2017年12月26日

『万葉集』を訓(よ)む(その1228)

 前回で、904番歌を訓み終えたので、今回は904番歌のまとめ。
 904番歌の漢字仮名交じり文を示すと、次の通り。

  世(よ)の人(ひと)の 貴(たふと)び慕(ねが)ふ
  七種(ななくさ)の 寶(たから)も我(われ)は
  何(なに)為(せ)む
  わが中(なか)の 産(うま)れ出(い)でたる
  白玉(しらたま)の 吾(あ)が子(こ)古日(ふるひ)は 
  明星(あかほし)の 開(あ)くる朝(あした)は 
  敷(しき)たへ(栲)の とこ(床)の邊(へ)さ(去)らず 
  立(た)てれども 居(を)れども 
  ともに戯(たわぶれ)れ 
  夕星(ゆふつづ)の ゆふへ(夕)になれば 
  いざね(寝)よと 手(て)をたづさ(携)はり 
  父母(ちちはは)も 表(うへ)はなさがり 
  三枝(さきくさ)の 中(なか)にをね(寝)むと 
  愛(うつく)しく しがかた(語)らへば 
  何時(いつ)しかも ひと(人)とな(成)りい(出)でて 
  あ(悪)しけくも よ(吉)けくも見(み)むと 
  大船(おほぶね)の おも(思)ひたの(頼)むに 
  おも(思)はぬに 横風(よこしまかぜ)の 
  にふふかに 覆(おほ)ひ来(きた)れば 
  せむすべの たどきをし(知)らに 
  しろたへ(白栲)の たすきをか(掛)け 
  まそ鏡(かがみ) て(手)にと(取)りも(持)ちて 
  天(あま)つ神(かみ) あふ(仰)ぎこ(乞)ひの(祈)み 
  地(くに)つ祇(かみ) ふ(伏)して額拜(ぬかつ)き 
  かからずも かかりも 
  神(かみ)のまにまにと 
  立(た)ちあざり 我(わ)れ乞(こ)ひの(祈)めど 
  しましくも よ(吉)けくはなしに 
  漸々(やくやく)に かたちつくほり 
  朝(あさ)な朝(あさ)な い(言)ふことやみ 
  たまきはる いのち(命)た(絶)えぬれ 
  立(た)ちをど(躍)り 足(あし)すりさけ(叫)び 
  伏(ふ)し仰(あふ)ぎ むね(胸)うちなげ(嘆)き 
  手(て)に持(も)てる あ(吾)がこ(子)と(飛)ばしつ 
  世間(よのなか)の道(みち)

次に、九〇四番歌の口語訳を示すと、次の通り。

 世間の人が 貴重に思って欲しがる
 七種類の 宝も私には
 必要ありません
 私たち夫婦の間に  生まれ出た
 白玉のような 我が子古日は
 明けの明星の 輝く朝には
(しきたへの) 床の側から離れず
 立っていても 坐っていても
 共にたわむれ
 宵の明星の  光る夕方になると
 「さあ、寝よう」と 手を取り合って
 「父さん母さん そばを離れないでね
(さきくさの)まん中にぼくは寝るよ」と
 愛らしく その子が言うので
 いつの日か早く 一人前になって
 悪しくも 良くもそれを見たいと
(大船の) 頼みにしていたところ
 思いもかけず 横なぐりの風が
 突然に 襲いかかってきたので
 どうしたら良いのか 戸惑うばかり
(白たへの) 白いたすきを掛けて
 真澄の 鏡を手に持って
 天つ神を ふり仰いで祈り
 国つ神に 伏して額づき
 病気が治るも 治らぬも
 神の思し召しのままにと
 すっかり取り乱して 乞い祈ったのだが
 少しの間も 良いことはないまま
 次第次第に その身が縮みかがまり
 朝ごとに 言葉も途絶えて来て
(たまきはる) 命はついに尽きてしまったので
 躍り上がり 足ずりして泣き叫び
 地に伏し天を仰ぎ 胸を叩いては嘆き
 この手に抱きかかえていた わが子を飛ばしてしまった
 これが世の中のことわりだ 

 以上訓んできた904番歌は、二首の反歌(905・906番歌)を伴う長歌であるが、906番歌の「左注」によれば、これらの歌の作者は明らかでないけれども歌の作り方が山上憶良の作風に似ているのでここに載せたという。「これらの歌の作者は山上憶良である」という点では諸注に異論がない。しかし古日については、憶良の子とする説と、他人の子とする説がある。他人の子とし、その親の立場で詠んだとする説が有力であり、その立場を支持する阿蘇『萬葉集全歌講義』は、【歌意】のところで次のように述べている。

 古日が憶良の子であるか、否かが問題になるが、巻五収録の憶良の歌の製作時期、神亀五年から天平五年の間、憶良の年齢六十九歳から七十四歳までとすると父親の年齢の割に古日が幼すぎるようであることが、まず問題にされるのだが、それはともかくとしても、この時期に詠作された憶良の歌に登場する「さばへなす騒く児等」との印象の違いは大きい。代作説が多いのも納得できる。もと憶良歌巻になくて、巻五の編者によって追補されたのも、憶良から贈られた側から出た故とみることもできる。歌は、子の愛らしさを、常に父母にまとわりつき、父母を慕う子の言葉を直接話法で引用するなど、また子が息を引きとったあとの父親の激情描写など、他に例を見ない本歌の特色である。母親の影が薄いのも、死んだ子の父親の立場での代作という枠組みの中での作であった故であるかと思われる。

 以上、説得力に富む論であると思い引用した。
 二首の反歌については、次回に訓む。
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 15:11| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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