2019年03月29日

『万葉集』を訓(よ)む(その1352)

 今回は、1006番歌を訓む。題詞に「反歌一首」とあって、前の長歌(1005番歌。以下「長歌」という。)の反歌である。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  自神代 芳野宮尓 
  蟻通 高所知者 
  山河乎吉三

 1句「自神代」は「神代(かみよ)より」と訓む。この句は、485番歌1句「神代従」と「より」の表記は異なるが同句。「自」は漢文の助字で、「より。… から。」の意があり、時間・場所の起点を表わす格助詞「より」に用いたもの。漢文表記なので前に来ている。「神代(かみよ)」とは、神が統治し、活動していたという、人の世に先立つ時代のことで、記紀の神話では、天地開闢(かいびゃく)から神武天皇以前、草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)までの神々の時代をいう。
 2句「芳野宮尓」は「芳野(よしの)の宮(みや)に」と訓む。「芳野宮」は「長歌」の4句に既出。「芳野(よしの)」は「吉野」に同じ。当時は、人名や地名の表記は一つに固定されることなく色々な表記が行なわれるのが一般的であった。「吉野」を詠んだ歌は『万葉集』には六十首ほどあるが、そのうち「吉野」が三十四首、「芳野」が二十首となっていること「長歌」のところでも述べた。「宮(みや)」は、離宮(とつみや)のことで、「吉野離宮」をさす。「尓」はニ音の常用音仮名で、場所を示す格助詞「に」。
 3句「蟻通」は「あり通(がよ)ひ」と訓む。この句は、938番歌17句「蟻徃来」と表記は一部異なるが同句で、ハ行四段活用の自動詞「ありがよふ」の連用形「あり通(がよ)ひ」。「蟻」は「あり」を表すための借訓字。「ありがよふ」は、「いつもかよう。いつも往来する。続けてかよう。かよい続ける。」の意。
 4句「高所知者」は「高知(たかし)らせるは」と訓む。「高所知」(938番歌に既出)は、ラ行四段活用の他動詞「たかしる」の未然形「高知(たかし)ら」+尊敬の助動詞「す」の已然形「せ」(漢文の助字「所」で表記)+完了の助動詞「り」の連体形「る」(無表記だが補読)=「高知(たかし)らせる」。「たかしる」は、「立派につくり構える。立派に統治する。」の意。「者」は漢文の助字で、係助詞「は」。
 5句「山河乎吉三」は「山河(やまかは)を吉(よ)み」と訓む。「山河(やまかは)」は、「長歌」の13句・15句に「此(こ)の山(やま)」・「此(こ)の河(かは)」と詠われた「吉野山」・「吉野川」をさす。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、格助詞「を」。「吉」はク活用形容詞「よし」の語幹「吉(よ)」。「三」は「み(甲類)」の常用訓仮名で、理由・原因を示す接続助詞「み」。「山河(やまかは)を吉(よ)み」は、「山や河の景色が良いから」の意。
 1006番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  神代(かみよ)より 芳野(よしの)の宮(みや)に
  あり通(がよ)ひ 高知(たかし)らせるは
  山河(やまかは)を吉(よ)み

  神代の昔から 吉野の宮に
  絶えず通って 高々と宮殿をお建てになっているのは
  山と川の景色がよいからである 
ラベル:万葉集
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2019年03月26日

『万葉集』を訓(よ)む(その1351)

 今回は、1005番歌の9句からを訓む。
 9句・10句「神佐備而・見者貴久」は「神(かむ)さびて・見(み)れば貴(たふと)く」と訓む。9句は、317番歌3句と「て」の表記が異なる(「手」→「而」)だけで同句。「神左備」は、バ行上二段活用の自動詞「かむさぶ」の連用形で、「神(かむ)さび」。「左」「備」はサ音・ビ音の常用音仮名で、「左」は平仮名の字源。「かむさぶ」は「神にふさわしい。神々しい。神らしく振る舞う。」ことをいう。「而」は漢文の助字で、接続助詞「て」に用いたもの。「見者」(982番歌他に既出)は、マ行上一段活用の他動詞「見る」の已然形「見れ」+順接の確定条件を表わす接続詞「ば」(「は」の訓仮名「者」を流用して表記)=「見(み)れば」。「貴久」は、ク活用形容詞「たふとし」の連用形「貴(たふと)く」を表す。連用形であることを明示するために活用語尾「く」をク音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)である「久」で表記したもの。
 11句・12句「宜名倍・見者清之」は「宜(よろ)しなへ・見(み)れば清(さやけ)し」と訓む。11句は、52番歌29句と同句。また286番歌1句「宜奈倍」とも「な」の表記が異なるだけで同句。「宜」はシク活用形容詞「よろし」の連体形「宜(よろ)し」。「よろし」は「適当である。ふさわしい。」などの意。「名」は「な」の常用訓仮名。「倍」はヘ音の常用音仮名。「名倍」で以て、上代に用いられた接続助詞「なへ」を表す。「なへ」は、活用語の連体形を受け、ある事態と同時に、他の事態の存することを示す上代語で、「…とともに。…にあわせて。…するちょうどその時に。」の意を表わす。「宜(よろ)しなへ」は副詞で、「いかにも好ましく。ちょうどよい具合に。まさにふさわしく。」などの意となる。「見者」は10句に同じ。「清之」は、ク活用形容詞「さやけし」の終止形「清(さやけ)し」を表す。終止形であることを明示するために活用語尾「し」をシ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)である「之」で表記したもの。
 13句・14句「此山乃・盡者耳社」は「此(こ)の山(やま)の・盡(つ)きばのみこそ」と訓む。「此(こ)の山(やま)」は「吉野山」をさす。「乃」はノ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、格助詞「の」。「盡者」は、カ行上二段活用の自動詞「つく」の未然形「盡(つ)き」+順接の仮定条件を表わす接続詞「ば」(訓仮名「者」を流用して表記)=「盡(つ)きば」。「つく」は「物事がだんだん減っていってなくなる」ことをいう。「耳」(963番歌他に既出)は、限定・強意を表わす漢文の助字で、限定を表わす副助詞「のみ」に宛てたもの。「社」(963番歌他に既出)は、強い指示を表わす係助詞「こそ」。「社」の字は、「社」(=神社)に祈願することから、願望の意の助詞コソに当てるようになったもの。
 15句・16句「此河乃・絶者耳社」は「此(こ)の河(かは)の・絶(た)えばのみこそ」と訓む。「此(こ)の河(かは)」は「吉野川」をさす。「乃」は13句に同じで、格助詞「の」。「絶者」は、ヤ行下二段活用の自動詞「たゆ」の未然形「絶(た)え」+順接の仮定条件を表わす接続詞「ば」(訓仮名「者」を流用して表記)=「絶(た)えば」。「たゆ」は「続いていたものが切れて続かなくなる」ことをいう。「耳」「社」は、14句に同じ。
 9句・10句と11句・12句および13句・14句と15句・16句とは、それぞれ二句対をなす。
 17句・18句「百師紀能・大宮所」は「百(もも)しきの・大宮所(おほみやところ)」と訓む。「百」は「もも」の借訓字。「師」はシ音の音仮名(「し」の常用訓仮名でもある)。「紀」「能」は、キ(乙類)音・ノ(乙類)音の常用音仮名。「百(もも)しきの」は「大宮」にかかる枕詞で、『万葉集』には二十の用例があり、そのうち「大宮人」にかかるものが十八例、「大宮所(處)」にかかるものは二例(29番歌・本歌)である。「ももしき」の表記としては、「多くの石で築いた城(き)」の意を持つ「百磯城」が十二例で圧倒的に多い。全て仮名書きは4040番歌の「毛母之綺」の一例で、その他は「しき」の仮名表記は「師紀」(本歌)「石木」(923番歌)など様々だが、いずれも「もも」は「百」で表記されていて「多くの」の意を表していると考えられる。「の」の表記には、「乃」(九例)・「之」(七例)・「能」(三例)で、無表記が一例ある。「大宮所」は、29番歌36句「大宮處」に同じで、「おほみやところ」と訓み、「皇居のある所。皇居の地。」をいい、ここでは「吉野離宮」をさす。
 19句「止時裳有目」は「止(や)む時(とき)も有(あ)らめ」と訓む。「止」はマ行四段活用の自動詞「やむ」の連体形「止(や)む」。「やむ」は「続いてきたある状態がとだえる」ことをいう。「時(とき)」は上の連体修飾句で示された状態である「そういう時」の意。「裳」は「も」の常用の訓仮名で、係助詞「も」。「有目」は、ラ行変格活用の自動詞「あり」の未然形「有(あ)ら」+推量の助動詞「む」の已然形「め」(常用訓仮名「目」で表記)=「有(あ)らめ」。
 1005番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  八隅知(やすみし)し 我(わ)が大王(おほきみ)の
  見(め)し給(たま)ふ 芳野(よしの)の宮(みや)は
  山(やま)高(たか)み 雲(くも)そたなびく
  河速(かははや)み 湍(せ)の聲(おと)そ清(きよ)き
  神(かむ)さびて 見(み)れば貴(たふと)く
  宜(よろ)しなへ 見(み)れば清(さやけ)し
  此(こ)の山(やま)の 盡(つ)きばのみこそ
  此(こ)の河(かは)の 絶(た)えばのみこそ
  百(もも)しきの 大宮所(おほみやところ)
  止(や)む時(とき)も有(あ)らめ

  八方を統べ治めておられる わが大君が
  営まれる 吉野の宮は
  山が高くて 雲がたなびいている
  川の流れが早くて 瀬の音が清らかである
  山の姿は神々しく 見れば貴く
  川の姿も宮にふさわしく 見れば清々しい
  この山が 尽きてなくなりでもしたら
  この川の流れが 絶えてなくなりでもしたら
  (ももしきの) 吉野の宮の
  なくなる時もあろうけれど……
ラベル:万葉集
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2019年03月20日

『万葉集』を訓(よ)む(その1350)

 今回は、1005番歌を訓む。題詞に「八年丙子夏六月幸于芳野離宮之時山邊宿祢赤人應詔作歌一首[并短歌]」とあり、これを訓読すると、「八年(ねん)丙子(へいし)夏(なつ)六月(ぐわつ)、芳野(よしの)の離宮(とつみや)に幸(いでま)しし時(とき)、山邊宿祢赤人(やまべのすくねあかひと)、詔(みことのり)に應(こた)へて作(つく)る歌(うた)一首(しゆ)[并(あは)せて短歌(たんか)]」となる。本歌は、十九句からなる長歌で、反歌一首(1006番歌)を伴う。阿蘇『萬葉集全歌講義』は、この歌について次のように述べている。

【歌意】 集中に見える山部赤人の歌の最後の歌である。形式の整った宮廷讃歌を作り続けた歌人であったことをこの歌は示す。没年は不明であるが、翌九年の疫病で都でも高位高官が多数亡くなっているから、この年赤人も病没した可能性が高い。赤人の歌としては、これまでの作品に内容形式共に共通しているが、「山高み 雲そたなびく」の表現に、僅かに新味が見られる。

 写本の異同は、13句の末字<乃>の一箇所。『西本願寺本』は、これを「之」とするが、『元暦校本』『類聚古集』『紀州本』に「乃」とあるのを採った。原文は次の通り。

  八隅知之 我大王之 
  見給 芳野宮者 
  山高 雲曽軽引 
  河速弥 湍之聲曽清寸 
  神佐備而 見者貴久
  宜名倍 見者清之 
  此山<乃> 盡者耳社 
  此河乃 絶者耳社 
  百師紀能 大宮所 
  止時裳有目

 1句・2句「八隅知之・我大王之」は「八隅知(やすみし)し・我(わ)が大王(おほきみ)の」と訓む。この二句は、同じ赤人の長歌923・938番歌の1句・2句と「わ(吾→我)」と「の(乃→之)」の表記が異なるだけで同句。「八隅知(やすみし)し」は、「わが大君」にかかる枕詞としての常套句で、八方を統べ治める意を表わす。「之」はシ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)。「我」は、連体助詞の「が」を読み添えて「我(わ)が」。「大王」は、大和国家の王者が諸豪族に超越する立場を獲得するに至って「王(きみ)」のうちの大なる者の意で「大王(おほきみ)」と称するようになったもの。ここでは、聖武天皇を指す。ここの「之」は漢文の助字で、格助詞「の」。
 3句・4句「見給・芳野宮者」は「見(め)し給(たま)ふ・芳野(よしの)の宮(みや)は」と訓む。「見」はサ行四段活用の他動詞「めす」の連用形で「見(め)し」。「めす」は、「見る」に上代の尊敬の助動詞「す」が付いて音の変化したもので、「見る」の尊敬語。「給」はハ行四段活用の他動詞「たまふ」の連体形で「給(たま)ふ」。「たまふ」には「給」「賜」の字が宛てられるが、上位から下位へ物や恩恵を与える動作を表わすのが原義と思われる。そこから、恩恵を受ける下位者の立場を主として、「上位者が恩恵を与えてくれる、下さる」という、動作主を敬う気持が生じ、尊敬語が成立する。一方、恩恵を与える立場の者を主として、「恩恵を与えてやる、くれてやる」の意に用いられる場合も生じる。ここは尊敬表現に用いている。4句は、923番歌4句と同句。「芳野(よしの)」は「吉野」に同じ。当時は、人名や地名の表記は一つに固定されることなく色々な表記が行なわれるのが一般的であった。「吉野」を詠んだ歌は『万葉集』には六十首ほどあるが、そのうち「吉野」が三十四首、「芳野」が二十首となっている。「宮(みや)」は、離宮(とつみや)のことで、「吉野離宮」をさす。「者」は漢文の助字で、係助詞「は」。
 5句・6句「山高・雲曽軽引」は「山(やま)高(たか)み・雲(くも)そたなびく」と訓む。5句は、同じ赤人の長歌324番歌の13句「山高三」と「み」の表記はないが同句で、「山(やま)高(たか)み」と訓む。「山(やま)高(たか)み」は、「山が高くて」の意。「山」は「吉野山」をさす。ここの「み」は、接尾語で、ものの状態を述べる用法であり、原因理由を表す接続助詞「み」ではない。「雲(くも)」は「大気中の水蒸気が冷却、凝結し、微細な水滴や氷片の大集団となって空中に浮游しているもの。形によって巻雲、巻積雲、巻層雲、高積雲、高層雲、層積雲、層雲、乱層雲、積雲、積乱雲の一〇種に分類され、高度によって上層雲、中層雲、下層雲に分けられる。」と『日本国語大辞典』にある。「曽」はソ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、強い指示・指定を示す係助詞「そ」(のちに「ぞ」となる)。「軽引」(789番歌に既出)は、カ行四段活用の自動詞「たなびく」(連体形)。「たなびく」は「雲や霞が薄く層をなして横に長く引く」ことをいう。
 7句・8句「河速弥・湍之聲曽清寸」は「河速(かははや)み・湍(せ)の聲(おと)そ清(きよ)き」と訓む。「河速弥」は、「河速(かははや)み」と訓み、「河が速くて」の意。「河」は「吉野川」をさす。「弥」はミ(甲類)音の常用音仮名で、接尾語「み」。「湍(せ)」は「急流。早瀬。」の意。「之」は2句に既出で、ここは連体助詞「の」。「聲」は『名義抄』に「聲 コヱ・キク・ナ・ラ(ヨ)シ・イラフ・アラハス・オト・ナラス・ノノシル」とあり、既出例でも238番歌ではコヱと訓み、509・790番歌ではオトと訓んだ。ここは509・790番歌同様、オトと訓む。「曽」は6句に同じく、係助詞「そ」。「清寸」は、ク活用形容詞「きよし」の連体形「清(きよ)き」。連体形であることを明示するために活用語尾「き」を「寸」(「き(甲類)」の常用訓仮名)で表記したもの。「きよし」は、「汚れのないさま。正常なさま。」をいう。
 5句・6句と7句・8句は、二句対となっている。
 9句以降は、次回に。
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 21:34| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする