2019年05月01日

『万葉集』を訓(よ)む(その1358)

 今回は、1012番歌を訓む。「冬十二月十二日歌儛所之諸王臣子等集葛井連廣成家宴歌二首」の二首目。
 写本の異同としては、3句の末字<之>と4句の一字目<鳴>が、『西本願寺本』では欠落していることが挙げられるが、『元暦校本』『類聚古集』『紀州本』には「之」「鳴」とあり、『西本願寺本』にも、「鴬」と「吾」との間に○符を記し、左に小字で「之」「鳴」と書かれてもいるので、これを採る。原文は次の通り。

  春去者 乎呼理尓乎呼里 
  鴬<之> <鳴>吾嶋曽
  不息通為

 1句「春去者」は「春(はる)去(さ)れば」と訓む。この句は、818・827番歌の1句に仮名書きで「波流佐礼婆」とあったのと同句。「春」は形声文字、「草木の初生」を表わす字として、四季の春を意味するようになったとされるが、よく分からない。「去者」は、ラ行四段活用の自動詞「さる」の已然形「去(さ)れ」+確定条件を示す接続助詞「ば」(「は」の訓仮名「者」を流用)=「されば」。「さる」について、『日本国語大辞典』は「移動する意で、古くは近づく場合にも遠ざかる場合にもいう」として「(季節や時を表わす語のあとに付けて)その時、季節になる。中古以後は、多く『夕されば』、まれに『春されば』の形が用いられる。」と解説している。
 2句「乎呼理尓乎呼里」は「ををりにををり」と訓む。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)、「呼」もヲ音の音仮名。「理」と「里」は共にリ音の常用音仮名。「乎呼理」「乎呼里」は、ラ行四段活用の自動詞「ををる」の連用形「ををり」。「ををる」は、「花や葉が生い茂って枝がしなう。また、枝がしなうほど茂る。」ことをいう。「尓」はニ音の常用音仮名で、格助詞「に」。この「に」は、「(動詞の連用形を受け、「…に…」の形で同じ動詞を繰り返し用いて)動きの程度が十分すぎること、また、甚だしいことを強調する。」働きをする。吉井『萬葉集全注』に「九二三に『花咲きををり』の表現があった。その『花咲き』を省略し『ををり』を重ねて、花の枝もたわむばかりに咲く様子を強調した。」とある。
 3句「鴬之」は「鴬(うぐひす)の」と訓む。「鴬(うぐひす)」は、「ヒタキ科ウグイス亜科の鳥。雄は全長約一六センチメートル、雌は約一四センチメートル。雌雄とも背面は褐色を帯びた緑色で、腹部は白っぽい。早春、『ホーホケキョ』と美声でさえずるので、飼い鳥とされる。夏は平地から高山までの各地の笹やぶにすみ、地鳴き(笹鳴きともいう)は『チャッチャッ』と鳴く。冬に山地のものは平地に降りてくる。鶯の卵はホトトギスの卵とよく似ているので、鶯はしばしばホトトギスの卵を孵化(ふか)して育てる。」と『日本国語大辞典』にある。「之」は漢文の助字で、格助詞「の」。
 4句「鳴吾嶋曽」は「鳴(な)く吾(わ)が嶋(しま)そ」と訓む。「鳴」はカ行四段活用の自動詞「なく」の連体形「鳴(な)く」。「吾」は自称で、連体助詞の「が」を補読して「吾(わ)が」。「嶋(しま)」(170番歌他に既出)は、「泉水、築山などのある庭園」の意。「曽」はソ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、係助詞「そ」。
 5句「不息通為」は「息(や)まず通(かよ)はせ」と訓む。「不息」は、漢文表記で間に返り点(レ点)を付けて、「息(や)まず」=マ行四段活用の自動詞「やむ」の未然形「息(や)ま」+打消しの助動詞「ず」(連用形)と訓む。「息」は会意文字で、『字通』に「自(じ)+心。自は鼻の象形字。鼻息で呼吸することは、生命のあかしである。〔説文〕十下に『喘(あへ)ぐなり』とするのは、気息の意。〔荘子、大宗師〕に『眞人の息(いき)するや踵(かかと)を以てし、衆人の息するや喉(のど)を以てす』とあり気息の法は養生の道とされた。生息・滋息(ふえる)の意に用いる。また〔戦国策、趙四〕に『老臣の賤息』という語があって、子息をいう。」とあり、『名義抄』には「息 イコフ・イキ・ヤスム・ヤム・イキドホル・ムナシ・ヲフ・キユ・イタハル・オコス・オコル・ムヤス・アヤマル・オソル・カヘル・トドム・トドマル・ナゲク・オモフ・ヤスシ・ネヤ(コナリ)・ウル・ウフ」と多くの訓がある。「通為」は、ハ行四段活用の自動詞「かよふ」の未然形「通(かよ)は」+尊敬の助動詞「す」の命令形「せ」(サ変動詞「為(す)」を流用して表記)=「通(かよ)はせ」。「かよふ」は「何らかのつながりができて、ある目的で特定の場所に、いつも行き来する。」ことをいう。
 1012番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  春(はる)去(さ)れば ををりにををり
  鴬(うぐひす)の 鳴(な)く吾(わ)が嶋(しま)そ
  息(や)まず通(かよ)はせ

  春になると 枝もたわむばかりに花が咲き 
  うぐひすの 鳴くわが庭ですぞ 
  休まずにおいで下さい
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 13:25| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする