る歌を吟じた。

 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  倭道者 雲隠有 
  雖然 余振袖乎  
  無礼登母布奈

 1句「倭道者」は「倭道(やまとぢ)は」と訓む。「倭道(やまとぢ)」は、551番歌1句に「山跡道」の表記で既出。「倭」(954番歌他に既出)は、わが国の古名として中国の史書に見え、それをそのまま「やまと」の表記に用いていたが、天平宝字元年(757)以降は「大和」と書かれるようになったもので、大和国(奈良県)を中心とする地域をいう。「倭道(やまとぢ)[大和道]」は「大和へ向かう道」をいう。「者」は漢文の助字で、係助詞「は」。
 2句「雲隠有」は「雲隠(くもがく)りたり」と訓む。「雲隠」(898番歌他に既出)は、ラ行四段活用の自動詞「くもがくる」の連用形で「雲隠(くもがく)り」。「くもがくる」は、「雲の中に隠れる」ことをいう。「有」は、完了・存続の助動詞「たり」を表す。「たり」は、助詞「て」と「あり」との複合であることから「有」で表記したもの。
 3句「雖然」は「然(しか)れども」と訓む。この句は、199番歌137句と同句。「しかれども」は、先行の事柄に対し、後続の事柄が反対・対立の関係にあることを示す接続詞(逆態の確定条件)。「そうであるが。しかしながら。されども。」の意。「しかれども」という言葉は、『古今集』以後の勅撰集には一度も用いられず、後世の人には歌語とは思われなかったのではないかと考えられるが、『萬葉集』には十四例の用例がある。うち八例が「雖然」の表記となっている。仮名書き例では「之可礼杼母」(3588)、「之可礼登毛」(3948)などがある。 
 この句の解釈については諸説があることを、吉井『萬葉集全注』が指摘して次のように述べている。

 ○然れども この句の受けとめ方には諸説がある。「帰路の遠き事をいひて、しかれども見えずなるまでも袖を振らんを云々」(略解)、「雲に隠れてゐる程遠い。それ程、あなたと私との身分は離れてゐます。けれども云々」(口訳)、「第三句『シカレドモ』は、前歌の『シノビテアルカモ』を受けていふ」(全註釈)、「道ハ雲ニ隠レテオリマス(デスカラ私ノ振ル袖ハオミエニナラナイデショウ)。シカシ云々」(古典大系)、「下の振ルに続くのであろうが、上下の結びつきが明らかでない。雲に隠れて見えない姿なのに、それにもかかわらず、といった気持ちか」(古典全集)。略解説は江戸期の諸注に継承されているが、この場合は、上が「雲隠りゆく」とありたい。口訳説は継承者がいないように、前歌と矛盾した内容である。全註釈説は、近代の諸注にも継承されている説であるが、本歌の上二句に提示された条件があるのに、これを無視している点が致命的欠陥である。古典大系と古典全集は上二句を生かそうと努力していて、よく似た説だが、私には見えないけれど、と作者を主体として解釈した点に、古典全集説の優位が認められる。

 4句「余振袖乎」は「余(わ)が振(ふ)る袖(そで)を」と訓む。この句は、132番歌4句の「我振袖乎」および139番歌4句の「吾振袖乎」と自称の「わ」の表記が異なるだけで同句。「余」は、「我」「吾」と同じく自称の「わ」で、格助詞の「が」を補読して「余(わ)が」と訓む。「振」はラ行四段活用の他動詞「ふる」の連体形で「振(ふ)る」。「袖」は、衣服で、身頃(みごろ)の左右にあって腕をおおう部分をいう。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、格助詞の「を」。
 5句「無礼登母布奈」は「無礼(なめ)しともふな」と訓む。「無礼」は、ク活用形容詞「なめし」の終止形「無礼(なめ)し」と訓む。「なめし」は、「相手を軽んじたり、あなどったりして、無礼であるさま。失礼であるさま。」をいう。「登」はト(乙類)音の常用音仮名で、格助詞「と」。「母布」は、852番歌4句に既出、ハ行四段活用の他動詞「もふ」を表す。「もふ」は「おもふ(思ふ)」に同じ。「奈」はナ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、禁止の終助詞「な」。
 966番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  倭道(やまとぢ)は 雲隠(くもがく)りたり
  然(しか)れども 余(わ)が振(ふ)る袖(そで)を
  無礼(なめ)しともふな

  大和への道は 雲に隠れています
  お姿は見えませんが 私が袖を振るのを
  無礼だと思わないでください

[参考]右の口訳では、3句の受けとめ方を『古典全集』の解釈に基づいて行なったが、伊藤『萬葉集釋注』が別の受けとめ方をして口訳を行っているので、それを引用しておく。

 第二首は、前歌の「畏みと」以下を「しかれども」で承けて重ねた歌で、
 大和への道は雲の彼方向こうにはるばる続いております。あなたがその向こうへ行ってしまわれるのが堪えきれずに、恐れ多いと思いながらもこらえきれずに振ってしまう袖、この私の振る舞いを、どうか無礼だとお思い下さいますな。
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2018年09月26日

『万葉集』を訓(よ)む(その1306)

 今回は、965番歌を訓む。題詞に「冬十二月大宰帥大伴卿上京時娘子作歌二首」とあって、本歌と次の966番歌は、天平二年十二月、大宰帥大伴旅人が、大納言を兼任して上京する時に、遊行女婦の児島が旅人に贈った歌である。作者が「遊行女婦(うかれめ)の児島」であるということは、次の966番歌の左注によって知られる。その左注については次歌のところで述べる。
写本に異同はなく、原文は次の通り。

  凡有者 左毛右毛将為乎
  恐跡 振痛袖乎 
  忍而有香聞

 1句「凡有者」は「凡(おほ)ならば」と訓む。「凡有」は、形容動詞「おほなり」の未然形「凡(おほ)なら」と訓む。「おほなり」には、「物の形、状態、量、大きさ、感情などがはっきりとしていないさま、漠然としているさま」の意と「きわ立っていないさま。普通である、なみなみであるさま。」の意があるが、ここは後者。「者」は「は」の訓仮名だが、ここは仮定条件を示す接続助詞「ば」に流用したもの。「凡(おほ)ならば」は、「並々ならば。普通一般ならば。」の意。
 2句「左毛右毛将為乎」は「かもかも為(せ)むを」と訓む。「左毛右毛」は、副詞「か」に係助詞「も」の付いた「かも」が重なってできた連語で、「ああもこうも」の意。「左右」だけでも「かもかも」と訓み、モ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)の「毛」は添え字。「将為」(752番歌他に既出)は、サ行変格活用の他動詞「す」の未然形「為(せ)」+意志・意向の助動詞「む」(連体形。漢文の助字「将」で表記。)=「為(せ)む」。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、接続助詞「を」。
 3句「恐跡」は「恐(かしこ)みと」と訓む。この句は、239番歌の17句「恐等」と表記は異なるが同句。「恐」は接尾語「み」を読み添えて「恐(かしこ)み」と訓む。「恐(かしこ)」は、形容詞「かしこし」の語幹。「恐(かしこ)み」は「恐れ多いと思って」の意。「跡」は、「と(乙類)」の常用訓仮名で、格助詞「と」。
 4句「振痛袖乎」は「振(ふ)り痛(た)き袖(そで)を」と訓む。「振痛」は、ラ行四段活用の他動詞「ふる」の連用形「振(ふ)り」+ク活用形容詞「いたし」の連体形「痛(いた)き」=「振(ふ)り痛(いた)き」が約まって「振(ふ)り痛(た)き」となったもの。阿蘇『萬葉集全歌講義』の注に「振り痛き 甚だしく振るの意。『言痛しーこちたし』などの表現例がある。」とある。「袖」は「衣服で、身頃(みごろ)の左右にあって、腕をおおう部分」をいう。『万葉集』の「袖振り」は、別離の場合にも、愛の表現にも、舞踊の型としても見られるが、ここは別れを惜しんでのこと。「乎」は2句に既出だが、ここは格助詞の「を」。
 5句「忍而有香聞」は「忍(しの)びて有(あ)るかも」と訓む。「忍」はバ行上二段活用の他動詞「しのぶ」の連用形「忍(しの)び」。「しのぶ」は、「気持ちを抑える。痛切な感情を表わさないようにする。」ことをいう。「而」は漢文の助字で、接続助詞「て」。「香」「聞」は、カ音・モ音の音仮名。「香聞」は、疑問の助詞「か」に詠嘆の助詞「も」を添えた複合形で、詠嘆の終助詞「かも」を表わす。
 965番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  凡(おほ)ならば かもかも為(せ)むを
  恐(かしこ)みと 振(ふ)り痛(た)き袖(そで)を 
  忍(しの)びて有(あ)るかも

  並々のお方でしたら ああもこうも致しましょうに
  恐れ多いと思って 激しく振るべき袖を
  じっと我慢しています
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 11:47| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月21日

『万葉集』を訓(よ)む(その1305)

 今回は、964番歌を訓む。題詞に「同坂上郎女向京海路見濱貝作歌一首」とある。これを訓み下すと、「同(おな)じき坂上郎女(さかのうへのいらつめ)京(みやこ)に向(むか)ふ海路(うみつぢ)に濱(はま)の貝(かひ)を見(み)て作(つく)る歌(うた)一首(しゆ)」となる。本歌は、前の963番歌と同様、天平二年冬に、旅人が大納言になって上京するのに先立って、坂上郎女が京に向かった折の作である。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  吾背子尓 戀者苦 
  暇有者 拾而将去 
  戀忘貝

 1句「吾背子尓」は「吾(わ)が背子(せこ)に」と訓む。この句は、540番歌1句と同句。「吾」は自称で、坂上郎女をさす。「背子(せこ)」は、女性が自分の夫、あるいは恋人である男性に対して用いる呼称。旅人をさすとする説もあるが、「特定の人があるわけではない」とする『私注』に従うのが良いと思う。本歌は、「浜の貝」に想を得て詠んだものと考えられる。「尓」はニ音の常用音仮名で、動作・感情の対象を示す格助詞「に」。
 2句「戀者苦」は「戀(こ)ふれば苦(くる)し」と訓む。この句は、756番歌の2句と同句。「戀者」は、ハ行上二段活用の他動詞「こふ」の已然形「こ’戀ふれ」+確定条件を示す接続助詞「ば」(「は」の訓仮名「者」を流用して表記)で、「こ’戀ふれば」と訓む。「苦」はシク活用形容詞「くるし」の終止形で「苦(くる)し」。「くるし」は「かなわない願いや悲しみ、後悔などで心が痛む。つらい。せつない。」ことをいう。
 3句「暇有者」は「暇(いとま)有(あ)らば」と訓む。「暇」は『名義抄』に「暇 イトマ・アク」とあり、ここは562番歌同様、「暇(いとま)」と訓む。「仕事と仕事の間の、何もしないとき。絶え間。有閑期。」の意。「有者」(757番歌他に既出)は、「有(あ)れば」とも「有(あ)らば」とも訓めるが、ここは、ラ行変格活用の自動詞「あり」の未然形に、仮定条件を示す接続助詞「ば」(「は」の訓仮名「者」で表記)が付いた形で、「有(あ)らば」と訓む。
 4句「拾而将去」は「拾(ひり)ひて去(ゆ)かむ」と訓む。「拾」はハ行四段活用の他動詞「ひりふ」の連用形「拾(ひり)ひ」。「ひりふ」は、「ひろふ」の古形で、「地上などにある物を、取り上げる。落ちている物や捨ててある物などを取り上げて手にする。」ことをいう。「将去」(953番歌他に既出)は、カ行四段活用の自動詞「ゆく」の未然形「去(ゆ)[行]か」+意志・意向の助動詞「む」(終止形。漢文の助字「将」で表記。)=「去(ゆ)[行] かむ」。
 5句「戀忘貝」は「戀忘(こひわす)れ貝(がひ)」と訓む。この句について、吉井『萬葉集全注』は「恋忘れ貝」として次のように述べている。

 ○恋忘れ貝 7・一一四七、一一四九、一一九七、15・三七一一。忘貝(1・六八、11・二七九五、12・三〇八四、三一七五、15・三六二九)。「美しき貝」(万葉集管見)、「波のよせ来て残り忘れたるよしの名」(攷証、万葉集美夫君志)、「貝の名」(古義、万葉集講義、佐佐木評釈)、「二枚貝の一片」(古典大系)、「あわびをもいう」(古典全集)などの説があるが、萱草(わすれぐさ)(3・三三四、4・七二七、12・三〇六〇、三〇六二)、恋忘草(11・二四七五)が、中国の萱草(毛詩、衛風の白兮(はくけい)中の一章に「いづくにか諼草を得(え)て、われは之を背(はい)に植ゑむ」とあり、その「伝」に「諼草は人をして憂(うれ)ひを忘れしむ」とあり、「釈文」に「諼、本(もと)又萱に作る」とある。)に由来をもつとすれば、これに基づいて作られた歌語であろう。拾フ、岸ニ寄ルなどの打ち上げられたものが多く詠まれているところから云えば、おそらく貝殻であり、また、海人が潜(かず)きとるものを忘れ貝と歌っている作が一首(12・三〇八四)あるところを見れば、アハビも含まれるようであり、結局アハビを含め、二枚貝の一片を忘れ貝といったと考えるのが妥当なようである(東光治『万葉動物考』)。

 964番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  吾(わ)が背子(せこ)に 戀(こ)ふれば苦(くる)し
  暇(いとま)有(あ)らば 拾(ひり)ひて去(ゆ)かむ
  戀忘(こひわす)れ貝(がひ)

  わがいとしい人に 恋していると苦しい
  暇があったら 拾って行こう 
  恋を忘れさせるというあの忘れ貝を
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 15:09| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする