2017年08月03日

『万葉集』を訓(よ)む(その1189)

 今回から、題詞に「貧窮問答歌一首[并短歌]」とある、有名な山上憶良の長歌とその反歌(892番歌・893番歌)を訓む。892番歌は、八十二句からなる長歌で、「問答歌」とある通り、1句「風雜」から33句「汝代者和多流」までが「問」で、それ以下34句「天地者」から82句「世間乃道」が「答」という構成になっている。ただ、これを「貧窮」についての問答と解すべきか、「貧者」と「窮者」の問答と解すべきかについては、説が分かれているが、そのことについては、歌を訓み終えて後に改めて考えることとする。  
 写本の異同は、80句三字目の<婆>にあり、これを『西本願寺本』は「波」とするが、『紀州本』『細井本』に「婆」とあるのを採る。原文は次の通り。

 風雜 雨布流欲乃 雨雜 雪布流欲波
 為部母奈久 寒之安礼婆 堅塩乎 取都豆之呂比
 糟湯酒 宇知須々呂比弖 之叵夫可比 鼻毗之毗之尓
 志可登阿良農 比宜可伎撫而 安礼乎於伎弖 人者安良自等
 富己呂倍騰 寒之安礼婆 麻被 引可賀布利
 布可多衣 安里能許等其等 伎曽倍騰毛 寒夜須良乎
 和礼欲利母 貧人乃 父母波 飢寒良牟
 妻子等波 乞々泣良牟 此時者 伊可尓之都々可
 汝代者和多流
 天地者 比呂之等伊倍杼 安我多米波 狭也奈里奴流
 日月波 安可之等伊倍騰 安我多米波 照哉多麻波奴
 人皆可 吾耳也之可流 和久良婆尓 比等々波安流乎
 比等奈美尓 安礼母作乎 綿毛奈伎 布可多衣乃
 美留乃其等 和々氣佐我礼流 可々布能尾 肩尓打懸
 布勢伊保能 麻宜伊保乃内尓 直土尓 藁解敷而
 父母波 枕乃可多尓 妻子等母波 足乃方尓
 圍居而 憂吟 可麻度柔播 火氣布伎多弖受
 許之伎尓波 久毛能須可伎弖 飯炊 事毛和須礼提
 奴延鳥乃 能杼与比居尓 伊等乃伎提 短物乎
 端伎流等 云之如 楚取 五十戸良我許恵波
 寝屋度麻【人偏に弖】 来立呼比奴 可久<婆>可里 須部奈伎物能可
 世間乃道

 1句・2句「風雜・雨布流欲乃」は「風(かぜ)雜(まじ)り・雨(あめ)ふるよの」と訓む。「風(かぜ)」は「空気の流れ。」をいう。「雜」はラ行四段活用の自動詞「まじる」の連用形で「雜(まじ)り」。「まじる」は「他の物の中にはいり合う。」ことをいう。「雨(あめ)」は「大気中の水蒸気が冷えて水滴となり、地上に落下してくるもの。また、それが降る天候。」をいう。「布」はフ音の常用音仮名、「流」はル音の常用音仮名(片仮名の字源)。「布流」で以って、ラ行四段活用の自動詞「ふる(降る)」(連体形)を表す。「ふる」は「雨・雪などが空から落ちてくる。」ことをいう。「欲」はヨ(甲類)音の常用音仮名で、「よ(夜)」。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、格助詞「の」。
 3句・4句「雨雜・雪布流欲波」は「雨(あめ)雜(まじ)り・雪(ゆき)ふるよは」と訓む。「雨」は2句に、「雜」は1句に既出で、「雨雜」は、「雨(あめ)雜(まじ)り」と訓む。「雪(ゆき)」は「雲中の氷晶が併合成長して生じた、白色・不透明の結晶が降ってくるもの。」をいう。「布流欲」は、2句に同じで、「ふるよ(降る夜)」を表す。「波」はハ音の常用音仮名(平仮名の字源)で、係助詞「は」。
 1句〜4句について、井村『萬葉集全注』は「○風雑り雨降る夜の雨雑り雪降る夜は 第二句のノは、いわゆる同格のノであるが、一・二句から三・四句へ、風雑りの雨からやがて静かな降雪へという時間的推移のイメージ効果がある。」と注している。 
 5句・6句「為部母奈久・寒之安礼婆」は「すべもなく・寒(さむ)くしあれば」と訓む。「為」は「す」の訓仮名で、「部」は「へ(甲類)」の訓仮名であるがここは「べ」を表すのに流用したもの。「為部」で以って、「なすべき手だて。そうすればよいというしかた。手段。方法。」の意の「すべ」を表す。「母」はモ音の常用音仮名で、係助詞「も」。「奈」はナ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「久」はク音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)。「奈久」は、ク活用形容詞「なし」の連用形「なく」を表す。「寒」はク活用形容詞「さむし」の連用形「寒(さむ)く」。「之」はシ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、副助詞「し」。「安」「礼」「婆」は、各々、ア音・レ音・バ音の常用音仮名で、「安」は平仮名の、「礼」は片仮名・平仮名の字源。「安礼婆」は、ラ行変格活用の自動詞「あり」の已然形「あれ」+恒常確定条件を示す接続助詞「ば」=「あれば」を表す。
 7句以降は次回に続く。
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 15:48| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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