2018年10月31日

『万葉集』を訓(よ)む(その1316)

 今回は、972番歌を訓む。題詞に「反歌一首」とあって、本歌は前の長歌(971番歌)の反歌である。また、左注に「右檢補任文八月十七日任東山々陰西海節度使」とある。これを訓み下すと「右(みぎ)、補任(ぶにん)の文(ふみ)に檢(ただ)すに、八月十七日に東山(とうせん)・山陰(せんいん)・西海(さいかい)の節度使を任ず」となり、藤原宇合が西海道の節度使に任ぜられたのは、天平四年の八月十七日であることがわかる。なお、同日付で、藤原房前が東海・東山二道の節度使に、多治比真人が山陰の節度使に任じられている。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  千萬乃 軍奈利友 
  言擧不為 取而可来 
  男常曽念

 1句「千萬乃」は「千萬(ちよろづ)の」と訓む。「千萬(ちよろづ)」は、「数の限りなく多いこと。無数。せんまん。千五百万(ちいほよろづ)。」の意。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。
 2句「軍奈利友」は「軍(いくさ)なりとも」と訓む。「軍」は象形文字で、「車上に旗を立て、なびかせている形。兵車を以て全軍に指麾(しき)することをいう。」(『字通』より)。『名義抄』に「軍 イクサ・モロモロ」とある。「軍(いくさ)」は「武人。戦士。兵卒。また、軍隊。軍勢。」の意で、ここは「敵の軍勢」をいう。「奈」「利」は、ナ音・リ音の常用音仮名で、ともに片仮名・平仮名の字源。「奈利」で以って、指定の助動詞「なり」を表す。「友」は借訓字で、仮定条件を示す接続助詞「とも」を表す。
 3句「言擧不為」は「言(こと)擧(あ)げ為(せ)ず」と訓む。「言(こと)擧(あ)げ」は、「言葉に出して相手に言うこと。言葉に出して論ずること。」の意。阿蘇『萬葉集全歌講義』には「呪力ある非日常の言語を発することによって言語に秘められた力の発揮を期する呪儀。」とある。「不為」は、サ行変格活用の自動詞「す」の未然形「為(せ)」+打消しの助動詞「ず」(連用形。漢文の助字「不」で表記。)=「為(せ)ず」。
 4句「取而可来」は「取(と)りて来(き)ぬべき」と訓む。「取」はラ行四段活用の他動詞「とる」の連用形「取(と)り」。ここの「とる」は、「うちとる」意で、「敵を平定する」ことをいう。「而」は漢文の助字で、接続助詞「て」。「可来」は、カ行変格活用の自動詞「く」の連用形「来(き)」+完了の助動詞「ぬ」(無表記だが補読)+比況の助動詞「べし」の連体形「べき」(漢文の助字「可」で表記)=「来(き)ぬべき」。ここの「来」は補助動詞で、動詞の連用形に「て」を添えた形について、あることをして、戻る意を表す。
 5句「男常曽念」は「男(をのこ)とそ念(おも)ふ」と訓む。「男(をのこ)」は「成人の男子。壮士。お。おとこ。」の意。「常」は「と(乙類)」の訓仮名で、格助詞「と」。「曽」はソ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、係助詞「そ」。「念」は「念」はハ行四段活用の他動詞「おもふ」の連体形「念(おも)ふ」。
 972番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  千萬(ちよろづ)の 軍(いくさ)なりとも
  言(こと)擧(あ)げ為(せ)ず 取(と)りて来(き)ぬべき
  男(をのこ)とそ念(おも)ふ

  千万の 軍勢であろうとも
  とやかく言わず 討ち取って来られるような
  立派な男子だと思っております
ラベル:万葉集
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2018年10月26日

『万葉集』を訓(よ)む(その1315)

 今回は、971番歌の27句からを訓む。
 27句・28句「丹管士乃・将薫時能」は「丹(に)つつじの・薫(にほ)はむ時(とき)の」と訓む。「丹(に)」は「赤い色の土。また、赤い色の顔料。」であるが、「赤い色。また、赤い色をしたもの。」をもいう。「管士」は、植物の「つつじ」を表し、「丹(に)つつじ」は「赤いつつじ」をいう。「管」は借訓字で、「士」はジ音の準常用音仮名。「つつじ」の既出例は、185番歌の「石上乍自(石上(いは)つつじ)」、434番歌の「白管仕(白(しら)つつじ)」、443番歌の「茵(つつじ)花(はな)」がある。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、格助詞「の」。「将薫」は、ハ行四段活用の自動詞「にほふ」の未然形「薫(にほ)は」+推量の助動詞「む」(連体形。漢文の助字「将」で表記。)=「薫(にほ)はむ」。「にほふ」は「赤などのあざやかな色が、光を放つように花やかに印象づけられること」をいい、「色が明るく映える。あざやかに色づく。」の意。古代では、特に赤く色づく意で用いられたが、次第に他の色にもいうようになった。「時(とき)」は、行為や状態を表わす連体修飾句を受けて「そうする場合、そういう状態である場合」の意を表わす。「能」はノ(乙類)音の常用音仮名で、30句の「将開時」と同格であることを示す格助詞「の」。
 29句・30句「櫻花・将開時尓」は「櫻花(さくらばな)・開(さ)[咲]きなむ時(とき)に」と訓む。「櫻花(さくらばな)」は、「桜の花」(「櫻」は「桜」の旧字)。829番歌3句に「佐久良婆那(さくらばな)」の仮名表記で既出。「将開」は、カ行四段活用動詞「さく」の連用形「開(さ)き」+完了の助動詞「ぬ」の未然形「な」(無表記だが補読)+推量の助動詞「む」(連体形。漢文の助字「将」で表記。)=「開(さ)[咲]きなむ」と訓む。「開」を「さく」と訓む例は、912番歌他に既出。「さく」は「花のつぼみがひらく」ことをいうので「ひらく」の「開」の字があてられたもの。「時(とき)」は28句に同じ。「尓」はニ音の常用音仮名で、時を指定する格助詞「に」。
 31句・32句「山多頭能・迎参出六」は「山(やま)たづの・迎(むか)へ参(ま)ゐ出(で)む」と訓む。31句は、90番歌3句「山多豆乃」と表記は一部異なるが、同句。「多」はタ音の常用音仮名(片仮名の字源)、「頭」はヅ音の準常用音仮名、「能」は、28句にも既出のノ(乙類)音の常用音仮名。「山(やま)たづ」は、「造木(みやつこぎ)」のことで、植物「にわとこ(接骨木)」の古名。「山(やま)たづの」は、接骨木(にわとこ)の葉が向かい合って生えているところから、「むかふ」にかかる枕詞として用いられた。ここもその例。「迎参出六」は、ハ行下二段活用の他動詞「むかふ」の連用形「迎(むか)へ」+ワ行上一段活用の自動詞「まゐる」の連用形「参(ま)ゐ」+ダ行下二段活用の自動詞「づ」の未然形「出(で)」+意志を表す助動詞「む」(常用訓仮名「六」で表記)=「迎(むか)へ参(ま)ゐ出(で)む」で、「お迎えに出ましょう」の意。
 33句「公之来益者」は「公(きみ)が来(き)まさば」と訓む。「公(きみ)」は、6句にも既出で、作者の高橋虫麻呂が、自分の上司である藤原宇合卿をさして言ったもの。「之」は漢文の助字で、格助詞「が」。「来益者」は、カ行変格活用の自動詞「く」の連用形「来(き)」+サ行四段活用の自動詞「ます」の未然形「まさ」(借訓字「益」で表記)+仮定条件を示す接続助詞「ば」(「は」の訓仮名「者」を流用)=「来(き)まさば」。「公(きみ)が来(き)まさば」は「あなたが帰っておいでになったら」の意。

 971番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  白雲(しらくも)の 龍田(たつた)の山(やま)の
  露霜(つゆしも)に 色附(いろづ)く時(とき)に
  うち超(こ)えて 客(たび)行(ゆ)く公(きみ)は
  五百隔山(いほへやま) い去(ゆ)き割(さ)くみ
  賊(あた)守(まも)る 筑紫(つくし)に至(いた)り
  山(やま)のそき 野(の)のそき見(み)よと
  伴(とも)の部(へ)を 班(あか)ち遣(つか)はし
  山彦(やまびこ)の 應(こた)へむ極(きは)み
  谷潜(たにぐく)[谷蟇]の さ渡(わた)る極(きは)み
  國方(くにかた)を 見(め)し賜(たま)ひて
  冬(ふゆ)こもり 春(はる)去(さ)り行(ゆ)かば
  飛(と)ぶ鳥(とり)の 早(はや)く来(き)まさね
  龍田道(たつたぢ)の・岳邊(をかへ)の路(みち)に
  丹(に)つつじの・薫(にほ)はむ時(とき)の
  櫻花(さくらばな)・開(さ)きなむ時(とき)に
  山(やま)たづの・迎(むか)へ参(ま)ゐ出(で)む
  公(きみ)が来(き)まさば

   (白雲の) 竜田の山が
  露霜のために 色づく時に
  この山を越えて 旅行くあなたは
  幾重にも重なる山々を 踏み分けて行き
  敵から国を守る 筑紫に着いて
  山の果て 野の果てまで調べよと
  配下の官人たちを 方々に遣わし
  山彦が 答える山のはて
  ひきがえるが 這い回る谷の隅々まで
  すべての国の 状態を検分されて
  (冬こもり) 春になったら
  (飛ぶ鳥の) 早く帰ってきてください 
  竜田の道の その岡辺の道に
  赤いつつじが 美しく咲きにおいはじめ
  桜の花も 咲き盛る時に
  (やまたづの)お迎えに出ましょう
  あなたが帰っておいでになったら
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 15:37| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月23日

『万葉集』を訓(よ)む(その1314)

 今回は、971番歌の19句からを訓む。
 19句・20句「國方乎・見之賜而」は「國方(くにかた)を・見(め)し賜(たま)ひて」と訓む。「國方(くにかた)」は、「国形」「国状」とも書き、「国の形状、状況」の意。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で格助詞「を」。「見之」は、サ行四段活用の他動詞「めす」の連用形で「見(め)し」。「めす」は、「見る」に上代の尊敬の助動詞「す」が付いて音の変化したもので、「見る」の尊敬語。連用形を明示するために、活用語尾の「し」をシ音の常用音仮名で、片仮名・平仮名の字源である「之」で表記したもの。「賜」はハ行四段活用の他動詞「たまふ」の連用形で「賜(たま)ひ」。「たまふ」には「賜」「給」の字が宛てられるが、上位から下位へ物や恩恵を与える動作を表わすのが原義と思われる。そこから、恩恵を受ける下位者の立場を主として、「上位者が恩恵を与えてくれる、下さる」という、動作主を敬う気持が生じ、尊敬語が成立する。一方、恩恵を与える立場の者を主として、「恩恵を与えてやる、くれてやる」の意に用いられる場合も生じる。ここは尊敬表現に用いている。「而」は、漢文の助字で、接続助詞「て」。
 21句・22句「冬木成・春去行者」は「冬(ふゆ)こもり・春(はる)去(さ)り行(ゆ)かば」と訓む。21句は、有名な額田王の「春秋優劣判定歌」(16番歌)の冒頭句に同じ。「冬こもり」は「春」にかかる枕詞。そのかかり方については諸説があるが、冬の間活動をやめていた植物が芽を出して茂る春の意で、「春」にかかるとする説が有力である。ただし、この場合は「冬籠り」とは別語となる。他に、冬に活動をやめて籠っていたものが春になると外に出る意からとする説、「冬が終わり」の意から「春」に続くとする説などもある。平安時代にはすでに「冬籠り」の意識で用いられていたと考えられる。「こもり」の表記の「木」は「こ(乙類)」の訓仮名であり、「成」は「盛」の省文で、「もり」の借訓字。「去」(948番歌他に既出)は、ラ行四段活用の自動詞「さる」の連用形で「去(さ)り」。「さる」は、移動する意であるが、季節や時を表わす語のあとに付けて「その時、季節になる。」の意となる。ここも「春(はる)去(さ)る」で「春になる」意。「行者」(967番歌他に既出)は、カ行四段活用の自動詞「ゆく」の未然形「行(ゆ)か」+順接の仮定条件を表す接続助詞「ば」(「は」の訓仮名「者」を流用)で、「行(ゆ)かば」。ここの「ゆく」は、動作・状態の継続、進行を表す補助動詞。
 23句・24句「飛鳥乃・早御来」は「飛(と)ぶ鳥(とり)の・早(はや)く来(き)まさね」と訓む。「飛鳥」は、既出例の多くが「飛(と)ぶ鳥(とり)の」で地名「明日香(あすか)」にかかる枕詞として使われているが、ここは、「飛ぶ鳥のように早く」という意で、次の「早く」にかかる枕詞として使われている。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、格助詞「の」。「早」(548番歌他に既出)は、ク活用形容詞「早し」の連用形からできた副詞「早(はや)く」。「御来」は、カ行変格活用の自動詞「く」の連用形「来(き)」+サ行四段活用の自動詞「ます」の未然形「まさ」(尊敬の意を付け加える補助動詞としての用法で「御」により表記。)+希望・誂えの終助詞「ね」=「来(き)まさね」。なお、吉井『萬葉集全注』は、この「早御来」を「早(はや)帰りませ」と訓んでいる。意味の上からは「帰ってきて」の意ではあるが、「来(き)まさね」と訓んでもその意に変わりなく、末句「公(きみ)が来(き)まさば」と訓むのであれば、ここもほとんどの諸注の訓に従って「来(き)まさね」と訓むのが良いと思われる。
 25句・26句「龍田道之・岳邊乃路尓」は「龍田道(たつたぢ)の・岳邊(をかへ)の路(みち)に」と訓む。「龍田」は、この歌の1句にも「龍田山」として既出の地名で、大和国(奈良県)北西部を流れる龍田川下流の大和川との合流点に近い地域をいう。古来河内国(大阪府)と大和国を結ぶ交通の要地であり、現在の奈良県生駒郡斑鳩(いかるが)町・三郷(さんごう)町の一帯にあたる。「龍田道(たつたぢ)」は「龍田へ向かう道」をいう。「之」は漢文の助字で、同格を示す格助詞「の」。「岳邊」は「岳辺」(「邊」は「辺」の旧字)で、「岳のほとり。岳のあたり。」の意。「乃」は23句に既出で、ここは連体助詞「の」。「岳邊(をかへ)の路(みち)」は「龍田道(たつたぢ)」を言い換えたもの。「尓」はニ音の常用音仮名で、場所を示す格助詞「に」。
 27句以降は、次回に続く。
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 15:44| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする