2019年02月28日

『万葉集』を訓(よ)む(その1345)

 今回は、1000番歌を訓む。「春三月幸于難波宮之時歌六首」の四首目。左注に「右一首守部王作」とあって、前歌(999番歌)と同じく守部王(もりべのおほきみ)の作である。守部王については、吉井『万葉集全注』が、前歌の【考】において「守部王は舎人親王の第八子という。天平十二年一月、無位より従四位下、十一月赤坂頓宮で従四位上。宝亀二年(七七一)、配流されていた守部王の三子をもとの属籍に復された記述が見えるが、そこで故守部王とあるので、王は配流先で没したものと考えられる。集中の作は、巻六の二首のみ。」と述べている。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  兒等之有者 二人将聞乎 
  奥渚尓 鳴成多頭乃 
  暁之聲

 1句「兒等之有者」は「兒(こ)らし有(あ)らば」と訓む。ここの「兒(こ)」は、愛しく思っている女性すなわち妻をいう。「等」は「ら」の常用訓仮名で、接尾語「ら」に用いたもの。接尾語「ら」は、人を表わす名詞や代名詞に付いて、謙遜また蔑視の意を表わすが、ここは愛称。「之」はシ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、副助詞「し」。「有者」(964番歌他に既出)は、ラ行変格活用の自動詞「あり」の未然形に、仮定条件を示す接続助詞「ば」(「は」の訓仮名「者」で表記)が付いた形で、「有(あ)らば」。
 2句「二人将聞乎」は「二人(ふたり)聞(き)かむを」と訓む。「二人(ふたり)」(466番歌他に既出)は、作者と妻。「将聞」は、カ行四段活用の他動詞「きく」の未然形「聞(き)か」+意思・意向の助動詞「む」(連体形。漢文の助字「将」で表記。)=「聞(き)かむ」。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、接続助詞「を」。接続助詞「を」について、『岩波古語辞典』は「格助詞『を』の転用である。従って活用語の連体形を承ける。『を』は本来間投助詞出会ったから、接続助詞に使われた場合も、「…ので」、「…から」と順接にも、「…のに」「…けれども」とも逆接にも用いるが、逆接に使われることが多い。」と述べている。ここも逆接で、「聞きたいのに」の意。
 3句「奥渚尓」は「奥(おき)[沖]つ渚(す)に」と訓む。「奥渚」は、間に連体修飾の格助詞「つ」を読み添えて「奥(おき)[沖]つ渚(す)」と訓む。連体修飾の格助詞「つ」は、主として体言と体言との関係づけを行い、位置や場所について言うものが多い。「渚」には、@「 なぎさ、みぎわ、砂のうちよせるところ。」A「 す、川中に土沙の堆積したところ、中のしま。」の二つの意味があるが、ここは後者。「尓」はニ音の常用音仮名で、場所を示す格助詞「に」。
 4句「鳴成多頭乃」は「鳴(な)くなるたづ[鶴]の」と訓む。「鳴成」は、カ行四段活用の自動詞「なく」の終止形「鳴(な)く」+伝聞の助動詞「なり」の連体形「なる」=「鳴(な)くなる」。「多頭」(961番歌他に既出)は、「たづ[鶴]」。鳥の「鶴(つる)」は、『万葉集』では全て「たづ」と詠まれている。「多」はタ音の常用音仮名(片仮名の字源)、「頭」はヅ音の音仮名。「多頭」という用字は、群れをなす鶴の「多くの頭」を連想させる。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。
 5句「暁之聲」は「暁(あかとき)の聲(こゑ)」と訓む。「暁(あかとき)」は「あかつき」の古形で、『日本国語大辞典』の語誌欄に「中古以降『あかつき』に転じる。上代の文献で『五更』『鶏鳴』等の表記がなされるとおり、夜明け前の未だ暗い頃をさすと見られ、上代語の『あさけ』や中古以降の『あけぼの』よりも一段早い時間帯であった。」とある。ここの「之」は1句とは違い、漢文の助字で、連体助詞「の」。「聲」は「声」の旧字で、コヱともオトとも訓まれるが、ここはコヱと訓み、「人や動物が発音器官を使って出す音」をいう。
 1000番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  兒(こ)らし有(あ)らば 二人(ふたり)聞(き)かむを
  奥(おき)[沖]つ渚(す)に 鳴(な)くなるたづ[鶴]の
  暁(あかとき)の聲(こゑ)

  妻がもしいたら 二人で聞きたいのに
  沖の洲で 鳴くという鶴の
  暁の声を 
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 17:03| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月26日

『万葉集』を訓(よ)む(その1344)

 今回は、999番歌を訓む。「春三月幸于難波宮之時歌六首」の三首目。左注に「右一首遊覧住吉濱還宮之時道上守部王應詔作歌」とあって、これを訓み下すと、「右(みぎ)一首(しゆ)、住吉(すみのえ)の濱(はま)を遊覧(いうらん)して、宮(みや)に還(かへ)ります時(とき)に道(みち)の上(ほとり)にして、守部王(もりべのおほきみ)の詔(みことのり)に應(こた)へて作(つく)る歌(うた)」となる。
 写本の異同は、1句三字目<沼>、これを『西本願寺本』は「紹」とするが、『元暦校本』『類聚古集』『紀州本』に「沼」とあるのを採った。原文は次の通り。

  従千<沼>廻 雨曽零来 
  四八津之白水郎 綱手綱乾有 
  沾将堪香聞

 1句「従千沼廻」は「千沼廻(ちぬみ)より」と訓む。「従」は漢文の助字で、時間・場所の起点を表す格助詞「より」に宛てたもの。漢文の語順表記で前に書かれているが「千沼廻」の後で訓む。「千沼(ちぬ)」は、「大阪湾の東部、和泉国(大阪府南部)の沿岸の古称」で、現在の堺市から岸和田市を経て泉南郡までの一帯にあたる。普通「茅渟」と表記されるが、千沼・血沼・血渟・珍努などとも表記された。「廻」は、42番歌5句「荒(あら)き嶋廻(しまみ)を」や115番歌4句「道(みち)の阿(くま)廻(み)に」および131番歌2句「角乃浦廻乎」は「角(つの)の浦廻(うらみ)を」などと同様、「めぐる」意の上一段動詞「廻(み)る」の連用形が名詞化した語で接尾語的に用いられ、「まわり、あたり」を意味する。
 2句「雨曽零来」は「雨(あめ)そ零(ふ)り来(く)る」と訓む。「雨(あめ)」は「大気中の水蒸気が冷えて水滴となり、地上に落下してくるもの。また、それが降る天候。」をいう。「曽」はソ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、係助詞「そ」。「零来」(265番歌に既出)は、ラ行四段活用の自動詞「ふる」の連用形で「零(ふ)り」+カ行変格活用の自動詞「く」の連体形で「来(く)る」=「零(ふ)り来(く)る」。
 3句「四八津之白水郎」は「しはつ[四極]の白水郎(あま)」と訓む。「四」「八」は、シ音・ハ音の音仮名、「津」は「つ」の常用訓仮名。「四八津」は「四極」で、272番歌に既出の「四極山」の西の海岸を言ったものと思われるが、「四極山」そのものが所在不明。ただ、272番歌のところで述べたように現在の大阪市東住吉の長居公園の丘陵地という説が有力であり、その説をとれば、「四極」は現在の大阪市住之江区の海岸とみてよいだろう。「之」は漢文の助字で、連体助詞「の」。「白水郎」は、23番歌に既出で「あま」と訓む。何故「白水郎」が「あま」の意となるかについては色々な説があるが、小島憲之の説が有力で、「白水郎」は、中国の揚子江河口付近に住み、漁労を生業としていた住民の称であり、それを「あま」の表記に用いたとする [小島憲之『上代文学と中国文学』] 。
 4句「綱手綱乾有」は「綱手綱(あみてつな)乾(ほ)せり」と訓む。「綱手綱」は「網(あみ)」と「手綱(てつな)」。「乾有」は、サ行四段活用の他動詞「ほす」の已然形(音韻上は命令形)「乾(ほ)せ」+完了の助動詞「り」(「有」で表記)=「乾(ほ)せり」。
 なお、この句の訓みには諸説があり、阿蘇『萬葉集全歌講義』が詳しく述べているので、後に[参考]として引用しておいた。
 5句「沾将堪香聞」は「沾(ぬ)れも堪(あ)へむかも」と訓む。「沾」はラ行下二段活用の自動詞「ぬる」の連用形で「沾(ぬ)れ」。下に係助詞「も」を補読する。「将堪」は、ハ行下二段活用の自動詞「あふ」の未然形「堪(あ)へ」+推量の助動詞「む」(漢文の助字「将」で表記)=「堪(あ)へむ」。「あふ」は補助動詞的に用いて「十分にそうする。完全にそうする。押し切ってそうする。できる。」という意を表す。「香」「聞」は、カ音・モ音の音仮名。「香聞」は、疑問の助詞「か」に詠嘆の助詞「も」を添えた複合形で、疑問を含んだ詠嘆の終助詞「かも」。この句の注で、吉井『萬葉集全注』は「下二段アフは、本来忍耐する、抵抗する意だが、しばしば接尾語として、〜しおおせる、〜してしまうの意に使われる(古典全集)。ニナヒアヘムカモ(18・四〇八三)、キホヒアヘムカモ(3・三〇二)のように、上の動詞が三音節の時は、そのままアヘムカモがつづくが、動詞が二音節の時は『読文(よみも)将敢鴨(あへむかも)』(13・三二七四)のように、その間に係助詞モがはいる(木下正俊「凖不足音句考」『万葉集語法の研究』)。」と述べている。
 999番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  千沼廻(ちぬみ)より 雨(あめ)そ零(ふ)り来(く)る
  しはつ[四極]の白水郎(あま) 綱手綱(あみてつな)乾(ほ)せり 
  沾(ぬ)れも堪(あ)へむかも

  千沼のあたりから 雨が降ってくる
  四極の海人が 網や引き綱を乾したままだ
  濡れてしまいはしないだろうかなあ

[参考] 阿蘇『萬葉集全歌講義』の4句の注。

網手綱干せり 網や手綱を乾している。諸本「網手綱乾有」。細井本、手を乎に近い文字とする。「網を干したり」(綱は衍字)、「網手干したり」(同上)、「網綱干せり」(手は衍字)、などさまざまに訓まれる。手綱は綱手に同じか。「網手綱ほせり」新訓・窪田評釈・全註釈・佐佐木評釈・私注・大系・新全集・和歌大系。「網をほしたり」注釈・集成・全注・釈注・新大系。「『綱』は『乎』を『手』と誤ってから書き加えられたか、網の目移りで加えられた衍字であろう。網を乾すと言えば引き綱も共に乾すわけであり、網と手綱とを別々に考えるのはおかしい」全注。全集は、「網綱乾せり」と訓み、「『手』を衍字とみる。網綱は、手繰網漁船や打瀬網漁船で漁をする時に使用する綱の名。船首と船尾に位置した二人の漁夫が、手繰網または打瀬網の両端につけたこの網綱を引き寄せる」と説く。全ヤク中は、「網手乾したり」とよみ、「綱手のごとく網を網手といったか。あるいは原文「手」は「乎(を)の誤りか」という。今、誤字・衍字説によらず、諸本にある通りに解釈するのをよしとした。
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 22:13| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月21日

『万葉集』を訓(よ)む(その1343)

 今回は、998番歌を訓む。「春三月幸于難波宮之時歌六首」の二首目。
 左注に「右一首船王作」とあって、本歌の作者は「船王(ふねのおほきみ)」である。「船王(ふねのおほきみ)」は、舎人親王の第五子で、淳仁天皇の兄にあたる。天平宝字二年(758)八月、大炊王(淳仁)の即位とともに従三位となるが、天平宝字八年十月、藤原仲麻呂の乱に加担した罪で、隠岐島に配流された。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  如眉 雲居尓所見 
  阿波乃山 懸而榜舟
  泊不知毛

