2017年12月29日

『万葉集』を訓(よ)む(その1229)

 今回は、904番歌の反歌二首の一首目である905番歌を訓む。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  和可家礼婆 道行之良士 
  末比波世武
  之多敝乃使 於比弖登保良世

 本歌で使われている万葉仮名は、次の通り。

 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名:オ音の「於」・シ音の「之」・セ音の「世」・ノ(乙類)の「乃」・ヒ(甲類)音の「比」・ホ音の「保」・マ音の「末」・ラ音の「良」・レ音の「礼」・ワ音の「和」。
片仮名の字源となった常用音仮名:タ音の「多」
平仮名の字源となった常用音仮名:ハ音の「波」・ム音の「武」。
その他の常用音仮名:カ音の「可」・ケ(甲類)音の「家」・テ音の「弖」・ト(乙類)音の「登」・バ音の「婆」。
準常用音仮名:ジ音の「士」・ヘ(甲類)の「敝」。

 1句「和可家礼婆」は「わかければ」と訓む。「和可家礼」は、ク活用形容詞「わかし(若し)」の已然形「わかけれ」を表す。「わかし」は、「人や物が生まれたり発生したりしてから、まだあまり年がたっていない。幼年期である。いとけない。おさない。」ことをいう。「婆」は既定条件を示す接続助詞「ば」。
 2句「道行之良士」は「道行(みちゆ)きしらじ」と訓む。「道行(みちゆ)き」は、「道を行くこと。旅をすること。」の意。「之良士」は、ラ行四段活用の他動詞「しる(知る)」の未然形「しら」+打消の助動詞「じ」=「しらじ」。この句について、井村『萬葉集全注』は「『道行き、知らじ』とも、『道、行き知らじ』とも訓めるが、『道行』と正訓二字で書くのを見れば前者である。この道行きは、後生(こしよう)へ転生するまでさまようという中有(ちゆうう)の旅である。」と注し、阿蘇『萬葉集全歌講義』は「死者の世界への道の行き方もきっとわからないだろう。」と注している。蛇足だが「中有」は、仏語「四有(しう)」の一つで「衆生が死んでから次の縁を得るまでの間。」をいう。「四有」は、無限に生死を繰り返す生存の状態を四つに分け、衆生の生を受ける瞬間をいう「生有(しやうう)」、死の刹那をいう「死有(しう)」、生有と死有の中間をいう「本有(ほんう)」、死後次の生有までをいう「中有」の総称。
 3句「末比波世武」は「まひはせむ」と訓む。「末比」は、「まひ(幣)」で、「謝礼として奉るもの。また、神への供え物。幣物(へいもつ)。」をいう。「波」は係助詞「は」。「世武」は、サ行変格活用の他動詞「す」の未然形「せ」+意思・意向の助動詞「む」=「せむ」。
 4句「之多敝乃使」は「したへの使(つかひ)」と訓む。「之多敝」は、「したへ(黄泉)」。「下の方」の意から「死後に行く地下の世界。よみの国。根の国。黄泉。」のことをいう。「乃」は連体助詞「の」。「使(つかひ)」は、動詞「つかふ」の連用形の名詞化で、「他へ出かけてゆき、命令や口上を伝えたり、用事をたしたりすること。また、その人。使者。」をいう。
 5句「於比弖登保良世」は「おひてとほらせ」と訓む。「於比」は、ハ行四段活用の他動詞「おふ(負ふ)」の連用形「おひ」。「おふ(負ふ)」は、「背中に載せる。背負う。」ことをいう。「弖」は接続助詞「て」。「登保良世」は、ラ行四段活用の自動詞「とほる(通る)」の未然形「とほら」+尊敬の助動詞「す」の命令形「せ」=「とほらせ」。
 905番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  わか(若)ければ 道行(みちゆ)きし(知)らじ
  まひ(幣)はせむ
  したへ(黄泉)の使(つかひ) お(負)ひてとほ(通)らせ

  まだ幼いので 道を知らないだろう
  お供えはいたしましょう
  黄泉の国のお使いよ わが子を背負って行ってください
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 22:28| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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