2018年10月11日

『万葉集』を訓(よ)む(その1311)

 今回は、970番歌を訓む。「天平三年、大納言大伴卿が奈良の家にいて故郷を思う歌二首」の二首目である。
 写本の異同はなく、原文は次の通り。

  指進乃 粟栖乃小野之
  芽花 将落時尓之 
  行而手向六

 1句「指進乃」は「さしずみの」と訓む。「指進」には、未だ定訓はないが、阿蘇『萬葉集全歌講義』に従って「さしずみ」と訓む。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。「さしずみの」について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は、諸説を紹介して次のように述べている。

さしずみの 栗栖にかかる枕詞。かかりかた不明。旧訓サシスキノ。サシススノ(代匠記)、サススミノ(童蒙抄)、サシズミノ(考)、サシグリノ(私注)、などの訓がある。サシズミ・サススミは、墨縄を繰り出す墨壺、サシグリは、サシスグリの約で、生い茂っている栗の意という。クル(繰る)からクルスへ、(墨尺でしるしをつける)黒からクルへ、クルスの修飾語(私注、「栗の茂っている栗林の野」と訳す)など下句との関係が説かれる。従来、サシズミノの訓が多かったが、全注は、サススミノと訓む。新全集・新大系・和歌大系は、無訓。

 2句「粟栖乃小野之」は「粟栖(くるす)の小野(をの)の」と訓む。「粟栖(くるす)」は、普通名詞としては「栗の木が多くはえている土地。栗林。」の意だが、栗の木が多いところから地名ともなった。『倭名類聚鈔』に「大和国忍海郡栗栖郷」がある。現在の奈良県御所市、北葛城郡新庄町の付近にあたる。「乃」は1句に同じで、連体助詞「の」。「小野」(926番歌他に既出)は、普通名詞で「をの」。「を」は接頭語で「野。野原。」の意。「之」は漢文の助字で、、連体助詞「の」。
 3句「芽花」は「芽(はぎ)[萩]の花(はな)」と訓む。「芽」は『名義抄』に「芽 ハギ・ウマツナギ・キザス」とあり、ここは「芽(はぎ)」と訓み、「芽花」は、「芽(はぎ)[萩]の花(はな)」。「萩」は「マメ科ハギ属の落葉低木または多年草の総称。特にヤマハギをさすことが多い。秋の七草の一つ。夏から秋にかけ、葉腋に総状花序を出し、紅紫色ないし白色の蝶形花をつける。」(『日本国語大辞典』より)。
 4句「将落時尓之」は「落(ち)[散]らむ時(とき)にし」と訓む。「将落」は、ラ行四段活用の自動詞「ちる」の未然形「落(ち)[散]ら」+推量の助動詞「む」(連体形。漢文の助字「将」で表記。)=「落(ち)[散]らむ」。「落」を「ちる」と訓む例は、400番歌などに既出。ここの「時(とき)」は、行為や状態を表わす連体修飾句を受け形式名詞として用いたもので、「そうする場合、そういう状態である場合。」を言い、「落(ち)[散]らむ時(とき)」は、「散ろうとする時」の意。「尓」はニ音の常用音仮名で格助詞「に」を、「之」はシ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で副助詞「し」を表わす。
 5句「行而手向六」は「行(ゆ)きて手向(たむ)けむ」と訓む。「行」はカ行四段活用の自動詞「ゆく」の連用形「行(ゆ)き」。「而」は漢文の助字で、接続助詞「て」。「行(ゆ)きて」は、「故郷の飛鳥に帰って」の意。「手向六」は、カ行下二段活用の他動詞「たむく」の未然形「手向(たむ)け」+意思・意向の助動詞「む」(「む」の常用訓仮名「六」で表記)=「手向(たむ)けむ」。「たむく」は、「神仏や死者に供え物を献じる」ことをいう。
 970番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  さしずみの 粟栖(くるす)の小野(をの)の
  芽(はぎ)[萩]の花(はな) 落(ち)[散]らむ時(とき)にし
  行(ゆ)きて手向(たむ)けむ

  (さしずみの) 栗栖の小野の
  萩の花が 散ろうとする時に 
  飛鳥に行って手向けをしよう
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 14:52| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする