2019年01月31日

『万葉集』を訓(よ)む(その1337)

 今回は、992番歌を訓む。題詞に「大伴坂上郎女詠元興寺之里歌一首」とあり、「大伴坂上郎女(おほとものさかのうへのいらつめ)」が、「元興寺(ぐわんごうじ)の里(さと)」を詠んだ歌である。「元興寺」については、伊藤博『萬葉集釋注』に「元興寺は、奈良市芝新屋(しばのしんや)町にあった寺。崇峻元年(五八八)蘇我馬子が飛鳥の真神(まかみ)の原(はら)に建てた、わが国最初の寺法興寺(ほうこうじ)(奈良県高市郡明日香村の安居院(あんごいん))を、奈良遷都後の養老二年(七一八)九月に移転したもの。しかし、法興寺も残されて本元興寺と呼ばれた、そして両寺とも別に飛鳥寺とも称された。」とあり、本歌に「古郷(ふるさと)の 飛鳥(あすか)」と「平城(なら)の明日香(あすか)」と詠まれているのは、各々「本元興寺」「元興寺」をさすものと考えられる。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  古郷之 飛鳥者雖有 
  青丹吉 平城之明日香乎 
  見樂思好裳

 1句「古郷之」は「古郷(ふるさと)の」と訓む。この句は、626番歌3句と同句。「古郷(ふるさと)」は、626番歌と同じく、飛鳥古京をさす。「之」は漢文の助字で、連体助詞「の」。
 2句「飛鳥者雖有」は「飛鳥(あすか)は有(あ)れど」と訓む。「飛鳥」は、319番歌他六例の既出例があり、それらは全て「飛(と)ぶ鳥(とり)」と訓んだが、ここは「飛鳥(あすか)」と訓む。「飛鳥(あすか)」は、「奈良県高市郡明日香村付近一帯の称。北は大和三山にかぎられ、中央を飛鳥川が流れる。豊浦宮に推古天皇が即位して後百余年間都が置かれた。飛鳥浄御原宮(あすかのきよみはらみや)、橘寺、高松塚古墳、マルコ山古墳のほか、多くの史跡に富む。」(『日本国語大辞典』)所である。「飛鳥」の字は、「明日香」の枕詞「とぶとり」をあてたもの。「者」は漢文の助字で、係助詞「は」。「雖有」(929番歌他に既出)は、ラ行変格活用の自動詞「あり」の已然形「有(あ)れ」+逆接の確定条件を表す接続助詞「ど」(漢文の助字「雖」で表記)で、「有(あ)れど」。「…は有(あ)れど」は、「…はともかく、…はそれなりによいが、」の意で、下の内容を引き立てる働きをする。
 3句「青丹吉」は「青丹(あをに)よし」と訓む。この句は、17番歌3句、79番歌15句、80番歌1句、および328番歌1句と同句。「青丹」は、青黒色の土のこと。「吉」は、詠嘆の間投助詞「よ」「し」を表わすための借訓字。「青丹(あをに)よし」は、地名「奈良」にかかる枕詞。奈良坂のあたりから顔料や塗料として用いる青丹(あをに)を産出したことによる、といわれる。
 4句「平城之明日香乎」は「平城(なら)の明日香(あすか)を」と訓む。「平城」は、330番歌に「平城京(ならのみやこ)」として既出で、「平城」の二字で「なら」と訓む。なお、「奈良の都」が「平城京」と名付けられたのは、「『平』は『ならす(平らかにする)』で、奈良(なら)の地名は、平坦な地の意で、そこに設けられた都城だから」(西宮『萬葉集全注』330番歌の注)とされる。「之」は1句に同じで、連体助詞「の」。「明日香(あすか)」は2句の「飛鳥(あすか)」に同じだが、ここは「平城(なら)の明日香(あすか)」で以って、元興寺のあるところを言ったもの。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、対象を示す格助詞「を」。
 5句「見樂思好裳」は「見(み)らくし好(よ)しも」と訓む。この句は、983番歌5句「見良久之好藻」と表記は異なるが同句。「見樂」は、マ行上一段活用の他動詞「みる」の連体形「見(み)る」に形式体言「あく」が付いた「見るあく」が約まった「見(み)らく」。いわゆるク語法で、「見ること」の意。「樂」は、「らく」を表すための借訓字であるが、「楽しい」意を込めた用字であろう。ここの「之」はシ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、副助詞「し」。「好」はク活用形容詞「よし」の終止形で「好(よ)し」。ここの「よし」は「快い。楽しい。」の意。「藻」は「も」の訓仮名で、詠嘆の終助詞「も」。
 992番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  古郷(ふるさと)の 飛鳥(あすか)は有(あ)れど 
  青丹(あをに)よし 平城(なら)の明日香(あすか)を 
  見(み)らくし好(よ)しも

  古京の 飛鳥の元興寺の里もそれなりによいが
  (あをによし) 新京奈良の明日香の元興寺の里を
  眺めるのは特に好ましいよ
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 13:52| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月29日

『万葉集』を訓(よ)む(その1336)

 今回は、991番歌を訓む。題詞に「同鹿人至泊瀬河邊作歌一首」とある。訓み下すと「同(おな)じ鹿人の、泊瀬の河邊に至りて作る歌(うた)一首(しゆ)」となり、前歌(990番歌)と同じく「紀朝臣鹿人(きのあそみかひと)」の作である。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  石走 多藝千流留
  泊瀬河 絶事無 
  亦毛来而将見

 1句「石走」は「石走(いはばし)り」と訓む。「石走」は、ラ行四段活用の自動詞「いはばしる」の連用形「石走(いはばし)り」。「いはばしる」は、「水の流れが、激しく岩に当たってしぶきをあげる。」または「岩の上を激しい勢いで水が流れる。」ことをいう。ここは後者。なお、「石走」は、29番歌19句に既出で、そこでは「石(いは)走(ばし)る」と訓み、「淡海(あふみ)」の枕詞として用いられていた。
 2句「多藝千流留」は「たぎち流(なが)るる」と訓む。「多藝千」は、タ行四段活用の自動詞「たぎつ」の連用形「たぎち」を表す。「多」「藝」は、タ音・ギ(甲類)音の常用音仮名、「千」は「ち」の常用訓仮名。「多」は片仮名タの字源、「千」は片仮名チの字源。「たぎつ」は、「水がわきあがる。水があふれるように激しく流れる。」の意。「流留」は、ラ行下二段活用の自動詞「ながる」の連体形「流(なが)るる」。連体形であることを明示するために活用語尾「る」をル音の常用音仮名(平仮名の字源)である「留」で表記したもの。「ながる」は「水などの液体が自然に低い方へ移り動く」ことをいう。
 3句「泊瀬河」は「泊瀬河(はつせがは)」と訓む。「泊瀬河(はつせがは)」は、「奈良盆地を流れる初瀬川(はせがわ)の古称」。阿蘇『萬葉集全歌講義』に「泊瀬川 桜井市長谷寺の北方小夫(おおぶ)に発し、南流して長谷寺の南で吉隠川を合わせ、西流して三輪山の麓を廻って、北西流して、佐保川に合流。『泊瀬の川』(1・七九)に既出。」とある。
 4句「絶事無」は「絶(た)ゆる事(こと)無(な)く」と訓む。この句は、923番歌16句他と同句。「絶」は下二段動詞「たゆ」の連体形で「絶(た)ゆる」。「たゆ」は「続いているもの(糸)が途中で切れる」ことを意味する。「事(こと)」は、用言の連体形を受けてこれを名詞化し、その語句の表わす行為や事態や具体的な内容などを体言化する形式名詞。「無」はク活用形容詞「なし」の連用形で「無(な)く」。
 5句「亦毛来而将見」は「亦(また)も来(き)て見(み)む」と訓む。「亦毛」は384番歌他に既出。「亦」は、象形文字。人の正面形である大の、両腋を示す。「わきのした」が本義だが、 又・有・也と声近く通用し、「また」の意となる。「毛」はモ音の常用音仮名で、片仮名・平仮名の字源。「亦(また)も」は、副詞「また」を強めた言い方で、「再度。重ねて。」の意。「来」はカ行変格活用の自動詞「く」の連用形「来(き)」。「く」は「こちらに向かって近づく。また、ある場所、ある時期に向かってそこに至る。」ことをいう。「而」は漢文の助字で、接続助詞「て」。「将見」(911番歌他に既出)は、マ行上一段活用の他動詞「みる」の未然形「見(み)」+意思・意向の助動詞「む」(漢文の助字「将」で表記)で、「見(み)む」。
 991番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  石走(いはばし)り たぎち流(なが)るる
  泊瀬河(はつせがは) 絶(た)ゆる事(こと)無(な)く
  亦(また)も来(き)て見(み)む

  岩の上を走り あふれるように激しく流れる
  泊瀬川を 絶えることなく
  またやってきて見よう
posted by 河童老 at 15:59| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月24日

『万葉集』を訓(よ)む(その1335)

 今回は、990番歌を訓む。題詞に「紀朝臣鹿人跡見茂岡之松樹歌一首」とある。訓み下すと「紀朝臣鹿人(きのあそみかひと)の跡見(とみ)の茂岡(しげをか)の松(まつ)の樹(き)の歌(うた)一首(しゆ)」となる。「紀朝臣鹿人(きのあそみかひと)」は、643番歌の脚注に「鹿人大夫(かひとのまへつきみ)」として既出で、紀郎女(きのいらつめ)の父。 「跡見(とみ)」は、奈良県桜井市外山(とび)付近、泊瀬(はつせ)への入口で、ここに大伴宗家の田所(たどころ)・跡見庄があった。「茂岡(しげをか)」について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は「岡の名か。もともと木々の茂った岡の意で呼ばれたのであろう。」と注している。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  茂岡尓 神佐備立而
  榮有 千代松樹乃
  歳之不知久

 1句「茂岡尓」は「茂岡(しげをか)に」と訓む。「茂岡(しげをか)」は題詞に既出。「尓」はニ音の常用音仮名で、場所を示す格助詞「に」。
 2句「神佐備立而」は「神(かむ)さび立(た)ちて」と訓む。「神佐備」は、52番歌他に既出。「佐」「備」はサ音・ビ音の常用音仮名で、「神佐備」は「神(かむ)さび」と訓む。「さび」は「さぶ」の連用形で、「さぶ」は、体言に付いて、バ行上二段活用の自動詞を作り、「…にふさわしい振る舞いをする。…らしい様子・状態である。」意を表わす接尾語。「立」はタ行四段活用の自動詞「たつ」の連用形で「立(た)ち」。ここの「たつ」は「草木などが地から生える」意。「而」は漢文の助字で、接続助詞「て」。
 3句「榮有」は「榮(さか)えたる」と訓む。「榮」はヤ行下二段活用の自動詞「さかゆ」の連用形で「榮(さか)え」。「さかゆ」は「草木が繁茂する。転じて、勢いが盛んになる。繁栄する。繁盛する。」の意。「有」は完了・存続の助動詞「たり」の連体形「たる」を表す。「たり」は、助詞「て」と「あり」との複合「てあり」の約であることからの表記。
 4句「千代松樹乃」は「千代松(ちよまつ)の樹(き)の」と訓む。「千代松(ちよまつ)」は、「長い年月を経た松」をいう。「樹(き)」は形声文字で、『説文解字』(段注本)に「木の生植するものの總名なり」とあり、樹木をいう。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。「千代松」の解釈について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は次のように述べている。

千代松の木 千代を待っている松の木(全註釈・集成、全訳注など)。千年も経たかと思われる松の木(大系)、の両解があるが、「千代」を、千年を待つの意で松にかけた序詞的な用法、とする説(新全集)もある。末句に、「年の知らなく」とあるから、現在老松であることは間違いなく、今後も千年の後まで栄えるであろうとの両意を含むか。

 5句「歳之不知久」は「歳(とし)の知(し)らなく」と訓む。この句は、323番歌5句「年之不知久」と「とし」の表記が異なるだけで同句。「歳(とし)」は「千代松の樹齢」をいう。「之」は漢文の助字で、格助詞「の」。「不知久」は、ラ行四段活用の自動詞「しる」の未然形「知(し)ら」+打消しの助動詞「ず」の連体形「ぬ」(「不」で表記)+形式体言「あく」が付いた、いわゆるク語法(ク音の常用音仮名「久」で表記)で、「知らぬあく」となり、それが約まって「知らなく」となったもので「〜はわからないことよ」の意。ク語法で終止する場合「なくに」止めの場合は詠嘆に加えて逆接的な意味が付加されるが、「なく」止めの場合は、専ら詠嘆の意味を表す。
 990番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  茂岡(しげをか)に 神(かむ)さび立(た)ちて
  榮(さか)えたる 千代松(ちよまつ)の樹(き)の
  歳(とし)の知(し)らなく

  茂岡に 神々しく立っている
  茂り栄えている 千年も経たかと思われる松の木の
  樹齢のほどはわからないことよ
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 11:20| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする