2018年04月20日

『万葉集』を訓(よ)む(その1263)

 今回は、932番歌を訓む。題詞に「反歌一首」とあり、前歌931番歌(以下、「長歌」という)の反歌である。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  白浪之 千重来縁流 
  住吉能 岸乃黄土粉 
  二寶比天由香名

 1句「白浪之」は「白浪(しらなみ)の」と訓む。この句は、「長歌」の15句「四良名美乃」と表記は異なるが同句。「白浪(しらなみ)」は、「白い波、白くくだける波」の意。「之」は漢文の助字で、格助詞「の」。
 2句「千重来縁流」は「千重(ちへ)に来(き)縁(よ)[寄]する」と訓む。この句は、「長歌」6句の「千重(ちへ)浪(なみ)縁(よ)[寄]せ」を承けたもの。「千重」は、「数多くかさなること」をいい、ここは下に動作の状態を示す格助詞「に」を訓み添えて「千重(ちへ)に」と訓む。「来」はカ行変格活用の自動詞「く」の連用形「来(き)」。「縁流」は、サ行下二段活用の自動詞「よす」の連体形「縁(よ)[寄]する」。連体形であることを明示するために、活用語尾「る」をル音の常用音仮名で片仮名の字源である「流」で表記したもの。
 3句「住吉能」は「住吉(すみのえ)の」と訓む。これも「長歌」17句に「住吉能濱」とあった。「住吉」は、摂津国の古郡名で、平安初期以降「すみよし」と呼称されるが、萬葉の時代には「すみのえ」と訓まれた。「能」はノ(乙類)音の常用音仮名で、連体助詞「の」。
 4句「岸乃黄土粉」は「岸(きし)の黄土(はにふ)に」と訓む。この句は、69番歌4句「崖之埴布尓」と表記は異なるが同句。「岸(きし)」には、大きく二つの意味がある。一つは、「陸地が川・湖・海などの水に接したところ。みずぎわ。なぎさ。」であり、もう一つは「岩石または地などのきり立ったところ。がけ。」である。ここは「長歌」に「住吉の濱」と詠まれていることから、前者の意であることに違いないが、『萬葉集』には「住吉の岸」と詠った歌が十四例もあり、澤潟『萬葉集注釋』が指摘しているように「これは他の濱や港に見られない程に圧倒的に多い用語例である。住吉の濱が『岸』と云はれるにふさわしい地形であつた事を示すもので」あるとすると、あるいは後者の意とするほうが良いのかもしれない。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。「黄土」は、「はにふ(埴生)」と訓む。「黄土」だけでは、「きめが細かくてねばりけのある黄赤色の土。」の意の「はに(埴)」であるが、下に「粉」とあり、その「粉」フンの音をフニの音を表すのに用いて、「黄土粉」で以って、「黄土(はにふ)に」の表記としたもの。「ふ」は一面にそれを産する場所を意味する「生(ふ)」で、「黄土(はにふ)(埴生)」は「埴のある土地」の意。「に」は格助詞。住吉は埴の産地としても知られており「住吉の岸」と「埴生」の取り合わせも集中に四例(本歌及び1002・1146・1148番歌)を数える。
 5句「二寶比天由香名」は「にほひてゆかな」と訓む。「二」はニ音の音仮名(片仮名の字源)、「寶」はホ音の音仮名、「比」は、ヒ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、「二寶比」は、ハ行四段活用の自動詞「にほふ」の連用形「にほひ」。「にほふ」は「他のものの色がうつる。染まる。」の意。「天」はテ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、接続助詞「て」。「由」はユ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「香」はカ音の音仮名で、「由香」は、カ行四段活用の自動詞「ゆく(行く)」の未然形「ゆか」。「名」は「な」の常用訓仮名で、勧誘の意を示す終助詞「な」。この句について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は「にほひて行(ゆ)かな 染まって行こうよ。ナは、自己や自己を含む複数の動作や状態について、意志や勧誘の意味をあらわす。」と注している。
 932番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  白浪(しらなみ)の 千重(ちへ)に来縁(きよ)[寄]する
  住吉(すみのえ)の 岸(きし)の黄土(はにふ)に
  にほひてゆかな

  白波が 千重に寄せて来る
  住吉の 岸の黄土に
  染まって行こうよ
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 17:59| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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