2017年01月23日

『万葉集』を訓(よ)む(その1126)

 今回は、837番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の二十三首目。作者は「笇師(さんし)志氏大道(ししのおほみち)」。阿蘇『萬葉集全歌講義』に「算師志氏大道 算師は、物の数の計算をつかさどる官。原文『笇』は、数える意。算に同じ。大宰府の算師は、正八位上相当官。志氏大道は、家伝下(武智麻呂伝)に見える暦算家(暦法と算術の学者)の志紀連大道であろう(私注)。」とある。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  波流能努尓 奈久夜汙隅比須 
  奈都氣牟得 和何弊能曽能尓
  汙米何波奈佐久
             [笇師志氏大道]

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、ク音の「久」・ソ(乙類)音の「曽」・ナ音の「奈」・ヒ(甲類)音の「比」・ワ音の「和」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、ス音の「須」・ム音の「牟」・ル音の「流」が、そして平仮名の字源となった常用音仮名では、ハ音の「波」が使われている。その他の常用音仮名としては、ウ音の「汙」・ケ(乙類)音の「氣」・サ音の「佐」・ツ音の「都」・ニ音の「尓」・ノ(甲類)音の「努」・ノ(乙類)音の「能」・ヘ音の「弊」・メ(乙類)音の「米」・ヤ音の「夜」が使われ、音仮名では、ガ音の「何」・グ音の「隅」・ト(乙類)音の「得」が使われている。

 1句「波流能努尓」は「はるののに」と訓む。「波流」は「はる(春)」。「能」は連体助詞「の」。「努」は「の(野)」。「春の野」は「春の季節の野。春野。」をいう。「尓」は場所を示す格助詞「に」。
 2句「奈久夜汙隅比須」は「なくやうぐひす」と訓む。「奈久」は、カ行四段活用の自動詞「なく(鳴く)」(連体形)。「夜」は間投助詞「や」。「汙隅比須」は、824番歌の「于具比須」・827番歌の「宇具比須」と同じく、「うぐひす(鶯)」を表す。『日本大百科全書』は「ウグイス」の「人間生活との関係」の項で次のように述べている。

「梅に鶯」の組合せは日本の伝統的な詩歌や画にしばしばみられ、また物事の組合せが適切なことのたとえに使われる。この語がみられるのは、漢詩集『懐風藻(かいふうそう)』(751)以降のことで、それまでは「竹に鶯」が普通であった。梅も、もとは日本に自然分布せず、飛鳥(あすか)時代に中国から持ち込まれたものであり、『懐風藻』の「梅と鶯」の詩も中国の詩が下敷きになっている。中国の「鶯」は、全長26センチメートルもある黄と黒の配色が美しいコウライウグイス科のコウライウグイスをさす。また、夜鳴き鶯、小夜(さよ)鳴き鳥などの異名がたくさんあるヨーロッパ産の小鳥は、ヒタキ科ツグミ亜科のナイチンゲールである。
 日本のウグイスは、江戸時代から、鳴き声を楽しむために飼われ、夜間も照明を与えることにより、さえずりの始まる時期を早めて正月に鳴かせる「夜飼い」、米糠(こめぬか)、大豆粉、魚粉を混合したものを水で練って、ウグイスなどの食虫性の小鳥の飼養を容易にした「擂餌(すりえ)」などの技術を発達させてきた。(以下、省略)

 3句「奈都氣牟得」は「なつけむと」と訓む。「奈都氣牟」は、カ行下二段活用の他動詞「なつく」の未然形+意志の助動詞「む」(終止形)=「なつけむ」。「なつく」は「なつくようにする。親しみなつかせる。てなずけて従わせる。」の意。「得」は格助詞「と」で「として」の意。
 4句「和何弊能曽能尓」は「わがへのそのに」と訓む。この句は、816番歌4句「和我覇能曽能尓」と「が」と「へ」の表記が異なるだけで、同句。「和」は、自称の「わ(我)」。「何」は連体助詞「が」。「弊」は「へ(家)」。「能」は1句と同じく、連体助詞「の」。「曽能」は「その(園)」。「尓」は1句に同じで、場所を示す格助詞「に」。
 5句「汙米何波奈佐久」は「うめがはなさく」と訓む。「汙米」は「うめ(梅)」。「何」は4句と同じく、連体助詞「が」。「波奈」は「はな(花)」。「うめがはな」について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は「梅が花 梅の花。『梅の花』の用例が多いが、『梅が花』の例も八四五に見える。『……が花』の例は、中央語に少なく、記紀歌謡や東歌・防人歌に見られることから、古い用法の方言的残存ともいわれる。」と注している。「佐久」は、カ行四段活用の自動詞「さく(咲く)」。
 837番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  はるののに なくやうぐひす
  なつけむと わがへのそのに 
  うめがはなさく

  春の野に 鳴くや鴬
  なつけむと 我が家の園に
  梅が花咲く

  春の野で 鳴いているうぐいすを
  手なずけようとして わが家の園で
  梅の花が咲いているよ
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 13:46| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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