2014年04月02日

『万葉集』を訓(よ)む(その524)

 今回は、339番歌を訓む。旅人の「讃酒歌」の二首目である。本歌と次の340番歌は、どちらも中国の故事を踏まえて詠っていることで共通している。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  酒名乎 聖跡負師 古昔 大聖之 言乃宜左

 1句「酒名乎」は「酒(さけ)の名(な)を」と訓む。「酒(さけ)」は、前歌338番歌に「濁酒」が既出だが、ここは「清酒」をさす。下に連体修飾の格助詞「の」を補読して「名」に続く。「名(な)」は「物事の名称。呼び方。」をいう。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、動作の対象を示す格助詞「を」。
 2句「聖跡負師」は「聖(ひじり)と負(おほ)せし」と訓む。「聖(ひじり)」は「徳が高く神のような人。知徳がすぐれ、世の模範と仰がれるような人。聖人。」をいう。「跡」は「と(乙類)」の常用訓仮名で、格助詞「と」。「負」はサ行下二段活用の他動詞「おほす」の連用形で「負(おほ)せ」。「おほす」は「おふ (負)」に対する使役形で、「負はせる」の意。ここは、名を負はせるの意で「名をつける」ことをいう。「師」は「し」の常用訓仮名で、過去の助動詞「き」の連体形「し」に用いたもの。「聖(ひじり)と負(おほ)せし」は「聖人と名づけた」の意。1句・2句は、『魏志』の徐邈(じよばく)伝にある故事に基づいている。魏の太祖が禁酒令を出した時、徐邈が禁を破って飲み泥酔した。趙達の尋問に邈は「聖人ニ中(あた)レリ」と言った。それを趙達が太祖に報告したところ、太祖が大層怒った。将軍の鮮于輔が「平日、酔客酒ノ清(す)メル者ヲ謂テ聖人ト為シ、濁レル者ヲ賢人ト為ス。邈ハ性修慎、偶(たまたま)酔言スル耳(のみ)。」と進言してくれたので、邈は処罰を免れたという故事である。『魏略』(『魏志』の藍本の名)に「太祖酒ヲ禁ズ。而ルニ人窃(ひそ)カニコレヲ飲ム。故ニ酒ト言フコトヲ難(かた)ミシ、白酒ヲ以テ賢者ト為シ、清酒ヲ聖人ト為ス」とあるように、隠語として、清酒を聖人と言ったことを踏まえて、「酒(さけ)の名(な)を 聖(ひじり)と負(おほ)せし」と詠ったものである。
 3句「古昔」は「古昔(いにしへ)の」と訓む。「古」(324番歌他に既出)は、一字でも「いにしへ」と訓むが、ここは「古昔」の二字で「いにしへ」と訓む。「いにしへ」は「往(い)にし方(へ)」の意で、遠く久しい過去を漠然という。下に連体修飾の格助詞「の」を補読して、次の句の「大聖」を修飾する。
 4句「大聖之」は「大(おほ)き聖(ひじり)の」と訓む。「大」は「大(おほ)き」と訓み、接頭語で、名詞の上に付けて用いて、「大きい、また、偉大な」の意を添える。例えば、大海を「於保吉宇美(おほきうみ)」(4491番歌)という類である。「聖」は2句に同じ。「大(おほ)き聖(ひじり)」は「大聖人」の意。清酒の名を「聖人」と名付けるほどの人たちだから、「大聖人」だとおどけて言ったものである。「之」は連体修飾の格助詞「の」。
 5句「言乃宜左」は「言(こと)の宜(よろ)しさ」と訓む。「言(こと)」(184番歌他に既出)は、「話したり語ったりすること。言語行為。表現された内容。言葉。」の意。「乃」は、ノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、主格の格助詞「の」。「宜」(5・286番歌に既出)は、シク活用形容詞の「宜(よろ)し」で、「好ましい。心にかなう。ふさわしい。」の意。「左」は、サ音の常用音仮名(平仮名の字源)で、接尾語「さ」に用いたもの。接尾語「さ」は、形容詞・形容動詞の語幹、また、これに準ずる助動詞に付いて名詞をつくる働きがあり、「その性質、状態の程度。その様子。」をいう。例えば、「親切さ」「高さ」「短さ」「苦しさ」「静けさ」「静かさ」「きのどくさ」「かなしげさ」「男らしさ」「見たさ」「けしからずさ」など (例は『日本国語大辞典』より) 。なお、形容詞に接尾語「さ」をつけて結句をこのように体言止めとすると、詠嘆の意がこもる。

 339番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

 酒(さけ)の名(な)を 聖(ひじり)と負(おほ)せし
 古昔(いにしへ)の 大(おほ)き聖(ひじり)の
 言(こと)の宜(よろ)しさ

 酒の名を 聖人とつけた
 昔の 大聖人の
 言葉の見事さよ
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 15:50| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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