2017年01月25日

『万葉集』を訓(よ)む(その1127)

 今回は、838番歌を訓む。「梅花歌卅二首」の二十四首目。作者は「大隅目(おほすみのさくわん)榎氏鉢麻呂(かしのはちまろ)」。阿蘇『萬葉集全歌講義』に「大隅目榎氏鉢麻呂 大隅国は、中国で、介を欠き、目は定員一名。大初位下相当官。榎氏は、榎木氏か、榎井氏か、明らかでない。鉢麻呂も未詳。」とある。この中に「大隅国は、中国で」とあるが、ちなみに、九州諸国の国のランク付けを示すと、次の通りであった。

 大国 肥後。
 上国 筑前、筑後、豊前、豊後、肥前。
 中国 大隅、薩摩、日向。
 下国 壱岐、対馬。

 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  烏梅能波奈 知利麻我比多流 乎加肥尓波
  宇具比須奈久母 波流加多麻氣弖
                 [大隅目榎氏鉢麻呂]

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、ウ音の「宇」・カ音の「加」・ク音の「久」・ナ音の「奈」・ヒ(甲類)音の「比」・リ音の「利」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、ス音の「須」・タ音の「多」・ル音の「流」・ヲ音の「乎」が、そして平仮名の字源となった常用音仮名では、チ音の「知」・ハ音の「波」が使われている。その他の常用音仮名としては、ガ音の「我」・グ音の「具」・ケ(乙類)音の「氣」・テ音の「弖」・ニ音の「尓」・ノ(乙類)音の「能」・マ音の「麻」・モ音の「母」が使われ、音仮名では、ウ音の「烏」・ヒ(乙類)音「肥」・メ(乙類)音の「梅」が使われている。

 1句「烏梅能波奈」は「うめのはな」と訓む。この句は、836番歌の1句などと同句。「烏梅」は「うめ(梅)」。「能」は、連体助詞「の」。「波奈」は「はな(花)」。
 2句「知利麻我比多流」は「ちりまがひたる」と訓む。「知利麻我比」は、ハ行四段活用の自動詞「ちりまがふ(散り乱ふ)」の連用形「ちりまがひ」。「ちりまがふ」は「散りみだれる。しきりに入りみだれて散る。また、散りみだれて見あやまる。」ことをいう。「多流」は、完了・存続の助動詞「たり」の連体形「たる」。
 3句「乎加肥尓波」は「をかびには」と訓む。「乎加肥」は「をかび(岡び)」で、「岡辺(をかべ)」に同じ。「尓波」は、格助詞「に」に係助詞「は」の付いた「には」で、場所・時・対象・比較の基準など、格助詞「に」の意味を強調または取りたてて示す。「をかび」について、『萬葉集注釋』は次のように注している。

 「岡び」は「乎加備可良(ヲカビカラ) 秋風吹奴(アキカゼフキヌ)」(十七・三九四六)ともあり、「夜麻備尓波(ヤマビニハ) 佐久良婆奈知利(サクラバナチリ)」(十七・三九七三)、「秋風尓(アキカゼニ) 奈妣久可波備能(ナビクカハビノ) 尓故具左能(ニコグサノ)」(廿・四三〇九)、「未通女等者(ヲトメラハ) 赤裳須素引(アカモスソヒク) 清濱備乎(キヨキハマビヲ)」(六・一〇〇一)などの「山び」「川び」「濱び」と同様「び」は邊と同意である。「畝傍(ウネビ)」の「傍」は訓讀の文字で、「び」がほとりの意である事がわかる。

 4句「宇具比須奈久母」は「うぐひすなくも」と訓む。「宇具比須」(827番歌に既出)は「うぐひす(鶯)」。「奈久」は、カ行四段活用の自動詞「なく(鳴く)」(終止形)。「母」は詠嘆の終助詞「も」。
 5句「波流加多麻氣弖」は「はるかたまけて」と訓む。「波流」は「はる(春)」。「加多麻氣」は、191番歌2句「春冬片設而」の「片設」に同じで、カ行下二段活用の自動詞「かたまく」の連用形「かたまけ」。「かたまく」は、秋、春、冬、夕、時など時間を表わす語に添えて、一心に待たれる状況を表現する語で、「季節や時が来るのが待たれる。心から待ち受ける気持になる。また、時が移ってある時期になる。ある時節が近づく。」ことをいう。「弖」は接続助詞「て」。
 838番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  うめのはな ちりまがひたる をかびには 
  うぐひすなくも はるかたまけて

  梅の花 散り乱ひたる 岡びには
  鴬鳴くも 春かたまけて

  梅の花が 散り乱れている 岡のほとりでは
  うぐいすが鳴いているよ 春を迎えて
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 21:56| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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