2019年08月31日

『万葉集』を訓(よ)む(その1394)

 今回は、1047番歌の9句からを訓む。
 9句・10句「阿礼将座・御子之嗣継」は「あれ座(ま)さむ・御子(みこ)の嗣(つ)ぎ継(つ)ぎ」と訓む。「阿」「礼」は、ア音・レ音を表わす常用音仮名。「阿礼」(29番歌に既出)は、ラ行下二段活用「ある」の連用形「あれ」を表す。「ある」は「現・生」の字があてられ、「神霊、天皇など、神聖なものが出現する。転じて、生まれる。」の意。「将座」は、サ行四段活用動詞の自動詞「ます」の未然形「座(ま)さ」+推量の助動詞「む」(連体形。漢文の助字「将」で表記。)=「座(ま)さむ」。「ます」は、補助動詞として他の動詞の連用形(この場合は「あれ」)について尊敬の意を付け加える働きをしている。「御子(みこ)」は、「神の子。天皇の子。天皇の子孫。」をいう。「之」は漢文の助字で、同格を示す格助詞「の」。「嗣継」は「嗣(つ)ぎ継(つ)ぎ」と訓み、「次から次へと続くこと。代々。」の意。
 11句・12句「天下・所知座跡」は「天(あめ)の下(した)・知(し)らし座(ま)さむと」と訓む。「天下」(894番歌他に既出)は、地上の世界全部を意味する漢語「天下(てんか)」を訳したもので「天(あめ)の下(した)」と訓み、「高天原の下にある、この国土」の意。「所知」(933番歌他に既出)は、ラ行四段活用の他動詞「しる」の未然形「知(し)ら」+尊敬の助動詞の「す」の連用形「し」(漢文の助字「所」で表記)=「知(し)らし」。「しる」は「治める」ことをいう。「座」は9句の「将座」と同じく、サ行四段活用動詞の自動詞「ます」の未然形「座(ま)さ」+推量の助動詞「む」(無表記だが補読。)=「座(ま)さむ」と訓む。「跡」は「と」を表わす常用訓仮名で、格助詞の「と」。
 13句・14句「八百萬・千年矣兼而」は「八百萬(やほよろづ)・千年(ちとせ)を兼(か)ねて」と訓む。「八百萬(やほよろづ)」(167番歌に既出)は、「数の限りなく多いこと」をいう。「千年(ちとせ)」(903番歌に既出)は、「千の年。せんねん。転じて、ながい年月。また、永遠の年。」をいう。「矣」は漢文の助字で、格助詞「を」。「兼」はナ行下二段活用の他動詞「かぬ」の連用形「兼(か)ね」。「かぬ」は、「将来の事をも考慮に入れる。予定する。」ことをいう。「而」は漢文の助字で、接続助詞「て」。
 15句・16句「定家牟・平城京師者」は「定(さだ)めけむ・平城(なら)の京師(みやこ)は」と訓む。「定」はマ行下二段活用の他動詞「さだむ」の連用形で「定(さだ)め」。「さだむ」は「決める。決定する。」ことをいう。「家牟」(762番歌他に既出)は、過去推量の助動詞「けむ」(連体形)を表わす。「家」はケ(甲類)音の常用音仮名。「牟」はム音の常用音仮名で、片仮名の字源。「平城京師」(1045番歌に既出)は、「平城」の二字で「なら」と訓み、「京師」は漢語の「けいし」を和語の「みやこ(都)」に宛てたもの。「者」は漢文の助字で、係助詞「は」。
 17句・18句「炎乃・春尓之成者」は「炎(かぎろひ)の・春(はる)にし成(な)れば」と訓む。「炎(かぎろひ)」は、「陽炎」とも書き、「春のうららかな日に、地上から立つ水蒸気によって光がゆらいで見えるもの。かげろう。」をいう。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。「かぎろひの」は、かげろうは春によく見られるところから「春」にかかる枕詞に用いたもので、ここもその例。「春(はる)」は四季の一つで、現在では三、四、五月、旧暦では一、二、三月をいう。「尓」はニ音の常用音仮名で、格助詞「に」。「之」はシ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、副助詞「し」。「成者」(755番歌に既出)は、ラ行四段活用の自動詞「なる」の已然形「成(な)れ」+確定条件を示す接続助詞「ば」(「は」の訓仮名「者」を流用して表記)で「成(な)れば」。「なる」は「ある状態に達する。」ことをいう。
 19句・20句「春日山・御笠之野邊尓」は「春日山(かすがやま)・御笠(みかさ)の野邊(のへ)に」と訓む。「春日山(かすがやま)」(735番歌他に既出)は、奈良市街地東方の春日山・三笠山・若草山などの総称で、最高峰は、花山(497メートル)。「御笠(みかさ)」は、232番歌「御笠山(みかさやま)」、372番歌「御笠(みかさ)の山(やま)」に同じで、上の「春日山(かすがやま)」の一つである三笠山(293メートル)をさす。「之」は漢文の助字で、連体助詞「の」。「野邊」(1029番歌他に既出)は「野辺」で、「野のほとり。野原。」の意。「尓」はニ音の常用音仮名で、場所を示す格助詞「に」。
 21句・22句「櫻花・木晩窂」は「櫻花(さくらばな)・木(こ)の晩(くれ)窂(がく)り」と訓む。「櫻花(さくらばな)」は、257番歌7句と同句で、「桜の花」。「木晩」は、257番歌8句の「木乃晩」と同じく「木(こ)の晩(くれ)」と訓み、「木が茂って暗いこと。また、そのところ。こぐれ。」の意。「窂」はラ行四段活用の自動詞「かくる」の連用形「かくり」の連濁で「窂(がく)り」と訓む。「かくる」は「ものの影に入ったり、覆われたりして、自然に見えなくなる。」ことをいう。
 23句・24句「皃鳥者・間無數鳴」は「皃鳥(かほとり)は・間無(まな)く數(しば)鳴(な)く」と訓む。「皃鳥」は、372番歌7句の「容鳥」と同じく、「かほとり」と訓む。「かほとり」は、表記の異なるものも含めると、本歌以外で四首(372・1823・1898・3973番歌)に詠まれているが、未詳。春の鳥であり、カホの名が鳴き声に由来するのであれば、郭公に比定して良いと思われるが、ヒバリとする説もある。「者」は16句に既出で、係助詞「は」。24句「間無數鳴」は、372番歌8句と同句。「間無」は、「時間の的に連続して生起するものの途絶え。すきま。」の意「間(ま)」+ク活用形容詞「なし」の連用形(副詞法)「無(な)く」=「間無(まな)く」。「數(しば)」は「しばしば」と同じく「たびたび。しきりに。幾度も。」の意。「鳴」はカ行四段活用の自動詞「なく」の終止形「鳴(な)く」。
 25句以降、次回に続く。
ラベル:万葉集
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2019年08月28日

『万葉集』を訓(よ)む(その1393)

 今回は、1047番歌を訓む。題詞に「悲寧樂故郷作歌一首[并短歌]」とあって、奈良の旧都を悲しんで詠んだ六十三句からなる長歌一首で、反歌二首(1048・1049番歌)を伴う。なお、1067番歌の左注に「右廿一首田邊福麻呂之歌集中出也」とあり、本歌から1067番歌までの二十一首は、田辺福麻呂の歌集から採録されたものである。
 写本の異同は、28句四字目<㟴>、31句三字目<壮>の二ヶ所で、写本の異同ではないが、誤字の訂正として40句二字目<煎>がある。28句四字目<㟴>を『西本願寺本』は、偏の上に土を重ね書きして「塊」とし、以下の諸本がこれに倣っているが、『元暦校本』『細井本』に「㟴」とあるのを採る。31句三字目<壮>は、『西本願寺本』などがこれを「牡」としているが、『元暦校本』『紀州本』『温故堂本』に「壮」とあるのを採る。40句二字目<煎>は、諸本いずれも「並」としているが、佐佐木信綱・武田祐吉『定本萬葉集』がこれを「煎」の誤りとして以降、それが諸注に支持されているのでそれに従う。
 以上により、原文は次の通りとする。

  八隅知之 吾大王乃 高敷為 日本國者 
  皇祖乃 神之御代自 敷座流 國尓之有者 
  阿礼将座 御子之嗣継 天下 所知座跡 
  八百萬 千年矣兼而 定家牟 平城京師者 
  炎乃 春尓之成者 春日山 御笠之野邊尓 
  櫻花 木晩窂 皃鳥者 間無數鳴 
  露霜乃 秋去来者 射駒山 飛火賀<㟴>丹 
  芽乃枝乎 石辛見散之 狭男<壮>鹿者 妻呼令動 
  山見者 山裳見皃石 里見者 里裳住吉 
  物負之 八十伴緒乃 打經而 思<煎>敷者 
  天地乃 依會限 萬世丹 榮将徃迹 
  思煎石 大宮尚矣 恃有之 名良乃京矣 
  新世乃 事尓之有者 皇之 引乃真尓真荷 
  春花乃 遷日易 村鳥乃 旦立徃者 
  刺竹之 大宮人能 踏平之 通之道者 
  馬裳不行 人裳徃莫者 荒尓異類香聞

 1句・2句「八隅知之・吾大王乃」は「八隅知(やすみし)し・吾(わ)が大王(おほきみ)の」と訓む。この二句は、938番歌の1句・2句と同句。「八隅知(やすみし)し」は、「わが大君」にかかる枕詞としての常套句で、八方を統べ治める意を表わす。「之」はシ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)。「吾」は、連体助詞の「が」を読み添えて「吾(わ)が」。「大王」は、大和国家の王者が諸豪族に超越する立場を獲得するに至って「王(きみ)」のうちの大なる者の意で「大王(おほきみ)」と称するようになったもの。ここでは、聖武天皇を指す。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、格助詞「の」。
 3句・4句「高敷為・日本國者」は「高敷(たかし)かす・日本(やまと)の國(くに)は」と訓む。「高敷為」は、カ行四段活用の他動詞「たかしく」の未然形「高敷(たかし)か」+尊敬の助動詞「す」(連体形。「す」の訓仮名「為」で表記。)=「高敷(たかし)かす」。「たかしく」の「たか」は高大の意でほめ詞、「しく」は治めるの意。「日本國」は、「日本(やまと)の國(くに)」と訓む。「日本」は、これまでに十一例(44・52・63・319・359・366・367・389・475・956・967番歌)を数えるが、319番歌のみ「ひのもと」と訓んだ以外は全て「やまと」と訓んだ。ここも「日本(やまと)」と訓む。44番歌のところでも引用したが、『日本国語大辞典』の「日本」についての記述を再掲しておこう。

「日本」(「東の方」の意の「ひのもと」を漢字で記したところから)わが国の国号。大和(やまと)地方を発祥地とする大和朝廷により国家的統一がなされたところから、古くは「やまと」「おおやまと」といい、中国がわが国をさして倭(わ)国と記したため倭(やまと)・大倭(おおやまと)の文字が当てられた。その後、東方すなわち日の出るところの意から「日本」と記して「やまと」と読ませ、大化改新の頃、正式の国号として定められたものと考えられるが、以降、しだいに「ニホン」「ニッポン」と音読するようになった。

「者」は漢文の助字で、係助詞「は」。
 5句・6句「皇祖乃・神之御代自」は「皇祖(すめろき)の・神(かみ)の御代(みよ)より」と訓む。5句は、443番歌5句と同句。「皇祖」は、322番歌の「皇神祖」と同じく「すめろき」と訓み、「皇祖である天皇」の意。443番歌では連体助詞「の」が無表記であったが、ここではノ(乙類)音の常用音仮名で片仮名・平仮名の字源である「乃」で表記している。「神(かみ)」は「皇祖」を言い直したもの。「之」は連体助詞「の」。「御代」(38番歌に既出)は、29番歌の4句「御世」に同じく「みよ」と訓み、「天皇の治世」の意(「み」は接頭語)。「自」は「従」と同じく「より」を意味する漢文の助字で、時間の起点を示す格助詞「より」に用いたもの。
 7句・8句「敷座流・國尓之有者」は「敷(し)き座(ま)せる・國(くに)にし有(あ)れば」と訓む。「敷座流」は、カ行四段活用の他動詞「しく」の連用形「敷(し)き」+サ行四段活用の自動詞「ます」の已然形(音韻上は命令形)の「座(ま)せ」+完了・存続の助動詞「り」の連体形「る」(ル音の常用音仮名で片仮名の字源である「流」で表記)=「敷(し)き座(ま)せる」。「ます」は他の動詞の連用形に付いて、その動詞に尊敬の意を付け加える補助動詞。ここの「國(くに)」は4句の「日本(やまと)の國(くに)」をさす。「尓」はニ音の常用音仮名で、格助詞「に」。「之」はシ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、副助詞「し」。「有者」は、ラ行変格活用の自動詞「あり」の已然形に、順接の確定条件を表す接続助詞「ば」が付いた形で、「有(あ)れば」。「体言+にしあれば」の形は、「客(たび)[旅]にし有(あ)れば」(5・142・366番歌)、「里(さと)にし有(あ)れば」(207番歌)、「女(をみな)にし有(あ)れば」(419番歌)などで既出。
 9句以降は、次回に続く。
ラベル:万葉集
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2019年08月24日

『万葉集』を訓(よ)む(その1392)