 1句「如眉」は「眉(まよ)の如(ごと)」と訓む。「如」(787番歌他に既出)は、比況を表わす助動詞「ごとし」語幹の「ごと」で、「〜のように」の意。漢文式に表記しているので、最初に来ているが、日本語の語順では「眉」の後にくる。「眉」(994番歌他に既出)は、「眉(まよ)」と訓み、「まぶたの上部、眼窩の上縁部にあたる所に弓状にはえている毛。」をいう。
 2句「雲居尓所見」は「雲居(くもゐ)に見(み)ゆる」と訓む。「雲居(くもゐ)」(460番歌他に既出)は、「遠くにじっとかかって居る雲」の意。「尓」はニ音の常用音仮名で、場所を示す格助詞「に」。「所見」(935番歌他に既出)は、マ行上一段活用の他動詞「みる」の未然形「見(み)」+受身・可能・自発の助動詞「ゆ」の連体形「ゆる」(漢文の助字「所」で表記)で「見(み)ゆる」。
 3句「阿波乃山」は「阿波(あは)の山(やま)」と訓む。「阿波(あは)」は、「南海道六か国の一つ。『粟のとれる国』の意。大化改新後、粟と長(なが)の両国が合併して一国となる。鎌倉時代は佐々木、三好、小笠原氏、室町時代は細川、長宗我部氏が統一、近世には蜂須賀氏の領国となる。明治四年(一八七一)の廃藩置県後、徳島県、名東(みょうどう)県を経て、同一三年に再び徳島県となる。阿州。」と『日本国語大辞典』にある。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。「阿波(あは)の山(やま)」は、難波から見えないが、ここは、西方はるか海上に見える山々をいったものであろう。
 4句「懸而榜舟」は「懸(か)けて榜(こ)ぐ舟(ふね)」と訓む。「懸」はカ行下二段活用の他動詞「かく」の連用形で「懸(か)け」。ここの「かく」は「心をそれに向ける。めざす。」ことをいう。「而」は漢文の助字で、接続助詞「て」。「榜」(942番歌他に既出)は、ガ行四段活用の他動詞「こぐ」の連体形で「榜(こ)ぐ」。「こぐ」は「櫓(ろ)や櫂(かい)などを用いて船を進める」ことを言う。なお、現在「こぐ」に普通使われる「漕」の字は『萬葉集』には見られない。「舟(ふね)」は「水の上に浮かべ、人や荷物をのせて水上を渡航する交通機関。」をいう。
 5句「泊不知毛」は「泊(とまり)知(し)らずも」と訓む。「泊(とまり)」(283番歌他に既出)は、動詞「とまる(止)」の連用形が名詞化したもので、ここは「船が停泊すること。また、そのところ。船着き場。港。津。」の意。「不知」(665番歌他に既出)は、ラ行四段活用の他動詞「しる」の未然形「知(し)ら」+打消しの助動詞「ず」(終止形。「不」で表記)で「知(し)らず」。「毛」はモ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、終助詞の「も」。終助詞の「も」について、『岩波古語辞典』は「主に奈良時代に例があって、形容詞終止形を承けるものが極めて多い。動詞終止形、あるいは否定形を承けることもあるが、これらの『も』は、用言の叙述を言い放たずに、不確定の意を添えてその表現をやわらげるものと思われる。」と解説している。
 998番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  眉(まよ)の如(ごと) 雲居(くもゐ)に見(み)ゆる 
  阿波(あは)の山(やま) 懸(か)けて榜(こ)ぐ舟(ふね) 
  泊(とまり)知(し)らずも

  眉のように 雲居はるかにみえる
  阿波の山を めあてに漕いで行く舟は
  どこの港に泊まるのかなあ
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 10:49| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする