2019年05月03日

『万葉集』を訓(よ)む(その1359)

 今回は、1013番歌を訓む。題詞に「九年丁丑春正月橘少卿并諸大夫等集弾正尹門部王家宴歌二首」とあり、これを訓読すると「九年(ねん)丁丑(ていちう)の春(はる)正月(しやうぐわつ)、橘少卿(たちばなのせうきやう)と諸(もろもろ)の大夫等(だいぶたち)と弾正尹(だんじやうのゐん)門部王(かどべのおほきみ)の家(いへ)に集(つど)ひて宴(うたげ)する歌(うた)二首(しゆ)」となり、本歌と次の1014番歌は、天平九年(七三七)の正月に、橘少卿(佐為)と大夫たちとが、弾正尹門部王の家に集って酒宴を開いた時の歌である。「橘少卿(たちばなのせうきやう)」は、1009番歌の左注に既出の「橘佐為」のことで、兄の諸兄に対して少卿という。「弾正尹(だんじやうのゐん)」は、律令制における警察機関である弾正台の長官をいう。「門部王(かどべのおほきみ)」は、310番歌に既出で、長皇子の孫、高安王の弟。なお本歌には、「右一首主人門部王 [後賜姓大原真人氏也]」という左注があり、歌の作者がこの宴の主人である門部王(後に大原真人の氏姓を賜った)であることがわかる。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  豫 公来座武跡 
  知麻世婆 門尓屋戸尓毛 
  珠敷益乎

 1句「豫」は「豫(あらかじめ)」と訓む。この句は、468番歌3句・556番歌3句および659番歌1句と同句。『名義抄』に「豫 アヅカル・マジフ・マジハル・マジル・ハムベリ・ホシイママ・タノシビ・アラカジメ・ヨロコブ・サカユ・イトウ・ノブ・ハヤシ・ヤハラカナリ・ココロヨシ」とあり、ここは「豫(あらかじめ)」と訓む。「あらかじめ」は「前々から。前もって。かねて。」の意。
 2句「公来座武跡」は「公(きみ)来座(きま)さむと」と訓む。「公(きみ)」(971番歌他に既出)は「貴人を敬っていう」語で、ここでは作者の門部王が、橘少卿(佐為)をさして言ったもの。「来座」は、カ行変格活用の自動詞「く」の連用形「来(き)」+サ行四段活用の自動詞「ます」の未然形「座(ま)さ」=「来座(きま)さ」。ここの「ます」は、他の動詞の連用形に付いて、その動詞に尊敬の意を付け加える補助動詞。「武」はム音の常用音仮名(平仮名の字源)で、推量の助動詞「む」。「跡」は「と(乙類)」の常用訓仮名で、格助詞「と」。
 3句「知麻世婆」は「知(し)らませば」と訓む。この句は、69番歌3句「知麻世波」と「ば」の表記は異なるが同句。「知」はラ行四段活用の他動詞「知る」の未然形で「知(し)ら」。「麻」「世」はマ音・セ音の常用音仮名で、「世」は片仮名・平仮名の字源。「麻世」で以って、反実仮想の助動詞「まし」の未然形「ませ」を表す。「婆」はバ音の常用音仮名で、仮定の条件を示す接続助詞「ば」。上代においては、反実仮想の場合、条件と帰結が呼応して、「ませば…まし」の形で用いられることが多く、ここも末句の「ましを」と呼応する。
 4句「門尓屋戸尓毛」は「門(かど)に屋戸(やど)にも」と訓む。「門(かど)」は、「家の周囲に巡らした、かこいの出入り口。また、家の出入り口。もん。」をいう。「屋戸(やど)」は、直近の1011番歌にも既出で、「家の庭先。庭。」の意。「尓」はニ音の常用音仮名で、格助詞「に」。「毛」は、モ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、係助詞「も」。ここの「も」は並立を表し、本来は「門(かど)にも屋戸(やど)にも」とあるところだが、音数の制限により、上の「も」を略したもの。348番歌に「蟲尓鳥尓毛(蟲(むし)に鳥(とり)にも)」とあったのと同じ表現。
 5句「珠敷益乎」は「珠(たま)敷(し)かましを」と訓む。「珠(たま)」は「球形あるいはそれに近い形の美しくて小さい石などで、装飾品となるもの。」の総称。「敷」はカ行四段活用の他動詞「しく」の未然形「敷(し)か」。「しく」は「一面に並べる。広く散らばす。」ことをいう。「益」は反実仮想の助動詞「まし」を表すための借訓字で、3句の「ませば」を承けたもの。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、詠嘆の終助詞「を」。
 1013番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  豫(あらかじめ) 公(きみ)来座(きま)さむと
  知(し)らませば 門(かど)に屋戸(やど)にも
  珠(たま)敷(し)かましを

  あらかじめ あなたがおいでになると
  知っていましたら 門口にも庭にも
  玉を敷いておくのでしたのに
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 18:40| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする