2019年05月06日

『万葉集』を訓(よ)む(その1360)

 今回は、1014番歌を訓む。「九年丁丑春正月橘少卿并諸大夫等集弾正尹門部王家宴歌二首」の二首目である。左注に「右一首橘宿祢文成 [即少卿之子也]」とあって、本歌の作者が、「橘宿祢(たちばなのすくね)文成(あやなり)[即(すなは)ち少卿(せうきやう)の子(こ)なり]」であることがわかる。
 写本の異同としては、2句の四字目<今>を『西本願寺本』は「尓」としていることが挙げられるが、古写本いずれにも「今」とあり、『西本願寺本』も、右に貼紙別筆で「今」としているので、これを採る。原文は次の通り。

  前日毛 昨日毛<今>日毛 
  雖見 明日左倍見巻 
  欲寸君香聞

 1句「前日毛」は「前日(をとつひ)も」と訓む。「前日」は、783番歌の「前年」を「をととし」と訓んだ例があったが、それにならい、ここも「をとつひ」と訓む。「一昨日」の意。「毛」はモ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、並立を示す係助詞「も」。
 2句「昨日毛今日毛」は「昨日(きのふ)も今日(けふ)も」と訓む。この句は、184番歌4句と同句。「昨日」「今日」は現代も全く同じ意味で使われている。「今日」は、「話し手が、今身を置いている、その日。」をいい、「昨日」は「今日より一日前の日」をいう。「毛」は1句に同じ。
 なお、1句「前日」を「をとつひ」と訓む根拠として、3924番歌の1句・2句「乎登都日毛(をとつひも)・昨日毛今日毛(きのふもけふも)」が挙げられる。
 3句「雖見」は「見(み)つれども」と訓む。「雖見」は、既出例では、「見れども」(665番歌他)、「見れど」(910番歌他)、「見とも」(937番歌他)などと訓んできたが、ここでは、マ行上一段活用の他動詞「みる」の連用形「見(み)」+完了の助動詞「つ」の已然形「つれ」(無表記だが補読)+逆接の既定条件を示す接続助詞「ども」(漢文の助字「雖」で表記)=「見(み)つれども」と訓む。
 4句「明日左倍見巻」は「明日(あす)さへ見(み)まく」と訓む。「明日(あす)」は、2句の「昨日」「今日」と同様に、現代も全く同じ意味で使われている。「現在を基点として、次の日」をいう。「左倍」(1009番歌に既出)は、副助詞「さへ」で、「その上…まで」と現在ある作用・状態の程度が加わったり、範囲が広まったりする意を表す。「左」「倍」は、サ音・へ(乙類)音の常用音仮名で、「左」は平仮名の字源。「見巻」(584番歌他に既出)は、マ行上一段活用の他動詞「みる」の未然形「見(み)」+意志・意向の助動詞「む」のク語法「まく」(借訓字「巻」で表記)=「見(み)まく」。
 5句「欲寸君香聞」は「欲(ほ)しき君(きみ)かも」と訓む。「欲寸」(584番歌他に既出)は、シク活用形容詞「ほし」の連体形で「欲(ほ)しき」。連体形であることを示すために活用語尾「き」を常用訓仮名「寸」で表記している。「ほし」は「そうありたいと思うさま。望ましい。願わしい。」ことをいう。「君(きみ)」は「門部王(かどべのおほきみ)」をさす。「香」「聞」は、カ音・モ音の音仮名。「香聞」は、係助詞「か」に終助詞「も」を添えた複合形で、詠嘆の終助詞「かも」を表す。

 1014番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  前日(をとつひ)も 昨日(きのふ)も今日(けふ)も
  見(み)つれども 明日(あす)さへ見(み)まく
  欲(ほ)しき君(きみ)かも

  一昨日も 昨日も今日も
  お目にかかりましたけれど 明日もまたお逢いしたく
  思うあなたです
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 11:42| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする