2017年05月30日

『万葉集』を訓(よ)む(その1168)

 今回は875番歌を訓む。「松浦佐用姫の歌」五首のうちの五首目である。前歌(874番歌)の題詞に「最々後人追和二首」とあって、前歌と本歌の二首は、871番歌に「更に更に後の人が追和した」歌である。
 写本の異同は、4句四字目<苦>。これを『類聚古集』『紀州本』『西本願寺本』などいずれも、「古」とするが、『京都大学本』に「苦」とあるのを採る。原文は次の通り。

  由久布祢遠 布利等騰尾加祢
  伊加婆加利 故保斯<苦>阿利家武
  麻都良佐欲比賣

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、カ音の「加」・ク音の「久」・ヒ(甲類)音の「比」・ホ音の「保」・ユ音の「由」・ラ音の「良」・リ音の「利」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、ア音の「阿」・イ音の「伊」が、平仮名の字源となった常用音仮名ではム音の「武」が使われている。その他の常用音仮名としては、ケ(甲類)音の「家」・サ音の「佐」・シ音の「斯」・ツ音の「都」・ト(乙類)音の「等」・ネ音の「祢」・バ音の「婆」・フ音の「布」・マ音の「麻」・メ(甲類)音の「賣」・ヨ(甲類)音の「欲」が使われ、準常用音仮名では、コ(甲類)音の「故」・ド(乙類)音の「騰」・ヲ音の「遠」が、音仮名では、ク音の「苦」・ミ(乙類)音の「尾」が使われている。

 1句「由久布祢遠」は「ゆくふねを」と訓む。「由久布祢」は、前歌2句に既出で「ゆくふね(行く船)」。「由久」は、カ行四段活用の自動詞「ゆく(行く)」(連体形)。「布祢」は、「ふね(船)」で、「水の上に浮かべ、人や荷物をのせて水上を渡航する交通機関。」をいう。「遠」は格助詞「を」。
 2句「布利等騰尾加祢」は「ふりとどみかね」と訓む。「布利」は、ラ行四段活用の他動詞「ふる(振る)」の連用形「ふり」。ここの「ふる」は、前歌の「ひれふらしけむ」を承けて詠っているので、「ひれ(領布)をふる」の意であることは言うまでもない。「等騰尾加祢」は、804番歌の17句「等々尾迦祢」及び805番歌5句の「等登尾可祢」と同じく、マ行上二段活用の他動詞「とどむ(留む)」の連用形「とどみ」+ナ行下二段活用「かぬ」の連用形「かね」=「とどみかね(留みかね)」を表す。この句について、井村『萬葉集全注』は、「○振り留みかね 領布を振って引き留めることができないで。留(とど)ムは、マ行上二段と下二段活用の両様有るが、ここは前者の連用形。ただし上二段の留ミの形は、集中三例(他に八〇四、八〇五)ともに憶良の作歌であり、注釈は憶良の古語使用癖の一例であると言っている。」と述べている。
 3句「伊加婆加利」は「いかばかり」と訓む。「いかばかり」は、副詞で、疑問文、推量文において、物事の状態、程度、分量などがはなはだしく重く、多いような場合、そのはなはだしさ、重さ、多さなどを疑い問い、推測する意を表わす。「どれほど。どんなにか。いったいどのくらい。」の意。
 4句「故保斯苦阿利家武」は「こほしくありけむ」と訓む。「故保斯苦」は、389番歌4句の「戀久」と同じで、シク活用形容詞「こほし」の連用形「こほしく(恋しく)」を表す。「こほし」は「こひし」の古形。「阿利」は、ラ行変格活用の自動詞「あり」(連用形)。「家武」は、過去推量の助動詞「けむ」(終止形)。前歌4句の「けむ」は連体形であったが、ここは終止形。
 5句「麻都良佐欲比賣」は「まつらさよひめ」と訓む。前歌5句と同句で、「まつらさよひめ(松浦佐用姫)」。大伴佐提比古(大伴金村の三男)の愛人で、伝説上の人物。
 875番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  ゆくふねを ふりとどみかね 
  いかばかり こほしくありけむ
  まつらさよひめ

  行く船を 振り留みかね
  いかばかり 恋しくありけむ
  松浦佐用姫

  行く船を 領巾を振っても留めることができなくて
  どんなにか 恋しかったことだろう 
  松浦佐用姫は
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 20:20| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: