2013年01月30日

『万葉集』を訓(よ)む(その240)

 今回は、156番歌の難訓箇所「已具耳矣自得見監乍共」について、主たる先行研究の紹介をした上で、考察を進めて行きたいと思う。はじめに間宮厚司『万葉難訓歌の研究』の「一五六番歌の訓解」から、先行研究についてふれている部分を引用する。

 「已具耳矣自得見監乍共」は、『万葉集』の中で屈指の難訓箇所と言われる。『西本願寺本』がイクニヲシトミケムツツトモ、『代匠記』がイクニヲシトミケムツツムタ(また一案としてイクニヲシトミツツトモニ)の訓を付けるが、意味は通らない。以後の注釈書や研究書の類は以下に一覧するとおり、誤字を想定して訓むものが多い。
 
 「已冥耳笶自(イメニノミ)得見監乍共(ミエケムナガラモ)」→『万葉集童蒙抄』
 「已免乃美耳(イメノミニ)将見管本無(ミエツツモトナ)」→『万葉考』
 「如是耳荷(カクノミニ)有得之監乍(アリトシミツツ)」→『万葉集古義』
 「已具耳之自(スギシヨリ)影見盈乍(カゲニミエツツ)」→『万葉集檜嬬手』
 「已目耳矣自(イメニヲシ)将見監為共(ミムトスレドモ)」→『万葉集美夫君志』
 「已賣耳多耳(イメニダニ)将見念共(ミムトモヘドモ)」→『万葉集新考』
 「已其耳矣(コゾノミヲ)自得見監乍(イメニハミツツ)」→『万葉集全註釈』
 「已目耳谷(イメニダニ)将見監為共(ミムトスレドモ)」→ 日本古典文学大系『万葉集』
 「四其耳(ヨソノミ)矣自得(…)見監(ミ)乍(ツツ)」→『万葉集注釈』
 「已目耳矣自(イメノミニ)得見監(ミエ)乍共(ツツトモニ)」「已目耳矣(イメノミニ)自得(オノレ)見監乍(ミエツツ)」→『万葉集難語訓攷』(生田耕一)
 「已具(スデニ)耳矣(キキ)自得(タダニ)見監乍共(ミレトモ)」→『万葉集難訓考』(伊丹末雄)
 「已目耳矣(イメノミニ)得見(ミエ)乍共(ツツトモニ)」→講談社文庫『万葉集』(中西進)
 「巳具耳矣(ミソナルヲ)自得(オノガト)見監(ミ)乍共(ツツ)」→『万葉集栞抄』(森重敏)
 「已具耳矣(スグノミヲ)自得見監(シトミミ)乍共(ツツモ)」→『万葉難訓歌の解読』(永井津記夫)

 これらを通覧すると、第三句をイメ(夢)で訓み始めるものが目立つ。しかし、それは比喩の在り方から無理があると言わざるを得ない。

 以上の引用から、先行研究の訓みのほぼ全貌を掴むことができるが、間宮が指摘するようにイメ(夢)で訓み始めるものが多い。これは唯一意味が分かっている第五句からの連想によるものだが、ここにこの歌が難訓歌となった陥穽の一つがあると思われる。最新の注釈書の一つである阿蘇瑞枝『萬葉集全歌講義』でも、「仙覚以来、多数の試訓があるが、とるべきものは少なく」として、日本古典文学大系『万葉集』のイメニダニミムトスレドモを採用している。しかし、一句・二句が序であると考えると第三句をイメ(夢)で訓み始めるのは、間宮が言うように「比喩の在り方から無理がある」と思う。このことを指摘した論文【辻憲男「高市皇子の歌」】があるので、少し長くなるが引用しておく。

 しかし第三句の句頭を「夢(いめ)」とするのは、上二句の三輪の神杉との緊密性を欠くきらいがある。神杉を「忌むー夢」の序とするのは迂遠であり、「夢(いめ)」のイと「斎(イ)む」を掛け詞とした場合、上二句の序は「ことごとしすぎる感がある」(『注釈』)のである。神杉の用例から推すに、上からの続きは、「味酒(うまさけ)を三輪の祝(はふり)が斎(いは)ふ杉」(4・七一二)、「み幣(ぬさ)取り神(みわ)の祝(はふり)が斎ふ杉原」(7・一四〇三)のように神杉の近寄り難く神聖なことか、あるいは、
 神奈備(かむなび)の 神依(かみよ)り板に する杉の 思ひも過ぎず 恋の繁きに(9・一七七三)
 神奈備(かむなび)の 三諸(みもろ)の山に 斎(いは)ふ杉 思ひ過ぎめや 苔(こけ)生(む)すまでに(13・三二二八)
のように恋の過ぎ去り得ぬことを言うのだろう。結句の「寝ねぬ夜ぞ多き」への接続からすれば、ここは夢の逢いではなく、思い過ぎぬ嘆きを歌ったと考えるのが自然であろう。「杉ー過ぎ」の序は、
 石上 布留の山なる 杉群の 思ひ過ぐべき 君ならなくに(3・四二二)
の挽歌の好例がある。ただしいずれも第三句に杉を出し、後三首の場合は第四句に「思ひ過ぐ」と承ける点が当該歌と相違する。

 以上の指摘は、首肯できるものであり、第三句をイメ(夢)で訓み始める試訓は全て捨てなければならないと思う。残った試訓についても、あまりに多くの誤字を想定しているものは排除すべきと考える。となると、ほとんど残らないが、検討に値するものとしては、『万葉集注釈』の説と、それを踏まえての間宮厚司「一五六番歌の訓解」(前出)の試訓がある。それらを参考にしつつ、次回以降、三句・四句の訓みの考察を進めたい。
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 20:42| Comment(1) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
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Posted by 防犯カメラ 録画 at 2013年08月07日 10:40
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