 今回は、1046番歌を訓む。「傷惜寧樂京荒墟作歌三首[作者不審]」すなわち「寧樂(なら)の京(みやこ)の荒(あ)れたる墟(あと)を傷(いた)み惜(を)しみて」作った歌の三首目で、作者は不詳である。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  石綱乃 又變若反 
  青丹吉 奈良乃都乎 
  又将見鴨

 1句「石綱乃」は「石綱(いはつな)の」と訓む。「石綱(いはつな)」は、「石や岩の上をはっている蔦」をいう。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、格助詞「の」。「石綱(いはつな)の」は、「岩の上をはう蔦が、はい延びてまたもとの方へ戻ってくるところから、若がえる意の、『をちかへる』にかかる。」枕詞。澤瀉『萬葉集注釋』は、この句についての注に次のように記している。

 冠辭考に「石綱は石蘿(ツタ)也、その蘿かづらのはひわかれては、又はひかへるものなるを、人の老て又わかゞへらんためしにいひ冠らせたり、かづらの類には、別るゝとも後もあはんとも、集中によめるに同じき也」とある。即ち石にはふ蔦で次の句の枕詞。顯宗紀(前紀)室壽の御詞に「築立稚室葛根(ツキタテルワカムロツナネ)」とあり、祝詞、大殿祭(おほとのほがひ)に「下津綱根(シモツツナネ)」ともあつて「葛とも綱とも書たり」と云つてゐる。

 2句「又變若反」は「又(また)變若(をち)反(かへ)り」と訓む。「又」は、『名義抄』に「又 マタ・サラニ・テ・アヤマル・スクル・ヲサム」の訓があるが、ここは「再び、もう一度」の意で「また」と訓む。「變若反」は、ラ行四段活用の自動詞「をちかへる」の連用形「變若(をち)反(かへ)り」。「をちかへる」は、タ行上二段活用の自動詞「をつ」の連用形「をち」とラ行四段活用の自動詞「かへる」との熟合動詞で、「若返る」ことをいう。「をちかへる」の主格は作者。「をつ」の連用形「をち」は、331番歌に「變」一字の表記で、650番歌に本歌と同じく「變若」の二字の表記で既出。なお、331番歌は大伴旅人の歌で、本歌の類歌と言えるので、参考までに再掲しておく。

  吾(わ)が盛(さか)り 復(また)變(を)ちめやも
  殆(ほとほと)に 寧樂(なら)の京(みやこ)を
  見(み)ず歟(か)成(な)りなむ

 3句「青丹吉」は「青丹(あをに)よし」と訓む。この句は、17番歌3句、79番歌15句、80番歌と328番歌の1句、および992番歌3句と同句。「青丹」は、青黒色の土のこと。「吉」は、詠嘆の間投助詞「よ」「し」を表わすための借訓字。「青丹(あをに)よし」は、地名「奈良」にかかる枕詞。奈良坂のあたりから顔料や塗料として用いる青丹(あをに)を産出したことによる、といわれる。
 4句「奈良乃都乎」は「奈良(なら)の都(みやこ)を」と訓む。「奈良(なら)の都(みやこ)」は、前の二首にも「寧樂乃京師」(1044番歌)、「平城京師」(1045番歌)と表記は異なるが既出。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、格助詞「を」。なお、本歌だけ「青丹(あをに)よし」の枕詞がついていることについて、澤瀉『萬葉集注釋』は、「青丹よし寧樂のみやこは咲く花の薫ふが如く今盛りなり」(小野老、3・三二八)の歌の心で、この枕詞を使ったものと説いている。又本歌は、先に挙げた旅人の作(三三一)と、この小野老の作とを心にもって、両者の句を綴り合わせて作られたものであるとの考えを述べている。
 5句「又将見鴨」は「又(また)も見(み)むかも」と訓む。この句は、185番歌5句と同句。「又」は2句に既出だが、ここは下に係助詞「も」を訓み添えて「又(また)も」と訓む。「将見」は、「将」の用法の【動詞の未然形+意志・意向の助動詞「む」】の形で、「将」の左下に返り点のレ点を付けて「見(み)む」と訓む。「鴨」は「かも」に宛てた借訓字。「かも」は、係助詞「か」と係助詞「も」でできた語で、詠嘆の意を込める。「又(また)も見(み)むかも」は、「再び見ることがあるだろうかなあ」の意。
 1046番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  石綱(いはつな)の 又(また)變若(をち)反(かへ)り
  青丹(あをに)よし 奈良(なら)の都(みやこ)を
  又(また)も見(み)むかも

  (いはつなの) 再び若返って
  (あをによし) 栄えている奈良の都を
  再び見ることがあるだろうかなあ
ラベル:万葉集
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