2018年03月28日

『万葉集』を訓(よ)む(その1257)

 今回は、928番歌を訓む。題詞に「冬十月幸于難波宮時笠朝臣金村作歌一首[并短歌] 」とあって、928番歌は、聖武天皇が、神亀二年(725年)十月に難波宮に行幸された時に、笠朝臣金村が作った、二十一句からなる長歌であり、後ろに反歌二首(929・930番歌)を伴う。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  忍照 難波乃國者 
  葦垣乃 古郷跡
  人皆之 念息而
  都礼母無 有之間尓 
  續麻成 長柄之宮尓 
  真木柱 太高敷而 
  食國乎 治賜者
  奥鳥 味經乃原尓
  物部乃 八十伴雄者
  廬為而 都成有
  旅者安礼十方
      
 1句・2句「忍照・難波乃國者」は「おしてる・難波(なには)の國(くに)は」と訓む。1句の「忍照」は、443番歌41句の「押光」および619番歌1句の「押照」と表記は異なるが同句で、「おしてる」と訓む。「おしてる」は、地名「難波(なには)」にかかる枕詞で、記紀歌謡にも見られる古い枕詞であるが原義は不明。「難波(なには)」は、大阪市の上町台地以東の地域の古称で、孝徳天皇の難波長柄豊碕宮、天武天皇の難波宮、聖武天皇の難波宮などが営まれたところ。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。ここの「國(くに)」は「一地域」の意。「者」は係助詞「は」。
 3句・4句「葦垣乃・古郷跡」は「葦垣(あしかき)の・古(ふ)りにし郷(さと)と」と訓む。「葦垣(あしかき)の」は枕詞で、次の四通りのかかり方がある。

@ 葦垣が、内と外とをへだてるところから、「ほか」にかかる。
A 葦垣が古びて乱れやすいところから「古る」「思ひ乱る」にかかる。
B 葦垣は隙間無く葦を組むところから、「間近し」にかかる。
C 葦の異名である「よし」と同音を持つ地名「吉野」にかかる。

ここは、Aで、次の「古(ふ)りにし」にかかる。「古郷」は、103番歌に「古尓之郷」とあるのを踏まえて、「古(ふ)りにし郷(さと)」と訓む。「古」は、ラ行上二段活用の自動詞「ふる」の連用形「古(ふ)り」。ここには表記が無いが、103番歌に「尓之」とあるので、完了の助動詞「ぬ」の連用形「に」と過去の助動詞「き」の連体形「し」を補読する。「ふる」は「年月が経過してふるびる。古くなる。古くからのなじみである。昔からの縁がある。」ことをいう。「郷」は「里」とおなじで「さと」。「跡」は「と(乙類)」の常用訓仮名で、格助詞「と」。
 5句・6句「人皆之・念息而」は「人皆(ひとみな)の・念(おも)ひ息(やす)みて」と訓む。「人(ひと)皆(みな)」(124・892番歌に既出)は、「すべての人。あらゆる人。」の意。「之」は漢文の助字で、格助詞「の」。「念息」は、149番歌に既出で、そこではマ行四段活用の他動詞「念(おも)ひ息(や)む」と訓んだが、ここはマ行四段活用の自動詞「おもひやすむ」の連用形「念(おも)ひ息(やす)み」と訓む。「おもひやすむ」は「思い出すことをしなくなる。心にかけなくなる。」ことをいう。「而」は漢文の助字で、接続助詞「て」。
 7句・8句「都礼母無・有之間尓」は「つれも無(な)く・有(あ)りし間(あひだ)に」と訓む。7句は、717番歌1句「都礼毛無」と「も」の表記が異なるだけで同句。「都」はツ音の常用音仮名、「礼」はレ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)。「都礼」で以って、関係やつながりを表す和語のツレを表す。「母」はモ音の常用音仮名で、係助詞の「も」。「無」はク活用形容詞「なし」の連用形で「無(な)く」。「つれもなし」は、一語のク活用形容詞として取り扱われ、「なんのゆかりもない。なんのかかわりもない。」という意。717番歌と本歌では連用形の「つれもなく」だが、連体形の「つれもなき」は、167番歌53句に「由縁母無」、187番歌1句に「所由無」、460番歌17句に「都礼毛奈吉」の表記で既出。「有」はラ行変格活用の自動詞「あり」の連用形「有(あ)り」。ここの「之」は、5句とは違って、シ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、回想の助動詞「き」の連体形「し」。「間(あひだ)」は、「阿比陀」(794番歌)・阿比太(832番歌)の仮名表記で既出、「時の経過におけるある範囲。期間内。うち。」の意。「尓」はニ音の常用音仮名で、格助詞「に」。
 9句・10句「續麻成・長柄之宮尓」は「續麻(うみを)なす・長柄(ながら)の宮(みや)に」と訓む。「續麻(うみを)」は、「つむいだ麻糸。麻を細く裂いて糸としてより合わせたもの。」をいう。「成」(713番歌他に既出)は、接尾語「なす」を表す借訓字。接尾語「なす」は、名詞、時には動詞の連体形に付いて、「…のように、…のような、…のごとく、…のごとき」などの意。「續麻(うみを)なす」は、續(う)んだ麻のように長い、の意で、「ながい(長)」と同音の「なが」を含む地名「長柄(ながら)」「長門(ながと)」にかかる枕詞。「長柄之宮」は、「長柄(ながら)の宮(みや)」(「之」は5句に同じで、連体助詞「の」)と訓み、「難波の宮」に同じ。大阪城南方の台地、法円坂町付近にあり、現在は「難波宮跡公園」となっている。「尓」は8句に同じ格助詞「に」で、ここは場所を示す。
 11句・12句「真木柱・太高敷而」は「真木柱(まきはしら)・太高(ふとたか)敷(し)きて」と訓む。11句は、190番歌1句と同句。「真木」は、杉や檜など良質の建材となる木をいい、その材で作った柱を「真木柱(まきはしら)」という。「太高敷」は、カ行四段活用の他動詞「ふとたかしく」の連用形「太高(ふとたか)敷(し)き」。「ふとたかしく」は、「宮殿などの柱をしっかりとゆるがないように地に打ちこむ。」意で、宮殿を壮大に造営することにいう。「而」は6句に同じで、接続助詞「て」。
 13句以降は次回に続く。
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 20:46| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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