2017年08月10日

『万葉集』を訓(よ)む(その1191)

 今回は、「貧窮問答歌一首」(892番歌)の19句〜33句までを訓む。
 まず、今回使われている万葉仮名について見ておこう。    
        
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、シ音の「之」・ソ(乙類)音の「曽」・ノ(乙類)音の「乃」・モ音の「毛」・ラ音の「良」・リ音の「利」・レ音の「礼」・ワ音の「和」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、ア音の「阿」・イ音の「伊」・ス音の「須」・タ音の「多」・ム音の「牟」・ル音の「流」・ヲ音の「乎」が、平仮名の字源となった常用音仮名ではハ音の「波」が使われている。その他の常用音仮名としては、カ音の「可」・ガ音の「賀」・キ(甲類)音の「伎」・コ(乙類)音の「許」・ゴ(乙類)音の「其」・ツ音の「都」・ト(乙類)音の「等」・ニ音の「尓」・ノ(乙類)音の「能」・フ音の「布」・へ(乙類)音の「倍」・モ音の「母」・ヨ(甲類)音の「欲」・リ音の「里」が使われ、準常用音仮名ではド(乙類)音の「騰」が使われている。

 19句・20句「麻被・引可賀布利」は「麻被(あさぶすま)・引(ひ)きかがふり」と訓む。「麻被(あさぶすま)」は、「麻布でつくった粗末な夜具」をいう。「引」は接頭語「引(ひ)き」で、動詞の上に付けて勢いよくする意を添え、または、語調を強める。「可賀布利」は、ラ行四段活用の他動詞「かがふる」の連用形「かがふり」を表す。「かがふる」は、「こうむる(被)」の古形で、「かぶる。かける。」の意。
 21句・22句「布可多衣・安里能許等其等」は「布(ぬの)かた衣(ぎぬ)・ありのことごと」と訓む。ここの「布」と「衣」は万葉仮名ではなく正訓字で、「布(ぬの)」と「衣(きぬ)」。「可多」は「かた(肩)」。「布可多衣」は、「布(ぬの)かた(肩)衣(ぎぬ)」で、「布製(麻や苧などで織った目の粗い織物)の袖なし」をいう。『萬葉代匠記』に「ヌノキヌノ短クテ肩バカリヲ掩フヤウナルヲ云ナリ。別ニ肩衣ト名ヅクル物ニハアラズ」とある。「安里」は、ラ行変格活用の自動詞「あり」。「能」は格助詞「の」。「許等其等」(797番歌4句に既出)は、副詞の「ことごと」で、「残らず。すっかり。」。「ありのことごと」は「あるかぎり全部」の意。
 23句・24句「伎曽倍騰毛・寒夜須良乎」は「きそへども・寒(さむ)き夜(よ)すらを」と訓む。「伎曽倍」は、ハ行四段活用の他動詞「きそふ(着襲ふ)」の已然形「きそへ」。「きそふ」は、「衣服を幾枚も重ねて着る」ことをいう。「騰毛」は、逆接の既定条件を示す接続助詞「ども」。「寒夜」は、漢語では「かんや」、和語では「さむよ」だが、ここは、ク活用形容詞「さむし」の連体形「寒(さむ)き」+名詞「夜(よ)」=「寒(さむ)き夜(よ)」と訓む。「須良乎」は、副助詞「すら」+格助詞「を」=「すらを」を表す。「すらを」は、その受ける語に対して例外的・逆接的な事態が起こることを示す。
 25句・26句「和礼欲利母・貧人乃」は「われよりも・貧(まづ)しき人(ひと)の」と訓む。「和礼」は自称「われ(我)」。「欲利母」は、格助詞「より」+「も」=「よりも」を表す。「よりも」は、比較の基準を示す。「貧人」は、シク活用形容詞「まづし」の連体形「貧(まづ)しき」+名詞「人(ひと)」=「貧(まづ)しき人(ひと)」。「まづし」は、「財産や金銭に乏しい。貧乏である。」の意。「乃」は連体助詞「の」。
 27句・28句「父母波・飢寒良牟」は「父母(ちちはは)は・飢(う)ゑ寒(こ)ゆらむ」と訓む。「父母(ちちはは)」は、「男親と女親。両親。」。「波」は係助詞「は」。「飢」はワ行下二段活用の自動詞「うう」の連用形「飢(う)ゑ」。「うう」は、「飲食物が乏しくて苦しむ。空腹になる。のどがかわく。」ことをいう。「寒」はヤ行上二段活用の自動詞「こゆ」の終止形「寒(こ)ゆ」。「こゆ」は「凍える」意。「良牟」は、推量の助動詞「らむ」を表す。
 29句・30句「妻子等波・乞々泣良牟」は「妻子等(めこども)は・乞(こ)ふ乞(こ)ふ泣(な)くらむ」と訓む。「妻子(めこ)」は「妻と子。さいし。」。この「等」は万葉仮名ではなく正訓字で、接尾語「等(ども)」。「ども」は、名詞・代名詞に付いて、そのものを含めて、同類の物事が数多くあることを示すが、必ずしも多数とは限らないで、同類のものの一、二をさしてもいう。人を表わす場合は「たち」に比べて敬意が低く、目下、または軽蔑すべき者たちの意を含めて用いる。「波」は27句と同じで、係助詞「は」。「乞々」は、ハ行四段活用の他動詞「こふ」の終止形を繰り返したもので「乞(こ)ふ乞(こ)ふ」と訓む。「こふ」は「他者に、物を与えてくれるよう求める。」ことをいう。「泣」はカ行四段活用の自動詞「なく」の終止形「泣(な)く」。「良牟」は28句に同じで、推量の助動詞「らむ」。
 31句・32句「此時者・伊可尓之都々可」は「此(こ)の時(とき)は・いかにしつつか」と訓む。「此(こ)の時(とき)」は「今の時。このたび。今の時世。」の意。「者」は漢文の助字で、係助詞「は」に用いたもの。「伊可尓」(810番歌1句に既出)は、副詞「いかに」で、物事の状態、様子、作用などを疑問に思い、ためらったり問いかけたりするのに使われ、「どう。どのように。どんなふうに。」の意。「之都々可」は、サ行変格活用の他動詞「す」の連用形「し」+接続助詞「つつ」+疑問の係助詞「か」=「しつつか」を表す。
 33句「汝代者和多流」は「汝(な)が代(よ)はわたる」と訓む。「汝代」は「汝(な)が代(よ)」と訓む。「汝(な)」は対称の代名詞で、「おまえ。あなた。」の意。「が」は連体助詞。「代(よ)」は「世(よ)」に同じで、「一生。生涯。人生。」の意。「者」は31句に同じで、係助詞「は」。「和多流」は、ラ行四段活用の自動詞「わたる(渡る)」(連体形)を表す。「わたる」は「日を送る。世を生きて行く。」ことをいう。
 
 以上、33句までが「問」の部分で、「答」の34句以降は次回に続く。

[参考] 28句「飢寒良牟」と30句の「乞々」の訓みについて、井村『萬葉集全注』の注を参考までに引用しておく。

○飢(う)ゑ寒(こ)ゆらむ ウヱサムカラムの訓が通用していたが、亀井孝氏(「憶良の貧窮問答のうたの訓ふたつ」万葉昭和二七年七月)は、寒クアラムのつづまった形のサムカラムは、奈良時代の文法として破格であるとして、この句の対句の「乞々泣良牟」と同様「寒」は動詞として訓むべく、東大寺諷誦文稿の「飢寒」の寒のコイの訓その他を示し、ウヱコユラムと訓んだ。コユは下二段動詞終止形。亀井氏はコゴユの語の存在も推測できるとしている。古典大系は、類聚名義抄に「凍コヽヒタリ」の例があり、ヒはエの誤写あるいはコヽイタリの仮名違いかとし、これによってウヱコゴユラムと訓み得ると言う。両訓のいずれかによりたい。
○ 乞々 紀州本、西本願寺本の左に、コヒ〳〵の訓があり、童蒙抄、私注等が
この訓をとる。終止形をくりかえした形でコフコフと訓む方が印象的であると言う前記亀井説があり、注釈。古典集成等が従う。全註釈は、乞々を吃々に同じ、泣きじゃくる意として、サクリ泣クラムと訓み、それに従う窪田評釈がある。誤字説に、西本願寺本の青の訓コヒテにより、乞弖(こひて)の誤りとする代匠記があり、略解、古典全集等が従う。乞々二字をば吟の筆写体からの誤写としてニヨビと訓む古典大系もある。あえて誤写とせず原文のまま、コヒコヒあるいはコフコフのいずれかに訓むのが穏当であろう。
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 16:16| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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