2016年12月12日

『万葉集』を訓(よ)む(その1116)

 今回は、827番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の十三首目。作者は「小典(せうてん)山氏若麻呂(さんしのわかまろ)」。「小典(せうてん)」は、大宰府の「大典(だいてん)」に次ぐ第四等官の下位で、正八位相当官。定員は二名で、掌るところは大典に同じ。「山氏若麻呂(さんしのわかまろ)」は、山口忌寸若麻呂で、567番歌の作者として既出。
 写本の異同は、2句の六字目<利>。『類聚古集』『紀州本』には「礼」とあるが、多くの注釈書が底本としている『西本願寺本』に「利」とあるのを採る。原文は次の通り。

  波流佐礼婆 許奴礼我久<利>弖
  宇具比須曽 奈岐弖伊奴奈流
  烏梅我志豆延尓       [小典山氏若麻呂] 

 まず、本歌で使われている万葉仮名を見ておこう。片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、ウ音の「宇」・ク音の「久」・ソ(乙類)音の「曽」・ナ音の「奈」・ヌ音の「奴」・ヒ(甲類)音の「比」・リ音の「利」・レ音の「礼」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、イ音の「伊」・ス音の「須」・ル音の「流」が、そして平仮名の字源となった常用音仮名では、ハ音の「波」が使われている。その他の常用音仮名としては、ガ音の「我」・キ(甲類)音の「岐」・グ音の「具」・コ(乙類)音の「許」・サ音の「佐」・シ音の「志」・ヅ音の「豆」・テ音の「弖」・ニ音の「尓」・バ音の「婆」・エ音の「延」が使われ、音仮名では、ウ音の「烏」・メ(乙類)音の「梅」が使われている。
 1句「波流佐礼婆」は「はるされば」と訓む。この句は、818番歌1句と同句で、表記も全く同じ。「波流」は「はる(春)」。「佐礼婆」は、ラ行四段活用の自動詞「さる」の已然形「され」+確定条件を示す接続助詞「ば」=「されば」。「春になったので」の意。
 2句「許奴礼我久利弖」は「こぬれがくりて」と訓む。「許奴礼」は「こぬれ(木末)」、267番歌2句に「木末」の表記で既出。「木末(こぬれ)」は、「こ(木)のうれ(末)」の約まったもので、「樹木の先端の部分。こずえ。」の意。「我久利」は、ラ行四段活用の自動詞「かくる(隠る)」の連用形「かくり」が連濁した「がくり」を表す。「弖」は接続助詞「て」。この句について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は次のように述べている。

 木末(こぬれ)隠(がく)りて 「木末」は、木のウレ、すなわち、梢のこと。「隠りて」は、原文「我久利弖」とあり、四段活用の動詞カクルの連用形+助詞テ。類聚古集・紀州本に「我久礼弖」とあり、底本にも、「利」の左に「礼イ」、右に「レイ」
とあることから、本文を「礼」に改めてガクレテと訓む説(大系・注釈)もあるが、万葉集では東歌に下二段活用の例はあるものの、第四期にも四段活用例(15・三六一三)が見られることから、底本本文の方が正しいと思われる。類聚古集・紀州本は後の下二段活用の用例の影響を受けて誤写したものであろう。

 3句「宇具比須曽」は「うぐひすそ」と訓む。「宇具比須」は「うぐひす(鶯)」。「曽」は強く指示・指定する意を表す係助詞「そ」(のちに濁音化して「ぞ」となる)。
 4句「奈岐弖伊奴奈流」は「なきていぬなる」と訓む。「奈岐」は、カ行四段活用の自動詞「なく(鳴く)」の連用形「なき」。「弖」は2句に同じく、接続助詞「て」。「伊奴」は、ナ行変格活用の自動詞「いぬ(去ぬ)」。「奈流」は、伝聞推定の助動詞「なり」の連体形「なる」。係助詞「そ」の結び。
 5句「烏梅我志豆延尓」は「うめがしづえに」と訓む。「烏梅」は「うめ(梅)」。「我」は連体助詞「が」。「志豆延」は、「しづえ(下枝)」で、「下の方の枝。したえだ。」の意。「尓」は場所を示す格助詞「に」。
 阿蘇『萬葉集全歌講義』は4句・5句を「鳴きて去(い)ぬなる梅が下枝(しづえ)に」と訓んで、「鳴く声から、梅の下枝に移っているようだと想像したもの。『梅が』の『が』は、所属をあらわす助詞『の』に同じ。」と注している。 
 827番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  はるされば こぬれがくりて
  うぐひすそ なきていぬなる
  うめがしづえに

  春されば 木末隠りて 
  鴬そ 鳴きて去ぬなる
  梅が下枝に

  春になったので 梢に隠れて
  うぐいすが 鳴きながら飛び移っていくようだ
  梅の下の枝に
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 20:33| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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